風が唸り、女の悲鳴のような音が聞こえる。それは案の定心優しいナミが、意識を向けるには十分過ぎたらしい。
……そんな物を気にする余裕があるなら、もう少し加減しないで食い散らかしても問題無かったかもな。そんな事を思うが、昨日の昼までナミは寝込んでたので、もし本当にそれ以上やっていたら今俺はナミを抱き締めて寝ている事が許されなかっただろう。
少し前の猫事件の時は、俺としても、他の幹部としても、ナミが心配で耳と尻尾が消えてから出航したのだ。だが、結局その後また生えてきたのだから仕方ない。
その上、その尻尾を理由に最高……ゴホン……ケシカラン姿で動き回っていたナミを見て、俺の息子さんが大暴れしちまったんだよなァ。元々似合い過ぎるアイテムなのに、俺を誘う格好で彷徨いたナミが悪いと俺は思う。
それだけの事なのに、ベックにはやりすぎだと叱られ、ナミも二日程寝込んで、漸く動けるようになったのが昨日だったので今はただ抱き締めて寝てたんだが……。何故かナミが今俺の腕から抜け出そうとしてるんで、逃がすかと拘束を強める。
なのに、この俺から、平然と抜け出すナミは何者なのか。俺、四皇と呼ばれる海賊団の船長なんだけど、どうなってんの?
俺の事を気遣い枕を差し込み、毛布を掛けてくれる優しい恋人に涙が落ちそうになる。その時、そっと俺の頭を撫でて来たナミは、見てねェけど優しい顔してんだろう事はわかるんだ。
その後着替えたナミは漸くズボンになってくれて、俺としては有り難い。どうしたって無防備な姿だと、逢えてなかった期間があるからか、我慢ってもんが効かないんだよなァ。
それも、どこのどいつがナミに何をしたのかを把握しちまってるのが、また、俺から余裕を無くしちまう。……本当に、ナミは何も悪くないのになァ。
自分の心の狭さに苦笑しつつ、甲板へと顔を出して見ればそのタイミングで風が吹き抜けた。少し強いそれは、ナミの肩にあったショールを飛ばすには充分過ぎたらしい。
何かを考えている様子も見せずに、反射的にだと思われる動きで手を伸ばすナミは今にも船縁を乗り越えそうに思えて、俺の心臓が嫌な音をたてた。このまま放置すればショールは勿論、それを追い求めたナミが海へと落ちるのは必定と判断して、俺は甲板を蹴り空を舞うショールを手にする。
驚いたような顔で俺を見詰めるナミは何処か幼く、何故かその後に慌てた様子で視線をさ迷わせた。いったい、何がしたいのか。
呆れに近い感情を抱きつつ、そっと首にそれを巻き付けてやれば、その時ショールの端に何かあると気付く。それをよく見れば、俺の旗印のドクロが蜜柑になっていて……。
……え、何コレ可愛い。俺の仮装したナミか、それともナミの匂いを纏ってる俺か。
いやもう既に、俺とナミが合体してるって事で良いよな。蜜柑についてる赤髪のマークを模した為にある目の傷が、何と言うか……ナミの心の傷のようにも思えちまう。
「あ、ありがとう……」
「海に落ちなくて良かった」
愛しいナミの声が、照れたようなその様子が、俺の精神を繋ぎ合わせてくれる。何も無ければ、俺は今頃狂っていたかも知れねェ。
ナミは俺の安眠剤であり、最愛の恋人だ。ベックの計画が確定したら、俺の妻にと願っている相手なんだと今更ながら痛感させられる。
誰に傷付けられていても、その傷を背負った今のナミが、俺の愛するナミなのだから、俺はそんなナミの傷も含めて愛していくつもりだ。それに……傷は、癒してやる事もできるし、何より成長に必要不可欠だと知っている。
そう思いつつ見詰める俺に、ナミは小さく笑う。それが珍しく年相応に見えて、肩から力が抜けたタイミングで、ナミが妙な言葉を口にした。
「私、甘ったれになったなぁって思って」
「……足りない」
もっと、甘やかしたい。ナミを、溺愛したいのに、ナミはそれを認めないから……もっと、俺なしじゃ生きられない程に甘えてくれよ。
それを言葉にするか迷った時、突風が再びナミと俺の時を邪魔する。その上今度はショールでは無く、ナミ本人が空に浮かぶのだから許せる筈も無い。
慌てた様子を見せるナミに手を伸ばして抱き寄せる形で連れ戻せば、微かに震えるその身体。どうやら怖かったらしいと分かれば、今日は共にのんびり過ごしてやろうと思ったのも当然の事だ。
俺は、万華鏡のようにクルクルと変わるナミの全てを愛している。幼さも、気高さも、甘さも、儚さも、傷も、愛情深い所も、強がりな所も、臆病な所も、全て引っ括めてナミと言う1人の人間だと思っているからこそ、その全てを受け止めたい。
「朝食の後、でかけるぞ」
「え?」
「デートだ。ナミは、この島の島の測量もしたいだろ」
抱き締めたままに言えば、ナミがはにかむように笑うからそれだけで俺は満足だ。……さて、この島にナミが喜びそうな所はあるだろうか。
風が落ち着くのを待ち、ナミは航海士として着港する準備に取り掛かる。俺はその背を見送りつつ、ベックへと声を掛けた。
「ベック、ナミと「植物園があるぞ」」
最後まで言わせても貰えないままに言われた言葉に、そうかと頷く。そんな俺に告げられたのは、追加情報。
「有料だが、植物園にある花で何かを作った時、それが枯れないようにコーティングして貰えるそうだ。……ナミは、好きそうだな」
「おう、ありがとう!行ってみる」
「素直だな、本当に」
そう言って笑うベックに、俺もまた笑い返す。自由に生きるのが海賊なのだから、素直に生きるのは当然の事だ。
そうして俺は、ベックに教えられた植物園へナミを誘導する事となった。途中で測量しつつ来た事により、朝食後すぐに出発した筈が既に昼を少し過ぎてしまっている。
「うわぁ!沢山の植物があるのね!」
「そうだな。思ったより種類も規模も大きい。……奥にレストランもあるな。軽く何か食うか。昼時だ」
「うん!ありがとう!」
珍しく素直に頷いたナミに気を取られていたが、植物園の食事はサラダや野菜がメインで、嫌いじゃねェが兎ではない普通の人間としては、そんなに野菜ばかりはいらねェと言うのが本音だ。酒や肉はそれ程多くないので、仕方ないかと果物の盛合せを摘む事にすれば、ナミから狡いと言われちまう。
レストランコーナーは温室になっていて、雨が降っても大丈夫となっている。ただ、密林の中で食事をしているような感覚に陥るのも確かな事だ。
「だがよ、ナミは果物出したらそれしか食わなくなるだろう」
「でも、私も果物食べたい……」
「ほら、あーん」
さくらんぼを1つ摘んで差し出せば、素直に口を開けるから中に押し込んでやる。その直後に嬉しそうに笑ったから、その様子に頬が緩んじまう。
結局の所、俺がナミのオネダリに俺が勝てる筈もなく、皿の中身を半分以下にしたら残りの果物をやろうと言えばしっかりと食事を開始した。こういう所だけ、子供みたいだよなと苦笑しつつ、店員に花で遊びたいと告げる。
すると食事をしている温室の隣にある広場で、好きな花を使ってくださいと言われた。良く見れば、温室の真横に小さな小屋があるのも確認できたから、そこでコーティングするのだろうと理解できる。
「花で遊ぶ?」
「土産に、好きな物作って帰れるらしいんだよ。本物の花で装飾品作れるって人気らしいぞ」
笑って答えてやれば、ナミはレタスを口に運び、モグモグと咀嚼してから小さく頷く。それから妙に真剣な顔で、俺を真っ直ぐに見詰めて言う。
「花冠作りたい」
「花冠!?作ってどうすんだ、それ」
「花って言えば花冠じゃない?」
まるで当然の事の様に言われちまえば、そうなのかなと思っちまう。そんな俺の目の前で、ナミは楽しそうに笑いながら果物を口に運ぶからそれを眺めてから奥の広場へと向かった。
咲き乱れる花々の中で、蒲公英や白詰草を見付けて楽しそうに編み始めたナミを眺めつつ、俺は蜜柑の樹を探して歩く。そうして見付けた樹から花を1つ手に入れると、店員に声を掛けてペンダントトップに加工してもらう。
完成したそれを手に音のしない鎖を選び、合わせてからナミの元へと向かう。その頃にはナミも花冠を完成させていたらしく、それが枯れないように加工して貰ってると言うのでその頭を撫でつつ、そっと完成したばかりのネックレスをつけてやる。それに驚いた顔をしたナミは、直後に泣きそうに顔を歪めた。
「ありがとう……」
「蜜柑の花だから喜ぶかと思ったんだが……」
「嬉しすぎて、泣きそう」
「それは、良かった」
そう言って額にキスを落とせば、ナミは気恥しそうに視線をさ迷わせる。そんなナミに、今度は唇をと顔を近付けた時声がかかって視線を向ければ完成したらしい花冠がナミに手渡された。
それを受け取ったナミは、クルリと向きを変えて俺に駆け寄り、ぽふっと頭に乗せてきた。それには流石にコメントもできずに凝視しちまったが、ナミは満足そうである。
「ナミ?」
「私の王様だから、王冠」
「まさか、初めから俺の為に作ってたのか?」
「うん。シャンクスは、昔から私の王様だもの」
事も無げに言い放つナミは、本当に嬉しそうに笑っている。なら、帰ったらこの花冠は部屋に飾っておかないとなと思い、けれども流石につけたまま歩くのはと片付けてから植物園を後にした。
歩き出してそれ程経たないうちに吹き付けて来た強風は、ナミを煽るのでは無くそのまま連れ去りそうな程の強さで、俺は迷いなくナミを腕に閉じ込める。俺の腕の中では、安心したように身体から力を抜いたナミが居て、それがまた愛しさを呼び起こす。
春一番が春を連れて来る風だと言うのなら、俺からナミを奪わないでくれよと思う。春の女神を思わせるナミだからって、風が俺の春を奪わないでくれ。
そんな事を願う俺を煽るように強過ぎる風が吹き付け続け、揃いのピアスを揺らす。それを見ながら、俺はもう暫くナミを抱きしめている事を決めて、先程し損ねたキスをその唇に落としておいた。