テーブルの上に並んだ料理をコゼットもバルジャンも驚きの顔で見た。
最初は娘のコゼット一人だけのつもりが、お父さんも一緒にという誘いにバルジャンも夕食の席に招待されたのだ。
フランスの一般家庭の食事というのは決して豪華なものではない、ポトフなどの煮込み、パン、ソーセージなどの肉料理があれば一般的な食事というイメージだった。
目の前に並んだ料理はフランスの料理には珍しいヌードル、イタリアの麺料理も並んでいて目が釘付けになるのも無理はない。
友人の母親である女性が遠慮せずに食べて、でもデザートもあるからと言われてコゼットは戸惑ったような笑顔を浮かべた、普段は父親と二人きりの食事で、たまに甘い菓子、マドレーヌやフィナンシェが出てくるくらいだったからだ。
「ムッシュ、お父様は、ワイン、それともブランデーのほうが」
「ワインに決まってるわ、そうでしょ」
アンジェリーナはバルジャンを見るとにっこりと笑った。
「母は、フランスの事は、あまり詳しくないんです、ほら、この間も」
会話は途切れることがない、二人の若い娘はテーブルに運ばれてきたパイやプティング、クリーム菓子に手を伸ばした。
「コゼット、遠慮しないで」
「アンジェ、沢山ありすぎて迷ってしまうわ、それに、こんなに沢山、食べきれないわ」
「だったら、今日、泊まっていけば、明日の朝の朝食にすればいいわ」
娘のコゼットが泊まることになった。
バルジャンは女性に遠慮がちな視線を向けながら頭を下げた。
初めて訪れた友人の家に泊まるなど迷惑ではないのかと思ったが、若い娘二人のお願いの訴えに折れてしまったのだ。
「楽しいんですよ、理屈なしに女の子のお泊まりというのは」
「そういうもの、ですか」
「今まで女の子の友達なんていなかったので」
嬉しいんですと言われてバルジャンは黙り込んだ、事前に娘から友人と母親のことは知らされていたからだ。
「コゼットから聞きました、娘さんはオペラ歌手を目指しているみたいですが」
「オペラ座の支配人から個人レッスンを受けてみてはと言われているんですが」
「何か、ありましたか、その」
困った事でもと言いかけたが、バルジャンはその言葉を飲み込んだ。
母親である女性が、この話を喜んでいないというのをジリイから聞いたとき、仮面の男は何故と思った、娘の才能をのばす為のレッスンを受けさせ話は悪いものではない筈だ。
もしかして金のことを心配しているのだろうか、もしそうなら心配することはないと事前に。
いや、自分が直接、話をしてもいいだろうと思っていたのだ。
だが、それを娘に話すと断られた、はっきりとした拒絶にもにた態度でだ。
アンジェリーナがオペラ歌手に、大丈夫なのと女は呆れた様に呟いたのも無理もない、彼女を産んだ女の事を知っていたからだ。
死ぬまで侯爵に面倒をかけていた、いや、裏切っていた、侯爵以外にも愛人がいたのだ、それも明らかにヒモのような男ばかり、自分が妊娠して下ろすことができない状態になった時は正直、いい気味だと思ったのだ、誰とでも寝る女という目で見られていたのだから。
誰か適当な男を父親にするつもりだったのだろうが、その目論見は見事に外れた、そして女は侯爵の娘に泣きついた、堕胎ができない状態まで秘密にして。
だから、侯爵の愛人達からは冷めた目で見られるのだ。
妻ではないが、侯爵の愛人をしていたという女は着ているドレスや仕草からみても愛人という言葉は不似合いに見えた。
その女性は突然、オペラ座を尋ねて来たのだ。
仮面の男は訪問の意図が見えず、相手の切り出すのを待った。
「プリマの為の個人レッスンを受けさせるという話を聞いたものですから」
「彼女、アンジェリーナからでしょうか」
女は首を振った。
「それはよろしいわ、単刀直入に言いますと才能があるんでしょうか」
「才能ですが、それは努力と」
ムッシュ、女は鋭い目つきで仮面の男を睨んだ。
「あの子を海外の舞台へ立たせることはできませんか、パリは似合いませんわ」
オペラ座通りの近くに、いい物件があるんです、家賃は必要ない、ええ、買い取って頂いているんです、ですから明日にでも住めます、寺院にも近いですし。
青年は、そう言ってにっこりと笑った。