この作品には、序章があります。
死にかけた俺を助けてくれたのにも関わらず、俺の事を拒み、俺から何度も逃げようとしたナミとも漸く想いが通じ合い、今では見てる方が阿呆らしいとまで言われる程に仲良しだ。仕事をする時は互いに無言だが、そんな時間さえ愛しい。
優しく微笑むそれは海兵故のものか、それともナミ独自の物なのか。その判断はまだつきそうにない。
「マルコ……本当に追いかけないのかよ?」
「この島は……恐らく、降りると不味い島だからねぃ」
「だったら尚更!!」
この島を見付けたのもナミで、到着と同時にフラフラと降りて行った事を思えば……ほぼ間違いないだろうねぃ。そう思って大人しく待つ俺達の傍で、エースだけが理解できない様子でバタバタと動き回る。
姉離れ出来ないと言うべきか、今もまだ女として求めているからと言うべきなのか。どちらにしても、俺に掴みかかるのをそろそろ辞めて欲しい所だねぃ。
「マルコは、ナミが心配じゃねェのかよ!?」
「エース」
俺が名を呼べば、その手から力が抜ける。俺も別に、エースを虐めたい訳じゃねェんだがなぃ。
心配してない筈があるか。俺がどれだけ必死になって、ナミを手に入れたと思ってやがる。
そう言いそうになって飲み込んだのは、大人としての矜恃か。だが……同時に疑う事は不要だと知っているんだ。
「俺は、ナミを信じてるだけだよぃ」
笑う俺にエースは不満そうにするばかり。その時甲板がざわめき、振り向けばどうやらナミが戻って来たらしいと気付く。
モビーを見上げて困った様子で立つナミは、予想通りに何かを抱いて帰ってきた。心細そうにモビーと抱いてるモノを交互に見て、ナミは静かに目を伏せる。
次にその瞳が見えた時には、決意の色を強くしていて、だからこそ惚れたんだよなと思わされる。凛とした姿で戻ったナミは、皆に声を掛けられても困ったように笑うだけで何も答えず、真っ直ぐに親父の元へと向かう。
その様子にナミもこの島の事を知っていたのかと思ったが、親父の前でこの島に残りたいと言って腕を小刻みに震わせているのを見れば、違うと分かる。親父は俺を見て、ナミに視線を戻して、静かに笑う。
「降りたい理由は、その腕に居る存在か?」
「……っ」
声も出せずに震えるナミに、親父は困ったように笑ってそっとナミを抱き上げた。それにはナミも驚いたようで、けれども腕に抱くそのお包みは離すまいとするかのように大切に胸に閉じ込める。
守ろうとしているのが、誰の目にも明らかで、それだけ大切なのだと気付かされる。その時親父がそっとナミの頭を撫でた。
「それの顔を見せちゃくれねェか?」
「え?でも……」
戸惑うナミ。だが、俺も全身が心臓になったかのようだと思う。
ナミが、この世で最も愛する人物が……その腕に居るのだ。それがわかっていて、緊張しない筈もない。
ナミからの愛情を疑っちゃいねェが、ナミは〝家族〟を愛し過ぎている。その中には、エースも含まれていて、年齢的にも釣り合うからか時に不安になるんだ。
「情報が少なけりゃ、判断は下せねェ……。どんな顔でも、俺は誰も責めたりしねェぞ」
その言葉にナミは小さく頷くと、そっとその顔を見せる。それを見て、赤くなった俺は多分……当然の反応だった。
『心優しい女を呼び寄せて、その女が最も愛する者に擬態する植物が住まう島』
それが、この島なのだと俺は思っていたし、実際……俺に似た双葉の生えた子供が姿を見せれば疑いようはない。つまり、ナミは俺を……そこまで愛してくれている。
不安がとける。歓びが、全身を駆け巡り、叫びたいような気持ちになるのを自覚した時、親父の声が耳に届いた。
「……ナミ、降りる事は許せねェな」
親父の言葉で泣きそうに顔を歪めたナミに、親父は優しく笑う。そして、そっと何かを耳打ちしたと思うと、真っ赤になったナミと視線が絡んだ。
……どうやら、この島の事を聞かされたらしい。親父は三日は最低でも停泊だなと笑い、ナミを膝から降ろすから、俺は降ろされたところで座り込むナミに駆け寄った。
「大丈夫かよぃ?」
「マルコ、ごめん、なさい」
「ん?あァ……知らなかったなら、疑って当然だから気にするなぃ。だが、俺の子と呼んでも間違いじゃねェから……あながち問題はねェだ「でも!……マルコが子供を見捨てたのかもって……私、疑ったのよ!?」」
罪悪感からか素直に吐露したその言葉に、皆も息を飲む。でもねぃ、もし本当にその辺で失敗してガキができたのだとして……その後どこかの島で捨てられてる我が子を見たのだとしても、俺は見捨てるだろう。
未熟な俺には、自力で動ける兄弟すら守り抜けねェ。なのに、自力では飯さえ食えない存在を守り抜けるとは到底考えられないからなぃ。
「俺は海賊だよぃ。……もし、そうなっていたとしたら、俺はきっと見捨てる。海賊船で育てるよりは、親無しとして島で生きる方がマシな可能性が高いからねぃ」
「マルコ……」
「それでも……ナミは俺の子かもと思った瞬間に、海軍に帰るでも無く、1人で育てると決めてくれた。喜び感謝したとしても……責めたり出来るはずもねェだろぃ」
俺の言葉に泣き出したナミをそっと抱き締めると、そのまま唇を重ねようとして……俺達の間で俺を殴り続ける小さな存在に多少イラつかされる。俺のナミに俺がキスする時間くらい寄越せ、この糞ガキ。
「うー!あー!!」
どうやらナミを泣かせんなと怒ってるらしい子供に、けれどもナミは苦しかった?ごめんね……なんて言ってあやしてる。何だか、気に入らねェなぃ。
俺に擬態してるだけの存在が、俺に向けられるべき愛情を奪ってるだけの立場なのに、俺に歯向かうとは。これでナミに害が出ないなら、蹴り飛ばしてるだろう。
「おい、チビ」
「うぁ!?」
「ナミは俺の女だ。借りてるだけの分際で、邪魔してんじゃねェ」
「あああああ!!」
俺の言葉を正しく理解したらしい子供が、ナミの腕の中で暴れ出す。それを鼻で笑った瞬間、覇気を纏った拳が俺を襲った。
犯人を見ればナミで、呆れを隠さないその様子に大人気なかったと気付く。……まァ、ナミの涙も落ち着いたなら、それでも良いんだがなぃ。
「マルコ、大人気ない事しないで!……怖かったね。大丈夫よ」
……俺が大丈夫じゃねェよぃ。そう思って、溜息1つ。
その後親父の指示の元ナミは仕事を強制的に休みにされ、甲板で子供と過ごす事となった。ナミが過ごしやすい様にと甲板をセットする面々の動きの速さは、尋常じゃなかったがねぃ。
その後もナミと俺のミニチュアに纒わり付く家族に、苦笑しちまう。俺の幼少期はあんなだったかと思い返すも、少しばかり記憶が曖昧と言うか、流石にあの頃の事は覚えてねェなぃ。
1人でも歩けるのに、ナミから離れようとせず、家族にはツンツンと無駄に尖って見せておきながら、嫌われてないか不安そうに様子を見る。その姿は……何処か、この船に来たばかりの頃の自分を思い起こさせた。
それが妙に気恥ずかしく、ナミに笑顔を向けられるとそれだけで幸せそうにする小さな俺に女の趣味は悪くねェなぃと思う。子供は比較的好きな方何だが、コイツだけは気に入らねェのは……同族嫌悪だろうなぃ。
夜はナミと共に眠れるが、少しでもイチャつこうとする度に目覚める子供。それにより、ナミの安眠妨害をさせられないからと手を出せずに眠る日々となった。
この事でわかったのは、ナミが優秀で居ないと日常生活に支障が出ると言う事だ。どれ程助けられていたのか、こうなって初めて痛感する。
仕事は溜まる。ミスが増える。
喧嘩が増えて、俺のストレスが溜まる。そして……ナミが萎れる。
そんなに仕事したいのかと、仕事によりすり減ってる隊長達は思うがナミはペンを持ちたいと小さく呟いたので相当だろう。それでも子供が少しでも動けば、意識は全て子供に戻り優しく微笑むのだから大したものだと思うがなぃ。
そんな中で、早く元の状態に戻って欲しいと願う本当の理由は、ナミが優しすぎて、情に厚いからだ。この別れをナミの心は、耐えられるのだろうか。
その懸念が現実となったのは、別れのその日。森の奥へ入ると言うだけでなく、懸念材料があるからとナミと共にモビーを降りた俺に親父は言う。
「二人揃って帰るまで、出航はしねェから……焦らずにな」
言葉にされなかったが、ナミをちゃんと支えろと親父の眼差しが言う。それに頷けば、親父が行って来いと笑った。
歩き出して少しすると子供が歩きたいと意思表示して、それを見たナミがそっと子供を森の大地に降ろす。それだけで子供は嬉しそうにはしゃいで、やはり植物なのだなと思わされる。
穏やかに優しく微笑むナミの様子に、変わらない温かさに、俺は内心で怯える。耐えているのか、本当に別れの衝撃を考えてもいないのか。
どちらにしても別れた時、崩れるのは間違いたないだろう。俺はもう、それなりの年齢だが、ナミは若いから焦る事も無いと思っていたんだが……。
何より……もう少し、恋人で居たかったんだが……そろそろ本気で構えるしかねェなぃ。そう覚悟を決めて、ナミの背後を守るように歩き出す。
泥だらけで戻る子供に、あらあらと言いなが笑うのはこの子供が植物だからなのか、それとも男の子だからなのか。どちらにしても怒る事のないナミに、将来的には俺が怖い父親になるしか無いかとその様子を見て思う。
そして、森の奥。明らかに祭壇のようになったその場所で、子供はその祭壇に寄り添うように腰を降ろした。
木漏れ日の中、穏やかな顔をした子供はナミを見て笑う。幸せそうに。
「まー!あー……と!」
「私こそ、ありがとう。楽しかったわ」
どうやらナミには、子供の言いたい事が分かるらしい。俺にはサッパリだが。
俺に文句を言ってるのだけは、確実に伝わったのにな。不思議なもんだ。
「ぱー、イー!!」
今のは分かった。俺に対してイー!!と言っているのだ。ぱー、が〝パパ〟なのか〝パープー野郎〟なのかは不明だがなぃ。
そして、苦笑する俺を見て、またナミに視線を戻すと光に包まれる子供。その眩しさに微かに目を眇めた直後、光は急速に落ち着き……その場に残ったのは祭壇を守るように生えた樹のような植物。
本来の姿に戻ったのかと思った俺の傍で、ナミがフラリとその植物の元へ足を進めて、そっと触れたかと思ったら膝から崩れ落ちた。波をぽろぽろと落としながら、動こうとしなくなったナミの頭を撫でて、言葉を告げる。
「ナミは、甘やかしすぎだよぃ」
「ぅ……っ……」
「まァそれはもう仕方ねェから、次からは俺が叱ってやるよぃ」
少しの間をおいて、ナミが鼻をすする。本当に苦しそうに、声を殺して涙だけ流すナミに不器用だなと思ったら、可愛く悪態ついてきた。
俺に心配かけまいとしてるのだろう。それが分かるから、少しばかり切ない。
「それ……喧嘩の、間違いじゃ……」
「多少はそれもあるかもなぃ。だからこそ、次はちゃんと、父親らしくドンと構えててやるから……今回は息子の独り立ちを喜んでやれよぃ」
俺の言葉の意味に気付いたのか、ナミは驚いた顔で俺を見る。だから俺は、ここに来るまでに決めていた事をナミへと告げた。
「次は……女の子だと嬉しいねぃ。ナミに似てると最高だよぃ」
「まる、こ……?」
「今度は大人になるまで見守れるように、ちゃんと……ナミが産んでくれる事を願ってるよぃ」
笑いかければナミがまた涙を落とす。その涙を唇で拭いながら、ナミは俺のだと息子へと見せ付けるように、その場でそっと押し倒した。
俺達がモビーへと戻ったのは、翌朝を過ぎた頃で……意識の無くなったナミに森で何があったのかと心配する家族に、真実は伏せておくしか無かった。それでもまァ……親父と隊長格の兄弟にはバレちまってただろうがねぃ。
「孫の顔は、見られそうか?」
「そう、遠くないうちに叶えてやりたいとは思ってるよぃ」
笑う俺に親父は頷く。そして、無理させんなよと言われれば、鈍かった兄弟達も漸く理解出来たようで、無駄に心配かけんなよ!と叫ばれる。
そんな温かな笑い声を谺響させながら、俺達は大切な息子を残し、その島を後にした。後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。