歌を終えた私を強く抱き締めて、ベックは微動だにしなくなってしまった。それが嫌では無いので……と言うか寧ろ嬉しいので、そのまま身を預けてしまう私がいる。
煙草の匂いがするのに、今その手には私しか居ないから、安心して身を任せられる。……そう言えば、ベックは私といる時いつも煙草の火を消してるわね。
ベックは基本的にいつも両手を空けていてくれる。どうしてと聞けば、大抵いつも私を抱きしめる為……なんて、赤頭巾の狼がついた嘘みたいな答えが帰って来るんだけど。
「ナミ、この船で何かやりたいなら先に言え。……ナミがやりたい事をやらないなんて事は有り得ねェんだから」
「でも、ベック忙しそうだったし……たまには驚かせたかったのよ。……あ!もしかして、迷惑、かけちゃった!?」
「いや、お頭が届いた荷物漁ってる他は何も問題ねェよ」
そう言って優しく笑うベックに私も笑えば、ベックは額に優しくキスをしてから腰を抱いて歩き出す。ベックに少しでも近付きたくて、前より少し高いヒールをはくようになった私。
多分皆それに気付いてるんだろうなって思うのは、皆の視線が優しいから。そしていつもベックは可笑しそうに笑うと、何処か心配そうにしながらも認めてくれてる。
ベックはそれ以降、転ばないようになのか、私の腰を抱く事が増えた。変わらぬ過保護さである。
「文字通りに、背伸びしてるな」
「……似合わない?」
「ナミは何着てても、何してても可愛い」
「ベックのそう言うの、当てにならないわ」
親の欲目みたいなものよねと前に言ったら、親じゃなくて惚れた相手に対する欲目だと言われて、ベッドに沈められたので……余計な事は言わないようにしたい所。動けるギリギリの体力残して弄ばれる日々って、結構キツかったわ。
そんな事を思い出して赤くなってたら、ベックの笑い声が降って来た。楽しそうなそれが、嘘ではないと知ってるの。
「誰のなら当てになるんだよ。……この船で、ナミを可愛いと言わない奴はいねェぞ」
「それが問題よね。私、キュート美人の筈なのに!!」
「確かに〝美人〟だと言う奴は少ないな」
むーっと膨れてみれば、ベックは耐え切れないとばかりに笑い出す。案外笑い上戸な所があるのよね。
なのに、ベックは私の事を抱いたまま離そうとしないから、私はベックの震えるそれに膨れつつ脇腹を擽る程度の反撃しか出来ない。でも、これが案外効くのよね。
「ナミ!辞めっ……こら!」
「意外と脇腹弱いわよね。……えいっ!」
「突っつくな!この、悪戯猫め」
そうして甲板に向かいながらじゃれていたら、シャンクスが何かどんよりした様子でこっちに視線を向けてきた。どうやらベックを取られて寂しいらしい。
「ベック、シャンクスを慰めて来てあげて。寂しがってるから」
「俺は……ナミの残酷な優しさに身震いしそうだ」
「へ?」
「わかってないから、優しさなんだってのだけ理解しとけ」
「うん、わかんない」
「素直だな」
そんな事を言って、頭を撫で回したベックが私を残して歩き出す。私はその場に立ち止まり、髪の毛を直しながらシャンクスに話し掛けるベックを眺めてからルーやヤソップに今回のイベントについて説明を開始した。
クルーは皆私に優しい。だからこそ、こんな些細な事でもして時に楽しんで欲しいと願ってしまうの。
もう、ここにいる人達の大半は願いなんて叶えた後だったりするけど、願いなんて普通は生きてる限り幾つも抱く物だろうから。星が願いを叶えてくれるなんて信じてなくても、叶う可能性がゼロでなければ、試して損は無いと思うの。
「皆の願いが、叶えばいいな……。ひとつでも多くの願いが届いたら嬉しい……」
「そう言う甘いところが、護りたいと俺達に思わせる要因だろうな」
そう言って七夕飾りを作っていた私を抱き上げたシャンクスが、私に頬擦りして来る。それをハイハイと受け入れていたら唇を重ねられそうになり、慌てて両手でその顔を押すけど力で敵う筈も無い。
もうっ!シャンクスはスキンシップ過多過ぎるわ!!
「やっ……!!」
「……俺の織姫に、手を出さないで貰おうか。お頭」
「なっ!?俺の女神だぞ!?」
「俺の織姫になると、ナミが望んでくれた以上……俺は死んでも、手放すつもりなんてねェよ。ほら、返せ」
「ベックー……怖かったぁー……」
シャンクスをベックが押さえてくれたので、その隙に逃げ出してベックの腕に帰ればベックが柔らかく笑って頭を撫でてくれる。そっと片腕で私を抱きしめつつ、シャンクスの魔の手を振り払ってくれるベックに強く抱きつけばルーがシャンクスの頭を背後から殴った。
「そろそろ諦めろって」
「嫌だ!俺のナミだぞ!」
「……あの頃もベックが誘えば乗ってくれてたかもな。今にして思えば……お頭が嫌だったんじゃねェか?」
追い打ちをかけるようにヤソップが言えば、シャンクスが涙目でこっちを見るから困ってしまう。誰に言われても、私はベルメールさんとノジコを優先したと思うのよ。
私の世界は、愛しい家族でできてるもの。家族を犠牲にしてまで得たいものは何も無いわ。
「誰に言われても、私は家族を優先したわ」
「なら、俺と家族になって、俺を優先順位の1番にしてみるか?」
「ベック?」
胸が、大きく高鳴る。これ以上好きになんてなれないと思ってたのに、どうして……こんなにも簡単に私の心を奪ってしまうんだろう。
期待してしまいそうになるけど、立場とか色々あるのもわかってるから、口先だけだと納得もしてるの。でも、瞳が潤んでしまうのは許して欲しい。
「ナミが断らないなら……俺としてはいつでも大歓迎だ。……まァ、プロポーズはもっとちゃんとした形でいつかしてやるから、もう少し待って欲しい所だが……待てるか?」
「うん、ベックが待てって言うなら、お婆ちゃんになるまででも待つわ」
「そこまで待たせるつもりはねェよ。俺が先にくたばっちまう」
本気なのだとその眼差しが告げる。その瞳に、吸い込まれてしまうような錯覚に襲われてしまう。
「……ナミ」
「ベック……」
そのまま見つめ合い自然に唇が重なろうとした時、シャンクスの泣き声が谺響してハッとさせられてしまう。もう、いつまでも妹離れ出来ないんだから!!
これを言う度にベックには苦笑されて、ヤソップとルーには頭を撫で回されるんだけどね。ヨシヨシとシャンクスの頭を撫でながら、七夕レシピの説明等を行えば七夕の準備は恐ろしい速度で進んで行く。
それぞれに大まかな指示を出してくれるベックの傍で、細かい指示を出して行く私。そうして区切りになる頃には、盛大な七夕の宴が開始されていた。
皆に指示出したり宴を楽しむ時は煙草を吸ってるのに、私に近づく時や私が話しかけた時は迷わずその煙草を捨ててしまうのだから、勿体ないと思う。本当に、そんなに気を使わなくてもいいのに。
「ねぇベック、煙草って……美味しいの?」
「……ナミに触れてない時は、口寂しくて吸ってるだけだ。ナミがいれば吸わねェよ」
「私も吸って見ようかな」
「辞めとけ」
珍しく私の行動を否定するから、混乱する。だいたい何でもやらせてくれるのに。
麻薬とかでも無い限りは。この間も敵船に1人で潜入するのを、ベックだけはいいと思うって言ってくれたのに。
「なんで?」
「俺の子供が宿った時、その子供に弊害が出て、ナミが悲しむ事になる」
「ベック!!」
赤くなるのは、当然のように自分の子供が宿る未来を示唆されたからか、それともその笑顔が余りにも愛しそうだからなのか。どちらにしても、頬の赤味はなかなか引きそうにない。
「ナミは、我が子が奇形で生まれたら自分を責めるだろ。だから、吸うな」
「ベック……」
「……俺の唇や肌なら、好きなだけ吸っていい」
ベックの言葉に完全に茹だった私は、皆から顔を隠す為にベックに抱き着いてその身体に額をつける。そんな私にベックは羽織っていた上着を被せてくれるから、その状態でいたいと願ってしまう。
忙しい人だし、責任もあるのはわかってるけど……でも、こうしてる間は私だけのベックだから。別な事をしていても、離れろなんて言わない人なのもわかってるけど、たまにはこうして傍にいたいの。
「ナミ、眠いか?」
「違うの。ただね、少しベックを充電してるの」
「……俺もナミを充電したいから、部屋に帰るか」
そう言ってベックが私を抱き上げるので、慌ててその首に抱きつけば皆が笑ってるのが見えた。先に休むと声をかけて歩き出したベックに、皆に色々筒抜けな事に小さくなる私は、まだまだ子供の枠なんだろうなと思ってしまう。
それでもいい。こうして、愛しい人と過ごせる幸せがあれば、きっと何よりも幸せだから。
「ベック、大好き」
「……俺は、愛してる」
多分私は、永遠にベックに勝てないだろう。甘やかに見詰めてくる眼差しに、愛しげに名を呼ぶその声に、私はいつも負けてしまうから。
部屋に入ると同時に重なった唇を、もう二度と離したくないと願うくらいに、私はベックに溺れている。今日も織姫と彦星は、年に一度の逢瀬なんて耐えられないと、引っ付いたまま離れない。