戸惑いと決断
時は流れた。私は現在18歳で、私の知る話の流れをそのままに、頂上戦争は起きてしまい、私は立ち尽くしている。
訓練を共に受けた事のあるスモーカーやヒナも近くに立っていて、ピリピリとした緊張感が辺りから漂うのに、私1人が何だかフワフワしている。.......アレから4年。
私の知らない有名人だったけど、ゼファー先生の指導も入った。大将達が信頼し、尊敬しているのに、原作に描かれていなかったのは不思議だけど、それでも……教えを受けられた事は有難かったと今でも思ってる。
おつるさんや桃兎、ガープさんとお茶会したりして過ごしていた。おかげでおつるさんの事が大好きな天夜叉さんにやたらと絡まれたけど、おつるさんの1言で辞めて貰えたから実害は無い。
おつるさんの補佐は大変な事も多かったけど、実際楽しかった。全力で事務とかの作業を行っても、仕事がどんどん現れて休む暇なんてないような勢いで……だからこそ、余計な事を考えなくて良かったのよね。
暇な時に譜面描いたりして宝玉としての仕事も続けていて、何も不満なんて無かった。エースが捕えられた、その日までは.......。
どうして白髭はエースを留めてくれなかったのか。八つ当たりだとは分かっていても、怒りこみ上げてくる。
可愛い弟のエースが、今正に処刑台に登っている。私はどうしたらいいのだろう。
おつるさんにも話せない。ガープさんは、海兵としての立場で対峙している。
ルフィは恐らく今、インペルダウンから此方に向かって来てる。そしてサボには、記憶が無い。
……私だけが、宙ぶらりんで、私だけが何も出来ない。強くなりたくて、ここに来た当初、何度も何度もゼファー先生を頼った。
ゼファー先生はそんな私に末恐ろしいなと呟いて、そして頭を撫でて笑い、姿を消した。その温もりと、教えだけを残して。
教えを受けられた期間は短かったけど、ゼファー先生の気持ちを思えば仕方ない。天夜叉が七武海に加入したのだから……。
「ナミ大丈夫?ヒナ心配」
「ヒナ、私……。自分を見失ってる」
「……ナミも、人間だったのね。いつも遠くを見て、自分を見ないから時々自分を見た時にそうなるのよ。ヒナ納得」
ヒナは年上だけど、それを気取らないし私としては1番仲の良い友達の感覚。そんな彼女も戦いを憂鬱だと言っていたのに、それから少しして戦争が始まると、率先して飛び出して行った。
私は斬り掛かられない限りは、のんびりとその場に立ち尽くしていた。そんな私を面白そうに天夜叉さんが見ているのは気付いているし、おつるさんが心配してくれてるのも分かってる。
おつるさんの傍へ歩み寄ると、おつるさんは困ったように笑った。向けられる言葉も、声も、恐ろしく優しい。
「なんて顔をしてるんだい。私はナミを実の孫だと思ってる。どんな選択しても良いけど、後悔だけはするんじゃないよ」
戦争の真っ只中で、私はおつるさんに抱き着いた。それを優しく受け止めてくれるおつるさんには、私の葛藤が分かっていたのだろうか。
「……〝火拳〟のエースは、ナミの大切な人なんだね?」
「どうして?」
「ガープが同じような顔をしていたからね。いつ言ってくれるかと思ってたのに、戦争が始まってからとは、ちと遅いんじゃないかい?」
困ったように笑っておつるさんが言うから、私はごめんなさいと謝罪する。それに対して、構わないよと言って頭を撫でてくれるから、弟なんですと呟けば流石に動きを止めた。
「……あんた、元は戦災孤児だろう?」
「ええ、ですから……血の繋がりはありませんし、エースはもう、忘れてるかも知れませんけど、私は弟のように可愛がってました」
「何歳の時だい?」
「私が7~8歳の間で、エース、サボは9~10歳、ルフィは6~7歳でした」
答えた私におつるさんは頭を抱えて、今嫌な名前が並んだ気がするのは気のせいかと問い掛けてきた。それに私は笑って、予想した人物達ですよと答える。
その会話の途中で天夜叉さんに操られた海兵が向かってきて、咄嗟に短剣でその糸を切って解放するとおつるさんにその人を預けた。おつるさんは天夜叉さんにお辞めと言うけど、上機嫌の天夜叉さんは止まる気配がない。
「本当におつるさんは楽しませてくれる。それに……その〝孫娘〟殿もなァ?」
会話を聞かれていたらしいと気付いて身構えると、天夜叉さんは面白い事になりそうだと笑った。私は少しも面白くない。
「……なァナミ。弟を助けに、処刑台に登らなくて良いのか?」
「エースは、まだ大丈夫だから。これから、助けも来るわ」
「既に白髭が来ている。その他に来るのか?」
「……さぁ?どうかしらね。でもまだ、白髭さんは動いていないわ」
「……〝白髭さん〟か。成程、ナミの心は海賊寄りな訳か」
言われた言葉にハッとして振り向いたけど、時すでに遅し。口に出した言葉はどうやっても戻す事は出来ないから、私はそれを悔しく思いながらも悠然と微笑みを浮かべてみせる。
それに本当にいい女だなと天夜叉さんが呟いたのを聞き流して、戦いの成り行きを見守る。そして、白髭の元へ傘下の船長が姿を見せた時、私は動き出した。
不死鳥マルコの元へと1目散に走り、動揺した不死鳥マルコをクリマタクトで殴り付ける。それにより転がるのを確認して、黄猿からの攻撃から偶然を装い庇う。
「ナミちゃァん、危ないよォー?」
「今なら攻撃できそうな気がして、何か邪魔をしてしまいましたか?」
「……偶然なら、仕方ないよねぇー」
「何かしてしまったのでしたら、謝罪致します」
「君はァー、戦いに向かない子だもんねェー、仕方ないよォー」
そんな会話を大将黄猿としている間に、飛び立った不死鳥マルコを見送る。すると大将は私に小さく、何度もは見逃してあげられないよーなんて囁きを落として行った。
やっぱり……気付かれてるなぁと頭をかいていたら、運命の時が近いのを感じた。私は.......エースを喪いたくない。
おつるさん、今までありがとうございました。そして、ご迷惑をお掛けします。
決意を持って歩き出した私を、注視している者は無い。私はエース達が逃げて来るのを見守り、ゆっくりと歩いてそちらに向かう。
エースが足を止めるのを見て、ルフィの方へと足を進める。エースが弾き飛ばされ、赤犬と話をしている時、私が赤犬とルフィの間に偶然のような顔で立つと、赤犬が叫んだ。
「邪魔じゃァー!」
それを受けて私は迷わず海楼石の短剣を抜いて、その拳を受ける。覇気を纏う海楼石の短剣が相手では、流石の赤犬も数歩下がる。
「おどれ!どういうつもりじゃけェ!」
「突然攻撃を仕掛けて来られたのは、大将の方でしょう?私は自衛を行った迄」
「おどれの背後に何がおるか、分かっとるのか!」
「……はい、私の背後には、私の愛する弟がおります」
「弟、じゃと……?」
赤犬が動きを止めて、ルフィは呆然と私に視線を向けて、エースもまた、ルフィに駆け寄りつつ私を注視している。戦場の視線が多く集まっているのは分かっているけど、今の私に迷いや戸惑いは無いの。
それでも私はヤッパリ……お世話になった人達には悪いと思うけど、弟のような幼馴染達を見捨てる事は出来ない。その決意をこめて、marinの帽子を投げ捨てる。
帽子の中に入れていた髪が落ちて風に舞う。それが私の本気で戦う時の癖だと知る、親しい人達が息を飲んだのが分かる。
「はい〝火拳〟のエース、及び〝麦藁〟のルフィ、及び他1名は、私の弟です。なので……殺させる訳には、いきません」
「ナミ、なのか?」
「ナミ……?」
背後から2人の声が聞こえるけど、振り向く余裕は無い。サボの名は、出す訳にいかないから、後程この事を記憶を取り戻したサボが見たとして……忘れられてなかったと喜んで貰えたら、それだけで充分。
短剣を構える私に黄猿の輝きまで迫る。その時、赤犬を殴り飛ばす巨体がいて、それが見なくても〝白髭〟だと分かってしまう。
「ありがとうございます。大将2人を相手にするのは不可能でしたので、助かりました」
「……エースの姉貴なんだろう?なら、俺の娘じゃねェか!」
「光栄です、白髭のお父様……」
軽口を言いながら、周りにドヤされて逃げる2人の気配を感じで微笑む。それが周りにどう見えるかなんて、考える余裕は無い。
もう、傷付けたくないなんて言わない。守りたい相手の為ならば、血に染まる事も私は厭わない。
昔よりは強くなったのかな、それとも弱くなったのかな。迷惑かけるよね、悲しませるよね、ごめんなさい。
4年、共に過ごした人達に私は刃を向ける。短剣で戦う私を彼等は知らない。
いつもクリマタクトで戦ってきたから、皆私は棒術での護身術しか使えないと思ってる筈。違うのは、違ったのは、海軍ではゼファー先生だけ。
訓練を付けて貰えたのは、僅かな期間だったけど……確実に強くなれた。それからも毎日、私は短剣を振り回して来たのよ。
いつか必要になるかも知れないと、心のどこかで思っていたから。見れば、相手側にも戸惑いがあるとわかる。
私が断ち切った戸惑いを、躊躇いを、皆が今感じてくれているのならば、少し嬉しい。海楼石の短剣である事も、恐らくは牽制になっている。
混戦となり、白髭の親父様が死んで……それでも戦いは終わらない。ルフィ達をジンベエが守りながら逃げて行く。
赤犬はそれを執拗に追い掛け、私は短剣をしまうとクリマタクトで姿を隠して成り行きを見守る。今の私には、これ以上何も出来はしないと分かっているから。
Dの意思を世界が守ると言うのならば、ルフィだけでなく、エースも含めて2人を守って欲しい。姿を隠した私を見つけられるのは、見聞色の覇気を使える相手だけ。
そして……混乱の中で懐かしい声が響いた。それにより、私の意識は全て、そちらに向けられてしまう。
「この戦争を、終わらせに来た」
大切な話を終えたのを見計らって、私は姿を現すとゆっくりと懐かしいその人に近づいて行く。何て、声を掛けたら良いだろう.......?
「……久しぶり、シャンクス」
「…………まさか、ナミか?大きくなったなって、それ……正義って事は」
「たった今、裏切り者になっちゃったの。ルフィを助けちゃって」
「お前、馬鹿だろう。幼馴染1人の為に人生棒に振るか?普通」
「2人の幼馴染よ。だから、良いの。死ぬ前にシャンクスにも会えたし」
「こら、ナミのが若いのに何言ってる」
シャンクスは呆れた様子で言うけど、実際私が帰れる所なんてもうない。海兵の裏切りには、うんざりするような金額がかけられるのも周知の事実。
「だから、もう海兵として留まれないし、1人で生き抜けるような海じゃないから、私はここで会ったのが最後かなって。このマント、気に入ってたから残念だけどね」
軽く笑う私にシャンクスはその瞳を細めて、そっと手を差し出して来た。何だろうと思ってみていたら、シャンクスの唇が言葉を紡いだ。
幼い頃の別れ際にされたのに比べたら、それこそバードキスと呼ぶべきだろうと思える、軽いキス。それなのに、あの頃より心が震えるのは、どうしてなんだろう。
「ナミ、俺の仲間に帰れ!歓迎する」
「……私、いくらの首になるのか怖くて夜も眠れなくなりそう。でも……ありがたい申し出だわ。是非、宜しくお願いします」
そう言ってその手に、自らの手を重ねる。その瞬間シャンクスに手をひかれて抱き締められた。
そうなって初めて、シャンクスが震えていると気付く。強くて、余裕しか無いようなシャンクスが、どうして.......?
「……会えて嬉しい、無事で良かった」
「師匠……。私も、ずっと……逢いたかった」
こうして私はシャンクスに保護される事となった。当然そう経たないうちに賞金首になるのは分かっていたけど、何故か10日経っても手配書が回らず、私達は首を傾げていた。
海軍側としては、赤犬の邪魔をした事の他は目立った敵対行動も無く、可能な範囲で庇おうとしてくれる身近な人達のおかげで決定を出すのに時間がかかっており、急務はそちらではなく復興だと考えられて、忘れ去られようとしていた。そう……赤犬以外には。
こうして元海軍本部大佐ナミは、赤髪海賊団の古参メンバーの帰還として暖かく迎えられた。その為昔と同じ感覚で、シャンクスが同じ部屋で寝ろと言ったのに対して頷いたのだ。
でもそれを見て、ベックが何故か物置の1つを整理してナミの部屋だと言う。そうしてくれた事の他は、特に変わった事も無かった。
これから白髭様の葬儀を行い、ルフィと共にトラファルガー・ローに保護されたエースを迎えに行くと言う白髭海賊団と別れを惜しんだりするのだろうけど、この先で使えそうな記憶があまりない事は、少し残念である。
「ナミ」
暖かく名を呼んでくれる人がいる。笑ってくれる人がいる。
だから私も笑える。私は幸せものだと、心から思う。
シャンクスが甘く囁く言葉を社交辞令じゃないのだと気付くのに、随分時間がかかった事を、ここに宣言しておきたいと思う。
波間の向こうを目指して、知らない未来へと進む船の上で、私は笑う。大切な人達からの、優しさと愛情に包まれながら、大切な人の死を少しでも遅らせる事に成功した喜びを噛み締めて。