深夜としか呼べないような時間帯に、ドアが小さく叩かれた。何かあったのかとナミを残して部屋を出れば、息子が1人思い詰めたような顔をしている。
「どうした?」
「妊娠、しました」
「お前、男だったと思ったが……とりあえず診て貰っ「俺の、恋人が!妊娠、しました」」
その言葉で、最近ナースとデキてるらしいとの話しを聞いていたのを思い出す。どこか縄張り内の島に、急いでつけてやるしかないか。
家族が増えるのは嬉しいが、増える事の意味をちゃんとわかっているのだろうか?
「責任を取る覚悟は、できてんだろうな?」
「はいっ!!」
「なら……ビクビクするな。近い内に、二人で揃って挨拶に来い。悪いようにはしねェ」
「親父っ!!」
泣きながら飛び付いてくる馬鹿息子に、こりゃ船を降ろしちまって大丈夫かと心配になる。自分の妻子を海賊やりながら守りぬけるなら降りなくとも構わねェが、こいつの実力じゃ難しいだろう。
それでも、陸なら安全かと問われればそれは違う。だがそれでも、この船に長くいた二人だからそんじょそこらの奴らにはやられやしねェだろうから、降ろしてやる方が安全と判断した。
そのまま頭を撫でながら話を聞いていれば、いつの間にか白けていた空。少しでもいいから寝とけと声を掛けて、俺ももう少し寝るかと部屋に帰れば居る筈の存在が消えていた。
……1人で動き回れるような体力は、残してないと思ったんだがな。そうなると、何処かで動けなくなってる可能性もあるか。
余程の緊急事態で慌てて外に飛び出したとするなら、その可能性も否めねェ。まずは誰かと居るなら食堂だろうと足を向けて、だが居たのは摘み食いして見つかったらしいエースとハルタ、そしてそれを叱るサッチだ。
隊長になっても変わらないそれが、なんだか楽しい気持ちになる。そんな俺に泣き付く2人に軽く拳を落としてから、ナミ探しを再開した。
結局探し回っても会えないままに、各場所にいる息子達の騒動に巻き込まれるばかり。それは嫌では無いが、目的がある時は困るな。
仕方ないかと部屋に戻れば、窓から外を眺めているナミが居て、用事が終われば帰るよな……冷静になる。それでも、言葉は音となり零れ落ちちまうが。
「やっと見付けた」
驚き振り向いたナミのその顔が少し幼い。小首を傾げて窓の外を見たその様子に、考えている事が手に取るように分かるから困ったもんだと思っちまう。
元来ナミは素直なのだ。それを表に出せない環境で長く生き過ぎただけなのだと知っているからこそ、そんな些細な仕草が可愛くて仕方ない。
「早朝に部屋にいなかったら、何かあったのかと思うのも当然だろ」
「……誰かさんが無理させるから、身体は痛いし、ベタベタしてるしで、シャワー浴びたかったの!!」
むーっとばかりに膨れるナミを見て、それ程怒ってねェのは分かる。それに、昨夜の事を思い出せばにやけちまうのも分かろうというのもだろう。
「それは、無理させて悪かったな」
俺としては満足な夜だった。そう思って笑えば微かに頬を染めるから、通じたらしいと分かる。
俺を愛しそうに見つめて、ナミは困ったように笑う。負け戦なのは双方同じ事だ。
「薬は飲んだし、もう大丈夫よ。所で、忘年会やりたいから協力して」
「忘年会か……良いな。年の瀬だ、少しくらい奮発してもいいだろ」
俺の言葉にナミは優しく微笑む。まるで母親が息子を見守っているかのような、穏やかで優しい笑みだ。
それなのに、その顔を見ただけで欲情しちまう己が悲しい。俺はいくつだよ。
「どうしたの?」
「ナミにだけは、永遠に勝てる気がしない」
「勝てた記憶が、無いんだけど……?」
本気で言ってるらしい天然娘に俺が無言でいると、そのまま紙とペンを胸元から取り出してその瞳をキラリと輝かせる。獲物を見付けた悪戯猫を思わせるそれに、つい笑っちまった。
そんな俺にナミは楽しそうで何よりだわと言うから、本当に毎日が楽しいと笑いながら伝えておいた。そのまま二人で忘年会の為にと話を進めて行くと、ナミは酒は良い物が大量にあると言う。
「それ、どうしたんだ?」
「この間出版した『宝玉の日常』って言う作品が、賞を取ったらしいの。それでね、そのお祝いにって送られてきたのよ」
「……何、書いたんだ?」
何故だか嫌な予感がして問いかければ、ナミはなんでもない事のように話し始めた。うーん……なんて言いながらだが、恐らく俺の嫌な予感は当たっているのだろうとわかる言葉が紡がていく。
「名前は出さないで、恋人との他愛無い会話とか、家族とのやり取りとか、お茶はどんなのを飲んでるのかとか、執筆する時間は1日どの位か……みたいな事をつらつらと。日記書いてたのを元にして書いた自分史に近い物だけど、所々で小説風にしてみたからなのか案外人気出たみたい」
「……そうか。なら、酒はそれでいいな」
「うん!」
何とか相槌はうてたが、声が掠れていなかったおのれを褒めたい。最近息子達が〝可愛くも愛しい……?〟とか言いながら俺を見ていたのは、それの為か。
今後は本が発売されたら、すぐにチェックする必要がありそうだな。前は全て目を通していたが、最近は見ていなかったのが仇となった。
そうして食料調達を俺がやるかと決めて、少しばかり凶暴だが肉が美味いこ事で定評のある古代種の島に船を向ける。俺でさえ1抱えはあるような大物がウジャウシャいる島だから、食料には困らねェだろう。
そうして指揮をとる為にナミが飛び出して行ったのを見送ってから、問題の本に手を伸ばせば甘い甘い砂糖菓子のような事が書かれていた。話を聞いたり、資料を貰ったりしているエピソードなんかは素朴で優しい。
『恋人は毎朝、私を抱き締めて離さない。トイレの為にと腕から抜け出すだけで起きてしまうし、おはようのキスをしないと不機嫌になってしまう。
そんな愛しくも可愛い彼が歳上である事を、時に忘れてしまうのは、きっとそれだけ私が溺れているからに違いない。少年のように瞳を輝かせる姿を見ただけで、私は幸福な気持ちになってしまうのだから』
……これが、世界に、出版されてるのか。そうか。
少なくとも海軍関係者はナミが宝玉であり、俺の恋人である事は知っている。つまりは、海軍の共通認識として、毎朝年下の恋人を手放さない可愛い恋人とされた可能性が高い。
……どんな敵よりも強敵に思える伏兵は、俺の腕の中に居やがったか。人が羞恥で死ねるなら、きっと俺はもう、生きてはいない。
その憂さ晴らしを兼ねて、暴れてこようと決めたのは当然だろう。そのすぐ後、島が見えて来たのを確認して俺は息子達に告げる。
「明日の夜、忘年会を行う。今回は盛大にやるぞ!野郎共ォ!!」
「「「「「ぉぉおおおおお!!」」」」」
「……少し待ってな、息子達。食いきれねェ程の肉を、狩って来てやる」
「親父?ちょっ……!?この島、災害級と呼ばれるような古代種しか居ねっ!?ああああああああぁぁぁ!親父ィ!!」
声を掛けた時たまたま1番近くにいたサッチが叫ぶが、俺に止まる気はねェ。憂さ晴らしには最高の島だっ!!
ぶつける先の無かった苛立ちと羞恥心をドカバコと獣や竜にぶつけて、木の実等も適当に採って帰れば、モビーが沈みそうだから浜辺に置いといてくれと叫ばれちまった。そう簡単にモビーが沈むかよと思いながら、慌てる息子達を眺めていればナミがひょっこりと顔を出す。
「ニューゲート、野菜が足りないから荷物持ちに着いて来てくれる?」
「野菜もあんのか、この島」
「原種がこれだけあるなら、野菜もあると思うわ。茸とかもある筈だし……」
初めて来た筈の島でナミはそう言うので思わず聞いたが、これは確かに世界が求めるのもわかる。僅かなヒントでなんでも答えを導き出すのだから、求められて然るべきだ。
そんなナミの言葉を受けてマルコが頷く。本当に俺は家族に恵まれている。
「なら、手分けして入手した方が早そうだねぃ。親父はナミと、戦うしか脳のない奴らは1番隊の誰かと組んで野菜と山菜取りに行くぞ!!」
「四番隊も責任重大だぞ!食材は届き始めてる!俺らの底力、見せつけてやれっ!!」
いつもの宴の数倍騒がしい準備の掛け声に、金はかけなくともこれだけ盛大に宴ができるのかと驚かされる。息子達の言葉に甘えるようにナミと二人で静かになった島を散策すれば、たんぽぽを見付けたと言っては摘み、菜の花を見付けたと言えば摘むナミとそれの説明を受けつつ歩く。
どうやらどちらも食えるらしい。油と相性が良いと笑うナミは、本当に楽しそうだ。
「最近海王類の率が高かったから、肉は喜びそうね。流石に皆のパパはよく見てるわ」
「ナミから見ても俺は〝パパ〟なんじゃねェのか?」
「……そっか、年齢差考えたらそうとも取れるのよね。失念してたわ」
本気で言ってるらしいそれに笑い、可愛いと思ってるのは俺の方が強い筈だと脳内で呟く。大量の野菜と花を持ち帰った俺達は、そのまま宴の準備が整うまで、暫し二人の世界に入る事になった。
そうして始まった宴は、いつ取り決めたのか催物が多くあり、火の輪をくぐり抜けるステファンに大歓声が上がった。誰が仕込んだんだと笑うが、その髭が燃えたら勿体ないからやめさせろとの声も響く。
楽しい宴の最中、隙を見ては誰かの世話してるナミを見付けて膝の上に抱き上げれば、前より少し軽くなっている。これは不味いとナミに酒と果物を与えていれば、何故か目をそらす息子達。
俺に甘えたような顔を見せるナミに、幸福感が高まったのは当然だろう。不意に差し出された食べ物を見て、口を開いて待てばナミがそっと入れてくれる。
互いに美味しかった物を差し出していたら、皿は案外すぐに空いちまう。そんな時にイゾウからお熱いこってと言われ、これが日常になりつつある事実に少しばかり驚かされた。
大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。