覚悟
私はいつもと変わらない日常の中に居た筈だった。今私の傍にいる訓練生は、この航海を終えれば海兵の見習いになれると言う1番気を抜いてはいけない最後の航海の真っ最中である。
雑用を経験しなくても初めから海兵を名乗れる彼等は、1般公募ではなく学生を終えて来たエリート街道を行ける人達だ。勿論実力も伴わなければ、悪事を元に上ったのではおつるさんからの検査とか大将赤犬のマグマとかで、儚くなるリスクもある。
それでもここに居る子は比較的皆真面目であった事から、それなりの所までは上って……そこで止まるだろうなって感じの人達。中尉位が関の山ってな所かしらね。
そう言えば……私は彼等よりも下の立場で入軍をした形になるのかと、ふと思う。保護されただけである筈の私は、1応おつるさんの雑用が肩書きだったのだから。
でも、これを言うと大将達は声を揃えて、最初から将校のランクに近かっただろそれなんて言うのだから分からない。だって、何をどう言い繕っても雑用は雑用だもの。
……寧ろ叶うならずっと、雑用でいたかったな。なんでそんな、走馬灯のような回想してるのかって?
……いや、ね、白髭の船を見つけたこの子達が攻撃仕掛けちゃったのよ。私はその時仮眠タイムで、戦闘の音で目覚めたら全員命はあるけどみたいな状態で、綺麗に簀巻きにされていたというね。
1応今は様子見る為に姿隠してるけど、この状況は頂けない。だって相手の船を見たら、小舟に毛が生えた程度の物なんだもの。
「……何故、私に確認しなかった。そもそも四皇には手を出すなと教えられている筈だろうに」
今更言っても無駄なのは分かってるけど、この状態をどうしたらいいのか。とりあえず小声で近くに居た人に声をかけたが、答えは無い。
答えれば私の居場所を知られると思っての配慮か、それとも答えられないのか。白髭と事を構える訳にはいかないし……どうしたものかしらね。
相手さんは5人、内1人しか知ってる顔は無いけど、あれは明らかに白髭海賊団だわ。今の私がやるべき事は、彼等を無事に本部に帰す事のみ……。
明らかに買い出し船でしか無いそれを軍艦が攻撃して負けたとか……悲しいなんてレベルの話じゃ既に無い。しかも唯一知ってる顔の、相手さんの情報を私はあまり持ってないのよね。
溜息をつきたくなるけど、それには何の意味もない。そんな時に唯一知ってる顔のその人が言葉を発した。
「責任者の首だけで納めてやるって言ってるんだから、上官1人差し出「大佐は悪く無い!差し出せるか!」」
「責任者は、私です。そして、私が悪いんだよ君達。部下の不始末は、上官の失態だからね」
いつまでも様子を見ていても仕方ないからと、寝起きなのもあって少し髪が乱れてるのを気にしつつ姿を見せれば視線が絡まった気がした。……本当に、美人だわ。
「……女か。隊長、どうしますか?」
「首1つと言ったのはこっちだからねェ……1旦連れて行くさね」
「巫山戯るな!海賊!」
簀巻き達が騒ぐのを聞いて思わず口を開く。この子達は比較的素直にこれ迄頑張ってたのに、どうしてこんな事になったのか。
「黙れ!……今回の件は此方に過失がある。私1人の首で済むならば、安いものだよ。君達は帰還し、おつるさんに説明しなさい。間違ってもセンゴクさんやガープさん、大将達には報告しないように」
「「「大佐!」」」
「お見苦しい所をお見せしました。これらはまだ海兵とも呼べない存在です。どうか、私の命1つで御容赦を」
「若く美しい女海兵が、海賊に捕まる意味は……分かってるのかい?」
膝をついて頭を下げていた私の元に歩み寄りながら、唯一の知った顔……16番隊隊長のイゾウが問い掛けてくる。それは、何処か冷たささえ感じるようなもので、体に変な緊張が走る。
拷問という物の中には、それも含まれるのは私だって知っている。この体は男性経験も無いし、怖くないと言えば嘘になるけど、私にはこの子達を守る責任がある。
白髭海賊団は海賊の中ではまともだと知っていても、私は〝海兵〟だもの。それに、シャンクス達も人を殺す事に躊躇いはなかった。
「理屈は、理解しています。しかし、求められているのは私の〝命〟1つであったかと思いますが?」
「拷問の末に……なんて可能性もあるだろう?」
嘲るような言い方に、私は瞳を閉ざす。何かを試してるのは分かるから。
何だろう。イゾウさんは何を知りたいんだろう。
「……覚悟の上です。どうぞ、お連れください」
私の言葉にイゾウさんは小さく立てと命じるので、それに素直に従う。すると首元の服を掴まれて、直後に唇が重ねられた。
「ん!?……ぅ……」
「……覚悟、してるんだったね?」
僅かな唇の隙間から問われて、いつでも銃を抜けるようにしているその姿に私は抵抗を辞める。簀巻き達の生殺与奪は、イゾウさんが持っているのだ。
震えるな、私。大丈夫よ、白髭海賊団は馬鹿じゃないもの、殺されはしないわ。
別に操を立てるべき相手がいる訳でなし、この子達の命を守れるのならば安いくらいよ。相手がアーロンって訳でも無いんだし。
「……どうぞ、お好きに」
それにもし、本当に辱めを受けるようなら舌を噛んでやれば良いだけ。通常の拷問ならいくらでも耐えてみせるわと心で誓ってイゾウさんを見れば、愉悦にその表情を歪めているのが分かった。
何がイゾウさんの琴線に触れたのか分からないけど、なんか、良くない気がする。全身が粟立つような、なんとも言えない感覚に襲われる。
「……貰って行こうかね。名を、教えてくれるかい?」
「古来より名を相手に教えるのは心を許すと言う意味があります。私は、海軍将校。海賊に……名を教えるつもりはありません」
「……いい、答えだ。気に入ったよ」
なんで、気に入られたのー?今生意気だったよ、私。
そんな事を思いつつ内心で泣いても、表面的には強気に無表情を貫いてる。こんな時にアーロンの所にいた経験が活きるのだから、やるせない。
私は連れ去られるように白髭海賊団の船へと移動させられている。その船の中でイゾウさんの部下らしい人達が私を物珍しそうに見て来るのが、少し気になるけれど、どうにもならないので気にしないように心掛ける。
「……女性を不躾に見るもんじゃねェよ。それに、コレは俺のモノだ」
イゾウさんの言葉に部下達は1気に喋り出す。それを聞きつつ私はこの人本当に慕われてるのねと、その様子を眺める。
「いやァ、すんません。海軍将校の顔と名前はだいたい把握してるつもりだったのに、知らないもんでつい」
「俺もだ!最近将校になったのかな?」
「でも、大佐ならスキップしない限り最近将校になったってのは無理があるだろ」
仲の良さが伝わるそれに、何だか少し力が抜けるような気がしてしまう。私を縛る事無く、能力者かを確認する事も無く……放置できる自信とそれに見合う実力。
こんなのがいくつもいるのが新世界……か。遠いなと、思う。
シャンクスを追い掛けると言うルフィが、眩しく思えるのはいつも、こんな時。ルフィは今頃どうしてるのかな。
その時ふと風の変化に気付き、この船だと危ないと咄嗟に声を上げる。すぐに逃げないと!
「サイクロンが来るわ!9時の方向に舵をきって!」
「……従え」
イゾウさんが1言部下の人達に言うと、即座に船は向きを変えて移動を開始する。良かったと息を吐き出したら、その様子を眺めていたらしいイゾウさんがクスクスと笑う。
そんな何気無い仕草さえ美しく艶やかなのだから、男にしておくのは勿体ないと思う。そんな事を考えていたら、突然強く腰を抱かれてその腕の中に閉じ込められてしまう。
「なっ……!?」
「……心優しく歌を愛する小鳥は天候を読み、海軍本部の奥に隠されるようにしている。動きは猫のように優美で、1部からは至宝として扱われる程。それ故に七武海が幾度も奪おうとしては、元帥を含む多くの人達により阻止されている」
「……へ?」
「お前さんの事だね。興味はあったんだが、会えるとは思わなかったよ」
「たぶん、人違いです。私はただの……居候と言いますか、おつるさんのサポーターです」
私の返しにイゾウさんを含めた全員が、本物だとか言い始めたので、人違いだよぉーと内心で呟く。だって、なんか、口を開くの良くない気がする。
なんかね、その、硬いものが当たってるのよ!気のせいかな!?
「頬を染めて、可愛いね……流石にここじゃ、襲わねェから安心していい」
「そ、うですよね……良かっ」
思わず体から力が抜けて口を開いた瞬間、人の悪い笑みを浮かべたイゾウさんに唇を塞がれる。それは恐ろしく官能的でありながら、甘い口付けで……無意識で縋るようにイゾウさんの服を掴んでしまう程。
「ふっ……ぁ……」
微かな喘ぎが自分から漏れると、それが恥ずかしくて逃げたくなる。なのにイゾウさんは口付けを深めて、腰と頭を押さえられているだけなのに身動きが取れない。
微かに離れた唇の隙間で、イゾウさんは言葉を向けて来て、私はその隙間を利用して離れようと腕に力を入れるけどビクともしない。
「不慣れだね。……そして、素直だ」
「や……イゾウさん、今……しないって……!」
「襲わねェってのは……抱かないって意味だったんだがね。……ん?まさか、生娘かい?」
その言葉に私は顔が赤くなるのを自覚した。そして火事場の馬鹿力よろしくイゾウさんを突き飛ばした時、先程居た辺りをサイクロンが通り抜けるのを見て、全員が黙る。
その直後にイゾウさんの部下が言った。満面の笑みで。
「ようこそ、白髭海賊団に。歓迎する!」
いや、少ししたら隙見て抜け出して帰る気ですけど?
そんな事は言えないから黙って居たけど、そもそもが私捕虜よね?虜囚よね!?
どうして歓迎なんて、意味のわからない話になってるのかな。桃兎と今度マーブルクッキー作る約束してるから、早く帰りたいけどいつ帰れるかな。
そんな疑問を頭に浮かべていたら、イゾウさんは愉しそうに笑った。全てを見透かすようなそれに、私は思わず自らの身を抱き締めてしまう。
この先何が待っているのかは分からないけれど、私はいつかきっとおつるさんの所にちゃんと帰るんだと、信じて疑っていなかった。波間の向こうへと、船は進む。
私の意志とは関係無く、愉しそうに笑うイゾウさんと共に。この時イゾウさんが何を考えていたのかを、私は本当に知らなかった。