甲板でステファンと過ごしていると聞こえて来た演奏。聞き覚えの無いそれに意識を持って行かれるが、直後歌声が重なれば演奏者であり歌い手が誰なのかはわかる。
邪魔しないようにそっと足を向ければ、食堂の端にセットされたピアノを楽しそうに演奏するナミが見えた。問題はその歌詞だろうか。
……いや、歌詞そのものに罪はねェな。あるのは……ナミの心が今も孤独の中にいる事だ。
実際問題、大所帯である俺の家族は、誰か1人が死んでも即座に機能不全に陥るとか、家族が崩壊するような事にはならねェ。それの代わりを出来る人間が、必ず存在する。
それは、誰かだけに負担を強いる事が無いようにと言う配慮が元にある。そうしなければ、休む事も病になる事も許されなくなっちまうからな。
だからこそ、その人物が居なくなった時、本当に困るのは隊長格の面々やナース長位だろう。俺の場合は……まァ……世界的な意味で問題が出るがな。
そう考えた時、ある意味で自分に近い存在価値を持ちながらその事を理解しないナミと言う生き物に溜息が落ちる。これが謙遜してるとかではなく、素で分かってねェんだから困るよな。
〝誰か〟に必要とされたいのではなくて、ただ純粋に〝俺〟に必要とされたいのだと歌う恋人を、愛しく思わない筈も無い。歌が終わり、曲が終わると少し何かを考えてる様子のナミに、妙な事を考えるよりも先に伝えてやろうと足を動かす。
立ち上がった瞬間にそっと抱きしめて、身体を丸めて声を落とす。この小さくて儚い存在を潰さないようにするだけでも、案外難しい行為だ。
「必要としてる」
「うん、ありがとう。私も防災の日は必要だと思うわ」
暫し無言になった俺はおかしいのだろうか。……否、おかしくない。
聞き覚えの無い日だが、またナミが何か考えた日なのだろう。ならばそれもまた大切な日で、確かに間違っちゃいねェな。
首を傾げるナミに、妙な事を言わせるより先に思考を奪う事を決める。今は、俺に溺れとけ。
「それも必要だけどな……今は、俺にナミが必要だ」
そっと重ねた唇は、相変わらず高い糖度を保っている。俺を惑わす可愛い艶花は、芳醇な香りを撒き散らし、俺の理性を破壊しようとしていた。
ナミを立たせたままではキスさえも難しいと言い訳して、しっかりと抱き上げた俺はその唇を心ゆくまで堪能する。はふっと息を吐き出して、潤んだ眼差しで俺を見詰めるナミは、本当は小娘とさえ呼べない位の若さだと言うのに、妖艶過ぎるのだから困りものだ。
「ニューゲート……」
「ナミ……」
「あー……邪魔して悪いけどよぃ、親父、島が見えたんで寄るかどうか指示して欲しい」
その声に居たのかと思って振り向けばナミが真っ赤になって俺の肩に顔を埋め、全身が発熱して行く。……うむ、可愛いな。
照れて逃げ出すのではなく、俺に庇護を求めたから余計に愛しい。頼られる事がこんなにも嬉しいとはな。
「ナミ、寄るか?」
「知らないっ!ニューゲートのばかっ!」
「ナミが、あんなに悲痛な歌を歌うからだろう。俺は、ナミ無しじゃもう生きられねェ。……ナミが、必要だ」
俺の言葉にナミは、潤んだ眼差しを向ける。その艶やかな姿に魅入られちまう。
甘く、俺を呼ぶナミに、心が幾度目とも分からない程に堕とされる。ナミの他に、何も見えなくなる自分を自覚した。
「ニューゲート……」
「ナミ……」
「だ・か・ら!!寄るのかだけで良いから、指示寄越せって言ってんだろぃ!?」
二人の時間を邪魔するマルコに仕方ない奴だと溜息を落として、俺はナミを抱いたまま見える島とやらを確認しに向かう。ナミは島と言う単語に反応してるから、寄ってやれば喜ぶだろうな。
見れば海軍基地の無い自国を守るのは兵士というタイプの島だったので、向かうように指示を出す。マルコが去ったのを見送り、そっとナミに耳打ちしておくのは忘れない。
「ナミは、測量したいだろう」
「ありがとう」
「明日は久々に、デートでもするか」
「……いいの?」
「何かイベントをやりたいなら、準備がいるだろ。二人で息子達を驚かせてやろう」
俺の提案にナミは嬉しそうに笑うから、俺はそれだけでこの島に寄る価値を見出す。……金のかからないイベントならば、良いんだがな。
金のかかるイベントだと、ナミがそれを1人で負担しちまう。……ナミの稼ぎだから、とやかく言う意味も権利もないんだけどよ。
そうして翌朝、ナミと共に船を降りて王国の中を散策すれば、完全防水の布と言う物をナミが見つけて吟味し始めた。元値が安くとも、人数が多いので全員分用意するのは難しいだろうと思うんだが。
「この布、作れないかしら」
「……相談してみるか」
息子達の中には、そう言うのが得意なのもいる。作り方を確認して、可能ならば確かに作れば布を買うよりも更に安くなる可能性はあるな。
そう思った俺にナミは嬉しそうに笑った。これでイベントができるわと。
話を聞けば各自役割分担をして、その上で揃いのズボンを作りたいらしい。海の中でズボンを脱いで、足の所を縛り、腰の所を押さえれば浮き袋になると言うナミに、成程と思う。
悪魔の実の能力者も、足首を初めから窄めておけば濡れる訳じゃないから、少しは耐性が出来るかな……?なんて呟くから、そっと頭を撫でておく。
その可能性はゼロではないが、能力者が海に嫌われているのがその程度で緩和されるとはどうしても思えない。それでも、揃いのズボン全員で作るというのは、確かに喜ばれそうだ。
完全防水の布を作る息子達と、それを採寸して裁断する息子達に別れて即座に取り掛かったそれは、ナース達がうちのマークを刺繍してくれた事で大騒ぎとなる。ズボンとして形になるように、大切な所はそれが得意な者達が作ったが、仕上げに付けるボタンだけは各自で行う事になった。
俺はそれをナミに頼んだが、ナミはやり方教えるからと言ってやってくれる気配はない。……珍しくケチだな。
「自分でボタンつけるのは全員がやる事でしょ。ちゃんと作って」
「ナミ」
「息子達や娘達とお揃いになるのよ。我儘言わないの!!」
強く言われれば確かにと思う。これは例え僅かでも自分の手が入っている事で、全員で協力して作ったと言えるようにするのも目的だ。
そうなれば当然、ナミなら簡単に作れるとわかっていてもそれに頼る事は許されない。仕方ないかと慣れない作業に取り掛かれば、ナミが根気よく教えてくれて、夜中までかかって何とかボタンを1つ付ける事に成功した。
そうして完成した物はそれぞれのサイズに合わせてあるが、仕上げるから貸してとナミに言われて渡した直後、追加される刺繍に少し笑っちまう。腰にベルトをしたら見えなくなるようなそんな場所に、懸賞金を刺繍されるのだからそれも当然だろう。
「手配書が出てる人は全員、これを刺繍する予定なのよ。……だから明日は私、他の仕事できないわ」
悪戯に笑うナミを抱き寄せて、そういう事なら仕方ねェなと頷く。最後に書き加えられるだけの刺繍だから、いつでも直せるのだと、金額が変わったら入れ直すと言うナミに、そっとキスを贈った。
全てが完成したのは、その二日後。ナース達も含めた全員がそれを穿いて甲板に出れば、それだけで気恥しそうに皆が笑う。
どんな時に穿けば良いんだとか言いながらも、それぞれが楽しそうに笑い合う姿に俺も頬が緩んだ。今日もやっぱり、俺の周りは笑顔と愛で満ちてる。