ご挨拶
新聞を見ていたら、エースの事が載っていた。七武海への誘いさえあるかもしれないと書かれているそれを見て、エースがそれに応えてくれたら共に食事をしたりする事もやりやすくなるわねと小さく笑う。
「ナミ、楽しそうだね」
「おつるさんは、何だかお疲れですね」
「……ナミに、任務をやってもらわないといけなくなってね」
「また、おつるさんの側を離れるの?」
「そう言うんじゃないよ。私だって手放したくは無いんだからね」
「おつるさん」
「ナミ」
おつるさんに私が抱きついたその瞬間、私をおつるさんは抱き締めてくれて何故かくるりと位置を変えられ、私のいた所には重そうな十手が振り下ろされていた。そして、小さく舌打ちが聞こえてくる。
「スモーカー!?」
「俺達の遠征に比べたら1/10も行ってねェだろうが!大人しく行ってこい。……帰る頃には俺はいねェがな」
「え?」
「スモーカーは東の海に配属される事になってるんだよ。その代わり階級も上がって、あっちでのものだが〝大佐〟になれるよ」
その時私は、物語がそろそろ動き出すのだと実感した。私の知るスモーカーは大佐だったから。
その時少しだけ悔しそうに、葉巻の煙を吐き出しながらスモーカーが言うのを見る。そして、つい憎まれ口を叩くのはやっぱり離れるのが多少は寂しいのだろうか。
「それでもナミより下なんだよな」
「問題を起こしすぎなのよ、スモーカーは」
「お前と違って俺は現場主義だからな」
「だって……私本当は、おつるさんのサポートだけが任務だもん。階級なんか本当はいらないもん」
「〝もん〟じゃねェよ!ったく」
そんな穏やかな日々の中で、私は任務に出掛けた。まさかその先で、白髭海賊団とスペード海賊団の残党が戦う姿をこの目で見る事になるとは、欠片も思わなかったけれども。
大した任務じゃなかった筈なのに、白髭海賊団とかち合わせしてしまい、私は深く溜息を落とす。私が率いるのはいつも新兵か訓練生で、本来大将がそれをやるべきだけどそれをさせると兵になる前に死ぬからという事で私が訓練を担当してるだけ。
せめて中将にとなったけど、桃兎は過激だし、ガープさんは言うまでもないし、そう考えて行くと大半の仕事がおつるさんに回されてしまう。その為に私にも仕事が来てしまうのよね。
……海軍は色々な意味で人材不足だわ。
そんな現実逃避をしてる間にスペード海賊団が白髭海賊団に回収され、それを見ればエースも居るんだろうなと思わされる。それにしても、どうしたものかしらね。
こちらの存在に気付いているだろう白髭海賊団は、余裕の様子で此方を観察していて、新兵である彼等は既に戦意を喪失している。仕方ない、簡単に交渉しますか。
「すみませーん!戦闘の意志は無いので、少しお話だけさせて頂きたいのですが、お邪魔して平気ですかー?」
「「「大佐!?」」」
「まぁ、そんな訳だ。君達はここからマリンフォードまで帰るのが訓練だと思いなさい。来る時と違い私不在だ。……沈むなよ」
「「「そんな、大佐無しとか無理ですー!」」」
私がオンオフで口調が変わるのを知ってる新兵達は、気の抜けそうな声のかけ方にも動じない。おつるさんとか、スモーカーとか、ヒナと喋ってる時はこんなだと皆が知ってるから。
それでもキリッとしてる時の私にはいつもなら逆らわないのにと思いながら、情けない発言をする新兵に笑っていれば、不死鳥マルコが飛んでくるのが見えた。そして、船縁に降り立つと私を見て肩を竦めた。
「海軍の代表1人なら良いって親父が言ってるよぃ。誰が代表だ?」
「私です。では、向かいますね」
そう言って笑う私を驚いた様子で見る不死鳥マルコにクスリとしてから、新兵達に言う。活入れないと本当に沈みそうで心配だわ。
「私からの命令は以上だ!私なら1人で問題ない。おつるさんには心配しないよう伝えてくれ」
「「「大佐ァー!」」」
泣くな!と1喝してからモビーディック号に月歩で移動すれば、そんな私に不死鳥マルコは楽しそうに笑う。甲板に降り立った私はお邪魔しますと笑ってから船長さんの元へと向かう。
足取りが軽い?
そりゃ、戦わない予定で白髭さんと会えるとなれば足取りも軽くなるわよ。そう思って歩けば、白髭さんが覇気をぶつけてくるので酷いなぁと思って肩を竦める。
そんな時に白髭さんにエースが挑みかかり、海に落ちた。それを見てしまえば咄嗟に助ける為に飛び込んでしまうのは、既に反射条件だと思う。
沈むエースを抱えて海面に顔を出せば浮き輪が投げられたので、それを掴んで引き上げてもらうと変な物を見るような目で見られてしまった。でも、ほら、エースが落ちたんだもん、しょうがないじゃない。
「……ナミ?」
「あ、エース起きたの?」
「あァ……って、待て。なんでナミがここに?」
「白髭海賊団と、戦う意志は無いよって話をする為に来たのよ」
「そっか……って待てよ!そうじゃねェ!」
エースはどうしたというのか。何やら混乱してる様子に私は心配になり、エースの額に自らの額を付けてみる。
熱は、無さそうね。だとしたら、どうしたのかしら?
「エース?」
「……あァ、うん、ナミだな」
「嗚呼!そうね、お互い大きくなったわね。エースが青年っぽくなってて私も驚いたわ」
「……それもだけどよ、てかナミは中身が何も変わってねェよ。変わらなさ過ぎだよ。……いや待てそうじゃねェ、それ以前にだ!ナミなんで正義のマント……ジジイから借りたとかか?」
「阿呆か!いくらガープさんでも貸さないわよ!私、海軍本部大佐です」
キリッとして言えば、エースが嘘だろうと呟いた後で怒鳴る。まだ私がエースを抱えているから、至近距離な訳で.......当然耳が痛い。
「赤髪のシャンクスとあんだけ仲良くしてて、どうして海兵なんだよ!?寧ろなんで、シャンクスの船から降りてんだよ!?」
「エース、お姉ちゃんも生きてるからね、色々あったのよ。エースの活躍は新聞で見て、ガープさんとお煎餅食べながら喜んでたのよ」
「海兵が海賊の活躍喜ぶなよ……」
エースが脱力したので、海水の威力は凄いなぁと思いながらも少し心配していたら、白髭さんの笑い声が響いた。何事かと視線を向けると、今にも窒息しそうな程に笑っていて、どうしたのかと本気で思う。
「白髭さん?」
「いやァ、珍しいもんを見たな。小娘、エースの知り合いか?」
「はい、エースは私の義兄弟と言うか幼馴染というかで、私が姉の位置に該当します。弟がご迷惑をおかけし「挨拶する事はねェ!俺は、あいつをぶっ倒すんだ!」」
……いや、それは無理でしょ。実力差考えなさいな。
ついでに懸賞金の額を考えてよ。幾ら既に危険値を示す物で実力とは無縁の世界にいる人達でも、これだけ金額差があって勝てると思うのは流石に頭が心配になるわ。
そう思ってエースを見たら伝わったらしくて、顔を赤くして1気に文字通り燃え上がるから、困った子ねと思う。とりあえず落ち着かせようと覇気を纏い股間を蹴り飛ばせば、呻いて崩れ落ちたエースに、周りが静まった。
「俺、初めてエースが哀れに思えたよ」
「言うな、ハルタ……。後でなんか、肉料理作ってやるか」
そんな会話がやけに大きく響く中で私は白髭さんに向き直り再び挨拶すると、姉はマトモかと白髭さんは楽しそうに笑う。それから海軍としては基本的に、暴れている場合を除き白髭海賊団との戦闘の意志は無いと伝えれば、白髭さんもまたそれに頷いてくれたので私は安心して肩から力を抜くと、帰る為に立ち上がる。
その瞬間エースに背後を取られ、あらと思ってる間に拘束が強まり動けなくなった。久々だから甘えたいのも分かるけど、私はもう帰らなきゃ。
「エース、いい子でね。私は帰るから」
「帰すかよ!ナミは、俺と……」
「どうやって1緒にいるつもりなの?」
「え?」
エースはキョトンとしてるけど、私はおかしい事は言ってない筈よ。だって、エースは今根無し草だもの。
「エースは今1人で船もない。ここに居候でしょ。海軍にも入らないでしょうし、エースが白髭さんに勝てる筈ないもの」
「なん、だと!?」
「今のエースには、絶対勝てない。実力不足に加えて冷静さも無い。その状態で明らかに普通なら敵となるべき私を抱えて、どうやって戦うつもりなの?今のエースは〝元スペード海賊団の船長〟でしかないのよ」
そのスペード海賊団も現在は白髭海賊団に挑み、結果敗北して、現在はエースの決断待ちだと言う事を知っている。仲間の事を気にする事さえ出来ない今のエースには、何かを守る事も得る事も出来ないだろうと思う。
エースは私の言葉に呻くと、力無く崩れ落ちる。私では今のエースの棘は取れないし、取れるまで1緒にいるとか出来ないもの。
そんな事したら、私帰る場所を無くしてしまうわ。おつるさんに迷惑かけたくない。
それをどう伝えようかと思ったら、背後から伸びてきた手が私をつまみ上げて、膝に落とされた。そんな事を出来るのは1人しかいないので、どうしたんですかと振り向くと楽しそうに笑われてしまう。
「エースの心が落ち着くまで居てやれ!」
「出来ません。私、そんな事したら賞金掛けられちゃうもの」
「そうなったら、護ってやるさ。なァ、息子達?」
白髭さんの言葉に笑うクルー。どうやらエースとのやり取りで、私は気に入られてしまったらしい。
「確かに戦闘能力はありませんが、守って頂く理由もありません」
「……エース、お前の姉希少種だな。貰っても良いか?」
白髭さんが巫山戯た調子で言葉を口にすると、エースが文字通り燃えながら挑みかかり、やはり片手で海に落とされてしまった。それにより、咄嗟に助けに行こうとする私を白髭さんが止める。
「エースが可愛いなら、残ってやれ。悪いようにはしねェからよ」
白髭さんの言葉に、私は仕方ないかと思って笑う。だって、どうしたってエースは可愛い。
そのエースが落ち着くまでは、私だって本当は側を離れたくなんて無いもの。だから私は暫くご厄介になりますとお辞儀をしたけれど、まさかこの時既にエースの嫁枠で数えられているとは思いもよらなかったし、エースが私を想ってるなんて欠片も気付いてはいなかった。
海軍としての安定した生活よりも、そこにいる大切な友人達よりも、優しい祖母のようなおつるさんよりも、その全てを失う事も厭わないでエースを選んだ。その時点で本当は、私もきっと……エースを何処かで想っていたのかもしれないけれど、それさえもこの時の私には分からなかった。