二年前、天夜叉によりナミは幾度も傷付けられていて……その度に俺に触れられるのを拒むようにする事が増えた。だからこそ、折角贈られたベールをナミに被せてやれないままに現状まで来ちまったのは間違いない。
戦争も終わり、それでもまだ罪悪感から俺に対して無意識で拒む様子を見せていたナミが、俺を忘れた時はこの世が終わるような気がした程だ。それでもその後は俺を拒む事は極端に減って、寧ろ甘やかしてくる。
だからこそ、余計に願う。……そろそろ俺に全てを繋ぎ止めたい……と、本気で。
だからと思い、俺はベックに相談しようとナミを起こさないように俺のコートを残して部屋のドアに手をかけるが、振り向けば悩殺物の光景がある。……俺のコート抱き締めて寝てるとか、なんだこの可愛さ。
自分で仕向けておきながら悶えて襲い掛かりそうになるのを抑え、何とか部屋を出るとまだ朝日は海の底にいる時間らしいと知る。だがベックの部屋を覗けば灯りが点っていて、起きていると分かれば遠慮は無用だとそのドアを勢いよく開いた。
「ベック!結婚しよう!!」
「断る」
「……言葉が不足してたのは認めるけどよ、冷たくね?」
「なんだ〝お頭〟は、またナミに誤解されたいのか。いい趣味してるな」
言われて思い出すのは、俺が初めてナミを襲った日の事。ナミに、何故か俺とベックが恋人だと思われていた事だ。
あれば物凄い衝撃だった。そう思っていたら、ベックが呆れたような顔で、けれども優しい眼差しを向けて来る。
……器用な奴だよ、本当に。それに、何だかんだと言いつつも俺を想ってくれてる事も知っている。
「で?突然どうした」
「ナミとそろそろ結婚したいけど、伝え方が分からないです」
「……気色悪い話し方すんな。……だが、ナミだからなァ」
「それなんだよ……」
落ち込む俺にベックは考えておいてやると笑うから、任せた!と言って部屋に帰った。ベックの知恵があれば、ナミのそっち系だけ壊死した脳細胞でも伝わってくれるだろう!
……たぶん、きっと、さすがに。……なんだろう、自信ねェな……。
そんな事を考えながら部屋に戻ると、居る筈の存在が消えていた。ベッドは冷たくなっているから、既に離れてそれなりの時間が経過した事を伝える。
何処に行ったのかと慌てて部屋を飛び出して、朝日が目に突き刺されば蜜柑の世話だろうかと思って足を向ける。だが、世話された形跡は無く、そうなれば風呂かと見に行けば使用後の形跡が残るだけ。
混乱した俺はルーの元へかけて行き、ナミを返せと揺さぶった。だが素早くチョップを入れられてから、隠してないと叱られちまう。
仕方無く部屋に戻って見れば窓の外を見詰めるナミがいてホッと息を吐き出す。なんだ、帰ってたのか。
ナミの髪が風にゆらされると、その耳にピアスが見えて心を落ち着かせてくれる。それでも誰かにまた奪われたんじゃねェかと思ってたから、無事な姿を見ただけで安心感と怒りがわいてきた。
「やっと見付けた」
驚いた顔で振り向くナミに、探していた事を伝えれば俺と外を交互に見て首を傾げる。その思考が余りにも読みやすく、苛立ちは随分減ったがつい声は尖っちまう。
わかってんだよ。ナミは悪くない事くらい。
「早朝部屋に居なかったら、何かあったかと思うだろ!?」
「……誰かさんが無理させるから、身体は痛いし、ベタベタしてるしで、シャワー浴びたかったの!!」
それにはさすがに反論できない。貪った自覚はある。
毎度の事だが……可愛かったし、美味しかった。勿論、反省なんてしてない。
「悪かったよ……ごめんな」
でもよ、特に昨夜のナミは可愛かったんだよなァ。今朝なんて寝てんのわかってて、もう1度襲いたくなったもんな。
そんな俺の思考を知らずに、ナミは許してくれる。いつも、折れるのはナミの方だ。
「薬は飲んだし、もう大丈夫よ。所で、忘年会やりたいから協力して」
「おう!宴なら大歓迎だ!任せろ!」
俺が笑った瞬間、ナミが聖母を思わせる微笑みを浮かべるから顔を隠したくなって俯いちまう。そうしたら、心配そうにナミから声がかかる。
「どうしたの?」
「ナミにだけは、永遠に勝てる気がしない」
「勝てた記憶が、無いんだけど……?」
この蜜柑はどうやら俺に食われたりないらしい。そう思って見ていたら、突然胸元から紙とペンを取り出してキラリとその瞳を輝かせるから、もう既に笑いしか出て来ない。
妙な所が幼くて、生真面目なナミが本当に可愛い。そんな俺に楽しそうで何よりだわと頷くナミは、本当に意味を理解してないらしいと知った。
その後幹部を集めての話し合いになれば、話はトントン拍子に進む。その中でルーが突然妙な事を言った。
「なァお頭、俺、食いたいもんがある」
「ん?」
「恐竜」
その場の空気が凍って、直後によし行くぞ!と騒ぐ野郎共。確かにそれなら肉は食い放題だが、恐竜って食肉だっただろうか。
まァ……皆が良いなら構わねェけどな。いつも海王類食ってんだし。
なんて平和なのかと思いながら、何匹か狩ったら後は覇気で散らすか……と呑気に思いつつ、ナミに船を動かすように視線を向けた。それに即座に反応するナミに信頼を乗せて笑えば、向日葵を思わせる笑顔が返される。
それから僅か半日で、俺達は島へと到着したのである。本当に恐ろしい航海術を持った女だと、皆で笑い合うのは当然。
何しろ、通常ならば三日はかかる航路だったのだから。ナミ曰く〝波の流れに乗っただけ〟だと言うが、普通そんなもん見えないし分からない。
そうして野郎共は到着した島で半数が肉や野菜を求めて旅立ち、残りの半数が会場作りや料理の仕込みを担当していた。そんな中、ナミは何やらイソイソと準備をしていて、俺を構ってくれない。
「ナミ、何してんだよ」
「んー?宴なら、何か演し物した方が良いかなってお「舞うのか!?」毎回同じだとつまんないでしょ」
そう言って、何やら包帯のような物を手にして頷くナミ。何してんだろうかと思いながら見送り、ヤソップから酒を運ぶのを手伝えと叱られながら働く俺。
……あれ、俺、船長で、すよね?
「ほら、お頭サボんなよ!」
「俺、なんで、雑用?」
「他に何ができんだよ、お頭に」
「酷ェ!!味見くらいできるぞ!」
「それは邪魔してるとか、摘み食いしてるって言うんだよ!」
そうして散々働かされて、漸く落ち着いた時にはジョッキが手渡されていた。どうやら宴が始まるらしい。
だから俺は立ち上がり、ジョッキを掲げる。皆んなも瞳を輝かせて今か今かと号令を待ってるのが分かるから、俺もテンションが上がるのを自覚した。
「おーッ!野郎共!宴だァ!!」
「「「「「おおぉぉ!!」」」」」
「今回は忘年会!都合の悪い事は全部、忘れちまえ!!」
「「「「「おぉおぉ!!」」」」」
「いや、それ駄目だからね?」
「無駄だ、諦めろ、ナミ」
そんなナミとベックの会話を聞き流しながら宴を開始して、俺は酒を口にしながら1年を振り返ってみる。すると比較的平穏だったなと思い1人頷いた時、隣からヤソップの声が聞こえて来た。
「今年はやったら変な事あったよなァ」
「そうか?」
「お頭と同じ、赤い髪の坊主に襲いかかられたりしたろ?」
「あァ……いたな、そんなの」
すっかり忘れてた。俺としちゃナミが拐われたりせずにそばに居てくれた事の方が重要だ。
ルフィの同期になるんだったか。だとしたら、今のルフィはあの程度の実力はあるのだろう。
「ナミに見惚れたって理由で腕落とした癖に、何言ってやがる」
「俺のナミだからな」
「へいへい」
その時特設会場がざわめき、視線を向ければ見知らぬ王子のような青年が……って、ナミ!?
顔はナミだ。髪は鬘だろうが……胸はどうした!?
俺のたわわな果実はどこへ消えたんだ!!後でひん剥いて調べてやる。
「やあ、お頭!!」
「嘘だろ!?」
「僕、お頭にお願いがあるだけど、な?」
小首を傾げて、黒髪になってるイケメンは可愛くオネダリして来る。それにより、つい内容を聞かずに頷いちまう。
……俺、ナミなら男でもイケる。これは間違いねェわ。
「お頭?」
珍しい呼び方に、男の姿だからだと気付くけど、上手く反応できない。どうしてこう、ナミは可愛いのだろう。
そんな事を考えていたら、連れ込まれた部屋の中、まさかのナミに脱がされる事態に焦っていたら物凄い勢いで衣服を被せられ、鬘を被せられ、顔に何かを塗ったくられる。抵抗しようとしたら、艶のある笑みでナミが笑った。
「シャンクス……お願い、眼を閉じて?」
「お、う……」
「ありがとう」
狡いだろう。男装してるからか、背徳感がヤバかった。そう思ってる間に何かが終わったらしく、そっと俺の手をとる王子ナミ。
「参りましょう、姫」
「は?」
よく分からないままにナミに手を引かれて歩き出せば、部屋を出た瞬間に音が消える。何事かと思ったら、呼吸止めてるやつまでいて余計に分からなくなっちまう。
無駄に集まる熱い視線。女からのこういう視線は慣れてるが、何故ナミじゃなくて俺に向けられてんだ?
「お前ら、どうしたんだよ?」
「お頭!?うっかり惚れそうだったっ!!」
「嘘だろ!あんな極上の女が中身お頭だなんて!!」
「もうこの際、お頭でもいい!俺は口説くぞ!!」
「斬り捨てられるから辞めとけ」
ギャァキャァと騒がしい奴らに肩を竦めれば、ナミが笑う。爽やかな笑顔で、俺だけをその瞳に写しながら。
その瞳に美女が映ってる。つまり、俺は今相当な美女らしいと気付けば吹き出しそうにもなろうというものだ。
「彼女は、僕のものだから……手出し無用に頼むよ」
「え、何この王子。ナミ本気でいい男って事は、俺顔だけじゃなく全体的に美女なのか!?」
「後で写真見せてあげるわ」
「へ?」
悪戯な笑みに待て待てと思う。写真なんか、撮る暇無かったろ。
まさか、これから撮るって?
「ベックが写真撮ってたから、後で貰ってね」
「ベックお前!共犯者かよ!?」
「いや、ナミを写すために買ったんだが……得したな。……いい女だぜ?お頭」
「最悪だ……」
真っ赤な長い髪が風に揺れて気持ち悪い。足元はスースーするし、いい事なんて何も無い。
それでも、なんでもない日々が本当に楽しい。こんな時間がいつまでも続くように、俺の両手はあるのだろう。
俺の傍を離れようとしないナミを抱き締めて、頬にキスをすればついたのは赤い跡。どうやら口紅もされてるらしい。
大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。