私、
目的地へと近づくに連れて恵ちゃんの手が震えているのに私は
気がついた。
「恵ちゃん···大丈夫?」
「···あ、あれ?お、おかしいな?私、覚悟してきた筈なのに···どんどん震えてきちゃったよぉ···ご、ゴメンね。私、えりなちゃんの様に強くなると決意した筈なのに···」
頭で覚悟を決めても心と肉体は本音をさらけ出してしまい、緊張と恐怖と重圧の前に再び屈しようとしている。
「う、う"ぅ···」
恵ちゃんはそんな自分の不甲斐無さに悔しそうにして下唇を噛んでいた。
よぉ~し!ここは私が····!
「恵ちゃんちょっとだけ目を閉じてくれるかしら?」
「へっ?え、あ、はい!」
戸惑いながら恵ちゃんは素直に私の指示に従い目を閉じた。そして私は恵ちゃんの額に····
チュッ···♥ ズキュュュン!!!
これからの幸運と戦いへの勇気を湧かす熱い口づけをした。
「ひぃやあああぁぁぁ~!!??え、え、えりなちゃんんんー!?わ、わだずの額にキ、キ、キスをォォ~!?」
「ウフフ♥どうかな?これでもまだ身体が震えちゃうかしら?」
私はつい小悪魔チックに舌をペロリと出し、恵ちゃんに訪ねる。そんな恵ちゃんは何故か全身から光が疾走り気力に満ちた顔になった!
あ、あれ?これって何だかジョジョの波紋呼吸法による肉体活性化に似てなくない?
「えりなちゃん!!····ありがとう。私もう大丈夫だよ!!何だか全身の細胞からエネルギーが溢れ出すみたい···こんなの初めてだよ!今ならどんな困難も打ち砕けるよ!身体が軽い···こんな幸せな気持ちで試験に挑めるなんて初めてだよ···私、もう何も怖くない···!」
待って恵ちゃん!それ壮大な死亡フラグだから止めようね!!
と、とにかくこうして私達は決戦の場へと到着した。
ホテル遠月離宮別館の地下一階の厨房には既に審査員として、そして全責任者の堂島シェフと例のシェフ三人組とイケスカないイキリ野菜メガネ小物太郎の四宮がエラソーに立ち構えていた。
「非公式の食戟···しかも合宿の最中で卒業生VS在校生。シャペル先生にしれたら大目玉デスね」
ケツアゴのドナード梧桐田シェフが自嘲気味に囁いた。
「怒られるだろうな···こっぴどく」
やや諦めた様に糸目の関守平シェフが呟いた。
ボソッ「もしもバレたら私は逃げる···今回は四宮が悪い···全部何もかも四宮のせいにする。それが正しい···」
セ○バー声の小柄で可愛らしい水原冬美さんが四宮へ嫌味っぽく言ってくれた。私もそれには大いに大賛成よ!
「そうですよね~マトモな課題内容を出しておけばこんな展開にはならなかったんですから···やっぱり四宮先輩が全ての元凶ですね」
水原シェフに続けとばかりに乾日向子さんも四宮の野郎へ集中攻撃をする。
「···オイッ!!全部聞こえてんぞ水原、乾ゴラァ!!」
額に青筋立ててメガネがガナリたてる。
「お前達その辺にしておけ···ではこれより2対1の野試合を執り行う!お題は今日の課題で余った野菜類で行って貰う。···さらにもうひとつ条件を付ける田所恵くん。君がメインで調理をするんだ。レシピも君一人で決める。···いいね?」
ここはキッチリと原作どうりの流れだわ。けど今の田所恵ちゃんは···
「ハイ!わかりました!」
堂々と堂島シェフの条件を受けた。恵ちゃん格好いい!素敵よ!
(むっ、どうした事だ?午前の時はオドオドと不安気で頼りない印象だったが、今の田所恵くんは強い意思が身体中から漲っている····!?比べるならばまるで別人の様だ···僅か数時間で一体何が合ったというのだ?)
恵ちゃんの変わり様に堂島シェフも些か驚いてるみたいね。それも無理ないかな?なんたって私の口づけ(額)で恵ちゃんは田所恵
「それと薙切くん今回君はサブとしてサポートに回るんだ。彼女のレシピに手を加えるのも無しだ。いいね?」
「はい!承知しております」
今の恵ちゃんならきっと···私は全力でサポートするのみ!!
「ハッ!同情するぜ薙切のお嬢さんよぉ?絶望的な気分だろ?あの鈍間の腕に自分のクビもかかっているんだからな!」
既に野菜を取り終えたメガネはわざわざ嫌味を言ってきた。くわー!とことん嫌な奴!お前の目は節穴かっ!今の恵ちゃんの顔つきと強い意思が見えんのかい!
「ねーねー聞きました!?今の憎たらしい言い方!」
日向子さんが強い嫌悪感丸出しの顔で他のシェフに同意を求める。ホンットそれなっ!
「そんなだから女性と長続きしないんですよ四宮さんは!」
「四宮ってホント性格が悪いと思う。男として最底辺だ····」
ドナード梧桐田シェフと水原冬美さんが同意して口々にメガネを貶めてくれた。そうよ!もっと言ってやって!
「頑張ってー!!私の恵ちゃん、えりなちゃん!」
「外野黙ってろ!!!ヒナコてめーうるせぇ!!」
一番うるさいのはお前だっちゅーの!
恵ちゃん大丈夫かな?私はメガネの嫌味を気にしてないか、彼女の方を振り向くと····
「えりなちゃ···さん、私こういう品を作ろうと思うんだけど···どうかな?」
杞憂だったわね···恵ちゃんはメガネの言葉なんか耳に入らず残ってる野菜でどのような品を作るか、それしか考えていなかったわ!
「うん!うん!それ良いと思うわ!それとね恵ちゃん、もうさん付じゃなくてちゃん付けでいいわよ。私もちゃん呼びするから···っね!」
「····えりなさ···ちゃん。うん!分かったありがとう!あ、後ねこのレシピだと下処理に手間がかかる食材が多いからえりなちゃんの負担が····」
「ウフフ♥大丈夫!私にまっかせなさいな!薙切の血脈侮るなかれよ!」
「ふふ···あははっ♥」
適度にリラックスもして万全の態勢だわね!
「私の全力を以て貴女を支えてみせるわ!今宵本日限りの···"cantinedegrasse"(カンティーヌ・ドウ・グラース)開店よ!
「はい!」
こうして私と恵ちゃんの食戟が始まった。
~緋沙子side~
午前の課題を問題なく終えた私はえりな様の元へと駆けつけるべく歩き回った。朝の失礼な態度をお詫びせねば···だがっ、一向にお姿をお見掛けしない···!どうしたというのだ?とっくに午前の課題の時間は終わっている筈なのに···!?
えりな様に限って不合格等とは絶対に有り得ない。一体、今どちらに居られるのだ?携帯にも出て下さらないし···歩き回っている内にもう午後の課題の時間が押し迫っている···!
くっ!仕方ない此処は一先ず午後の課題場所へ向かわねば。妙な胸騒ぎを抑えつつ私は課題場所へと足早に急いだ。
午後の課題もつつがなく終え、えりな様を探した。だが、やはりお姿を見かけない···!?お部屋にも居られない···闇雲に探しても埒が開かないので取り敢えず多数の人間が集まるロビーの方へと向かう。
ホテル遠月離宮ロビーへ着くと田所恵と同じ寮に住んでいる榊涼子と吉野悠姫が何やら焦っている様子だ。もしやえりな様の行方を知っているやも!
私は息を切らして勢いのまま二人にえりな様がどちらに居られるか聞いた。
「ゴメンなさい新戸さん。私達もえりなさんの事は分からないの···逆に聞いちゃうけど恵が何処に居るか知らないかしら?電話も繋がらなくて···」
「·····いや、田所恵の居場所等は知らぬ···」
私は田所恵の名前を聞くたびに胸にドス黒い感情が渦巻き、嫌な気持ちになってしまう···私は何と人間としての器が小さいのだろうか···
彼女は数少ない信用に値する人物だ。
だが、彼女はやたらとえりな様と親しくし寵愛を受けていると言っても間違いない位の仲へとなっている····
ああ···そうだ。私は彼女に嫉妬して醜く妬んでいるのだ。つい、歯を食い縛りどうにか己の感情を
増大し、どんどん私の内側が侵食されて行くのが嫌に成る程に分かる。
ダメだ···私の顔は今、どんな表情をしているのだろうか?きっと醜く歪んでしまっているのだろうな···
「不合格者のリストに名前が無かったからもうホテルに戻っているはずなのよね····」
「おっかしいなー?何かあったのかな···同じ課題を受けた人に聞いてみるしかないかも」
二人の会話が右から左へと流れると私の頭の中で奇妙な直感が働き閃く···ま、まさかえりな様と田所恵···二人仲良く····いやいや私は何を考えているのだ!?冷静に···従者として恥ずかしくない思考を取り戻さねばっ!
ほんの少しだけ冷静になると隣の生徒のヒソヒソ話しが耳に入ってきた。
ヒソヒソ···「
「いや、本当なんだって!四宮シェフの課題内容が理不尽だからと、えりな様が異議をとなえて強く抗議したって、同じ課題を受けてた奴から聞いたんだよ!」
「それ、私も聞いたわ!何でもおさげ髪の女の子を庇って退学宣告取り消しを条件に食戟を挑んだって噂になってるわよっ!」
「····横からすまない。その話しは本当なんだ···その女子生徒だけじゃなく俺を含めて四宮シェフの課題を不合格になった奴ら全員の退学取り消しを認めさせる為にえりな様は勇猛果敢に元第一席に···
な、な、な、何だとォォォー!?
私は自分でも驚く程叫び、意識を朦朧とした·····
~
「私はまずトマトを調理します!えりなちゃんは他の食材の下ごしらえをお願い!」
「任せて!」 ズバババッ!!
「あっ!肩肉の切り出しを先に···」
カンッ!
「切り出し完了よっ!筋も全部取ってあるから♥」
「···あ、ありがとう!(な、と、とんでもなく速い···!)」
「次は鶏レバーの方から処理した方が良いかしら?」
「は、はい!お願いっ(くっ、私がメインシェフ何だからしっかりしないと!!私は今迄の自分を超えてみせる!!)」
「えりなちゃん!蒸し焼きする形は···」
「出来てるわよ!後はパテを仕込むのみよ。野菜のソテーはあと8秒程で仕上がるわ!」
「ありがとう!(まだだ!もっと速く、思考をクリアに···もっと無駄なくより迅速に···!私を超える、えりなちゃんに追いつけ私!!)」
「これくらいの粗さで良いかしら?」
「うん!大丈夫だよっ!」
ウフフ···♥恵ちゃん数秒毎にどんどん作業のクオリティが上がってゆくわ!僅かにあった迷いも、もう何処かに消し飛んだみたいね。
「····何あれ···何なのアレ····!?」
「····素晴らしくて思わずため息が出ちゃいマスね···常に彼女の仕事の先読みをして自分の作業との両立を崩さずにサポートしています···最早予知しているとしか思えない速さです···」
「しかも決して余計な事はせず田所恵君の邪魔にならないよう神経を張り巡らしている。えりな君の作業スピードも群を抜いているが、恵君も負けじとスピードとクオリティが秒単位で高まっていく····!!」
「む···彼女達は信頼し、同調して互いの技量をより高みへと押し上げ合っている···!」
「あっ~!私それ知ってますよ!休憩時間に読んだボクシング漫画で有りました。確かミックスアップと呼ばれる現象ですよね?」
審査員のシェフ達の声が聞こえてくる。日向子さんの言うボクシング漫画の現象が起きており、更にヒートアップしていくのが手に取る様に分かるわ!
クソメガネの方をチラ見すると苦虫潰した面でコチラを睨んでいるわね。フフン!精々焦るがいいわ!
~四宮side~
な、何だ!?何が起きてやがるんだ?
あのおさげの小娘は鈍間なグズな筈だ····なのに目の前で繰り広げられている調理作業に俺は見入ってしまった···!?
薙切の一族のあの小娘はまだ分かる。だがっ、あの確か田所恵の作業スピードは何だと云うのだ!!
今日の午前で対面した時とはまるで別人じゃないか!そして何より笑顔で作業している···薙切のお嬢様と実に楽しく熱く激しく優雅に高みへ昇っているのが手に取る様に俺にも伝わってくる。
何だよ···四宮小次郎···お前は···俺は羨ましいと思ってしまっていると言うのか?純粋に料理を楽しみ、信頼出来る友と、仲間と一緒になって料理するのが羨ましいと感じているとでも言うのか···!?俺が切り捨ててしまったモノをあの二人が····
く···ぐっ、み、認めたくねぇ···認めちまったらフランスで俺がやって来た全てを俺自身で否定する事になっちまう···
遠月を卒業してすぐにフランスに渡った俺は6年の修行を経てパリの一等地で店を開いた。
最初は自分でも驚く程順調で知らず知らずの内に舞い上がっていた。故に僅かな小さい歪みに気がつかなかった···若くして成功を修めている俺への嫉妬と反発、東洋人への差別意識···それは次々と修復不可能な裂け目へと発展し、やがて店の経営は傾き俺は追い詰められていった···
終わるのか···?俺の野望がこんな所で潰えるのか···?
···いや、終わらねぇ終わる訳にはいかねえよ····俺に反発する奴らは叩き出して排除する。己だけを信じろ···従わないスタッフは敵と見なせ···張り摘めろ、切り捨てろ、削ぎ落とせ···俺は俺の為に···
「素晴らしいよこの料理は!」
「日本人でこの国の野菜をここまで理解するとは···!」
「フランス料理の王道を外さず···野菜の扱いで日本的エッセンスをちりばめている」
「まさしく魔術の如しだ····」
「魔術師···
そうやって俺は勲章を頂き、頂きへと立った····間違ってはいないんだ。そうだ····間違ってなど···
フーッ····迷うな····俺は俺の料理を完成させるだけだ。今までどうりにこれからも·····完成だ····
「む、四宮の料理が一足先に完成したようだな····では審査を始める。
とうとう審査が始まる····!
今回の話しに出てきたcantinedegrasse"(カンティーヌ・ドウ・グラース)のカンティーヌはフランス語で食堂という意味でグラースはこれまたフランス語で恵という意味です。リストランテにしようとも考えたのですがそれだとイタリア語になりますし、恵ちゃんのイメージ的に高級レストランというのも何か違うと思いグーグル先生で調べて食堂という意味合いでこれに決定しました。劇中で名付けるのもえりな様なのでオールジャンルでフレンチが得意なのもあってフランス語に括りました。何かおかしな点があったら是非ご指摘下さい。