笑いが落ち着いたのを見計らってもう1度言葉を向ければ、ベックは私を手招くから素直に近付く。するとそのままベッドへと押し倒されてしまい、さっきの謝罪は何だったのかと睨んでしまったのは当然の事だと思う。
けれども私を案じるような声で、ベックは微かに眉を寄せてそっと指の腹で頬を撫でるから、私は息を飲まされてしまう。こうなってはもう、ベックのペースに飲まれてしまったのも同然である。
「まだ、痛むんだろ。薬で動いてるって事は、誤魔化してるだけだ。今はまだ寝て、回復したら詳細を話し合えばいいと思わないか」
「ベック……」
「昨夜は、少し激しくし過ぎた。……俺の責任だからな、その分の雑用はしておくから大人しく寝ていてくれ」
心配そうに言われてしまえば、それ以上は何も言えなくなってしまう。ベックに、私が勝てる筈ないのだ。
そう、つまりは惚れた弱味。1度でいいから、ベックに勝ってみたいと思いつつも、無理だろう事も自分でちゃんと分かってる。
「ベックに勝てた記憶、本当に無いわ」
「俺の方が、勝てた事なんざねェさ」
そう言って頭を撫でるだけ撫でて去って行くその背を見送り、ベッドの中で力を抜けば確かに少しばかり楽になったような、そんな気がした。気が付いた時には夕方で、眠れる訳もないと思っていたのにどうしてと思ったら、腕に抱き締めている布に気付く。
ベックの服、抱いてたから、眠れたのかな。でも、寝る時は持ってなかったのに。
首を傾げつつ、洗って返す為にそれを持ってベッドから降りると服を着てないベックが部屋に戻って来て……。……え?
「服は!?」
「ナミが持ってるだろ」
「いや、ほら、他にもあるわよね!?」
「汚した訳でもないのに、洗濯物を増やすのは気が引ける。……もう、大丈夫だな」
そっと微笑まれてしまえば、私にそれ以上の反論はできない。そうして動揺してる間に奪われるようにシャツを失った私は、思わずベックの腕を掴む。
ぎゅうぎゅうと抱き締めてたから汗も染み付いてるだろうし、何よりヨダレとか垂らしてないか心配。持って行かれては困るのだ。
「ダメっ!それ、洗ってな「汚れてないと言っただろ」私、寝てる時抱いてたのよ!?人間が寝てる時に……」
そのまま1気に言い募る私の言葉をサラリと聞き流して、ベックは私の抱き締めていた生暖かいだろうシャツを着てしまう。それも何故か嬉しそうにしてるから、顔が勝手に熱を持ってしまうのを抑えられない。
声も出せないままに口をパクパクと動かしていたら、ベックはふっと笑って私の耳元にその唇を寄せて来る。動けずにいる私の耳朶に吐息と共に落とされたのは、甘い声。
「ナミの温もりと香りがある。今日は仕事が捗りそうだ」
「……っ!?……脱いで!今すぐ!!洗濯して、何も匂い残さないで返すから!!」
「無理だろ。ナミが洗えばそれだけで、どんな物でもナミの匂いになるからな」
そんな訳ないと叫ぼうとした唇は、ベックのそれに塞がれて……そのままベッドに押し戻されてしまえば私に抵抗力なんて残る筈もない。ベックは本当に……狡いと思う。
結局その日は寝かされ続けて、翌日になってから忘年会についての話し合いは進められた。ベックにお酒がある事を告げて、ルーが何か面白いレシピは無いのかと聞いてくるのに答える。
そんな時を過ごして、決まって行くそれに頬を緩ませたけど、はたと気付く。そう言えば……。
「シャンクスは?」
「ん?お頭は宴なら好きにやれって言うし、先に伝えると無茶な要望出てくるから言わなくていいだろ」
ヤソップの言葉に、ルーが肉を引きちぎりながら頷く。それが何だか、見慣れた光景でクスクスと笑ってしまう。
「ところで……疑問なんだけど」
「「「ん?」」」
異口同音に、それも同じタイミングでベック、ヤソップ、ルーが私を見る。全員立派な保護者であるとこんな時痛感させられる……っても、1人は、その、恋人……なんだけど……。
「どうして皆は〝お頭〟とか〝船長〟なのに、私だけはシャンクスを名前で呼ばないと反応しないのはどういう事?おかしくない?」
私の言葉に皆は顔を見合せて、それから同時に吹き出した。どうやら長く共に過ごしてると、反応まで似てくるらしい。
……イラッとなんてしてわよ。ただね、ちょっぴり、疎外感。
「そりゃァ……。そう、妹が同じ職場で働いてるからって、役職で呼ばれたら寂しいって事だよ!な、ベック!!」
「……そうだな。お頭はナミが可愛いから」
「私、もう、子供じゃないのに……」
ヤソップが話題をベックにふると、ベックはそれに応じて頷くけど……なんか寂しい。そりゃ、私は幹部じゃないからお頭はダメかもだけど、船長なら有りだと思うんだけどなぁ……。
この反応が〝大人〟では無いのかも知れないけど、皆の前で〝大人のフリ〟はできないわ。結局、彼等もまた、私にとっては家族なのだ。
「……ナミが大人なのは、よく知ってる。だが、兄から見たらいくつになっても妹は妹なんだ。わかってやれ」
優しく宥めるように言われてしまえば、はーいと返事する他無いだろう。そうして決まった忘年会の詳細を元に、皆が動き出した。
私はベックやルーに言われるままに船を動かすように指示を飛ばして、それに気付いたシャンクスが動かすなら俺にも言えよ!!と騒いだのを皆で笑いながら食料調達に向かってる事を伝えた。今日もレッド・フォース号は平和である。
そうして迎えた宴の日。いつものように身支度を整えようとしていたら、ベックが背後から抱き締めてきて着替えが進まないでいる。
「ベック、今日はもう、これ以上無理よ?」
「分かってる。だが、補充させてくれ」
「何を?」
「活力とやる気」
私を抱きしめてると、でるのかな?
そう思って首だけで振り向くと肩にキスを落とされて、身体がビクンと反応する。そんな私にベックは嬉しそうに笑うと、風邪ひかせちまうな……と、名残惜しそうに腕から解放した。
去って行く温もりが少し寂しいとか言ったら、呆れられちゃうかな。そんな事を思いながらベックを見て、それから着替えに戻ればベックが何故か唸り出す。
「……どう考えても、俺が振り回されてるよな」
「何に?……あ、シャンクス?」
「…………そうだな。今更か」
「うん、改善の余地は無いと思うわ」
「……妙な所似てるよ、本当に」
何を言いたいのか分からずに首を傾げたら、着替えを手伝ってくれながらそっと掠める程度のキスを送られる。それだけだと寂しくて自分からもキスを返せば、ベックが何故か照れたような顔をするから驚いてしまった。
「ベック?」
「俺からってのは、いつもだが……ナミからされると、嬉しさと同時に気恥しさがあるもんだな」
「もうっ!」
「ナミ」
少し膨れた私を、ベックは優しく名を呼ぶ。それだけで怒ってた気持ちも、拗ねてた気持ちも霧散してしまうのだから恋心とは難しい。
そう思っていたら腰に巻き付けていた流星錘を取り外されて、代わりによく似た違う物を巻き付けられて行く。どういう事かと思ったけど、良く見れば素材を変えた流星錘だと気付いた。
「ベック、これ……」
「子供の頃から使ってたからな。そろそろ切れてもおかしくない。大切な物なら、壊れる前に保管しておくのが良いかと思って、代わりを用意したが……気に入らないか?」
「そんな事、ある筈ないっ!ありがとう!!」
まさかその紐の部分はシャンクス経由で手に入れた謎の切れない紐であり、玉の部分は芯の部分に海楼石が使われてるダイヤモンドだとは、この時は知らなかったのだけど。とりあえず私とベックは皆が呼びに来るまでずっとイチャついていた。
そうこうしている間に始まった宴は大盛況で、私が帰って来たと喜んでくれる皆に涙腺が緩みそうになる。正式な仲間として認められて、私は今四皇の1人に名を連ねてるのだと漸く理解したのかも知れない。
まだまだ甘ったれで、皆に甘やかされて、守られてばかりだけど……私もちゃんと強くなるから。だからどうか、傍に置いてね。
そんな想いを込めて、皆を順番にハグしていたら待ち構えていたシャンクスに囚われて、身動きが取れなくなってしまう。そんな私に皆は笑い、ベックが奪い返すようにして引き剥がしてくれた。
「お頭、いい加減にしろ」
「俺の女神なんだよ!畜生めっ!!」
「何度言えば覚えるんだかな。……今はもう、俺の天使だ」
恥ずかしいその応酬に耳まで赤くなった私に、また笑いが沸き起こって、何故か乾杯!!との掛け声が上がる。それにより、この人達は騒げて呑めれば、きっとそれだけで良いのだと今更気付いて苦笑した。
騒がしくも愛しい人達が傍にいる。でも、なんか疲れてる様子を隠しもしない愛しい人に、少しでも気持ちが楽になればと願って強く抱き締めれば、その腕は私の背を支えるように回し直された。
大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。