金貨三十枚、司祭がバスティーユの役人に払った金額を払えば彼女が寺院で暮らす必要はなくなるとエリック・ルイーズは考えた。
昔、日々生活に貧窮していた自分なら無理だろうが、今は違う。
寺院の暮らしというのは質素で倹約を美徳と考えている人間も多い、信心深い人間ならともかく、そんなのはごくわずかな人間だ。
町の大半の人間は祈ったところで日々の生活が豊かになるわけではなく、腹が満たされるわけでもないという現実を嫌というほど知っている。
自分が金を出すという申し出を聞いて女は不思議そうな顔をした。
嬉しい申し出だけれど、その為に男が自分の為に金を払う理由はないと。
「それにね」
女は少し戸惑うような表情を見せた後、笑いながら、あなたのこと、好きなのよと。
一瞬、自分の耳がおかしくなったのか、いや、聞き違いかと思ったが、聞き返す事ができない、寺院に果物やパン、小麦を差し入れしてくれたでしょうと言われて男は無言になった。
「侯爵の知り合いだから娘にもよくしてくれるのかと思ったけど、彼と違って何も返せないのよ」
これ以上、良くしてもらったら駄目だと女は首を振った。
「自慢できるほどじゃないけど、プライドというものがあるのよ、あたしにも、それに、もしかしたら結婚するかもしれないの」
結婚、女の口から出てきた言葉が何を意味しているのか、誰と聞かずにはいられなかった。
侯爵の愛人たちが、心配して自分にいい相手を捜しているのだと聞いてほっとした。
探しているというのは相手が決まったということではないのだ、だが、候補はいるらしい。
その相手が貴族の長男でフィリップ・シャニュイという男だと知ったのは数日後の事だった。
オペラ座の五番の桟敷席に幽霊が出るという噂、実際のところ、それは現在ではない前の支配人とオペラ座の後援者達の作り話ではという噂にパリの街はちょっとした騒ぎになった。
完全な作り話なら、オペラ座の人間は激しく責め立てられたかもしれない、だが、後援者達の発言と金の力もあり、いや、それだけではない、嘘だとして、それが自分たちにどんな関係があるのか、生活に何をもたらすのか、いや、そうではない、事実でないかと思わせる様な事件が起きたからだ。
特典プレイのゴールおめでとうございます、規定の人数に達しましたので、後日談プレイとして、貴方のシナリオは進行、後となります。
「赤の宝玉はパリにある、それも地下深くに、それは財産として譲ることにした」
フィリップは最初のうちは乗り気ではなかった、貴族でありながら処刑となった男の一人娘と結婚など周りからなんと言われるか、そう考えると躊躇してしまうのは無理もない。
話を持ちかけてきた女は顔が広くて有名だった、女が外国人というのが気になったが、このとき、一度くらいなら会っても悪くないとフィリップは思っていた。
だが、手がけた新事業がうまくいかず予定が狂ってしまった。
身内や親族には内緒にしていたが、彼は事業以外にも個人的な借金があった、カードや愛人で作ったものだが、それを返済してくれと取り立て屋が強引に屋敷に押しかけてきたのだ。
このとき、対応したのが弟のラウルと妻のクリスだった。
数人の取り立て屋がやって来たことで借金があることに弟は驚いたようだった。
いいわけしてもどうしようもない。
しかし、ふと頭に浮かんだのは結婚の二文字だ、金のある女と結婚して、その持参金を借金の返済にあてればと考えたのだ。
自分は今まで大勢の女性と付き合ってきた、女優、人妻、商売女など、だから相手がどんな外国人であっても夢中にさせる自信はあったのだ。
最初に話を持ってきた女とは会わずに、そうすれば紹介料を出す義理もないだろう、自分は貴族だ、それに、あの手合いと知り合いになると後々、面倒ごとにならないとも限らない。
そんな事を考えてフィリップは実行に移した。
初めては偶然を装い、二度目、そして三度目で女をオペラを観に行きませんかと声をかけた。 桟敷席を選んだのは邪魔が入らないという理由だ、オペラを観るよりも女を確実に自分の者にする為に。
「ジリイ、今夜の桟敷席だか」
「フィリップ、シャニュイですわ」
「どういうことだ」
一人ではないようです、その言葉に仮面の男は謹んでほしいものだなと仮面の男は苦々しげに、いや、吐き捨てるように言葉をジリイにぶつけた。
「まさか、何かしろと仰るんですか」
嫌ですよとわずかに肩を竦めたジリイに首を振った。
「おまえに、そんな面倒ごとを押しつけるつもりはないよ」
「幽霊ですか、噂になりますよ」
その言葉に男は首を振った、直接、出向く事にする、オペラ座の支配人として、そう言われてジリイは呆れた顔になったのは無理もなかった。