夢は世界地図を描く事だと聞いてから、海図を描くのだけは邪魔しないようにしている。いくら俺でも、それくらいの分別はあるつもりだ。
ご機嫌で完成した海図を干す姿は、本当に楽しそうだ。そして窓を開けたナミが不思議そうな様子で動きを止めれば、その能力により助けられた経験がある俺はじっとその姿を見つめちまう。
するとふとカレンダーに視線を向けた所で動きを止めたナミが優しい顔で笑った。その表情を見て、これで16歳だなんて誰が分かるってんだと内心で言い募る。
無論、言い訳なのはわかっちゃ居るがね。その後突然ナミが無言のまま顔を顰めて表へ飛び出すから、俺もその後に続いた。
本当に必要なら驚く程の声量でその声を響かせるのは知ってるが、これが敵に気付いたとかなら1人で解決しようとしちまうリスクがある為だ。だが……確かにこの霧はおかしいね。
まとわりつくような嫌な気配に自然と眉が寄った直後に、目の前で倒れる恋人と呼ぶのも難しい状態の女。そっと支えた俺を振り払おうとするから、その至極読みやすい思考に嘆息する。
「この程度、甘えには入らないよ」
俺の言葉に泣きそうに顔を歪めるから、この顔は初めて見るなと思う。諦めたような顔をしたり、怯えを隠して凛としてる姿が殆どで……成程、つまり俺はまだまだ信用出来ないって事か。
そう理解したからと言って怒る気は無いが、不快ではあるねェ。そうして部屋に運び込むと親父に1報入れる。
「それなら島に向かうか。他にも同じように体調崩したのがいるか念の為確認もさせよう。……余り虐めすぎるなよ」
親父からの余計な言葉に頬を引き攣らせれば、後ろでナミがクスクスと笑う。それに胡乱な視線を向けると悪戯がバレたかのように笑い、妙な事を言いだした。
その表情は穏やかで、我儘を言う子供とは明らかに違う。つまり迷惑になるようなものでは無いのだろう。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
イースターと言われて思い浮かぶのは、顔の大きな石像がある島だ。だが、石像のイベントと言うのは無いだろう。
そんな俺の疑問に答えるようにナミは楽しそうに言葉を続ける。その様子が少し幼くて、あァ年齢について嘘をついてないんだなと妙に腑に落ちた。
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってのはなんだね?」
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
「……出版?」
「あ……!!」
サッと顔色を変えたナミに、スっと目が細くなるのを自覚した。そんな俺から視線を逸らすから、頭をガシッと掴み俺の方を向かせる。
それに涙目で気にしないでなんて言うから、後で吐かせるかと思いつつ頷く。……泣かせるのは、寝具の中だけと決めてるからね。
「確認して、親父と相談してやるよ」
「ありがとう」
笑うナミが可愛くてそっと頭を撫でてやった時、柔らかすぎる感触に驚き手を離す。それにはナミも驚いた様子で、互いに見つめ合うように見てしまう。
髪が不自然に動き、そこからピョコンと姿を見せたのは……耳だ。それも、明らかに兎の。
だが待て、ナミは悪魔の実の能力者ではない筈だ。だが、だとするならこれはなんだ?
「頭の上にあるものは……目の錯覚かねェ?」
動揺する俺を見て、不安そうな顔をした後でハッとした様子で鏡へと向かう。鏡台を見て、今度鏡台の前で可愛がってみようかと考えている俺の前で、ナミは頭上にあるそれを触ったりしていた。
ナミも触っているのなら、俺の願望ではない。だからと言って、悪魔の実を食べたという可能性は皆無だとなれば……残る可能性は先程の霧だろう。
悪意や敵意は感じなかったから、敵の攻撃と言うのも考えられない。そうなれば自然現象だろうから、調べれば分かるかねェ。
「イゾウ……これ、どうしよう。こんな、変な事になって……私……」
「ナミ……変じゃねェから、安心しな。よく似合ってるよ」
「……そうじゃない!」
叫ぶナミに元気が出たなら良いと笑えば、耳がピクッと動き……恥ずかしそうに頬を染めた。それが凶悪に可愛くて、取り敢えず1度味見させてもらうかと報告の前にナミを組み敷いたのは不可抗力だろう。
耳と尻尾は予想より感度が良く、大変に満足した俺と疲労困憊で顔も上げられなくなったナミが同じ空間にいる事になった。その時ドアを叩かれてはいよと顔を出せば、マルコが頭痛でもしてるような顔をする。
「虐めるなと、何度言えば覚えるのかねぃ?」
「五月蝿い男だねェ。ナミは俺の女だ。問題は無いだろう」
「え?……あぁ、所有物だものね」
その声に今なんて言った?となった俺とマルコが視線を向けると、首を傾げてみせるナミ。散々伝えた筈の言葉は、どうやらナミに届いていなかったらしい。
「俺は、ナミに俺の彼女になれと、恋人になれと言ったつもりだがね?」
「うん、でも、彼女って結局は性欲処理の相手を意味し「誰に、そう教えられた?」」
黙って居られなかった。最後まで聞く事が俺には出来なかったんだ。
そんな俺の肩を掴んで追い詰めるなと言うマルコに、だがと思い視線を向ければ魔王も裸足で逃げそうな顔で笑っている。……犯人がわかり次第、そいつは天に召されるか、天に召されたいと願う事になるだろうと思わされた。
兄貴としてだろうとは思うが、マルコもナミには甘いからな。さて、そんな愚か者の事を吐かせるのは後にして、まずはナミに俺の想いを理解させないと不味いね。
「……俺は、ナミを女として愛してる。だから、恋人と呼ばれる立場になりたいと願い、愛らしい姿に理性が切れて襲いかかってるだけさね。性欲処理としてナミを使うなんざ、考えた事もねェよ」
「……え、と……それ、え?」
「俺の想いを、受け入れておくれな」
息を飲み、真っ赤になったナミを抱きしめて顎を掴む。逃がすつもりは無いからと、その視線さえ逃れさせまいと見詰めればフルフルと震えるその姿。
それに合わせて耳も震えるから、妙に嗜虐心を刺激される。恐らく尻尾も震えているだろうね。
「ナミ……」
「私……でも……」
「俺はこれについて、ナミからの返答は〝はい〟か〝YES〟それと〝私も愛してます〟しか、受付ねェからそのつもりでいな」
「うっ……ずるい。そんなの、私が、嫌だって言ったら、どうするの?」
この兎は何を言ってるのか。そんな事を言えば、それを撤回し俺を求める言葉を言うまで鳴かせるに決まってるだろうに。
そう思いつつふっと笑った時、マルコが俺も居るの忘れて無いかよぃ?なんて呟いたが、そんなものはどうでもいい。今はナミを俺の女として、本人に認めさせる事しか考えていないのだから。
「……っ!私は、海兵で……」
「だから?」
「私、海賊をこれ迄も沢山捕まえて来たわ!そんな私が海賊であるイゾウさ「ナミ、俺はそんな言葉を受け入れるつもりは無いと、言わなかったかい?」」
ビクリと揺れる身体。萎れる耳。
こんなにも愛らしいのに、こんなにも憎らしい。逃げる言い訳なんざ残すものか。
これは、俺の女だ。ずっと求めていたから、気にしていたんだ。
触れられる距離に来たそれを、逃がすもりは無い。折角手に入れたのに、今更逃がしてなるものか。
「ナミ……」
「イゾウ、さん……私、は……「ナミが海兵なのは今更だろ。わかっていて攫ってきて、閉じ込めてるのは俺だ」」
拒ませたりするつもりはねェさね。こんなにも激しい感情を抱いた事は、これ迄記憶にある限り無い。
「ナミが無血の海兵と呼ばれてる女だった事は知ってる。ナミが過去に海賊に苦しめられていて、海軍に助けられた恩があり海兵として生きてきた事も」
息を飲み、瞳を潤ませるナミを強く抱き締める。本気にしたくない、のかもな。
「それで……それがなんだね。俺は海兵だからとか海賊だからとか、そんな立場がどうこうなんて些細な事で想い人を決めるつもりはねェさ」
ただ、これが本当は拒んでる理由が全て本当に言い訳で俺が嫌だと言うなら……。手酷くしちまいそうで、それが怖い。
だが、知っている事もある。ナミは俺を拒まない。
「俺を、好きだろ」
哀願するように言葉を紡げば、ナミは頷いてくれて……それにより重ねた唇は酷く甘い。背後でわざとらしい咳払いが聞こえて、俺は仕方なく唇を離す。
「マルコ、空気読めよ」
「わざと読まなかったんだよぃ。寧ろ突然告白劇を見せられた身になれよぃ。さてナミ、イベントについてたが」
そう言って俺に抱きしめられた状態で話をする2人を見詰めて、イベントなんかしなくていいからナミと過ごしたいと願っちまった。その願いが通じたのか、イベントの準備を終えた所で熱を出したナミが発案者なのに寝込む事となり、俺はナミと2人きりの時間を堪能できた。
Happy Easter……。愛しい人がそばに居る事が何よりも嬉しいと頬を緩める男に、呆れたような視線を向けつつも優しく受け入れる兎は、二度とこの腕から逃げようとはしないだろう。
背徳の愛をこのイベントの元となった神は許しはしないかも知れないが、永遠に互いの腕に囚われていたいと望む事は罪では無い筈だ。今日もモビーは、穏やかな時を刻んでいる。