カウントダウンを終えてからベッドに入ったのに、何をとち狂ったのか1番冷える日の昇る直前の時間に俺の傍を離れる小人に視線を向ける。……いつも、傍を離れると起きるって言ってんのに覚えねェ奴だな。
まァ……そんな所がナミらしいんだがな。俺の事をどうでもいいから覚えないんじゃなくて、自己評価が低過ぎて理解しないんだと知っているから、落ち着いて見ていられる。
どうにも……危なっかしくていけねェがな。俺の掌中の珠である自覚をして欲しいと常々思っちゃいるが、恐らく永遠に伝わりそうにない事も理解出来ている。
そんな事を考えながら、俺は遅れてナミの背を追う。ナミを1人にして良い事なんぞ、何もある筈がないのだから仕方ない事だ。
甲板から上半身を乗り出すようにして海を見詰めるナミに、息子達が少しずつ遠巻きに様子を見る為に顔を覗かせる。それにナミは気付いてもいない筈なのに、皆に聞こえるような声で言葉を紡ぐから自然と全員の顔が緩む。
「あけましておめでとう。今年も1年、平和でありますように」
「ナミ」
名を呼びながら足を進める俺にナミは振り向き、少しだけ泣きそうな顔をする。迷子にでもなっていたかのような、心細そうな顔で静かに駆け寄り俺に腕を回してくる様は恋人では無く既に娘の領域だろう。
それでも構わない。どんな形であれ、ナミは俺を愛していて、俺もまたナミに溺れる形で愛しているのだから……それだけで他は全て些末な事だ。
「寒かった……」
その言葉が示す通り、ナミの身体は恐ろしく冷えていて、己との筋肉量の差を目の当たりにさせられる。筋肉があるとそれだけで発熱しているから、病にもなりにくい上に寒さにも強くなるからな。
その代わりに暑さには弱い傾向があるが、そればかりは仕方ないだろう。俺はそっと、ナミの震え続ける身体を支えて、頭を撫でる。
「冷え過ぎだ、アホンダラァ……」
俺の言葉を受けてか、安心させようと作られた笑みを浮かべるナミを見れば自然と眉が寄るのを自覚した。このままではナミの震えは止まらないだろうと言うのを理由にして、そっとそのまま抱き上げて部屋に連れ戻しちまう。
だが部屋に入ると同時に笑い出したナミに、どうしたのかと首を傾げるとそれに気付いたナミが悪戯に唇を動かす。その動きで〝ナイショ〟と言うからそんな子猫には〝オシオキ〟だと俺も動き出した。
愛しい女に怪我をさせないギリギリの力加減で抱き締めてやれば、先程とは違う嬉しそうな笑みを向けて来る。ナミの震えは、いつの間にか止まっていた。
「もう、寒くないか」
「うん、ありがとう」
笑顔が余りにも可愛くて、俺は余計に手放せなくなる。無意識で加えていた力に気付けなかったのは、ナミが幸せそうに笑うからだろうか。
傷付けたくは無いというのに、ナミは俺を甘やかすし自分の苦痛を伝えもしないから、俺はいつも不安になる。俺はナミがいなければ、年明けどころか明日だって訪れはしないのだと言う事を、どうしたらナミに理解して貰えるのだろうか。
その流れで、そっとベッドに押し倒そうとした俺をナミが抓るから、珍しいと思ってその顔を見つめると〝そういう事しちゃダメな日なのよ〟と叱られちまう。若いのと居ると若返るとは聞くが、案外本当かもなと思いつつそれに同意するように頷けば、表からはタイミング良くおめでとうの声が聞こえて来た。
「皆起き始めたか」
「そろそろ〝親父〟からの挨拶が必要かしらね」
俺の言葉に続くナミの声に、そうみたいだなと笑えば穏やかに頷かれた。今日はこの後、ナミはどうする予定なのだろうか。
「ナミ」
「ニューゲートと過ごす予定」
「……俺ァまだ、何も聞いてねェぞ」
「私の予定、伝えてなかったから、それかと思って。違った?」
小首を傾げるナミに、合ってるけどなと笑ってやれば可笑しそうに笑い出した。そんなナミを抱き上げようとしたら、少し待ってと言われちまう。
どうしたのかと様子を見ていれば、着替え始めるナミについ魅入っちまう。人形だと言われたら納得できそうな美しいその身体には、俺の残した跡が残るだけ。
その素肌を隠してしまう無粋なそれは、イゾウの持ち物で似た物を見た覚えがある。……和服の1種だったよな。
しっかりと着替えたナミは艶やかで、ヒラヒラとした袖はイゾウの着ている物よりも随分と長い。ワノ国で町娘が着ていた物に似ている気がするが、同じ物だろうか。
「綺麗だな」
「ありがとう。お正月だからお振袖着てみたのよ。……未婚で若いうちしか着られないから、華やかよね」
「……着られなくなったら、どうするんだ。捨てちまうのか?」
折角似合っているのに勿体ないと思って言えば、それが伝わったらしい。ナミは袖を手にして、小さく笑った。
その様子は幼いのに、知的な瞳は相変わらず大人びている。俺の前でまで大人にならなくていいと言うのに。
「袖を切り落として、着物に変えて着るのよ。落とした袖は巾着とかの小物に作り替えるの。そうやって自分の着物を小物に変えて嫁入りするのよ」
「……嫁入り、か。成程なァ」
俺の言葉の含みに気付いて、遅れて赤くなるナミにグラララララと笑えば、ポカポカと殴って来るからその小さな身体を容赦無く抱き上げる。そうして飯と酒を心待ちにしてるだろう家族の元へと足を進めれば、嬉しそうに微笑むナミがいた。
正式なプロポーズは、もう少し待ってくれや……と、心の中で呟いてから息子達の集まる甲板にて左手にナミを、右手に酒を持って声を出す。ただそれだけで全員の視線は迷い無く俺に向けられるのだから、俺は本当に恵まれていると言えるだろう。
「あけましておめでとう!今年も宜しく頼むぞ、息子達!!乾杯だァァ!!」
その瞬間に上がる雄叫び。それは新年を喜ぶと言うよりは、宴とそれに伴う飲食の喜びだろう。
それでも構わない。家族が揃って笑っている事が、きっと何もよりも大切な事だから。
「親父!!今回食費かけてねェんだぜ。だから安心して食ってくれよな!!」
「おう、ありがとな、サッチ」
「親父、質の良いワインが手に入ったんだが……呑まないか?」
「ビスタの分が消えるぞ?」
「親父!!これから1発芸するから見ててくれよ!!」
「楽しそうなのは結構だが、モビーを燃やすなよ、エース」
次から次へと集まり声をかけてくれる息子達に笑いながら、俺用にと運ばれて来ただろう物を横から手を出して貰っているナミを眺める。どうやらナミは、素朴な味付けの物が好きなようだ。
だが、黒豆を食べるナミを見れば、これ以上まめまめしくなってどうすんだと言う思いにより溜息が落ちる。お節料理とは食べ物の種類が全て揃えると30種類になるが、その全てに意味があるのだ。
その中でも黒豆は邪気払いの意味と共に、黒く日焼けするほどマメに、勤勉に働けるようにとの願いが込められている。つまり、ナミには不要なものだ。
寧ろ少し怠けたり休んだりする事を覚えて欲しい。張り詰めすぎた糸は、簡単に切れちまうもんだからな。
「ナミ!数の子食べなよ!!美味しいよ!!」
「ありがとう」
ハルタに進められるままに食べ始めるが、それには酒を吹き出した俺を誰も責めはしないだろう。数の子は……不味い。
ニシンの腹子である数の子は、卵の数が多い事から子孫繁栄を願う縁起物であるからだ。つまり、俺とナミの子を望んでるとハルタは言っている。
「ハルタ!!」
「あはは!親父もナミの事になると、本当に余裕無いね!!」
「五月蝿ェ!親を揶揄うもんじゃね……って、イゾウもナミに伊達巻食わせるんじゃねェよ!!」
「ククッ!いや……折角なら行ける所まで行って貰おうかと思ってね」
笑うイゾウに、ナミは甘くて美味しいわよ?なんて言っているが、そうじゃねェ。問題は味じゃなくて意味にある。
伊達巻は形が巻物に似ている為に、知識が増えるようにとの願いが込められているのだ。昔木や竹に文字を書いて、丸めて保管していた頃の名残である。
これ以上ナミを使って遊ばれてはたまらないと、ナミを抱き寄せれば、息子達はそれを楽しそうに見詰めてくる。そんな中でナミは少し頬を染めて、俺を見詰めるから部屋に閉じ込めたくなったのも仕方ないだろう。
そうして俺は、大切な人達に囲まれながら、Happy new year!!と言葉を紡ぐ。愛しい女を他の誰にも触れさせない為に強く抱き締めている。