食堂に移動して、何となく定位置になってる席へと腰を下ろせば当然のようにルーが食事を持って来てくれる。私とベックの目の前に置かれたトレーには、同じメニューが乗っているのに、明らかに私とベックの用意された食事の量に差があった。
軽く見積ってみても、私のとは三倍位は違うかな?
ルフィやエースは大食い枠だからそんなもんかなと思えても、相手はベックである。食べ過ぎじゃないのかな?
「そんなに食べられるの?」
「……ナミが少食過ぎるんだ」
「最近、身体動かしてないから余計にそうなのかも知れないわね」
真面目にストレッチとかしようかな。もしくは、シャンクスに修行でもつけて貰おうか。
「俺と、運動してみるか?」
「それもいいわね」
シャンクスとばかり修行していたら、他の対応が難しくなる可能性もある。そう考えて小さく頷いた私に、ベックは何故か頭を抱えた。
頭でも痛いのかしら?
「いや、違うぞ」
口に出してもいない言葉を汲み取り答えてくれるけど、ならどうしたのかしら?
「ナミが鈍いのは分かっていたが、これ程とはと思っていただけだ」
「……あら、そう見せかけてるだけかもしれないわよ?私が、なんにも知らないお嬢さん……だなんて、ベックは本気で思ってるの?」
意識して色っぽく言葉を口にして、流し目までしてみる。ある意味嘘だけど、言葉としては嘘をついていない。
それに、嘘をついたのだとしても、今日は嘘をついてもいい日なのだから問題は無い筈よ。そう脳内で言い訳していたら、突然腰に腕を回されてしまう。
何だろうと思っている間に強く腰を引かれて、気が付いた時には唇が重なっていた。その事に気付くと同時に慌てて抵抗するけど、身体は信頼しきってるベックの温もりに本気で抵抗できない。
その上……上手い!
経験が少ないから、下手なのは極端でもなければ分からないけど、上手いのは分かる。初めて食べる食べ物が不味いのか、そういう食べ物なのか分からなくても、美味しいのは分かるのと理屈は同じ。
「んっ……ぁ……」
唇が僅かな隙間を作った瞬間に漏れる声。それがはずかしくて、情けなくて、悔しい。
その隙間を利用するようにして、ベックは言葉を紡ぐ。それは盛大な色気を含んだもの。
「ナミが、俺を騙そうだなんて十年早い」
「っ……!十年で、この差を埋められる自信が、ないわ……」
「ナミが十年生きれば、その分俺も生きてる。その事を考えたら、追い付くのは中々に難しいだろうな」
「……さっさと衰えたらいいのよ、ベックのバァカ」
心にもない罵声にもならない悪態を紡ぐのが精一杯な私に、ベックは優しく笑う。それにより、声を詰まらせた瞬間、突然聞こえて来た声に肩が震えた。
「イチャつくなら、二人のとこにしとけよ。目の毒だから」
「ヤソップ!」
「んで、ナミとベックはいつから付き合ってたんだ?」
「付き合ってないっ!」
咄嗟に返した私に、ヤソップは少し考えるような仕草を見せる。そのまま視線をベックに向けると、呆れを隠さずに声を音にした。
「あ?なら、ベックが勝手に手を出してんのか。……程々にしとけよ。こんなガキに全力なんて大人気ないだろ」
「俺はナミをガキ扱いした事はねェよ。昔から、可愛くて仕方なかったのは変わらねェけどな」
「ベック!?」
この人、何言ってんの!?
羞恥で赤くなるのは、当然だと思う。しかも、腰を抱いてる腕は私を離してくれない。
「手を出して問題が無くなるまで、手は出てないんだ。職業を考えたら……充分すぎる程に紳士的だろ」
「ベック……お頭が五月蝿くなるから、加減してくれよ」
脱力感たっぷりでヤソップは言うけど、どうやら助けてはくれないらしい。よし、ここは自力で逃げてやる!
そう心に決めたら行動は早い。まず手始めに、二の腕を指先でチマッと薄皮一枚を抓ってみる。
これ、相当痛い筈よ……って、筋肉が硬すぎて抓れない!?
「ナミだけは、もう、譲るつもりはねェよ。それにな……ナミには全力で挑まないとそもそも通じねェんだよ」
「そりゃァ……わかるがな」
分からないで!
それと、なんでこの腕脂肪がないの!?
私、全力で抜け出そうとしてるんですけど!?
会話の片手間の筈なのに、私を捕らえる腕は緩められる事がない。……これ、どうしたらいいんだろう。
「なら、止めてくれるな」
「お頭がなァ……」
「そこは仕方ねェだろ。ナミは1人しか存在しねェんだから」
「ベックー……離して」
二人でなんか会話続けてるけど、だからこそ私はいらないと思う。抜けられないなら頼めばいい。
ベックは甘えた私に弱いから、甘えたらきっと叶えてくれるわ!と、信じて声を出したのに返って来たのは妙に冷たく硬い声。
「ダメだ」
「なんで!?」
「離したくねェ。傍にいろ」
囁くように、哀願するような空気で、なのに色気を振り撒きながら言われる。でも、私は……。
「ベックなんか…………大好きなんだからっ!」
エイプリルフールは嘘をつく日。なら、これが真実か嘘か悩ませる位は許される筈よ。
そう判断して口にした言葉は、想定より威力があったらしくそっと腕から力が抜けた。その隙に逃げ出せば、ベックが笑い出す。
皆の視線が集中してるとか、そんなの気にしてる余裕はない。今の私には、ベックしか見てる余裕なんて無いのよ。
そう思って威嚇しつつ距離を保つ私に、ベックは幸せそうに微笑む。その威力たるや、その場にいた全員が声どころか動きさえ止める程。
「そうか、ありがとう」
「き、今日はっ!エイプリルフールなのよ!?」
「知ってる」
甘い声で、愛しそうに頬を緩めて、優しい眼差しで……私を全肯定する人。だからこそ、怖くて、不安になる。
私は、自分が何よりも信用できない。それに今日は、エイプリルフールなのだもの、信じる方がおかしいレベルだわ。
「うそ、だと、思わないの?」
「思ってるさ。ナミは俺を大好きなんかじゃないよな」
その言葉に、胸が痛む。大好きなのに、自分から否定されるように仕向けたのに、それを肯定されて傷付いてる。
身勝手過ぎる自分の心に涙が滲む。そんな私に、ベックはそっと手を伸ばすと軽く頭を撫でてくれた。
「ナミは、俺を愛してるからな」
「え?」
「ナミは、俺を〝大好き〟だなんて嘘ついて〝愛してる〟事を隠そうとしたんだよな」
「ちっ……ちがっ……!!」
まだ何も自分の中で纏まってない。大好きなのは間違いないけど、それは恋愛なのかどうかが分からないの。
その線引きが分からなくて、だからどうしたらいいのか分からなくて……。身動きがどんどん取れなくなる。
そう思って、震える。そんな私にベックは、甘く蕩けるような声で言葉を向けて来た。
「どんな嘘でも、もしもナミが望むなら、それは現実にしてやりたい。俺は嘘偽りなく、どんなナミでも愛していると断言出来るのだから」
「……それだと、愛してるのを、大好きに格下げされちゃうわよ」
「どちらでも構わない」
「え?」
意味が、わからない。だって、私からの想いが格下げされたら、ベックは悲しいんじゃないの?
誰だって、好きな人には好かれていたい。愛してる人からは、愛されたいと願うものじゃないの?
「俺は愛してる。俺としては、ナミから返されるモノが負の感情でさえなければ、なんでもいい」
「私、そんなに、返せないわ」
「……俺が勝手に愛してるだけだ。ナミはそれを受け入れてさえくれたら充分だ」
この人はどうして、私をこんなにも甘やかすのだろう。私、傍に居られるような、誇れるようなものを何も持たないのに。
どうしたら、素直に想いを伝えられるだろう。ベックの事が大切なのに、どうしたらいいのか分からない。
「ベック……」
「俺は、ナミが手の届く範囲にいる限り気長に待ってやれるから……焦らなくていい」
「でも……」
「その代わり」
代わりになる条件があるのかと耳を欹てるのに、ベックは言葉を止めたまま口を開こうとしない。どうしたのかと不安になって見つめれば、口元だけは笑みの形を作りながら、その瞳が強過ぎる想いを、劣情を伝えて来た。
「傍から離れようとしたら、首輪を着けて……部屋飼いの
「猫?まぁ、私は猫系だとは思うけど……?」
「今は外歩きも許しているが、悪い子なら部屋から出してやらねェ」
「いい子な海賊なんて居ないわよ。でも、そうなると困るわ。私、測量とかしたいもの」
悪い子しかなれはない海賊をやってる以上、部屋に閉じ込められてしまうかも知れない。相手がベックでは、逃げるのはきっと不可能。
それだと困るわ。世界地図、描きたいから。
「……そう、だな。俺もナミ以外にこんないい子知らねェな。……本当に、こういう事だけ通じねェ」
「ベック?」
「傍から離れるなって言ってんだよ」
「……うん、ここにいるわ」
今更帰れる場所もないからと頷いた私に、ベックは優しく笑ったけど、なぜか強く抱きしめられてしまってその後ベックがどんな顔をしていたのか分からない。ただ、皆がヒッって言ってたから何か怒らせる事でもしたのかなと心配になったのである。