助けられていたら
身体に倦怠感が残っている。でも、それを理由に寝込む事も出来はしない。
アーロンに奪われたりするよりは、ずっとマシだし、思っていたよりも多くのお金になったのだから……。そう思って私は、契約通りの金額が揃ったそれを1度隠しに向かう。
そのついでに、ルフィ達がいつメリーを取りに戻っても大丈夫なようにと、書き溜めた海図や航海術に関する資料を纏める。それを見付けたベルメールさんが不思議そうにしているから、私は小さく笑う。
「ただいま、ベルメールさん。これ、渡したい奴等が居るのよ。用事が終わったら……何か大きな変化を起こすつもりだから、待ってて」
「ナミ、アンタ何を……」
車椅子に座るベルメールさんは流石に私の動きについては来られないから、笑顔でノジコにヨロシクなんて言って家を飛び出す。メリーに海図を積み込んで、航海術の資料も置いて、それからゆっくりと船を降りる。
少し離れたところからメリーを見て、小さく息を吐き出した私はアーロンの元へと向かう。アーロンに攻撃しようと息巻く少年を殴って気絶させると、その身を近くの草陰に隠して20万程その服に忍ばせた。
コレで少なくとも1ヶ月はどうにかなるでしょう。父親がいないと言っていたから、母親と、兄弟がいたとしてもこれで大丈夫。
……ごめんね、島全体を助ける事なんて私には出来ないのよ。偽善だって分かってるけど、それでも……私は見捨てる事が出来ない。
立ち上がりアーロンパークに顔を出せば、アーロンは私を見て大仰に騒いだ。それを受けて冷たくあしらい、その場を離れようとした私をアーロンが突然腰に腕を回して抱き寄せた。
「やぁっ……!」
勝手にもれたその声に、多分1番驚いたのは恐らく私だと思う。けれどもアーロンは、何故か突然怒りを漲らせて私を床に叩き付ける。
咄嗟に背中に覇気を纏った為にダメージは無いけれど、なんだと言うのか。そう思って、押さえ付けられた状態でアーロンを睨み付けると、服を容赦なく引き裂かれる。
「アーロン!?巫山戯ないで!」
服として機能しなくなった布切れは、それでも1応身体にそれが纏わりついているという程度。他に身を隠しているのは下着だけとなった時、アーロンが人の体をジロジロと見て呻くように言う。
「随分と、可愛がられて来たようだな。あァ!?」
「アーロンに何の関係があるのよ。下等生物が他の下等生物と何処で何をしようが、アンタに関係無いでしょ」
冷たく言い放つ私の首をアーロンが締めたその時、何人かの魚人とアーロンパークの門が同時に吹き飛んだ。崩れ落ちる門と、その近くにいた魚人の死体が風圧で飛び散る。
アーロンの手が私から離れるのと、次の斬撃が雑魚の魚人を切り裂くのが同時だった。胴体から切断されて飛ぶ体の部位を見つめて、私はゆっくりと体を起こしながら現状把握しようと頭を動かす。
けれどもそれを現実として受け止めきれない。静かに歩いてくる人影は、まだ別れてそれ程時を経ていない男の姿をしている。
「ナミ、何故助けを求めない」
「……助けを求める必要が無いからよ」
無意識で答えた私の言葉に、男はわかりやすく溜息を吐くと身を低くしていろと言う。言われるままに身を低くした瞬間、斬撃が辺りに飛び散った。
アーロンは嘆き、それを怒りへと変換させてミホークさんに挑む。勝てる筈も無いのに挑むその姿が、過去の自分と重なり、私はそっと眼を伏せていた。
それから瞬きを数回繰り返す程度の時間で、魚人達は誰1人として動かなくなり、その場は静寂に包まれた。体をゆっくりと起こした私を見下ろして、男……ミホークさんは喉で笑う。
「良い姿だな。誘っているのか」
「本気で言ってるのならば、頭がおかしいとしか思えないわ」
立ち上がる私の腕を掴んで、ミホークさんは何故か私の体を観察して来た。その視線に色が無いのが、妙な気分にさせられる。
その直後、突然当然のように脱いだマントを私に被せるように着させると、ミホークさんは無言でアーロンパークの中へと入って行く。その背中を見送ってから、私はアーロン達が生きているのかを確認しに行く。
大抵が四肢のどれかを失っている中で、アーロンと幹部は五体満足でその場に転がっているだけだと分かった。意識はないけれど、出血量も多いけれど、彼等は確かに今は未だ生きている。
ここで彼等を殺すのは、恐らく赤子の手を捻るより簡単だろう。けれど私は、アーロン達の命を背負い込む覚悟なんて出来てないから、そっと近くにあった応急セットで止血して行く。
喪った四肢の根元で縛り、失血死と感染症の予防とすると、離れて次の相手へとそれを変更して行く。雑魚と言えば聞こえは悪いが、雑多な彼等の処置を終えて幹部に手を伸ばしたところでアーロンパークが崩れ落ちた。
瓦礫の中から無傷で姿を見せたミホークさんは、辺りの様子を1瞥してから私に視線を向ける。深い溜息と共に。
「呆れた……お人好しだな。主は自分のされた事をわかっているのか」
「何故、ミホークさんがその事を知ってるの?」
「……ナミの元を離れてから、この島に辿り着いた。そこで聞こえて来た話を元に、主の噂を聞き及んだ」
「なら……何故こんな事を?」
私がお金しか愛せないと、聞いたのでしょう?
言葉は音にはならずに、唇を動かすだけで終わった。けれどもミホークさんはそれにフッと笑うと、私の腰を抱いて立たせると髪をその指に絡ませる。
「……主の村に行き、話を聞いた。政府関係者だと言えば、駐在が全て話してくれたぞ」
ゲンさんだって何も知らない筈だわ。そう言おうとして、言葉はその視線に飲み込まれる。
ミホークさんの瞳を見ているだけで、まさか……と、思わされる。その瞳が嘘偽りない事を告げているから。
「どうして……」
音にできたのは、その1言だけ。続きは音にならない。
どうして……ゲンさんが知ってるの?
ノジコは約束を破らない。ベルメールさんには話してない。
それなのに……どうして……。
「ナミ」
静かな声で、名を呼ばれただけ。それだけで、崩れ落ちそうになっていた心と体が引き締まる。
情けない姿なんて、見せられない。この人は、シャンクスと繋がりがあるのだから。
「……行くぞ」
「え?でも、皆は」
「話はしてある。じき、膿を出し終えた海軍がこれらを取りに来る」
私も引き渡されるのかと、妙に冷静に思えた。それでも別に構わないと思うのは、きっと……解放されたから。
「……少し、時間をください。インペルダウンに向かうならば、思い残すような事は、きっとしない方が良いと思いますから」
「好きにしろ」
どうやら待っていてくれるらしいと分かり、私は急いでメリーへ向かう。短時間だしと月歩で移動して海賊旗を外すと、同じく月歩で家に帰る。
「ベルメールさん、ノジコ、私出掛けなきゃいけなくなったの。その代わりにね、すぐに海軍がアーロン達を引き取りに来るから安心して」
「ナミ?」
不安そうにノジコが名を呼ぶ。私はそれにただ微笑むと海賊旗を差し出す。
「これ、海軍に見つかると不味いから、多分メリーを探しに来る人がいるから、彼等に渡して」
私はルフィ、ゾロ、ウソップ、サンジ君の名前と特徴を告げて呑気そうに笑う。笑いながら自分の机に、武器を全て置いて行く。
大切だから、持っては行けない。奪われたら、立ち直れないもの。
武器の無い私なんて、その辺の村娘Aでしかないのは分かってるけど……。
「ベルメールさん、ノジコ、皆に宜しく伝えて。海軍に応援頼んでね、今先にのしてもらったのよ。だから、その人を労ったりしないとだから」
「ナミ……大丈夫、なの?」
「何が?.......あぁ!そうだった!私ね、ついでに世界を見せて貰える事になったの!世界地図描きに行くわ!私の夢だもの!」
そう言って笑って、私は武器も笛も置いて、切り裂かれた服を着替えてからマントを畳んで手にした状態で駆け出す。もう、振り返る事は出来ない。
着替えて戻った私を見て、納得したように頷いたミホークさんに従い、私は無言で先を行くミホークさんの後ろについて行く。皆……幸せになってね。