捨て犬
そろそろエースは白髭海賊団に入る頃かしら?
訓練生の動きを見ながらそんな事を考える。突然姿を現した大型ルーキーに七武海への誘いがあったのは、至極当然と言えるだろう。
けれどもエースはそれを拒んでくれた。もしも受けていたら、後に親の事が知られた時にいつでも暗殺出来てしまう状態になる。
……本当に、良かった。まだスペード海賊団の動きが収まり情報を得られなくなっただけで、エースが白髭海賊団に所属になったなんて事は書かれていない。
その情報が書かれるのと同時に、私はマルコさんにまた手紙を書くつもりだけれど、海軍の人達に気付かれたら色々終わりよね。そんな事を考えていたら、時間になったようなので解散を告げて明日の帰還に備えるようにと言う。
それに対して訓練生達は元気に返事をして敬礼するから、微笑みながらそれにまた返事をする。そうして1人になった所で、独創的な髪型の人に声を掛けられた。
「初めまして、海兵さん。君に、会いたくて来たんだけど……俺の自己紹介は必要?」
「……白髭、の」
そこまでしか言えなかった。だって私はこの人に〝エースが殺されない為に生きていて欲しい〟と願ってる駄目な奴だから。
そこでハッとした私は慌てて踵を返す。だっていくら四皇は無益に戦わない事が定められていても、馴れ合って良い筈は無いから。
咄嗟に剃まで使って逃げたのに、私は腰を抱かれてしまっていた。そして、私は首に衝撃を感じるのと同時に意識を失ってしまっていて、その意識が落ちる時情けないなと苦々しく思う。
隊長格相手に、逃げ切れると思った私が馬鹿だって?
光る大将からだって3回に1回は逃げられるんだから、今回だって逃げられると思うじゃない!
意識が浮上すると知らない部屋にいて、着衣に乱れは無く武器も揃っているけど、海楼石の手錠をされている。ただし、片手だけ。
有難い事に左手がベッドの柵と繋がれているだけなので、私は髪留めに使っていたピン1つを抜いて少し集中してそれを外そうとする。途中良い当たりを見付けて外すと拍手が聞こえて、ビクリと身体全てが揺れた。
恐る恐る振り向けば、私を捕らえた犯人たるサッチさんがいて、集中し過ぎたと焦る。どうしよう、助けておつるさーん!
心で泣き叫んでも当然助けは来なくて、なのに私の口は勝手に言葉を紡いでしまう。それも挑発的に。
「あら、何かご用?」
「ご用だから、連れ去ったんだよ。なァナミちゃん、どうして俺を助けようとしてくれたんだ?」
「……何の話か、私には「ずっと探していた。未来を見るこの手紙の送り主は誰なのかってな。見つけ出すのに、苦労したが、見つけたからには、二度と逃がすつもりはねェぞ」」
言葉を遮られて、私はどうしたら良いのか分からなくなる。それが欲望にギラついていてくれたら、私だってこれ程悩んだりはしないのに。
冷静な瞳と優しげな雰囲気、そして、現状危害は1切加えられて居ない現実。そんな状態で無ければ、泣き叫んでいたかもしれない。
「……私は、何もしてません。ただ、大切な人に生きて欲しいと願っただけ」
「その、大切な人は俺じゃねェよな。海楼石も効果無しとなると……ナミちゃんは何者なのか俺、流石に気になるんだけど」
「私は、海軍本部大佐のナミ。それ以上でもそれ以下でもないわ。貴方が四皇のクルーだとしても、これは戦争になりかねない行為よ!」
そうだ、おつるさんは許さないだろう。ガープさんだって、桃兎だって私の為にって動いてくれる。
スモーカー、ヒナ、タシギも掛け合ってくれるだろうし、ドレークさんとTボーンさんも動いてくれようとはすると思う。何より、センゴクさんが……!
「……そうだな。それはそうなんだが、あのままだと逃げられると思ってついな」
「私を、拷問にでもかけますか?何も、語るつもりはありませんけど」
「……俺の拷問、ハルタとかイゾウ程じゃないけど、キツいよ?ナミちゃんが、泣いたからって許したりしないけど、そう迄しないと話してくれない?」
困ったように問い掛けてくるサッチさんに、私は不敵に笑ってみせる。拷問されるのは馴れてるし、これ迄だって1度も何も情報を人に渡した事は無い。
その私の顔を見た瞬間、サッチさんは困ったような顔になり溜息を落とした。それからベッドから少し離れた位置に、椅子を置いてそれに腰掛けると私を見詰めて来る。
「……俺さ、恩人に会いたくてずっと探してたんだよ」
突然語り出したそれに、私は静かに耳を傾ける。するとどうやら私だと当たりを付けてから色々探り、10日も前から私の事をあの島で観察していたらしいと知り、背中に冷たい物が流れた。
「それでさ、俺は……ナミちゃんに惚れたんだけど、試しに付き合ってみない?」
.......何を言われたのか分からない私は、馬鹿ですか?
呆然と見つめれば、サッチさんは優しく笑ってそっと立ち上がると私を怯えさせないようになのか、ゆっくりとした動作で私の髪に触れる。そのまま口付けると、男の顔で私を見た。
「返事は待ってやるから、決まるまでこの部屋にいろよ。……あァそうだ、エースは居るが……返事決まるまでは会わせねェからそのつもりで」
「エースが!?」
「反応良いな。……ナミちゃん、とりあえず何か食うか?作ってきてやるよ」
答えに私は詰まる。いらないと突っぱねるには、サッチさんのそれは温かくて……ゲンさんみたいに思えてしまって……私は、何か頼まなきゃと考えて言葉を発する。
「……なら、葛湯をお願いします。それと、焙じ茶」
「食うかって聞いたつもりなんだが……まァ良いか。何も危害を加えるつもりはねェ。だから頼む、変な抵抗はしないでくれ」
優しく笑うその顔が何処か泣きそうに見えて、私は何も言えなくなる。いくら良い人達だと知っていても、相手は海賊なのに……。
そして、私は海兵なのに……その泣きそうな笑顔が気になってしまう。抱きしめて、甘やかしたくなる。
多分私は、捨て犬に弱いんだ。だから、この優しい大型犬を突き放せない。
「……紙とペン。それから、インクを私の指定した物で揃えてくれるなら、この部屋から出なくても別に構わないわ。後は、そうね……何か楽器を貸して」
妥協して言葉を伝えればサッチさんは嬉しそうに笑って、すぐに用意すると言ってくれた。それに私は頷いて、出て行く背中を無言で見送る。
妥協……した、つもりなのに。どうしてかしらね、嬉しそうな顔を見た瞬間に、このまま傍にいてもいいんじゃないかって……そんな事を考えてしまったのは。
下手な連絡をすれば戦争になる。それも、文字通り私のせいで。
なら、もう少しだけここでお話するくらい良いかな。だってほら、戦争になるのは困るんだもの……。
そうよ、悲しげな笑顔じゃなくて、楽しそうに笑って欲しいなんて、そんな事……別に……思ってないんだから。捨て犬みたいな瞳が、心を締め付けてなんか……いないんだから。
自分にそうして言い訳をしている時点で、私の心は随分とサッチさんに傾いていたのだと、この時の私には分からなかったし、分かりたくなかった。それでも、優しく笑うサッチさんに餌付けられるようにして、部屋で大切に守られていては……私がサッチさんに籠絡するのはきっと、時間の問題だったのだろう。