その細く小さな身体に、随分無理をさせたとは思う。だが……耳はともかく、尻尾が問題で下着とも呼べない物を身に付けて動くナミにヒヤヒヤして部屋に閉じ込めたのは、停泊してる期間だけの事。
消えた尻尾を確認しつつも、内心では尻尾がいつまた生えるかとヒヤヒヤしていた。それでも出航したのは、陸に居る事に慣れない海賊特有の物だろう。
そんな状況下でも、ナミを連れて行った記憶のない島が近くにあるからと向かっている。この時点で、甘すぎると息子達に叱られるのも納得ではあるし反論も難しい。
……だがな、息子達。こんなにも可愛い生き物を目の前にして、甘やかさない選択肢があるか?
脳内でそんな事を考えていたのか、それとも夢の中で問い掛けたのかさえ定かでは無い。それくらい夢と現実の狭間にいたからか、腕の中にいるべき温もりが逃げようとするのを咄嗟に力を込めて抵抗する。
それでも抜け出すのが得意な女は、自分の代わりに枕を差し込んでフワリと毛布を掛けてきた。優しく俺の頭を撫でてからベッドを降りたナミは、身支度を整えてから部屋を出て行く。
それをしっかりと確認してから起きたのは、起こした事を気にするナミを慮っての事だ。あの様子では甲板に出て、島の様子でも見ているのだろうと判断した俺は表に出て案の定楽しそうな様子を見せるナミに笑っちまう。
その視線を辿ればナミの好きそうな街並みがあり、後で散策に行くのも良いかと思う。買物は金がかかるから、奥に見えている花の辺りに行ってみるかと1人笑った。
その時、強い風がナミの肩から布を飛ばす。それを追いかけるように海へと身を乗り出すナミを見て、即座に手を伸ばしてそれを取ってやれば驚いたような顔で見上げられちまう。
そんな様子を無視して肩にしその布を巻き付け直してやれば、珍しく辿々しい様子で礼を告げるから内心で首を傾げる。いつもならばはにかみながら礼を告げてくるというのに、どうした事だ?
その時ふと、その布の端に俺のマークと、それに寄り添う形で蜜柑が刺繍されている事に気付く。俺のマークだけならば、クルーであると自覚して入れたとも思えたが……。
隣の蜜柑が、白髭海賊団ではなく俺自身を意味してると気付かされる。……どうしてこう、ナミは可愛い事してくれんだかな。
赤面しそうになるのを必死で耐えて、この布を追い掛けて海に落ちそうだったナミを思う。賢い癖に、愚かなナミに泣きそうになったのは、仕方ない事だと思わされた。
「海に落ちなくて良かった」
俺は海まで助けに飛び込む事ができない。俺がそれをすれば、何が起きるか分かりきっているからな。
息子達も優秀な者は大半は能力者だ。そう考えたら、いつもは人を助ける側にいるナミに何かあれば致命傷となる事を痛感させられちまう。
ナミはいつも、助ける側だ。こんなにも細く、か弱い存在であるのに。
「ふふ……」
「ん?」
突然笑い出したナミに視線を向ければ、楽しそうに笑うその姿。俺を見詰める甘やかな眼差しが、絹の鎖に思える。
動けば、引きちぎっちまいそうで、動けなくなる。そういう類の、悪魔なんかより数倍よりタチの悪い鎖だ。
「私、甘ったれになったなぁって思って」
「……足りない」
その程度の甘えなんて、足りやしねェ。俺は、この歳若い恋人に対して、この程度で甘やかしてるなんて言うつもりはねェぞ。
その言葉を口にしようとした時、吹き抜ける強風。それがナミを浮かび上がらせるから、即座に腕に抱きそのまま胸に閉じ込める。
「ナミが風の精霊なのは理解したから、飛んで行くな」
「今のは風が強すぎただけよ!」
「なら、ナミが可愛すぎて、風が攫おうとしたんだな」
「もうっ!ニューゲートの馬鹿っ」
顔を真っ赤にして怒るナミが可愛くて、その額にキスをした時マルコが溜息をこれみよがしに落としつつ声をかけてきた。どうやら、先程からのやり取りを息子達に見られていたらしい。
見られたからと減るものでもなし、気にはしないがな。ただ、ナミが茹だるのがまた愛らしくて、視線を外したく無くなるのが困りものだ。
「暑苦し過ぎて困るねぃ。……船、着けるからちょっと、熱冷まして来てくれると嬉しいよぃ」
「ナミ、お許しが出たからデートするぞ」
「デッ!?」
「恋人が二人で出かけんだから、デートだろうが」
何もおかしな事は無い筈だ。そんな俺の心に素直な反応を見せて、ナミは少しだけ不安そうに瞳を揺らす。
それにより、俺とデートと聞いて恥ずかしくなっただけだった事と同時に見えて来る。俺の時間を奪うのではないかと、そんな阿呆のような考えを抱いているのだ。
「……いいの?」
「ああ、ナミと二人で島に行くのは楽しそうだ。ついでに測量もして来るといい」
「ありがとう!」
満面の笑みを浮かべるナミは、どうやら怒り等のマイナス感情が持続しないタチらしいとしみじみ思う。そうして島に降り立てば、ナミは歩きたい様子を見せるが1度腕に抱いたのにおろしてなるものか。
腕に座らせてやるくらいは良いが、降ろす気はねェ。腕に居てもらわなけりゃ、誰かに奪われるような気がしちまうんだ。
だと言うのにモゾモゾと降りようとする猫が1匹。既に尻尾も耳もないと言うのに、猫にしか見えねェのはどういう事なのか。
「ナミ」
「……ニューゲート、おろしてー」
「駄目だ。俺の目の前で、風に拐われそうになるような奴を離せるか」
「……ニューゲートの心配性!」
「当然だ。世界から狙われる美しい恋人を持てば、常に不安になるってもんだ」
「元、海兵だから狙われやすいだけよ」
自分の事をまるで理解してない阿呆に、つい胡乱な眼差しを向けちまう。そんな俺に小首を傾げるナミの愛らしさは、筆舌に尽くし難い。
とりあえず途中の森を抜けつつ木の実を採取し、奥に見えていた花畑へと到着すればナミが分かりやすくその瞳を輝かせる。これでは仕方ないかと下ろしてやれば、花を踏まないように気を付けつつ近くにしゃがみこんで頷いたりし始めた。
「どうした?」
「
「……食えるのか」
「うん!」
満面の笑みで頷くナミに、俺のせいでこうなったのか元々なのかと少し考えるが……まァ楽しそうだから良しとしてやるかと思う。蒲公英は根っこまで含めて全て食べられるのよと説明するナミは、どうやら船で育てる気満々らしい。
確かに植木鉢でも用意してやれば、勝手に増える系だが……。本当に頭が硬いな。
「育てる分は綿毛だけ持ち帰ればいいだろ。花は食う分にしたらいい」
「あ!そっか!なら、収穫手伝って」
取り尽くしちゃ駄目よなんて言いながら花を詰むナミに、心底言いたい。ナミは兎も角として、俺が花を詰んでる姿は相当にシュールじゃねェのかと。
そして、おそらくは誰もこれが食用の為に詰まれているとは思っていないだろうなと思えば、近くに人影が無いことに胸を撫で下ろしてしまう。こうなれば同じ事だと、草原に腰をおろして綿毛とよく似た花を詰む。
得意でも無いが、苦手でも無いからとそれを編み込み、小さめの輪を作れば、完成する頃になって俺の様子に気付いたナミが寄ってきた。その手には明らかに蒲公英とは違う花もあるが、突っ込むまい。
「ニューゲート、何してるの?」
「やる」
小さめに作ったつもりだったが、頭から落としたそれは立派な首飾りになっちまっていて、それでも驚いた顔をした後で笑ってくれたからそれでいい。明るい髪の色だからこそ、白系の花が良く似合う。
いや、ナミなら何でも似合う気がするけどな。問題は、花畑で花を詰んでる理由が乙女とは掛け離れてるところくらいなものだろう。
だがそれも、ナミらしい。家族の為に、そう考えているのは明白であり、優しさの権化であるナミのそれに不満はねェ。
「ありがとう……。これ、帰ったらドライフラワーにするわね」
「こんなもん、帰ったら捨てて構わねェぞ」
「やだ。ニューゲートから貰ったんだから、大切にするわ」
そう言って笑うナミは、直後に吹き抜けた突風にまたもその身体を浮かせるから、目を離せない所か腕を伸ばして胸に抱き締める事となる。今回二度目の事態に、ナミも少しばかりバツが悪そうにしているのだから、もう手放さなくとも良さそうだ。
「自分を大切にして、俺の胸にいろ。アホンダラァ」
「うん。ここが世界一安全な場所だものね」
そう言って笑うナミを可愛いと思うのは、当然だろう。人がいたとしても、俺に隠されて見えなくなるのだからと無防備なナミにそっと唇を落として、その直後に再び吹き荒れた風に宣戦布告をしたい心持ちにさせられた。
春一番が春を連れて来る風だと言うのなら、俺からナミを奪わないでくれよと思う。春の女神を思わせるナミだからって、風が俺の春を奪わないで欲しいもんだ。
だが、全力で守ると決めた俺からは誰であれ、何者をも奪える筈も無い事を分かっていてのものでもある。ただ、ナミを俺が手放さなければ解決なのだから。