若いとは、思っていた。だがまさか……16歳だとは、誰も思うまい。
俺が満足するまで貪った後で、動けなくなったその身体を清めてやり、寝かせた。そうして目覚めたナミに雑談として問い掛けたら、言ってなかった?なんて首を傾げてから事も無げに言ったのだ。
「私、16歳よ。もう少しで17歳になるけど」
それにより俺が声を失うと、幾つだと思ってたのよ。なんて困ったように笑うそれが、明らかに大人で……。
落ち着いた言動と多過ぎる知識が、そして凛とした空気と気高い精神が、俺の感覚を狂わせていたと今更気付く。もしも真に、嘘偽り無く16歳でこれならば、大人と呼べる歳になった時どれ程いい女になるのか。
海軍が必死に隠していたのもわからなくは無いな。確かにこれは、至宝と呼ぶに相応しい。
最近ナミの捜索に力を入れ始めたらしい海軍の目を誤魔化す為、ナミを船旅に誘ってさ迷っている。だがナミは知らない島を見る度に嬉しそうにするので、これはこれでやって良かったと思わされていた。
海軍から見つからぬ様に、四皇の縄張りを回って行けばナミは自らを探されているとは気付かぬままに、自由に海を渡り楽しそうに過ごしている。もう、手放すつもりは無い。
新聞を読んでいるとナミが伸びをしたのに気付き視線を向ける。とはいえこれだけつらつらと考え事をしていたのだから、新聞の内容なんてものは少しも頭に入ってはいないが。
ナミは立ち上がると海図を干して、船内の空気の入換を行う。そして、動きを止めると海と空を睨み付けた。
ガラリと変わったナミの纏うその空気に、これだから手放せぬと思う。同格の者と対峙した高揚感に近いものをナミから感じ取るのは、こんな時だ。
そっと算盤に手を伸ばしたナミが途中で動きを止めて、甲板へと飛び出して行く。長い髪が揺れて、駆け抜ける時に残る蜜柑の香りに、本当にナミは何で出来ているのだろうかと考えさせられてしまう。
続いて出て行けば、深い霧の中で霧を振り払おうとする姿に気付く。何があったのかと思いつつその様子を見ていれば、無言で何かに耐えながら倒れて行くその身体。
少しは頼れと思ったのが先か、それとも支えたくて手を伸ばしたのが先か。支えたその身体は軽く、小刻みに震えるその姿は儚い。
だと言うのに、俺に支えられるのを拒もうとする姿に苛立ちが強くなる。何故、俺を頼らぬのか。
「何故拒む」
「迷惑、かけたくないし、この程度の事で、甘える訳にはい「この程度、甘えには入らぬ」」
言葉を遮れば泣きそうな顔で俺を見上げる。そんなナミを抱き上げて、上官として生きてきたが故の甘え方を知らぬ様子に不器用だなと思わされるばかりだ。
小さく震えるその身体に毛布を巻き付けて、ここが赤髪の縄張り内だと思い出した俺は少し休ませる為に人のいる島に向かう事にした。それを伝えれば、ナミは小首を傾げてから初めて聞く言葉を口にする。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟とはなんだ?」
知らぬ言葉が続くので、まるでオウムのように言葉を繰り返すしか出来ぬ己に気付く。そうしてナミの様子を見れば、何処か物悲しそうしている。
そんな顔をさせたい訳では無い。上手くいかぬな。
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
「……うむ、確認しよう。……少し休め。すぐに医者にみせよう」
「そんな大事じゃ無いと思うわよ?……でも、正直、嬉しいわ。人質としての価値は、まだあるのね」
頭を撫でていた動きを止めた俺はおかしくは無い。撫でている感触もそうだが、今ナミは何を言ったのだ?
まさか、あれ程抱き潰して、想いも伝えて、それでも尚、伝わっていなかった……だと?
手を頭から離した時、そこからピョコンと姿を見せたのは、ナミに似合の長い耳。……うむ、似合うな。
直後に現実逃避している場合かと脳内で己に突っ込み、だが言葉は勝手に落ちる。本当にナミは俺を翻弄する天才だ。
「頭の上にあるものは……目の錯覚か?それと、ナミは未だ人質のつもりで居るのか?」
俺の言葉に慌てて身体を起こすと、小首を傾げて違った?なんて言いながらフラリと鏡の方へ向かう。
どう言えばナミに伝わる。身体で伝えても伝わらぬと言うのであれば、態度か?
だが、態度では常に示している。この俺がここまで大切に扱っているのに、何故伝わらぬのだ。
基本的には賢いと思っていたが、まさか恋愛面だけ壊死しているのか。そんな事を考えている間に自分の姿を認識して、尻尾の有無まで確認してから悲鳴をあげるそれに、俺は対応がおざなりになっていた。
「似合っている。構わぬだろう」
「似合うか似合わないかの話をしてるんじゃないのよ!!それに、私は兎より猫でしょ!?」
「まァ、ニャンニャンと鳴く姿は愛らしかったが……兎も充分価値はある。安心して良い」
「……?……えっと……?……!!違う!そういう意味じゃない!」
騒ぐナミをとりあえずベッドに沈めて、美味しく食した後で到着した島の医者にみせると近くの海域特有の現象らしく特に問題は無いとの話だった。なので、ナミを休ませた状態で欲しがっていた食材等を買いに行き、揃えてやればうさ耳をピクピクと動かしながら楽しそうに卵に絵を描いたりし始めた。
それを見て俺もゆで卵を1つ手に取ると、ナミへの想いを文字として描く。それを戻してまた次に手を伸ばして描いていくが、これが存外難しい。
……とは言え、単純に〝捕虜として考えてはいない〟とか〝女として愛している〟とか〝生涯手放さぬ〟等と書いたに過ぎぬがな。態度でも、体でも伝わらぬなら、これしか無かろう。
楽しそうに卵に絵を描き終えると、俺に完成したらしい卵を差し出して笑うナミ。それに俺も書いたそれを籠に纏めた状態の物を返す事で応えると、ナミはありがとうと言ってから卵を見て固まった。
俺はナミの描いた絵を見て、何故卵に蜜柑が描かれて居るのかと不思議に思い首を傾げる。それからその殻を割り、中身を食べてみれば塩がちゃんと染みていて美味い。
次の卵には風車が描かれていて、それにヒビを入れた時ナミが俺に声を掛けてきた。文字を書いたそれを纏めて渡したから、漸く全てを読み終えたのやも知れぬな。
「……ミホーク、これ、本当に?」
「偽りは言わぬ。……伝わっていないとは思わなかったので、流石に驚いたがな」
そう言って風車を剥ぎ取り中身を食べると、ナミが俺の書いたそれを籠ごと大切そうに抱き締めて、耳を揺らす。それから、そっと笑った。
「……私の、片想いだと、ずっと、思ってて……」
「待て。いつから俺を?」
思いも寄らぬそれに驚いて声を出せば、真っ赤になったナミはぴょんと跳ねて俺から距離を取る。それから俺の書いた卵を抱き締めたまま俺に背を向けて、内緒だもん等とほざく。
そんな兎を腕に捕らえて、そっと尻尾を撫でればそこが弱いのかビクリと反応するそれを楽しみつつ、頭上にある耳を唇で食みながら問掛ける。答えるまで、辞めるつもりは無いと言外に伝えながら。
「ナミは、いつから俺を……愛していた?」
Happy Easter……。男の問いに答えるのが先か、男に食されるのが先か、どちらにしても女には卵を食べる余裕等無さそうである。