この作品には、序章があります。
会話の途中で突然無言になったナミに驚き、どうしたのかと視線を向ければ、虚ろな表情になっていて心配になる。見知らぬ島に付けば、測量する為にその瞳を輝かせるのが常なのだから、何かあったかと思っても不思議はないだろう。
そんなナミが俺の静止を振り切り1人船を降りるのを止められずにいれば、ベックが俺の肩を掴んだ。何だいったいと思い振り向けば、ベックが真剣な様子で島を睨み付けてから、口にしていた煙草を海へと投げ捨てた。
こりゃー……なんかあるな。
「総員!下船を禁じる!」
俺の声に降りようとしていた数人が動きを止めて俺を見る。多分、今降りようとしていた奴等は、様子がおかしかったナミを追いかけようとしてくれたんだろう。
「〝大丈夫〟だから、帰りを待て」
俺の言葉に頷いたクルー達は、降りるのを辞めて船の中でやるべき事を始める。ベックが煙草を吸わずに居るなんてのは、風呂と寝る時の他はナミに関する何かがあった時だけだ。
そのナミに対して激甘なベックが、俺に降りるなと言ったからには何かある。言葉にされなくても、それくらい分かるから相棒なんだよ。
それから暫くの後に帰って来たナミは何かを抱えていた。なんだあれはと思って凝視していたら、ベックが小さくやっぱりかと呟きナミに声をかける。
「ナミ!ソレの髪の色は!?」
「……っ!あ……か、よ……?」
そう言ってから不安そうに俺を見上げるので、俺はベックとナミを見比べた。だが、ベックは成程と言うだけで、それ以上は何も言わずにナミが帰ってくるのを呑気に〝煙草を咥えて〟待ち始める。
どうやらナミに何かが起きる事はもう無いらしいと分かりホッと息を吐き出した。それでも俺は、ナミが腕に抱いてるそれが気になって仕方ない。
「ナミ、それなんだが」
「シャンクス……私、怒らないから素直に教えて。……身に覚えはない?」
「……は?」
何を言われたか分からずにナミを見ていたら、抱いているそれを見せて来た。見せられたそれは、明らかに俺で、言葉を失う。
ヤソップは2年前ならナミいねェもんななんて言って真剣に考え始めて、母親の特徴無しだと解らねェななんて言い出す。待て、俺は商売とか行きずりの女とヤる時はちゃんと避妊してるから、ンな失敗しねェよ!
その時ベックが笑いながらナミの頭を撫でた事で、場の空気が変わる。ナミが不安そうにベックを見ると、子供を楽しそうに見たベックがナミに優しく笑いかけた。
その為に、その顔を初めて目撃したクルーは言葉を失い〝見慣れている〟ナミは小首を傾げた。そんな周りに意識を向ける事無く、ベックは少し揶揄うような声と口調でナミに言う。
「ナミ、そんなにお頭が好きか。そうか、良い事だ」
「なっ……!なんでそうなるの!?」
そうしてベックは楽しそうにナミの事を眺めながら1冊の本を差し出すとナミの顔色が変わり、俺に罪悪感たっぷりの視線を向けて来る。それから子供を見て、小さく呟いた。
「君、植物なの……?なら……3日しか、1緒に居られないんだ……」
その時頭に僅かに残っていた布が風で外れて、小さな俺の頭に双葉が生えているのが見えた。その瞬間ナミは諦めたように息を吐き出し、ベックは3日停泊だなと言う。
「後でも良いから、ちゃんと説明してくれよ。〝副船長〟?」
俺の言葉に笑いながら頷いたベックは、ゆっくりと煙と共に言葉を吐き出した。それは、恐らくナミに手渡した本に書いてあったんだろう。
「この島には女を呼び寄せる植物があり、その植物は呼び寄せた女からの愛情を受けて3日で植物の姿に戻る。植物は愛される為に、その女が最も愛する人間に擬態するのだ。ただし、元が植物の為に人間の1歳程度の姿となる。その期間である3日が過ぎるまでに、島を離れたり植物を害したりすると女に変調が起きて、植物と同じ状態になったり場合によっては死んだりする事も大いに考えられる為注意が必要……と、記載されていた」
打つ手無しか。俺からナミを奪うのか、3日も、そのミニチュアが……!
「まんまァ……」
「あら、お腹空いてたんだったわね。でも、植物だしミルクじゃないわよね」
「うー……」
「ほら、泣かないの。大丈夫よ、何をあげたら良いのか調べてあげるからね」
突然ぐずり出したそれにナミは優しく微笑み、子供は素直に甘えた様子を見せる。……そう遠くない未来にありそうだなと思いながらそれを見ていたら、皆もナミを傷付ける気が無いのと、その自分達とは遠すぎると分かっている暖かな光景を守る為に即座に準備を進め始めた。
「成程、それで〝俺が好き〟って話になったのか」
「うっ……るさいわよ、シャンクスの馬鹿!」
顔を真っ赤にして言われても怖くない上に、俺のミニチュアという形でナミの想いが具現化されていちゃ、怒る要素なんざねェ。寧ろ俺は、あの姉や母親にも勝る存在になれていたのかと、そう思えただけでどれ程の喜びか。
「シャンクスは……私の、初恋で、予定では最後の恋愛だから……覚悟してよね」
「初恋?」
「……多分、子供だった頃から、シャンクスを愛してたわ。まぁ、その頃は家族の方が優先だったけど」
「……なんで、持ち上げてから落とすんだお前は!」
俺がナミに怒鳴ったその瞬間、子供が泣き出した。それに焦った様子も見せずに、水を哺乳瓶に入れたものを飲ませながら、ナミは優しく微笑む。
その微笑みは、子供に向けているのか、俺に向けているのか分からねェけど、甘く優しい。……この空間を、守りてェな。
「シャンクスはすぐ、調子に乗るからよ。でもね……家族を優先はしても、1番愛してたのは、あの頃からシャンクスだったと思うわ」
「……ナミ、今のもう1度言っ「う訳ないでしょ!?お黙り!」」
真っ赤になって顔を背けたナミは、その後俺に構ってくれなくなったが、その耳が何時までも赤かったからそれだけで充分だと思えた。そう言えばナミは〝お黙り!〟という事が多い。
騒がしいクルーをその1言で黙らせ、従わせる姿は女王のようだとそんな事を時折思う。その日の夜、ナミが子供を寝かし付けてから俺の元へ来たので抱き締めると、珍しく甘えるように擦り寄ってきて嬉しそうに笑った。
「シャンクスだわー」
「なんだ、珍しい」
心から珍しいと思うが、同時に物凄く嬉しくもある。甘えたように擦り寄り、にへっと笑うその姿は俺の理性を砕こうとしているとしか思えねェ。
「小さいシャンクスは可愛いけど、私、こっちのシャンクスに依存してたみたい。……寂しかった」
最後の呟きは本当に切なそうで、喉が鳴る。これは……食っていいやつだよな。
そう思ってその体を強く抱きしめた瞬間、子供が泣き出したと思ったらナミは俺を容赦無く突き飛ばすと駆け戻った。見れば先程の甘えた姿は無く、優しい母親の顔になってしまっている。
……何が、寂しかっただ。俺が寂しいじゃねェか!
そんな日々が続き、子供は何故か俺に敵対心剥き出しで居るのを見て、地味に苛つきながらも必死に耐える。耐えられたのは、ナミが時折俺が傍に居るかと振り向き、俺の存在を確認して安心したように笑うからだ。
それがあったから、俺は何とか暴れずに居られたに過ぎない。だからこそ、余裕の無さすぎた俺はナミがその子供と別れる時の事を、少しも考慮してやれて居なかったんだ。
……頭の上にある植物が成長し、花を咲かせたその日。頭に花を咲かせた俺だと言ってクルーが大爆笑する中、ベックだけが心配そうに俺とナミを見ていた。
そうして訪れた別れの時。駆け回る子供を心配そうに見ていたナミに、どうやら根付く場所を決めたらしい子供が、座ったまま笑顔を向けた。
それを見たナミは、そっと子供に歩み寄るとその腕を伸ばす。子供もまた、ナミを求めて手を伸ばし、甘えたような声を出した。
そして、言語としては成り立たない音を口にする。それにナミは微笑み、頷いていた。
「まー……なーで、あーうー、うー。イー!!」
最後のイー!!だけは俺にいーってやってるから俺に喧嘩売ってんのは分かるんだが、他は不明だ。だがナミには分かるのかありがとう、大丈夫よなんて言って微笑んでいる。
優しく抱き締めて、子供の頬や額に優しくキスをして、震えるその手には、離したくないと言わんばかりに力が入っている事がわかる。……あァ、これをベックは心配していたのかと思えば、眉間に自然と皺が寄っちまう。
「まぁ……はーして、まぁま」
あ、これはわかる。ナミに離せと言っているんだと。
それにいやいやと首を振るナミに、子供が仕方ないなァって様子で、だが嬉しそうに笑った。その瞬間、この植物は、やはり俺なんだとこの時分かっちまう。
……俺も、戦いに行くからと怪我人と共にナミを縄張りの島に置いて行く事もある。そんな時、ナミと俺はこんな感じだ。
ただ、俺は帰るがこの子供は帰らねェ。なら、ナミが離せなくなるのもわかるが……植物に戻るそれにナミを巻き込む事を、植物も俺達も案じている。
「離したら、もう、逢えない……のよっ!」
「まー……ま」
愛情深い女を選んで寄生するなら、これ迄もこんな事があったんだろうか。そう思わされる程、ナミは別れを拒み涙を零す。
だがもう時間なんだろう、子供はナミに甘えるように擦り寄ってから、その体を突き飛ばした。渾身の力を込めて突き飛ばしただろう植物のそれに、ナミは逆らえず距離ができる。
それにより無事に離れた瞬間、子供は安心したように笑うとその姿を植物へと変えて行き、ナミはその様子を無言で力無く見詰め微動だにしない。ナミの髪が風に揺れる他は、時間の流れが止まったかのようにさえ見える。
呼吸をしているのかも怪しいその様子に、立派に根付いた植物に、ナミは声のひとつも無く、ただ静かに涙を流す。こんなにも、壊れそうな泣き方するんだな、お前は。
名前は決めないのかと聞いた俺に、名前決めたら離れられなくなるものなんて言って笑っていたが……名前無くてもこれかよ。共に過ごした時間は……僅か、3日だ。
それなのにナミは、涙を流す他は完全に時を止めている。そっと横からその体を抱き締めて、壊れそうになっているナミを戻す為に唇を重ねると、開かれ続けていたその瞳が癖かなんなのか、静かに閉ざされた。
それに合わせて落ちた涙を指で拭いながら、また、会わせてやるから泣くなと思いながら口付けを深めれば、ナミの腕が俺にゆっくりと回された。縋るようなそれが、ナミが本当は善良なだけの少女なのだと言う事を思い出させる。
……それでももう、俺はナミを手放してはやれねェんだ。ナミが大事な人を守る為に力を手にした代償が俺に囚われる事だったんだから、もう諦めろ。
「シャンクス……私……!」
「また、すぐに逢えるようにしてやるから、泣くな。……今度は、名をちゃんとつけてやろうな」
笑いかけた俺にナミは小首を傾げてから、少しの間を置いて理解したらしく全身が真っ赤になった。それから慌てた様子で俺の腕から逃げようとするから、逃がすかと再び深く口付ける。
その様子をクルーはホッとした様子で、微笑ましそうに見ているのには気付いていたが、植物から何故か殺気のようなものを感じる。だから、早く連れ帰るかとそのままナミを抱き上げた。
それにより皆に見られていたと遅れて気付いたナミの悲鳴が谺響したが、それこそ今更だろう。見慣れてるクルーは、それでもナミを弄らない。
弄らないのは何も、揶揄う事を厭う気持ちからでは無い。下手に弄るとナミは泣く事も出来ずに、我慢の限界を迎えて、家出ならぬ船出して俺に連れ戻される事を知ってるからだ。
そうなれば、いつ死ぬか分からない勢いで俺に鳴かさせる事も含めて、知っているから。勿論俺はそれを改善する気は無い。
クルーにとってナミは大切な仲間であり、友であり、妹である事を俺は知っている。だからこそ、苦しませたくないと考えて、余り弄りすぎたりはしないのが暗黙の了解となっているのだ。
それを全て理解した上で、俺は歩く。そうしながらも、叫ぶナミを〝黙らせる〟と言う名目で、唇を再び奪う事にした。
後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。
この先このキャラクターは不定期更新となりますので、予めご了承ください。
このキャラクターにこの先追加される作品は、全てこの作品より手前に挿入されます。