俺にしとけ
休暇を利用して遠くまで遊びに出た私は、到着する島々の中に宿を見付けては1泊して、そこまでの海図を描いて、そのついでに島の地図も描いてまた先へ進むのを繰り返していた。入軍してからはずっと、有休が溜まるのを待って纏めて昇華しているのだ。
基本的に半年に1度その分を纏めて昇華するけど、これが実は1番多く休めるタイミングでもある。何せ毎月2日ずつ有給があり、3ヶ月昇華しないと半年までの次の3ヶ月は3日ずつの有休に変わるのだ。
けれど半年過ぎると、今度は有休が1度10日に吸収合併されてしまう。その後また同じサイクルで増やされて行くので、半年に1度纏めて昇華しているのである。
海図を描きあげてうーんと伸びをした後で、宿を出るのにちょうどいい時間だと気付く。帰る時間を計算すると、残りの旅に費やせるのは3日位かな。
チェックアウトしてから、併設されている酒場で喉を潤していたら再会したのは赤髪海賊団の面々で、休暇だから海兵だと分かるものも身に付けてないしと軽く挨拶を交わす為に近付く。それに最初に反応したのはシャンクスとベックのどちらなのか、分からない程同時だった。
「久しぶり!」
「「ナミ」」
声を揃える二人に、元気そうで良かったと笑えばシャンクスの腕に抱き締められる。変わらないその香りに、その温もりに、身体から力が抜けてしまう。
海兵としては間違ってるのだろうけど、この人達相手に〝海兵の私〟は発動してくれない。大切な兄達なのだ。
「帰ってくる気になったんだな!!」
「違うから。シャンクス落ち着いて」
「なんだ、休暇か何かか?」
「うん。流石はベック。話が早いわ」
その流れで3日程余裕があると伝えたらシャンクス達から当然のように船に誘われて、私は懐かしく思いながらそれを受けてしまう。だって、私も皆ともう少し1緒に居たかったから。
そんな訳で共に移動した次の島で、誘われるままに綺麗なお花の沢山いる酒場に連れ込まれた。皆が程よく酔った頃に、私はそっと船へと帰ったけどね。
流石に綺麗なお花とはいえ、私は買っても楽しめない。いや、化粧の技術とか教えて貰えるなら普通に1晩のお金くらい支払うけどさ。
多分きっとお互いに〝そうじゃない〟ってなる。まぁ、変装用に技術高めたいからそうしてもいいんだけどさ。
それならば船に残ってる事になって、嘆いていた人と交代してあげるのが良いだろう。何故か疑う事も無く、仲間として受け入れてくれた皆をある意味騙してると言う、罪悪感もあるからと言うのも正直な気持ち。
見張り台にて海を眺めていたら、誰かが船に戻って来るのに気付いて視線を向ける。陸を見ていた方が、良かったかしら?
「ナミ」
「あら、ベック。お帰りなさい」
「ここには、別なのが居る筈だろう」
「暇なので交代してあげました。……ベックは、買わなくて良かったの?」
私と赤髪の皆が合流した島には娼館は無かったから、溜まってるのもあって皆移動してきた筈。なのに帰って来ちゃうなんて……。
いくら枯れかけてるとは言え、大丈夫なのかな。ベックはまさか、いつの間にか完全に枯れてるのかな。
「……枯れてないからな?」
「え!?エスパー!?」
「クッ……!ナミの顔見りゃ、だいたい何考えてるか位分かる」
怒ってる様子はないけど、そんな可笑しそうに笑わなくても……。まぁ、年齢的にまだ枯れないか。
「でも、それなら尚更……帰って来て良かったの?」
「ったく、妙な事気にしなくていい。それより勝手に交代してやるな」
「いやぁ……だって、つらそうで……」
「あァ、まだ若いからな」
困ったように紡がれた言葉に、そうなのよと内心で思いながら頷く。まだ、二十代だと聞いた気がするから、不可抗力よね。
「なんかね、後1日待て!なんて、ちょっと言えない感じだったのよ。……そう言えば、痛みになる事もあるって聞いたけど、ホント?」
「個体差はあるがな。まァそうなる前に、適当に抜いときゃ良いだろううに」
ボソリと手はあるんだからと言ったそれに苦笑して、でもベックが帰ってきたなら私は寝てもいいかなとベックの所へ降りる。多分その為に声をかけてきたんだろうし。
見張り台の上と下で、大声出してする会話じゃない。それくらいは、私にも分かる。
「それで、交代してくれるの?」
「そのつもりだ」
「ありがとう」
そのまま客室に向かおうとしたけど、陸の方で何か光った気がした。確認しようと思って、降りようとしたらそれを阻止するように腕が腰に回されてしまう。
何事かと犯人を見れば、ベックがどこへ行くのかと問いかけて来て……少しばかり、悪戯心が刺激される。ここで揶揄ったら、どんな反応するかな?と、意識して艶のある視線を向けてみた。
「ナミ?」
「ん?まだ眠くないし、適当に引っ掛けて遊んでこようかなって」
「……経験無いだろ。力じゃ敵わねェんだから、危ない事「あら、本当に経験ないと思ってる?」」
勿論経験等無い。ナミちゃんの身体を傷付ける勇気なんて持ち合わせてないし、好き好んで痛い思いはしたくないもの。
でも簡単に言い当てるベックの鼻を明かしてやりたくて、悪戯心でそんな言葉を口にしていた。それにより後に引けないような気分になっていたから、美しく見えるように意識して笑う。
「皆が女買うのは良くて、私が男と遊んじゃダメなんて……酷いと思わない?」
「ナミ」
「遊ぶだけよ。別に、本気じゃないんだからいいでしょ」
笑って言葉を向ければ、後は呆れた感じで離してもらえると思っていたのに、腰に回された腕は力がこもり、空いていた手が私の腕を掴む。……ベックは、過保護過ぎる。
とりあえず、バレててもバレてなくても、優しそうなお姉さん捕まえて今夜は止めてもらおう。こうなったら、最後まで意地張ってやる!
「初めての相手は、同僚か?それとも上官か?」
「え?」
「海賊は、海兵のように優しくなんて抱いちゃくれねェぞ。それこそ、骨の髄まで貪られる」
ベックの言葉に背筋を冷たいものが走る。だって、今ベックの口にした言葉は私が海兵であると断言していたから。
教えてないわ。私は、何一つ。
海軍の制服も着てないし、コートだって持って来てすら無い。なのにどうして……?
じっと見上げた私に、ベックはけれどもその腕を離してはくれない。力強い腕と掌の熱を感じつつ、私を見詰めるその眼差しと絡まる視線に息を飲まされてしまう。
でも、ここまで来たら、最後まで言い切ってみようとその手を必死で振り払うと距離を取る。勿論ベックが本気になれば、私を捕らえるなんて造作もないとわかってるけど。
「大丈夫よ。私もそこまで子供じゃないわ。……交代してくれるんでしょ?少し、遊んで来「俺にしとけ」」
遮られた言葉に放心してしまう。何を言われたのか、理解できない。
海兵である事を誤魔化せはしないだろうかと、そんな甘い事をベック相手に考えたのがいけなかったのかな。そう思って、少しいつもと雰囲気の違うベックから数歩、更に距離を取る。
「相手の男が惨殺されるのを見たくないなら、俺にしておけ。……優しく、貪ってやる」
「ベック……?」
広げた筈の間合いが、詰められる。背中に船縁が当たって、逃げ場を失ったと気付くけど、ベックから視線を外せない。
「……子供じゃないなら、何も……問題はねェな」
そう言ってベックの太い腕が、私を閉じ込めるように抱き締める。それに抵抗しようとしても、隙間はあるのに隙がなくて逃げられない。
スカートのスリットから侵入した手が、太腿を撫でながら上へとのぼってくる。それによりゾクゾクと肌が粟立つのを感じて身を捩れば、ベックは薄く笑った。
「……それで、経験があるのは本当か?」
「っ……!!ベックに関係無い!!」
「お前、男煽る天才だな。……俺じゃなけりゃ、この場で犯されてたぞ」
「なっ!?」
冷静な声と態度で、ベックは怖い事を言う。何処で私が煽ったって言うのよ!?
「その辺の男にくれてやるつもりはねェ。遊びなら、俺にしとけ」
「ベック?」
「ナミが、俺と同等かそれ以上の男に惚れてると言うなら、協力してやる。だが、遊びたいだけなら、他に想う相手がいないなら……俺にしとけ」
どうして、そんな事を言うんだろう。賢くて、優しくて、面倒見も良くて……でも、それだけじゃない。
強くて、残酷で、残忍で、容赦が無い事も知ってる。甘いだけの男じゃないし、海賊らしい海賊だと知ってるわ。
そして、ベックは私がベック達の敵となっている事も知っている筈なのに。どうして、こんなに、知らない人みたいなんだろう……?
「俺は、ナミがナミでさえあれば、いい。昔から違わず、ずっと愛している」
「それは、知ってるけど……」
「いや、ナミは知らない。ナミは、何も分かってねェよ。ナミは俺が家族として……と、思ってるだろ」
「え?うん。思ってる」
何を当然の事をと思った時、腰に回されていた腕に力が入り、私はふわりと持ち上げられてしまう。慌ててベックの首にしがみつく形で腕を回せば、そのまま唇を重ねられてしまった。
今まで、奪われるようなものしか経験がなかったので、ベックから与えられる尽くすかのような、快楽に溺れさせるようなそれを受けてどう反応していいのか分からなくなる。ベックは貪ると言っていたのに、実際は甘やかすように優しく絡め取られてしまう。
「んっ……ぁ……!ベッ……ンンッ」
唇の隙間で名を呼ぼうとしても、制止しようとしても、ベックのそれは止まらない。腕が震えて、力が入らなくなっていく。
こんなキス、私は知らない!
「……今夜は、ここまでだな。見張りもある」
「ベック……」
漸く開放されたと思ったら、そんな事を言われて思わずその場に座り込んだ状態で見上げてしまう。そんな私に、ベックは嬉しそうに笑った。
「珍しく年相応な顔をしてるな。……ナミが未経験なのもちゃんとわかってるから、手順くらい踏んでやる。その代わり……軍には戻れると思うなよ」
逃がしはしないと、その眼差しで伝えられる。全てをわかった上で、陸に降りる事を制限さえせずに、私を捕らえるベックに私は言葉を失ってしまう。
呆然と見上げる他、選択肢が無くて、でも……。その時ふとベックが何かに気付いた様子を見せて、それにより身体が楽になった気がした。
重圧から解放されかのような感覚に少し驚きつつ立ち上がると、ベックに頭を撫でられる。それが気持ちよくてつい甘えるように頭を預けたら、喉の奥で笑われてしまった。
「ナミは、無防備過ぎる。……皆には話しておくから、俺の部屋を使え」
「え?」
「もう、ナミは客じゃない。……ナミが頷くその時迄は、俺の獲物だ」
貫くような視線に、けど、獲物だと言われてノコノコとその部屋を使う訳が無い。そう思って睨めば、ベックが喉の奥で笑った。
男の人……ううん、雄なんだと、伝わる空気。どうして……突然こんな態度取られてるんだろう。
「女海兵が、海賊船でどんな扱いを受けるのが普通かは、知ってるだろ。皆に、教えてやろうか。ナミが海兵だと」
「皆は、そんな事……!」
「俺達は〝海賊〟だぞ。ナミという宝を逃がさない為なら、壊しても良いと……そう判断される可能性は考えないのか」
ゾクリ……と冷たいものが全身を駆け巡る。思わず自分の身体を強く抱きしめるようにして、フラリとベックから離れようとしたけど、それをベックは許さない。
腰にしている銃を引き抜き、私を空いている手で抱き込むのと同時に放たれた銃弾。その先にいた相手の断末魔の呻き声が聞こえたけど、それを確認する事は目の前にある逞しい胸の為に出来ない。
息をするように自然に人を殺せる人。そして、まるでそれが当然であるかのように、私を守ってくれる人でもある。
「ナミは、見たくねェもんは何も見なくていい。心優しいナミが海兵になるのは、想定内の範囲だ。人が死ぬのを見たくねェなら、見なくていい。悲しんだり苦しんだりする声を聞きたくねェなら、耳を塞いでやる」
「ベック……」
「これ迄通りに、皆と楽しく過ごしたいならそれは叶えてやる。ナミが俺の部屋を使うなら、海兵だとは誰にも告げずに居てやるよ」
「どうして?ベックは1人じゃないと寝付き悪いでしょ?」
シャンクスは人を抱き枕みたいしてたけど、ベックは人が近くにいると眠りが浅くなる。私と同室になんてなったら、ベックが睡眠不足になるわ。
「ナミは、別だ。……ナミが俺を選ぶまでは、ナミを抱かねェと約束してやる。だから……俺にしとけ」
「私がもし、他の人を、選んだらどうするの?」
「それが俺の認められる相手なら、手放してやる。……ただし、この船だと他の選択肢はお頭しかいねェがな」
少し困ったように笑ったベックに、シャンクスを選ぶと言われる事に怯えてるような気配が見える。いや、気配が見えたら怖いんだけど、本当にそんな感じがするの。
「シャンクスがいいって、私が言わないと思うの?」
「お頭を選んだ瞬間から、ナミは毎日犯されるぞ。それこそ、孕むまでな」
「それは嫌ね。……なら、隙見て逃げ出しちゃうかもよ?」
逃げられる筈ないと分かってる。でも、試すように言うそれを止める手だてが分からない。
「……俺が、獲物を逃がすと思うのか」
「……他の人を選んだら、獲物じゃなくなるんでしょ?」
「ナミが幸せに笑ってれば、な。俺を演技で騙せると思うなよ。口先だけのそれは無効だ」
なんか、狡い。どうしてこんなに当然みたいな感じで、逃げ道塞いでくるんだろう。
私が、ベックしか選べないようにされてる気がする。そして実際、私はベックもシャンクスも、その他の家族達の誰も、拒む事も攻撃する事も、本気では出来ないのだ。
「私が、打算とかでベックを選んだら、どうするの?」
「本気で俺を選ぶように、大切に甘やかして、全てから守ってやるさ」
……どう足掻いても、口で勝てる筈がない。私が望めば、きっとベックは何でもやらせてくれるし、故郷にいる家族にだって会わせてくれる。
許されないのは、ベックとの同室を拒む事と、この船を本当の意味で降りる事。そして、海軍に帰る事のみだとわかってしまう。
だから私は、それに頷く他の選択肢を持たないのだと理解させられてしまった。逃げられないなら、そこで生きるしかない。
甘く優しい、広過ぎる鳥籠に囚われて……絶対的な捕食者に守られながら、私は波間の向こうを目指して進む事を決意した。ベックがどれ程本気でこの会話を繰り広げていたのか、それをまだ、私は理解しては居なかったのだ。