誘拐したその日の内から、センゴク達にナミを返せと騒がれていた。五月蝿いそれにおざなりに対応しつつ、俺は半年かけてナミを口説き続けていたんだ。
聞けばまだ16歳だったらしいナミは、何も知らない無垢な状態にあつた。それにより、俺が思い出した過去のそれよりも若いと気付く。
壊さないように大切に大切に守り、返せと五月蝿い奴らに対しては退役しただろうと1蹴した俺は、それから半年かけてその身体を慣らしてやった。壊したくなかったんだ。
それから約1年。漸く身体を繋げ、完全に俺のものだと思っていたにも関わらず、ナミは言ったのだ。
「……早く本命の人を口説きに行きなさい。私は、そろそろここを出て行くわ」
その言葉に目の前が暗くなり、必死に言葉を紡いだ時にナミが俺の恋人である自覚を持たずに、遊ばれてるだけだと思っていると知った。本命を口説く為の練習に使い、センゴクやおつるさんへの嫌がらせをしているのだと思われていたと。
許せないと思う怒りと、伝わっていなかった哀しみと、言葉に現せない感情が渦巻いて……俺はナミをベッドに沈めた。四肢を操り、自ら求めているように見える行動を取らせても……心は軋み悲鳴をあげるばかり。
「ど、ふ……も、ゃ……」
抱いている時だけ、ドフィと呼んでくれるナミ。他は頑なにドフラミンゴと呼ぶそれに、俺がどれ程傷付いているのかナミは理解しない。
俺を見ろナミ。俺を……愛してくれ。
そして意識を失い何をしても戻らなくなったその状態に、やり過ぎて衰弱させたと気付く。そのままでは不味いと判断して、その身を清めてから船医等を呼びベビー5を傍につけさせた。
そんな俺に幹部達がやり過ぎだと苦言をていしてきて、それに頷いた時ナミが目覚めた。そして俺を見て静かに涙を落とすと……強い眼差しで俺を睨みあげる。
片手で簡単にその命を奪えるだろうとわかる程に弱い存在でありながら、全力で挑んでも勝てないような強さを持つ女。そもそも論として、俺がナミを失えない時点で本来勝ち目なんかねェんだよな。
「何が、気に入らないの!?ドフラミンゴが望むように、解放してあげようとしただけなのに!もう、顔も見たくないわ!」
叫ぶように口にされた言葉に、俺はその場で崩れ落ちそうになる。慌てて伸ばした腕を振り払われて、絶望という感情を抱いた時ナミが俺の顔を見て……動揺を見せた。
それから狡いと言って涙を落とすと、明日1人で買物に行かせて欲しいと言われる。この国ではない、別な所で買い物をしたいと……。
それをさせると言えば、俺の傍に居てくれるのかと問い掛けると、小さく頷いたナミに俺はそれを認めるしか無くなった。ベッドごとナミを船に移動させて、比較的安全な近場の国を目指して船を進めれば、ナミが困ったようにだが、笑ってくれる。
それから、酷く沈んだ声で言葉を紡ぎ、切なそうに瞳を揺らす。微笑みを浮かべているからこそ、余計にその悲しみが伝わって来るような気がした。
「……私に執着してると、本命に勘違いされちゃうわよ」
哀しみに彩られた瞳を見て、ナミは俺を拒んでいるのではないのかも知れないと気付き、言葉を失う。ともすればナミは何かを勘違いしているだけで、ナミも俺の事を……?
だが問い掛けるより早く意識を失うように眠ってしまったそれに、俺はそれ以上何も言う事が出来なかった。そうして翌朝、ナミは1人で買物に出かけて行く。
それに掌サイズの糸人形を作り荷物に忍んで行ったが、何も気付いてる様子はない。1人になんか、させてたまるか。
ナミは買物を素直に楽しみ、俺から逃げようとしてる様子も見受けられない。それにホッと息を吐き出してナミを見ていれば、食材の他に着ぐるみや毛糸等も買い、下着等も手に入れた様子のそれに小さく笑う。
そして手荷物の中にいる俺を見付けたナミに、本人だとバレないように人形のフリをして動かずにいれば優しく笑い掛けられた。小首を傾げたナミがそっと俺を抱き上げ、コートを軽く引っ張ったりしはじめる。
「可愛いし、よくできてるわ。ベビー5が忍ばせたのかな?……ドフィから見た私って、こんな感じなのかな」
意味が分からねェ。だが、問い掛ける事も出来ない。
「ドフィ君は……私の傍に、ずっと居てくれる?捨てないで、傍にいてくれる?」
微かに声を震わせながら俺の頭を指先で撫でると、そっと俺を荷物の中に戻すナミは扱いが丁寧だ。それから切なそうにその瞳を揺らす。
「傍に居るのが、苦しいわ……。早く、飽きてくれたら良いのに……。……勘違い、しそうになるなんて、情けないわね。ねぇ、ドフィ君もそう思うでしょ?」
そう言って人形のフリをする俺に笑いかける。それからまた動き出したナミに、今ほんの僅かに見せた哀しみの色も儚さもない。
その時ふと背後を見ればピンクとピーカがコソコソとナミの後をつけてるのがわかり、ナミは何故あの目立つ2人に気付かないのかと本気で心配になる。それにしても、奴らもアレで本気で隠れてるつもりなのだろうか。
船に戻ったナミのそれを確認して、糸人形を回収する。それから国に、城に帰る為に指示を出してから部屋に戻れば、ナミが部屋で何かを探してる事に気付く。
「どうした?」
「……ドフィ君が、なくなっちゃって」
「ドフィ君?」
まさか、ミニチュア糸人形の俺か。ナミの中であの姿は、ドフィ君って名前で決定なのか。
そうか……人形ならナミは、ドフィって呼んでくれるんだな。なら、人形でいても……と、1瞬本気で考えちまう。
「多分、ベビー5がくれたんじゃないかなって思うんだけど……」
「……俺に似た人形なら、気色悪かったから海に捨てた」
「え!?なんで!?可愛かったのに!!」
たった今俺は気色悪かったと言った筈だがな。それでも動揺するナミに、それを言っても無駄なのはわかる。
溜息と共に本音をもらす。人形の方が良いとか、許さねェぞ。
「ホンモノが、いるだろう」
「……そう、ね。ただ、出て行く時、ドフィ君がいたら可愛いかなって……寂しくないかなって、そうな風に思っただけよ。気にしないで」
「俺の傍にずっと居るんだろ」
思わず低くなる俺の声を聞いて、ナミは困ったように笑う。それからそうねと微笑んだ。
その後唇の動きだけで、ドフィに飽きられる迄はと、そう言ったのに気付けば思わず強く抱き締めていた。泣かせたくないと言うのに……どうして、上手くいかねェんだろう。
「どふ「ナミ、買物は楽しかったか?」」
「え?……ええ、楽しかったわ。ありがとう」
「なら、今日は早めに寝ろよ」
それだけ言って、俺はナミを残して部屋を出る。どうすればナミに、俺は手放すつもりなんて無いのだと伝わるのだろうか。
「ベビー5は恋愛関係の事については、教育してやらないと不味い位だからな……」
女の事は女にと思うのに、思い浮かぶ誰もが恋愛からは遠過ぎる。寧ろ俺が教育してやる必要が有りそうな面々に溜息しか出ない。
そんな時、ピンクが若と言いながら近付いてきた。いつの頃からか、奇抜な姿をするようになったピンクはやけに目立つが理由を思えば咎める気にはならねェ。
「護衛、ご苦労だったな」
「何故、ご存知で?」
「あんなに目立つ2人に気付かなかったら可笑しいだろう」
「変装して隠れていたのに、若は流石ですね」
そんな事を言いながら笑ったと思った直後、ピンクが言う。ベッド以外で口にした想いじゃ無ければ、信用されないと。
その言葉に俺が肩を揺らせば、喪う前に伝えて下さいと言われちまって……どうしたら良いのか分からなくなる。そんな俺にピンクはそれ以上何も言う事は無かった。
翌日、ナミの話を元に健康長寿を願う催し物が開催される事となる。その為に豆を炒るコック達に混ざり、恵方巻きとやらの作り方を教えているナミは、妙に楽しそうだ。
最初の半年は部屋からも出さなかったが、近年は城の中なら好きにさせている。それもありいつの間にか幹部ではない使用人達とも、それなりにナミは仲良くしている様子だ。
今も作り方を教えつつ、ナミは楽しそうに笑っている。それにしても、今ナミが作ってる太巻きは少し他と違うな。
それから少しすると完成!!と嬉しそうに言ったナミが、皿に盛り付けたそれを手に振り向き俺の存在に気付いた。そして、慌てたように視線を外す。
「ナミ?」
「いつから、いたの?気づかなかった、から……」
「恵方巻きは太巻きだと言いながら、作り方を教えてた辺りからだな。出来たなら寄越せ」
皿を奪うようにして部屋に運ぶと、ナミは困ったように俺を見る。そして、妙な言葉を口にした。
「ドフラミンゴは皆と節分やるでしょ?私は部屋で大人しくしてるから、楽しんで来てね」
「……ナミもファミリーだと何度言えば覚える」
「だって、私は……海兵よ」
強制的に退役させられようとも、己が所属するのは海軍だと言う強さに目眩がしそうになる。そう言えば、昔も海兵だと名乗っていたな。
だとしたら、あれは真実だったのか。あの頃はまだ、産まれて間もなかっただけで、海兵となる事が決まっていたとでも?
今言わなければ失う。俺は、ナミを失いたくは無ェ。
「ナミ、俺はナミを愛してる」
「え?結婚したいくらい好きな人がいるの、私知ってるのよ。そうやって無駄に期待させるような事言わ「その相手がナミだ。ナミを、愛してる。ファミリーとの節分もやるが、それはナミも1緒にやるつもりだ」」
「ドフィ……?」
戸惑いを隠さないナミに、俺は精一杯の言葉を尽くす。作られた恵方巻きにはロブスターが使われていて、ナミの言動をひとつひとつ精査してみれば答えなんて簡単にわかる。
「勘違いさせて、悪かった。俺はずっと、ナミだけが欲しかった。ナミを妻にと望んでる。愛してる」
「ドフィ……騙して、る?」
「ベッドでしか言わなかったのが悪かったな。俺はナミにだけは嘘を言わねェ。ずっと、俺のそばにいろ」
俺の言葉に泣きながら飛びついてきたナミを抱き締めて、恵方巻きを食べるのも、豆まきするのもまた後でだなと思う。今はただ、ナミを抱きしめていたい。
ナミを苦しめる鬼は外!ナミの笑ってくれる福は内!時に幼子のようなナミを、そっと抱き締めて……まずはナミのペースに合わせた恋人らしい事とやらから初めてやるかと小さく笑う。
片想いの季節は終わり、暖かな両想いの季節がやって来る。冬が終わり春が来る事を告げる季節のイベントである節分に、これ程相応しい事も無いだろう。