この作品には、序章があります。
勘違いから手を出して、身体から始めちまった関係は……その分俺に苦労を強いた。恋人であると認識させるのにも苦労した上に、ナミは恋人に関する妙な知識を教えた存在がいた筈なのに、必死になって聞き出してみた所既にこの世に存在しないとは……業腹である。
そんな事を考えている間にナミは船を降りちまって、逃げようとかではないと知っているから耐えて待機している俺を嘲笑うかのように、事態は急変する。親父が、誰も降りるな!と突然叫ぶように言ったのだ。
「親父、もう既にナミが降りちまった。迎えに行くかい?」
「……降りたのはナミだけか」
「あァ……。降りようとしてたのは居たが、今の声で止まってるからね。それで、どうする?」
「ナミが戻る迄待て。戻ったら説明する。それ迄は誰一人、死んでもモビーを降りるな」
親父の言葉に脳が冷えた。既に肝が冷えるとかって話では無い。
低く……確認するように問い掛けた。そうしなければ、動く者全てを撃ち殺しそうだと判断したから。
「それは、ナミが死ぬかもって話かい?」
「……言葉の綾だ。殺気抑えて大人しくしてろ」
親父はそう言うと、俺に1冊の本を差し出して来た。また学べと言うのか……。
書物等を読む事は、嫌いじゃない。確かに何事においても、知識がある方が色々と助かる。
……今はもう俺は武士ではなく……単なる〝賊〟の1人でしかねェがな。そんな事を、遠い昔に世話になった大名様へと心で語り掛ける。
それから暫く渡された本を眺めていると、この島と似た島の説明が掲載されている事に気付いた。そしてもし、その島がここならば親父が降りるなと言ったのもわかる。
思わず本を綴じて深呼吸を繰り返す俺の視界に、とぼとぼと歩いているナミが映る。その後立ち止まり、困ったようにモビーを見上げるそれはいつもと同じ様子に見えるが、腕の中にいる布の塊が先程の本にあった内容を彷彿とさせた。
静かにモビーへと戻って来たナミは、俺に視線を向ける事なく親父の元へと向かい、無言のまま頭を下げた。俺としては、その包まれてる物が気になって仕方ないのだが、親父もナミも俺には注意さえ向けない。
……わかってる。俺が、ナミからそこまで愛されている筈が無い事位は。
それでも緊張しちまうのは、ナミが俺を甘やかすからだろうか。その時、ナミがゆっくりと唇を動かし始めた。
「親父様、私をここに残して下さい」
「……どういう意味だ」
「私に、下船許可をください」
「ナミ」
何を言われたのか分からない。声も出せずに固まる俺は、きっと滑稽な姿を晒しているだろう。
覚悟を決めた様子のナミは美しい。何年も俺が縛り付けて、隠して、慈しんで来た相手だが、こんな顔を見たのは初めてかも知れないと思う。
いや……俺の想いを知らずに歯向かい、辞めなさいと命じて来た時は確かこんな顔だっような気もする。つまり、酷く……唆られる様子だ。
「私は、この子を育てたいのです。ですが、海賊船で子育てなんて無謀な事は言えません。どうか、認めてください」
「……それは、ナミの子供じゃねェだろ。それに、父親も不明だ。赤の他人の為に、船を降りるつもりなのか?ナミは、この船から離れれば生命は保証されねェぞ」
「……覚悟の上です。それでも私は、この子を育てたい」
親父は静かに息を吐き出すと、困ったようにナミへと笑いかける。その声と顔は明らかに慈しみに満ちていて、その様子に俺達の誰も声を出せない。
「……その子の顔を……見せちゃくれねェか?」
「親父様……」
「孫の顔位、見たいと思っておかしくねェだろ」
「……はい」
そう言ってナミが、包みの布を外す。全身が心臓になったかのように脈打ち、呼吸が止まりそうになる。
嫌な汗が溢れ出て、けれどもナミの手は当然のように布を取り払う。見たくないと思うのに、その動きから視線を外せなくなってしまった。
そこに現れたのは……黒髪の、赤子。それは明らかに……俺だった。
もし違うなら……菊だろう。何処と無く菊とも似てる気がする。
だが、ナミは菊を知らない筈だ。ならば……あれは……本当に……俺、か?
その時ナミと親父の会話は、何も聞こえて来なかった。これが他人の事なら余裕の笑みで落ち着かせたりしたのだろうが、自分の事になればそんな余裕は無い。
想定していなかった。これ迄ナミにしてきた事を考えたら、愛される筈が無いと覚悟して来たから。
だから……〝ナミの最愛の存在〟が俺だと言う事実に、口元を押さえて俯くのがこの時の俺に出来る唯一の事。まさか……故郷の家族でも、海軍時代の家族でも、親父やエースでも無く……本当に?
「……イゾウ」
ハッと気が付いた時には、心配そうに俺を見ているナミがいた。身長差の為に俺が俯いてもナミと視線が普通に合っちまう。
「私が疑った事で、そんなに悲しませちゃったのね」
「は?」
「え?……違うの?」
キョトンとした顔で俺を見上げるナミは、少しだけ幼い。そうだ……とこんな時に思い出させられる。
まだまだナミは〝お嬢ちゃん〟と呼ばれて可笑しくない年齢だ。だと言うのに、俺と渡り合いこの場所で皆の信頼を勝ち得ている。
「俺は、喜びのあまりに、泣きそうなだけさね」
「どうして……?私、イゾウを疑ったわ!この子の母親を遊んで捨てたんだって、そう思ってしまったのよ」
「……ナミ、その子供を見れば島の事を知らなけりゃそう判断して当選だろ。それよりも、ありがとう。俺も、ナミを愛してる」
その瞬間真っ赤になったナミは、視線を彷徨わせてから小さく頷く。それは、俺の言葉に同意したと言う事だろう。
そっとその頬に触れて、問い掛ける。ナミがこの船を降りると言うのは、本気なのかと。
それにナミは降りないと言ってくれたから、俺を捨てないと知りホッとする。良かった……。
「良かった……。ナミを縛り上げて、部屋に閉じ込めなきゃならなくなる所だったよ」
「……何言ってんの!?何でそんな事に!?」
「俺は親父が居る限り、このモビーは降りない。だがナミを手放す気も無い。つまり……捕らえておくしか無いだろう」
俺はもう、大切な人を傍から離れさせるなんてするつもりは無いさね。そうなれば他の選択肢があると思う方がおかしい。
だと言うのに、ナミはそれを理解しない。焦りながら何かを言っているが……さて、どう言えば納得するだろうか。
「いやいやいや!!他にも候補はあるでしょ!?」
「俺は隊長だからな。常に繋がってるのは難しいから、縛る予定だったんだがね。それともナミは……その玉体を他の男達に見られても構わないのかな?」
「構うに決まってんでしょ!?と言うか、何で他に見られる話になってんのよ!?」
その時俺に小さな衝撃が走る。蔑むような視線を向けて来るそれは、明らかに小さな俺だ。
俺に擬態してナミから愛玩されてるだけの存在が、本体である俺に楯突こうとはね。さて、どうしてくれようか。
その瞬間ナミが俺から庇うように子供を引き離して、今夜から出航まで親父の部屋で寝るなんて言い出すから、余程虐められたいらしいと判断して笑う。ナミは本当に……俺の心を掴んで離さない子だ。
そう思ってナミを植物ごと腕に囲い込む。そのまま首筋に唇を落とせば悲鳴が上がる。
「やだ!イゾウの馬鹿!イゾウは、私の身体が目当てなのね!?」
「惜しいな。俺はナミの全てが欲しいよ」
「イゾウ……子供の教育に良くねェから、三日間ナミとの性行為は禁止だ」
突然親父から向けられた言葉で、苛立つ己を自覚する。どうしてナミとの閨についてまで、口出しされなけりゃならねェんだ。
「親父……いつから成人した息子の下半身まで口出しするようになったんだね?」
「俺だってしたかねェが、んな事してるとナミに本気で家出されるぞ」
「そうしたら追い掛けて縛り上げて、連れ戻して監禁するさね。必要なら足の1本でも奪っても構わないと思ってるよ」
全力の本気で伝えたら、何故かサッチとマルコがナミを庇うように俺の間に立って、エースがナミを抱きしめ、ハルタが呆れたような顔で俺を殴った。何が気に入らねェんだかねェ?
そんな事を考えていた俺は、それから三日、日中は兄弟と擬態植物に邪険にされて、夜は手を出そうとする度に夜泣きする擬態植物に苛立つ事となる。それでもナミも少し寂しそうにしてたから、これが終わっても虐めるつもりは無い。
それに、ナミは俺を〝最愛の存在〟だと示してくれたからね。それを喜ばない筈も無いだろう。
そんな訳で感情の揺れ幅が大き過ぎた俺は、ナミがこの先でどうなるのかを考える余裕が無かった。冷静さなんてものは、この時の俺には欠片も残されてはいなかったのだ。
頭に生えていた双葉が生長して、今では花の蕾がユラユラと揺れている。俺に敵意むき出しな所を除けば、確かに俺の幼少期と重なるなと思う。
そんな子供に優しく微笑み、もしもの時は俺を捨ててでも守ろうとしていた事を思えば、多少では無く不快だ。だが分かってもいる。
この子供をナミが見捨てられないのは、子供好きなのは勿論〝俺の子供〟だと思っていたからだ。つまり……俺の事がそれだけ大切なんだと言うのは分かる。
そうなれば、これ以上の我儘は言えないだろうと楽しそうに子供の相手をしてるナミを眺めていれば、マルコから、虐めるなよぃと疲れを滲ませた声を向けられてしまう。それにふっと笑って見せれば、疑いの眼差しを向けられたのだけは納得いかないがね。
そうして楽しそうに過ごしているナミと植物を促してモビーを出発すると、上からビスタが声を掛けてきた。それは本当に心配してる様子で、優しい奴だと苦笑しちまう。
「本当に、他には誰も行かなくて良いのか」
「問題ねェさ」
「……余り遅くなるなよぃ。帰るまで、ここで皆待ってるからなぃ」
「心配性な奴等だね。……ありがとう。行ってくるよ」
心優しい兄弟が何を気にしているのか、分かりたくなくて目を逸らしていた。その代わりと言うかのように、俺には縁遠いと思っていた、穏やかで優しい光景が目の前に広がっている。
走る子供を追い掛けて、転ぶ子供を抱き起こして、怪我してないのを確認してナミは微笑む。子供の頭を撫でて、手を繋いで歩くその姿は明らかに母親だ。
そんな優しい空間が俺を振り向いて、手を伸ばす。まるで俺の事も、その情景の中に共に取り込もうとしているかのように。
美しく愛しい女が、俺の子を育てる未来予想図。だがそれはもうすぐ消え……とそこまで考えた時背筋を冷たいものが走った。
「ナミ……」
「どうしたの?」
思わず声をかけた俺に、不思議そうに振り向いて首を傾げる。それから笑顔で〝子供〟を抱き上げた。
その直後、ナミは子供を叱る。好奇心旺盛なその子を慈しみながら。
「ほら、危ないから登ろうとしないの!!」
「うー……」
「ねぇ、パパも何とか言ってあげてよ」
「パパ?」
思わず呟いた俺に、ナミはジワジワと頬を染める。どうやら発言は無自覚だったらしい。
照れは伝染する。そして、俺が現状に感じていた多くの感情の乱れについて理解しちまう。
そうか……俺はこの幸福を、苛立ちを、切なさを、温かさを……壊れるとわかっていて手放したくなかったのか。だから、不安で……成程な。
「ほら、
そう言って子供を抱きあげれば、不愉快そうに俺を見た。それから唇だけを動かして言葉を伝えて来る。
〝いじめんなよ〟
成程なァ。このガキ……中身は見た目より随分上なんだねェ?
どうやら本気でナミを守ろうとしてたらしいと気付いて、そりゃ嫌われるかと思う。俺自身にも、ナミを虐め抜いてる自覚はあるからな。
その後、俺の手を振り払い逃げた子供はナミの手を掴んで歩き出す。そうして到着した森の奥地で、子供は光を放ち、1つの植物へとその姿を変じた。
それを優しく見守っていたナミは、全てが終わった後その場に座り込み、動かなくなる。そっと近付くが反応のないナミを抱き締めて、俺の望みを伝える事にした。
「ナミ、コイツの兄弟を、産んでくれるね」
「え?」
「長男はさっさと独り立ちしちまって、俺も寂しいのさね。だからな?俺の為に、また子を育てておくれな」
俺の言葉を受けてナミは、その瞳から大粒の涙を溢れさせる。その表情が幸せと悲しみを綯い交ぜにしたような様子だから、俺はそれに小さく笑って深く口付けた。
ナミに、悲しみの涙は不要だ。次の子を今度こそ産めるように……優しく仕込んでやるよ。
そうして俺は森の中で、外は嫌と囀る子猫を大切に撫で回した。後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。
この先このキャラクターは不定期更新となりますので、予めご了承ください。
このキャラクターにこの先追加される作品は、全てこの作品より手前に挿入されます。