この作品には、序章があります。
何度も何度も想いを伝えて、漸く恋人と呼べる関係になった。キスしても挨拶だし、襲いかかっても〝エース、溜まってるのね〟扱いだし……良く恋心を伝えられたと自分でも思う。
それでも、今は俺の彼女だ。恋人なんだ。
そう思うのに、つい今しがた1人で船を降りて行くナミを止める事も出来なかった。元々が海兵だったから、1人で行動される事に対して怖いのが正直あるってのに。
このまま帰らなかったらどうしようかと、仲間に連れ戻されたらどうしようかと、他の海賊に連れ去られたらどうなるかと。そんな不安が常に付き纏う。
そんな俺に気付いていて、親父はナミが戻るまで誰もモビーを降りるなと厳命する。それに逆らう奴は、この白髭海賊団において1人たりとも居ないだろう。
でも、納得行かねェよ!そう思って居たらナミが何かを抱えて帰って来た。
「ナミ!!」
喜びから声を出した俺にナミは困ったような顔を向けて、無言のままモビーへと戻って来た。その様子が明らかにおかしくて、どうしたんだと手を伸ばしたのに……いつもなら笑って近付いてくれるナミが、俺の手を躱して移動する。
「ナミ?」
迷い無く親父の元へ向かい、静かに腕の中に隠してる存在を見詰めるナミに、ソレがあるから俺に近寄らなかったのかと気付く。でも、だとしたらアレは何だろうか。
大切そうに抱いて、俺よりもナミが優先するもの。そんなの、ルフィと実家の家族しか今迄居なかったのに。
「親父様、あの……」
「どうした?」
「私を、この島に残しては貰えませんか」
呼吸が止まるかと思った。震えるナミに思わず大きな声を向ければ、ナミは泣きそうな顔で俺を見て、言う。
俺の声を遮るように。俺の叫びは無かったかのように。
「私、この子を育てたいの!でも、海軍上がりの私が皆に迷惑かけるなんて許されな「ナミ、それの顔を見せてみろ」」
ナミの言葉を遮ったのは俺の怒りに震える声ではなく、親父の優しい声。それによりナミは親父を見上げて、そっと布に包まれていたソレの顔を見せる。
そこに現れたのは間違い無く……幼い頃の、俺だった。それにより息を飲む俺と、それを見て暫し固まってから、皆の視線が俺へと向けられたのが分かる。
「エース?」
誰の声なのか、俺にも判断できなかった。だが、ナミが俺に近付かなかったのは、身に覚えはねェが、俺に似過ぎたソイツのせいだと分かる。
俺だってもしもナミに瓜二つの子供を見たら、ナミの隠し子だと思うだろうから。ナミが手放すなら余っ程だろうとか、そういう事も含めて考えるだろう。
どうしたらナミの手元に返してやれるか考えると俺も思う。となれば、ナミは俺の元へ返すのでは無く、自分が育てたいと決意したとしてなんの不思議があるだろうか。
「ナミは、そんなにエースが好きか」
「へ?」
「この島には、女を呼び寄せる植物が居る。その女を媒体にして、繁殖す「あー!!わかったから!辞めて親父様!!言わないで!!」」
親父の言葉を遮ったナミは真っ赤で、隊長格の大半はそれにより俺を見てニヤニヤと笑い出した。何だろうかと思えば、ナミは茹だっていて……?
「……ナミ?」
「ひゃい!?」
「どうした?」
プスプスと音が聞こえそうな程に熱くなってるのが分かる。罪悪感からか、泣きそうにその瞳を潤ませてるのだってわかってるんだ。
「あ、あのね、この子……」
「俺の子だと思ったのは分かる。それは当然だし、怒ってねェよ。植物なのは驚いたけどな」
俺の言葉にナミはごめんなさい……と謝るから、俺は気にしてないともう1度伝える。でも、なんでナミはこんなに赤くなってんだ?
突然過ぎるから、熱とかじゃねェよな?
そもそも病気系の熱なら、マルコが放置してるのは可笑しいしよ。何なんだ?
「……お、やじ、さま」
「あァ、三日の停泊はするから安心しろ」
わかってる感じの親父の反応に俺が少しむくれると、親父は機嫌良さそうにグララララと笑って、皆を見てから鷹揚に頷く。そして言った。
「この島の植物に選ばれ、呼ばれた女は、植物と繋がる。だから、女の連れ帰った植物と同じダメージを受けるから、そのガキを攻撃したりするなよ」
「あァ……」
「植物は愛されて三日経過したら、島にまた根付くから、そうしたら出航できる。……その間、植物は愛されやすいように、女が〝最も愛する者〟の姿に擬態するという特性があるんだ。ナミを、責めるなよ」
最後に、寧ろ喜んどけ馬鹿息子と笑った親父の言葉にナミはあわあわして、俺は遅れてその意味に気付く。その結果、俺は文字通り発火してハルタから海水をかけられちまった。
「ハルタ……」
「モビーが燃えたらどうしてくれんのさ。辞めてよ」
嫌そうに言うハルタに反省の色は無くて、俺は舌打ちすると押黙る。それから真っ赤になってるナミに手を伸ばして、嬉しいと言ってから抱き締めようとしたけど、その腕の中に居る小さな物体に殴られた。
見れば明らかに威嚇して来ていて、俺に向けられる筈の愛情で育つ癖にと思えば苛立つのも当然。それにより睨み合いをしていたらナミから頭をスパコーン!!と殴られちまった。
「何すんだよ!?」
「こんなに小さい子と、同レベルで喧嘩しないで!」
「ナミは、俺と、この若い男のどっちが良いんだよ!?」
「なっ!?なんて言い方するのよ!!私が信じられないなら、もう好きにしたらいいじゃないの!エースの、馬鹿ー!!」
そう言って俺に覇気を纏った蹴りを入れて立ち去るナミに、兄貴達が揃って頷いた。その後俺が謝りに行くとナミの方からごめんねなんて言われちまう。
疑った訳じゃ無くて、寂しかったんだと呟く俺にナミは儚く笑って……全てを許してくれた。その後結果的にナミは日中に関しては甲板でそのガキ抱いて過ごす事になったので、この島にいる間は仕事禁止にされてるらしい。
それもあり弱った様子を見せるナミに、サッチが甲斐甲斐しく菓子を運んだりしているけど、ナミは大丈夫と笑うばかり。ナース達も兄貴達も優しくナミとガキを構い、ナミもまたそれに応える。
ガキはナミにだけ懐いて、他には嫌そうに対応していて……なんか、身に覚えがあり過ぎて嫌だ。ナミは俺のって思ってるのが、その植物から嫌になるくらい伝わる。
特に、俺に対するソレが顕著で、近づく度に俺と植物が喧嘩するからかナミが悲しそうにするんだよな。でも、ナミも悪いんだぞ!?
「俺のナミなのによ」
甲板掃除をさせられながら呟けば、俺の近くを銃弾が通り過ぎた。頬に僅かに傷がついたので、まさかと思って振り向けば笑うイゾウが立っている。
「情けない事、言うんじゃねェよ。ナミは、エースの子だからって理由だけで育てる覚悟して、この島に残ろうとしてくれたってのに」
「え?」
「初めに降りる事を許してくれと言ったのは、そういう事さね。だと言うのに、父御がそれじゃァ……頼りにはならないと判断されても仕方の無い事だろうよ」
イゾウの言葉で顔が熱を持つ。ナミは、俺の子だと思ったから、あれ程に愛しているのだと伝えていたと言うのか。
それに、そうだ、そもそも……俺を誰よりも愛してるから、あのチビは俺の姿な訳で……。と、そう思えばあの生意気なガキも……?
視線を向けるとナミは絵本を読み聞かせていて、それの絵をキラキラとした眼差しで見詰める子供は少しばかり可愛く見える。何を読み聞かせてるのかと耳をすませば、ナミが描いた親父の話で……そうか、俺は親父の事はそんなに小さくても好きなのかと頭を抱えた。
確かにあの子供はナミごと親父に抱き上げられたりしてるもんなと思えば、ある意味当然なんだろうが。親父曰く、小さな俺は本当に小さ過ぎて壊しそうだからとの事で、ナミ毎抱く事については誰も何も言えなかったのは当然だろうと思う。
そんな日々の中、当然の事として俺がナミに近付くのを子供が妨害するから、俺はキスのひとつも出来ずに過ごしている。頭上にある双葉が育ち、今では花の蕾もできているから、別れの時は近いのだとわかっていても……不愉快な気持ちは持続中だ。
さっさと俺にナミを返せと思うのは、俺がナミに触れられないからだろうか。それとも、俺の心が狭すぎるからだろうか。
そんな日々の最終日、早朝からナミは子供の世話をしていて、その様子が少し悲しげに見えて首を傾げた。何で、そんなに悲しそうなんだろうかと、俺は不思議に思いながらその様子を眺めていたけど、その答えには辿り着けない。
植物を森に返す作業については、ナミ1人では帰って来られなくなる危険性が高いとして、親父に厳命され数名が付き添う事になった。何か危険があるのかと戸惑う俺に、肉体的な危険はないと思っていいと親父は苦笑したけど、なら何でマルコと俺は必須なのか。
どちらも、戦闘力が高過ぎる位なのは皆もわかってるってのによ。そもそもナミが怪我するなんてのは、誰かを庇う以外基本的に有り得ねェのに。
その上他に来るのがサッチとイゾウで、皆も心配そうにナミを見ていたのが何とも言い難い。何が起きてるのかと思いながらナミの隣に並んで歩けば、ナミは子供を抱いたまま下ろそうとしてない事に気付く。
いつもは歩きたいと示せば歩かせてたのに……?
子供がナミの腕の中で暴れ出して、ナミはそれを悲しそうに見てからそっと下ろしたけど、その手を離そうとしなくて……。そんなナミの肩に手を置いたのはサッチだった。
「ナミちゃん……」
「……っ!ごめん、なさい」
「構わねェよ。その為に、来たんだ」
サッチとナミのやり取りが、俺には全く理解できない。けど、子供の手を離したナミは、駆けていく子供を心配そうに見守り、その奥へと進んで行く。
けれども突然振り向いたり、戻って来たりする子供にナミは優しく笑うと、それ等を全て受け止める。それは、幼い頃の俺達にしてくれていたのと何も変わらないように見えた。
その後、実際子供と別れる瞬間まで優しく微笑んでいたナミが、光と共にその姿を植物へと変じたのを見て、何も思わない筈がなかったんだ。涙を流す事も無く、ただ呆然と立ち尽くすナミをそっと抱き寄せたのは、マルコで……。
それでも反応しないナミに、イゾウが着物をばさりと頭から被せた。その状態のナミにそっと手を伸ばしてマルコから引き継ぐように抱き締めると、小刻みに震え始めたから……だから、親父がこの兄貴達を連れて行けと言ったのだと気付く。
俺だけなら、何も出来なかった。そして、兄達だけなら、ナミは……泣けなかっただろう。
涙が枯れるまで、好きに泣いて欲しい。その傷に気付く事さえ出来なかった俺の分まで、息子を想って泣いて欲しいと願うから。
「ナミ、俺がもう少し大人になったら……」
「ぅん?」
「……弟か、妹、産んでくれよ。もう、手放さなくて良いように、ちゃんと守れる強さを手に入れるからさ」
俺の言葉で余計に泣き出したナミは、けれども声を出して泣く事はない。愛しいナミに、今度こそ消えない家族をと願った俺は我儘なのだろうか。
いつの間にか距離を置いてくれていた兄達に感謝しつつ、俺はナミが泣き止むその時まで、付き合う事を決めた。優しさ故にナミが苦しむと言うなら、その苦しみも俺が溶かしてやると心に誓って。
泣き腫らした顔で帰ったナミを、家族は優しく迎え入れてくれるだろう。そんな事を思って俺はただ、ナミが涙と共に流れて消えないように、強く抱きしめるしか出来なかった。
俺にとっては長くて、ナミにとっては短い三日は、こうして終わりを告げて行く。後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。