実際このモビーディック号は海賊船ではあるが、戦闘になる事はそれ程多くも無い。だが、皆無とは当然いかない訳で、そうなると怪我をする事も案外多いのだ。
俺の身体は大抵の物がロギアと同じで通り抜けるので、庇うような守り方は出来ない。その為に仲間を蹴って、その場を退かす事で守るのが大半だった。
その時自身に向けられている攻撃はいつものように通過すると油断して、放置していたのが仇となる。それが海楼石だと気付いた時には、俺の身体は船縁を乗り越えて海へと落下して行く所で……兄弟と親父の悲鳴が、微かに聞こえて来た気がしていた。
兄弟が投げてくれたらしい物に、必死に手を伸ばしたのは記憶にある。それでもそれを掴めたのかさえ、俺には分からなかった。
その直後にサイクロンが襲って来て、俺は波に飲まれたらしいと言う事だけを理解していた。それが無ければ魚人の兄弟もいる訳で、俺が海に放置されるなんて無かっただろう。
悪魔の実の能力者を海に放置する外道は、家族には居ない。無事に帰らないと……そんな事を思いながら意識を手放した俺がゆっくりと意識を取り戻した時、仄かに香ったのは柑橘類の香り。
潮の匂いはするから、海から離れてどこかへ売りに出されてるとかでは無さそうだ。それにしても、身体が、やけに重いな。
「ここ、は?」
嗅ぎ慣れない香りがするならば、恐らく近くに人が居るのだろう。そう思って出した声は、自分でも分かるくらいにかすれて、震えている。
明らかにもう濡れてさえいないのに、海に浸かってるような変な感覚。意識が、覚醒しきってないんだろうか。
「赤髪の縄張りにある無人島よ」
「お前ェさんは……?」
誰かいるだろうと思ってはいたが、返事か返るとも思っていなかった。背を向けているらしい人影に、俺は必死で言葉を紡ぐ。
問い掛けた直後に、自分にかけられている正義と書かれている布を見てギョッとする。まさか、将校とはねぃ。
まだまだ幼いように見えるのに……いや、悪魔の実の能力者ならば、食ったその日で時を止めてる事も考えられるから、見た目では判断出来ねェか。……落ち着いた雰囲気からして、確かに将校ではあるのだろう。
だがだとするならば、随分と無知なもんだ。俺は胸に大きな刺青もあり、特徴的な容姿の筈だがねぃ?
「俺を、知らねェのかよぃ?」
俺の言葉に、女は静かに笑った。そして、その手を動かして肉を火の傍に突き立てる。
その横顔が美しくて、息を飲まされる。年齢不詳なそれは、俺の心を掻き乱すのに充分過ぎた。
「知ってるから、助けようとしてるのよ。海楼石が左腹部に埋まってるみたいね」
海兵が海賊を……それも四皇の幹部を助けちゃまずかろうにねぃ。そうは思うが、今戦いになれば俺が不利だ。
それに、この可愛い女海兵が俺を本気で助けてくれようとしてるのは分かる。程よく炎の熱が届く位置に寝かされている上に、大切だろう誇りを示すコートを掛けてくれているのだから。
捕まえる気があるなら、弱ってる俺をそのまま海軍基地の何処かへ運べば済む事だ。だとするなら、現在助けてくれようとしているその善意だけは疑う訳にはいかない。
「そういや、腹減ったなぃ」
「もう少し待ってね」
返ってきた言葉に、俺の分も普通に用意してくれる〝心優しい海兵さん〟につい笑っちまう。あれか、人類みな兄弟って思考なのかねぃ?
しかし、笑った衝撃で痛みが走れば、笑っても居られなくなる。そんな俺に女は呆れを隠さずに問い掛けてきた。
「何してるのよ。マゾなの?それとも馬鹿なの?」
「酷い二択もあったもんだねぃ。んな事より、海兵が海賊拾って世話してて良いのかよぃ」
「質問に質問で返さないのよ」
女と呼ぶには随分と幼いと、その時になって気付く。それでも幼子に言うように、少しばかり咎めるように言うそれに苦笑してしまう。
言葉の最後に、メッ!とでもつきそうだなぃ。そんな事を思った直後に紡がれた言葉で、現在位置が大体把握出来た。
「……赤髪の縄張りに白髭海賊団ってのは、良くないからね。……治療は自分で出来る?私医者じゃないし近くの島は赤髪のナワバリだし、それ出ると海軍の地域だから……」
「……大丈夫だよぃ。なら、火を借りるよぃ」
言葉と共に腕の力で身体を起こせば、腹部へのダメージはほぼ無い。海賊である為、1応帯剣はしていたのでそれを使おうとそれを炙れば酒が投げ渡された。
どうやら俺がやりたい事はわかったらしい。そのラベルを見た時には、流石に息を飲まされたが。
……これ、高いヤツだよなぃ。親父が好きな味の……まぁ、いつも人にたかってたけどよぃ。
「良いのかよぃ?」
「変な感染症にでもなられたら、困るわ」
「ついでに、呑んでも?」
これは、傷とか剣に呑ませてる場合じゃねェような代物だろぃ。そう思って顔を見たら、困ったように笑う少女がいた。
直前のとしての対応や、落ち着いた雰囲気。子供を呆れたように見ていた母親のようなそれとは別人とも思えるそのギャップに驚かされる。
ともすれば、こちらの幼い姿が本質かと気付かされた時、海軍に所属しているからおとなのフリをしているのではないかと気付かされたのだ。だとするならば、日常的に己を偽って生きてるのだろう。
「……傷が治ったら食事しながら、少しなら呑んでも良いわよ。私も呑むから全部とかは許さないわ」
「了解」
少しむくれたような声で、けれども表情は悪戯な子猫のようで……。俺はその仕草や言動に、敵とわかっていて助けちまうお人好しなその心に堕とされる自分を自覚した。
そうなれば情けなく寝てる場合でも無い。敵を助けたリスクを、この猫は知るべきだねぃ。
消毒した剣で腹部を切り裂き、傷口から海楼石を取出す。指でやれれば早いが、流石にそれは感染症リスクが高過ぎるからと剣先でやるから地味にキツい。
海楼石が抜ければ、傷口は炎に包まれ消えて行く。この勢いで仲間の怪我も癒せるなら、俺はこの能力を愛する事が出来たかも知れないと本気で考える。
そんな俺の目の前には、パンがあり少しばかり驚かされた。正直に言って、魚は分かる。
肉もまァ、島によっては分かる。だが、パンは普通人の居ない島には無い。
パンって物は、カビる上に虫がわくのだ。船で火を使えなかった時代はそのカビだらけで蛆のわいてるそれを食ってたと言うのだから、その時代の船乗りは人間じゃなかったとしか俺には思えねェ程だよぃ。
そなのに、ホカホカのパンを焚き火で作り目の前に出されれば、俺も動揺位する。木に巻き付いてる蛇を思わせる形だが、パンはパンだ。
「……サバイバルでパンが出るとは思わなかったよぃ」
「薄力粉で作ってるから、そんなに食べ慣れた感じのじゃないわよ。強力粉使うとこのやり方だと、中が焼けるのに時間かかるのよね」
「海兵さんがこんな事に慣れてるとはなぃ」
「……長く生きてりゃ色々知ってるもんよ。捻りパンって言う、サバイバル時によく使われる調理法なのよ」
海兵ってのは、皆こんな知識持ってんのかねぃ?
青い焔が消え去り、俺の傷が完治するのを見て、少しだけ羨ましそうに見てから笑った少女は、けれども苦しそうに自らの左肩を撫でた。その後に浮かべた笑みが苦しそうで、そこに何があるのかとその左肩を見詰めちまう。
それでも、まだそれに踏み込むのは早いかと別な話題を考える。そして、問い掛けたのはある意味当然の言葉。
「能力の事も知ってたか」
「不死鳥マルコでしょ。〝正義〟を背負ってて知らなかったら、流石に不味いわ。それよりどうぞ、焼けたのから食べて」
言われるままにパンと魚、肉を手にして食べ始めれば見る間にそれは消えて行く。酒を呑み、他愛ない会話をするが、少女は俺の二割も食わない内に徐に立ち上がる。
何処かへ去ろうとするその腕を掴みそうになり、既での所で止めたのは……その凛とした横顔だった。真剣なそれが、あまりにも美しくて……息を飲まされちまいそうになりながら、必死で絞り出した声は僅かに震えていた気がする。
「何処へ?」
「ん?測量して来ようと思って。1応それを理由に、本部から出てきたからね」
「……お前ェ、名は?」
「あら、名乗ってなかった?私の名前はナミよ」
その名を聞いて、エースが語るそれを思い出した。確かに特徴は1致する。
エースと同じ年頃ならば、確かに大人であり子供でもあるだろう。そして何よりも……エース加入を報せてきた空色の手紙の送り主だろう事が重要だ。
その上、測量を目的に本部を出る事が
そうなれば答えは自ずと限られる。十中八九……海軍の至宝とも呼ばれる〝宝玉〟だろう。
甘く優しい性格だと伝わっていたそれを、覆すどころが確証を与えるその笑顔。俺の腹部を見て瞳を細めた優しい表情は、本気で俺を案じていたと伝わっちまう。
「ナミ?……エースを、知ってたりするかぃ?」
「幼馴染よ」
予想を裏付ける言葉を何の含みも衒いも無く返すナミに、これは欲しいと思わされる。エースも惚れてるのは知っちゃいるが……弟に遠慮して手をこまねくにはナミは極上過ぎるねぃ。
エースに心で謝罪したのは、もう自分のモノにすると決めていたからに他ならない。泣かれようと暴れられようと、俺も海賊である以上宝を前に指を咥えて見てる趣味はねェんだよぃ。
「面白いもんだねぃ」
「へ?」
「海軍の隠されし宝石はエースの幼馴染件姉貴分で、手紙の送り主だねぃ?」
俺の言葉を無視して島の奥へと進もうとするそれを、海楼石の影響が無くなった俺は1応力加減しつつ抑え込む。それにナミは抵抗してみせるが、何ともか弱い。
……これで、本当に海軍の将校かよぃ?
「やだ!離して……!」
「力ずくってのは、趣味じゃねェが……ねぃ?折角知り合ったんだ、どうだい、今夜このままってのは」
「お断りよ!離して!」
俺の身体に負担をかけないようにと考えてくれただろう草の上に、今は俺がナミを押し倒している。確かにここなら、この柔肌を傷付けなくて済みそうだ。
服の中に手を入れれば、その吸い付くような感触に下半身が熱を持つのを自覚した。だが、性的な目的で触れてるのに反応が微妙で、ただ触れただけでの反応として考えるなら敏感だが少しばかり違和感のある反応である為に気付いちまう。
元々敏感なタイプなんだとすれば、可哀想としか言えねェない。身体を足の間に入れて、自らの足で抑え込めば抵抗らしい抵抗なんざできる筈もねェのに足掻くその姿は、通常なら滑稽だろう。
だが……妙に唆られる。この容姿で、この感度で、だが恐らくは……。
「……ナミ、お前ェ、未経験か」
「どうでもいいでしょ。もうやめて、私は1応マルコさんの命の恩人に該当する筈でしょ?そんな相手に何してんのよ。恩を仇で返すつもり?」
「俺に〝抱かれる〟のは〝ご褒美〟としちゃ破格だと言われる事も多いんだがねぃ?」
確かに通常ならば、どうでもいい事だろう。まぁ、経験がある身体の方がただ襲うだけならばやり易いから、そのまま捨てるつもりならちょうどいいんだろうがねぃ。
残念ながら、俺は捨てるつもりなんか無いもんでねぃ。初めてだと言うなら、優しくしてやるつもりなんだが……本気でわかってねェのか、煽ってんのか。
そう思いながら処女でも感じる所を刺激してやれば、ビクリと反応したその身体。刺激してない所まで反応するそれに、これだけ敏感だから肌で天候を感じられるのだろうかと気付く。
「私は嫌よ!気安く触らな……ぁ……」
「……敏感なのに、ねぃ?」
「んっ……ふぁ……!やめっ……!」
身体は娼婦よりも淫乱で、なのに心は気高いとは……男好きするにも程がある。本気で嫌がってるのに、身体だけが簡単に男の手に堕ちるとか……俺ももう少し若けりゃ壊してただろうと思わされる程だよぃ。
その時子猫は、助けを求めて親猫を呼んだ。問題はその親猫の名だけだろう。
「ゃ……だ!助けて……おつるさん、シャンクス、ベック!」
「…………いま、なんて?」
最初はいい。至宝と呼ばれるそれは、知将鶴の懐刀だとも伝わっているから。
しかし、その後に続いた名が問題だ。その二人の名をセットで呼ぶならば、ほぼ間違いないだろう。
だが……認めたくはないと心が叫ぶ。それでも、女神ちゃんかよぃと、納得しちまうのも事実だ。
「これは、手強そうだねぃ」
「なに、いっ……て……?」
「悪かった。……手に入れた後、手放してもやれそうにねェよぃ」
後半は聞こえていないだろう。当身で落ちたその意識が、多分理解はさせなかったと分かってる。
さて、家族が待ってるから帰るかねぃ。コートで目立つその髪を覆い隠して、その腰にある紐を解くと俺の背から落ちないように縛る。
帰り着いたモビーでナミを解いて下ろすとコートで顔をしっかりと隠して部屋まで迷いなく連れて行く。だが、途中声を掛けてくる兄弟は多く、報告しに行くから待てと話して解放される。
部屋に寝かせた所で腰紐を返してやり、そのコートも身体にかけておいてから親父への帰還報告兼ねて兄弟に話を通そうと決める。俺が帰った事で嬉しそうに涙ぐむ兄弟と親父に心配かけた事を謝罪すれば、思いの外簡単に許して貰えた。
「マルコお前ェ、海楼石受けたまま嵐の海に落ちて、よく無事だったな!」
「あァ……それが今回持ち帰ったモノがある理由でねぃ」
「……まさか、海兵に助けられたのか?」
「そのまさかだよぃ。敵なのはわかってても、見捨てられなかったお人好しでねぃ。他に取られるには惜しくて持ち帰っちまった。……親父、義理の娘1人追加していいかよぃ?」
「つまりは、マルコの嫁枠か?」
親父の問に答えるように頷くと、親父は少し考えてから相手も了承してるのかと聞いて来る。ここで嘘をつくのは簡単だが……したくなかった。
嘘でもナミを嫁だと言えば、外堀から埋めるのは簡単だろう。海賊に囚われ、嫁だと周りから言われ続ければ、あのお人好しは逆らえなくなる可能性も高い。
「いや、今回は抵抗されたから意識奪って連れ帰ったくらいだねぃ」
「……マルコを助けたのに、拒んだか!!……マルコに限っちゃ、分別もつくだろうから心配してねェが……苦しめるなよ。その女がマルコに落ちたら、嫁と認めてやる」
そう言って笑う親父に、海賊らしく奪って来ちまう位には欲しかったんだよぃと笑ってから、俺は仕事も溜まってるだろうからと部屋に戻る。乱雑に積み上げられてる書類を想像して溜息を吐き出しつつドアを開ければ、キョロキョロしているナミがいた。
「目覚めたか。手荒にして悪かったねぃ」
「本当よ。……それで、何が目的?海軍と戦争したいって言うなら「ナミが欲しい」」
素直に伝えた俺に、ナミは首を傾げる。本気でわかってなさそうな顔でいるナミは、妙に幼い。
……鈍い子だねぃ。本当に。
「ナミを抱きたい。俺の女になれ」
「……へ?」
「まァ……断ったら、この部屋から出すつもりはねェけどなぃ」
惚けた様子を見せるナミに言葉を重ねだが、それでも状況把握が出来ないらしい。そんな姿も可愛いと思った時点で俺に勝ち目は薄いのだから、全力でいかせてもらおうと内心で嗤う。
大人の余裕?
そんなもん、糞の役にも立ちゃしねェ。今俺は、目の前にいる無垢な宝石が欲しくて堪らねェんだよぃ。
「こんにちは、可愛い女海兵さん。俺はお前ェさんを捕らえた、海賊の……男だ」
笑って言えば、ナミは漸く己の立場を理解したらしく、ビクリと身体を震わせる。それから微かに瞳に怯えを宿す。
それに劣情が刺激されそうになったが、直後に見せた毛を逆立てた猫のような姿に、毒気を抜かれちまう。フシャー!!と言われても納得しそうな様子に笑っちまったのは、当然だろう。
「今はまだ、無理強いはしねェよぃ。早くその気になって欲しいところだがなぃ」
「嫌よ!私、おつるさんの所に帰るんだから!」
その言葉にホッとしちまう。ここで赤髪の事を言われていたら、無理強いしないと言ったばかりの口で、恐らく容赦無く犯していただろう。
そんな自身の内心を隠すようにそっと笑い、俺は海賊の顔で告げる。逃がす気は欠片もねェし、見付けちまえば騒ぐだろうエースにその存在を知らせる気もねェんだよぃ。
「海賊が、自ら腕の中に落ちてきた宝石を持ち主に返すかよぃ。言ったろ、無理強いは趣味じゃねェって。……その気になって、俺の恋人になったら、部屋からは出してやるよぃ」
どれ程高貴な姫君でも、どれ程気高い海兵でも、海賊に見初められた時点でもう、逃げ場等存在しないのだ。呻くようにしつつも脱走を試みてると分かるそれに、小さく笑いながら俺は予想通りに積み上がっている書類へと手を伸ばした。
その様子を暫し黙って見ていたナミが、呆れた様子で手を伸ばして手伝ってくれたのには驚かされたが。……結局ナミは、恐ろしくお人好しな〝優しいお姉さん〟なのだと再認識させられるばかりである。
事ある毎に触れて甘やかしていけば落とせると思っていたが、心を開くごとに穏やかに、はにかむように笑うようになった甘やかな蜜柑。それに飢えながら泥沼に沈められて行くのは、寧ろ俺の方だった。