奪われた心臓
その報告を受けた時、私は戦慄を覚えた。身体の部位ごとに切り刻まれているのに、生きてる海賊が届いたと言うのだから。
手にしていた書類を落とさなかっただけ、褒めてもらいたい。……身体の部位毎に切り刻まれてる死体があったと言うだけなら、余り驚かないけど……それが生きてるとなれば話は別。
「どう言う、こと?」
「島民からの通報で到着した時には、そうなっており、犯人は不明!!これから調査を「私が行くわ」」
これは、下手に扱えない。こんな事をできるのは今、この世に1人しか居ないのだから。
まだ、手配書出てないわよね。本来ならば、活動を開始するには時期も早い。
なら、止められるかも知れない。後半年くらいは少なくとも動かないと思ってたのに!
私はまだ17歳だもの。18歳になる迄は、何も起きないとそんな事を本気で信じていたけど……甘かったわ。
ルフィと同じルーキーなのだから、私が18歳になる迄動かないと勝手に決めつけてた。でも、私が海賊ではなく海兵になったのだから、変化が起きてもおかしくなんてないのに……!
どうして気付かなかったのか。どうして、安直な答えを弾き出してしまったのかな。
そう思って私はクリマタクトを手に歩き出す。正義のコートがそれに合わせるように揺らめき、それを見送る部下達からの、羨望の眼差しが少し痛い。
「……君達、おつるさんにこれを届けてくれ。君達を庇いながらでは戦いにならない」
「ナミ大佐!?」
「あぁ、その身体はパズルのように組み立てれば元に戻せる筈だ。その状態で不都合があるなら、治してやるといい」
「嫌です!!我々も連れて行ってください!ナミ大佐ァ!!」
もしも本当に予想通りの人物なら、話は通じるだろうとは思う。けど、私にはどうしたって夢の中で見た幼いイメージが付き纏っているから、そんな楽観視してるだけって可能性も否めない。
無意味にそんな事はしないだろう事はわかる。つまり、ドフラミンゴか誰かを呼び出そうとした……と考えるのが妥当かしらね。
まだ……時期じゃない。リスクしかないのに、どうしてこのタイミングなの?
思考を巡らせながら、慌てたように手を伸ばす部下達の前から、速度を上げて離れれば誰にも追いつかれる事はない。これでもあの光人間と速度で渡り合えるのだから、それはもう当然と言える域だと思う。
海も駆けて移動したので少し疲れたわ……と島へと到着するのと同時に、速度を確かに落とした。恐らくはそれ迄の半分程の速度にしただろう。
「ナミ?」
突然かけられた声に動きを止めれば、驚いた顔でこちらを見ている青年がいた。私の知る姿と言うか、慣れ親しんでる姿では無い。
どうしたって二年前の姿はそれ程多く描かれてなかったから、私の知る姿は……知識として知るその姿は二年後の方。それに加えて、私のイメージではまだ、幼かったローちゃんなのだから当然。
でもそれよりも、私の動きが見えてた事と、何よりも名を知られてる事に驚く。光の速度に比べたら確かに遅いけど……それでも、目視するのは難しい筈なのに。
「……ロー……ちゃん……?」
疑問を口にするより早く、私の口から飛び出したのは情けなくも震えるその名を示す声。そんな私に、ローちゃんは泣きそうな顔で近付き、指を少し動かした。
私はその表情と苦しげな雰囲気で、その動作を見落とした。その結果が、その音を紡がれた後で危険を察知するという情けない現実。
「〝room〟〝メス〟」
驚くより早く行われたそれにより、私は意識を刈り取られてしまう。全身が心臓になったような、巨大な音を間近で聞かされたかのような、そんな衝撃で……。
でも、それは差程長い時間ではなかったらしい。倒れる身体を支えられた衝撃で目覚めた程度の、僅かな時間。
「……なに、したの?」
「逃げられなくしただけだ。他意はねェ」
そう言って見せられたのは、心臓。それにより嫌でも理解出来てしまう。
ローちゃんの手の中にあるのは、私の心臓なのだと。何をしたいのかとローちゃんを見れば、冷静だなと何処か蔑むように言われて、肩を竦めた。
そんな私をローちゃんは抱き上げて、そのまま珍しい形をした船へと連れ込もうとするから、慌てて暴れたのは当然だと思う。なのにその瞬間、文字通り心臓を掴まれてしまっては抵抗等できる筈もない。
「大人しくしてろ。話がしたいだけだ……今はな」
今はって何!?
色々保証して欲しいと思いながら、それでも海賊に捕まった時点で諦めるしかない事は理解してる。ただね、まぁ、ギリギリ問題ないの……かな?
先日誕生日を迎えて無事に17歳は過ぎてるんだし……でもなぁ、この身体傷付けたくないし、痛いの嫌だから、1思いに斬り捨ててくれないかな。1応だけど、16歳を過ぎていれば問題は無い筈だもの。
……そもそも根本的な問題として、海賊に法律を説いても無駄だし。そんな事を考えて落ち込んでいたら、中に居た巨大なその人を見て叫んでしまった。
「きゃ~!!」
だって、だって……!生きてるなんて、思っても見なかったんだもん!
それに、生きてたなら、どうして……!どうして連絡の1本も寄越さなかったのよ!?
そう思ったらローちゃんに大人しく横抱きされてる場合じゃ無くなり、引き止めるそれを無視して巨大なその人物に掴みかかっていた。だって、死んだと思って、あの人がどれだけ苦しんで嘆いていたか、私は知ってるもの……!!
「ロシー!?何してんのこんな所で!!」
「ナミ!?」
愛称で呼ぶな?
知らないわ!今はそんな事、気にしてる余裕なんて無いもの。
「質問に答えなさい!ずっと胃痛と戦いながら、帰りを待ってる人の事を考えたらどうなのよ!!」
「……まって、る?」
「当たり前じゃない!ある日突然息子が行方不明になって、心配しない親が何処にいるのよ!!」
その瞬間、呆然とした顔で、親……と呟いたのを見て手から力が抜ける。……本当に、不器用な所まで、そっくりなんだから……。
「……親よ。少なくとも、ロシーの事を息子として、愛してるわ。連絡位、入れてあげて」
「
そう言って泣き出したそれに苦笑した時、肩を叩かれて現状を思い出す。しまったと思ってその人物を見上げれば、妙に優しい顔でロシーを見ているのに気付いてしまった。
気付かなければ、ただの見知らぬ海賊として対応できただろうか。……いいえ、どちらにしても、私は彼等を攻撃できない。
「後数年たったら、顔見せに行くから待っててくれと……そう伝えとけ」
「ロー?」
「俺には俺なりに計画もある。今の状態ではそれは叶わねェから、数年は待たせちまう。悪いな、コラさん」
「……分かった。そう、連絡入れる」
そうやって頷いたロシーに、私は嬉しくなって笑った。そんな私をローちゃんはまたも抱き上げるけど、今度は片腕で腕に座らせるように抱き上げられるから、目の前にある首に抱き着いてしまう。
落ちるのは流石に少し怖い。するとローちゃんは何がおかしいのか、楽しそうに笑うとそのまま移動を開始した。
そうして連れて行かれた部屋は、本と机と薬品棚がある場所で、奥にベッドっぽいのはあるけど、そこにも紙が積まれていてはベッドと呼びたくない。私の部屋も大概だと思ってたけど、これは無いわ。
応接セットらしき物も、人一人が座るスペースを残して全て紙で埋まっている。ただその中に気になる記述を見つければ、ソワソワしてしまったのも仕方ないと思うの。
そんな私を苦笑しつつローちゃんは下ろしてくれるから、応接セットに置いてあった症例を手にする。これは、間違い無く白煙病のものだわ。
これにかかり治ったのはローちゃんだけなのだから、この症例はローちゃん本人の物だろう。だとするなら、今後の為に纏めていたのかな。
他にも助からなかった症例として、幾つかの資料が残されている。……つまりは、子供の頃に見たそれを思い出しながら、医者としての知識を得てから書き出したのだろう。
発表しても握り潰されるリスクの高いこの症例を、けれどもいつか来る未来の為に残しておきたい。そう思って顔を上げた時、長いその足を組んで座るローちゃんが居た。
……無駄に、絵になるわね。座ってるだけなのに。
「ナミ、見終わったか」
「あ、うん。ごめんなさい。つい……」
「ナミは医者じゃねェよな」
真っ直ぐに見詰めてくるその瞳が、やけに優しい。それに小さく笑って、私は頷いた。
私は、嘘を極力つきたくは無いの。だから、素直に言葉を紡ぐ。
「うん。私はただの事務員よ」
「事務?」
「雑務かも?」
「……知将、おつる中将の元に居るんじゃねェのか?」
その言葉に驚きつつ頷けば、ローちゃんは納得した様子を見せるから私は疑問が溢れ出そうになる。なんだと言うのだろうか。
「……成程な。ナミは、どうして俺を知っていた?初対面の筈だが」
「夢で……幼いローちゃんと、青年のロシーに会った事があって。その為に初対面なのに、知ってる気がしてたのよ。……それだけだから、心臓返して」
「夢……。そうか。なら、検証をいくつかしたいから、それが終わったら返してやるよ。それ迄は……ようこそ、ハートの海賊団へ。歓迎しよう。ナミ」
それは決定。拒否等許されないそれは、拒絶した瞬間に生命を奪うとその手にある心臓で示されてしまう。
私はエースの事もあるからまだ海軍を離れられないのに……。どうしたらいいんだろう。
泣きたいような気持ちで、ローちゃんを見つめると何故か微かに顔を赤く染めて視線を逸らす。それから、魔性かよなんて呟いてたけど、意味がわからない。
「……俺の知るナミは、今のナミより歳上だった。だからこそ、今のナミが俺を知ってる事が不思議でならなかったが……まさか、本当に海兵だとは思わなかった」
そうして語られたローちゃんからの情報を元に、私もわかる事や推察出来る事を話して行く。その結果幾つもある分岐の1つで、ローちゃんを助ける未来があっただろうけど、今のこのルートではそれは無いのだという事で落ち着いた。
その未来において私の〝恋人〟がルフィだと言うのなら、原作軸である可能性が極めて高く、そうなると髪が長かったなら、二十歳の話だろう。もしくは、おつるさんに助けられなかった私か……。
「ルフィは、私の弟よ。恋人になるなんて、考えもしないわ。……私は、未来を時に夢で見るから、悲しい未来を変えてきたの。何度も……その影響で、私は本来ならば出会う筈もなかった人達と出逢い、有り得なかった未来を歩んでるのよ」
「……後悔、してるのか」
「いいえ。……私、幸せだもの。大切な人達が皆生きていて、可愛くて、でも心配だった少年はこんなにも大きくなってくれた。図体ばっか大きな青年は、漸く父親に会いに行く事を決意してくれた。……もう、思い残す事はないわ。さ!1思いに殺っちゃって!!」
私の言葉にローちゃんは暫し無言になり、それから頷いた。くれると言うなら遠慮無くと言われた直後、私の望まない形の〝ヤル〟に取られたと気付くけど、それを静止できるかは未知数。
ベッドにあった筈の紙は消えて、代わりに柔らかそうなリネンがある。そんな所へ押し倒されて、服を脱がされれば私にもわかるわ。
つまり、ローちゃんは、溜まってるんだって!でも、それは嫌な訳で……。
「そうじゃない!殺してって言ってるのよ!」
「は?……俺は医者だ。人は極力殺さねェようにしているんだよ」
「私、痛いの嫌だもの。拷問とかはされ慣れてるけど、だからって痛いのが好きな訳じゃないのよ!!」
「……痛く、するつもりはねェ。気持ちよくしてやるか「嘘だもん!絶対痛い!!」」
痛くて、苦しくて、気持ち悪いんだって知ってるわ。……この身体では経験ないけど。
子を望んでる訳でもないし、全てを捧げても悔いはないと思える相手でも無いのに、そんな苦痛を受けたくは無い。それならいっそ……殺して欲しい。
この身体を無闇に傷つけたくも無い。海賊に捕まった時点で覚悟はしてたつもりだけど、それでもやっぱり、嫌なものは嫌なのよ……!!
「抵抗するなら殺すと言うなら、全力で抵抗するわ。私に、触らないで!」
「……あァ……ナミなんだな」
睨んでいた私に告げられた言葉に、首を傾げる。懐かしそうに、愛しそうに向けられる眼差しは、何を意味するのか。
「……今は、許してやる。手放す気も、帰らせる気も無いがな」
そう言って乱れた着衣の状態にある私を置き去りに、ローちゃんは去って行く。本質的な所はローちゃんとドフラミンゴはよく似ている……とロシーが零すそれの意味を理解するのは、まだ少し遠い未来の話。
今はただ、よく分からないけど帰れないらしいと溜息を落として、波間の向こうを目指して進む船の中座っている事しか出来ないでいた。その船が潜水艦だと気付くのは、それから数時間後の話である。
奪われた