頭を撫でてくれる手が気持ちいい。このまま寝てしまいそうな程に。
でも残念ながら、それを街中で出来る程に緩い警戒心は持ち合わせてないから、ベックに撫でるのを辞めて貰おうと視線を向ける。すると上目遣いになったのがいけなかったのか、その時を待っていたのか、ベックは掠める程度のキスを落とす。
それが何だか気恥しくて、同時に嬉しい。当たり前のように愛してくれるこれが、当たり前なんかじゃないって知ってるからこそ。
「ベック……いつもありがとう」
「ん?」
「普通、猫になった人間なんて見分けられないわよ。なのに、迷わずに私を名指ししてくれた。それが嬉しくて」
「……ナミとお頭は、わかると思うぞ」
ここで〝私だけ〟って、言わないところがベックらしいと思う。普通の男は〝恋人だけ〟はって言うんだろうに。
でも、確かに私もベックとシャンクスと、ベルメールさんとノジコはわかる気がする。ルフィは……分からなくて、でも可愛く思えて連れ帰ろうとするかも……?
「楽しそうだな」
突然聞こえて来た声に、ハッとする。それからてへっと笑って誤魔化そうとするけど、誤魔化されてはくれないのがこの人なのだ。
それにどうやら、私から生えてる尻尾が感情を素直に表現してるらしくて、ベックが甘ったるい眼差しで耳とか尻尾を見てるのが分かる。……似合ってる、かな?
「どうせ、ナミもお頭は分かるだろうとか、そんな事を考えてたんだろ」
「……なんで分かるの?」
「そのまま思考は家族に移行したな」
「だから、なんでわかるの!?」
「顔見てりゃわかる。ナミ、案外顔に出てるぞ」
言われて咄嗟に頬に手を当てたけど、当然それに効果はない。尻尾とか、耳とか、それが理由だと思ってたのに。
でも、耳とか尻尾が理由じゃないなら、頬を隠したら、考えを読まれなくなったりしないかな?
「しないな」
「心読まないでよ!」
「心を読んでるんじゃなく、ナミの顔に書いてある文字を読んでるだけだ」
「もうっ!ベックのばぁか!!」
そんな事を言いながら少し距離を取るけど、少し進むとベックはついてきてるかなって振り向いてしまう。そんな私に笑ってくれるベックを見て、また歩き出すのを数回繰り返した所でベックに手を握られてしまった。
驚いて視線を向けたら、そっと腰に腕を回されてしまう。こうなればもう、逃げられない。
「ベック?」
「離れるな。……俺が、不安になるだろ」
「うそ、ばっかり……。あ!」
その時雑貨屋さんに猫の耳がついたカチューシャがあって、つい手を伸ばせば私の行動から次の行為に勘づいたベックが僅かに離れた。でも、逃がしてやるものかと飛び掛り、そのカチューシャをベックの頭につけてみると……。
……あらやだ、可愛い。似合わなくて、笑えるかと思ったのに。
髪の色に合わせて白の耳をつけたのだけど、本当に可愛い。うん、このカチューシャ買おう。
「お姉さん!このカチューシャください!」
「そのままお使いになりますか?」
「はーい!」
語尾にハートがついてる勢いで返事をする私に、ベックは困ったような顔をする。なのに、私を手放す事もそのカチューシャを取る事も無い。
それがどれだけの妥協であるか、私を甘やかしているのか、分からない程愚かじゃない。試してるとかじゃないけど、こんな時は素直に嬉しかったりするから……つい、強気になってしまう。
「こら、ナミ」
「似合ってるわよ」
ニンマリと笑った瞬間、ベックが手を伸ばしたのは白の紐に鈴のついた物。そのまま私の首にそれを巻き付けて、そのまま首の後ろで結ばれると、首の前で鈴が揺れる。
自分だと見えないから、なんか連な気分でベックを見たら、何故か硬直してる。何よ、自分でつけた癖に似合わないとか言ったら、泣いちゃうんだからね。
「店員、これ、全色を三個ずつ船に届けてくれ」
「はーい!」
店員さんはウキウキした様子を隠さない。それどころか語尾にハートではなく、全身からハートが見えている。
ベックは真剣な表情で、敵を目の前にしてるかのように真面目に私に着けたそれを見て頷いている。その顔は確かにカッコイイけど、空気も引き締まってるけど、だからこそ混乱してしまう。
「いや、待とうか!?そんなに買ってどうすんの!?」
「毎日色違いでつけたらいい。……恐ろしい程に似合うぞ」
甘やかに微笑み、とろけるような声でそんな事を言われる。でも、なんか変だよね!?
なんだろう。そう、そもそも論で、何故か褒められてる気がしないのよね。
私はベックが普段と何処か違う気がして、ついその顔を覗き込んでしまう。するとベックは私を無言で抱き上げたかと思うと、そのまま肩に担いでカチューシャの代金も纏めて支払ってお店を出てしまうから、お腹苦しいんですけど!?って文句言う位しかできない。
私が動く度に首の所で鈴が鳴る。それはベックの耳元の筈なのに、どうして嫌がらないのか分からないわ。
「苦しい……ってば!」
「支払いの為に片腕空けたくてな。悪かった」
そう言いながら私の事を横抱きに変更したベックは、ふっとその表情を変えて私を見詰める。それは、海賊の顔と言うより、雄の顔。
色気を無駄に振りまく、いつも余裕綽々な恋人の顔をされれば、下手な事は言えないと理解する。だって、この顔のベックはただ優しい男じゃないもん。
「外でこのままデートするか、それとも、二人で部屋に籠るか……どっちがいい?」
それはつまり、この恥ずかしい状態で街の中をねり歩かれるか、それともベックに可愛がられたいか……って事よね。恥ずかしさに負けて、部屋に篭れば間違いなく……手加減しては貰えなくなる。
ならばと私は欲望を素直に口に出す。ただ恥だけ負うのは嫌だもの。
「私、測量したい!」
「了解した。……先にフルーツパーラーでも寄るか」
「いいの!?」
「それなら、外食でも食えるだろ」
結局ベックは、私に甘いのだ。そうと分かっているから、私は甘やかさないでと言い続けるしかないのだけど、改善される事は難しいだろう。
到着した店内は可愛いデザインになっていて、そんな所へガタイのいい男に抱き上げられたまま入店する美少女が、注目を集めない筈もない。それも、双方が猫耳をつけてるのだから。
けれども店員は、こんな私達を気にした様子を見せないのだからプロだと思う。それどころか、何故か嬉しそうに席に案内してくれる。
ソファ席に私ごと座ったベックが、手元に引き寄せたメニュー表を覗けば、猫の形に盛り付けられたパフェとかケーキがいくつもある事に気付く。その為にどれも可愛くて目移りしてしまうのは、当然だと主張したい。
「うぅぅ……」
「何個なら、食べられる?」
呻く私の思考は筒抜けなのか、可笑しそうに笑うベックがいる。そんなベックに視線を向ける余裕さえなく、ただメニューを睨みつけてしまう。
フルーツを色々使ったミックス系もあれば、果物の種類を絞ってその旨味を凝縮したような物まである。どれを見ても可愛い上に美味しそうと来れば、悩んでしまうのは自然な事。
「三個、が、限界。でも、三個だと気持ち悪くなりそう……」
「なら、残りは食ってやるから、五個まで選んでいい。……飲み物はスッキリしたのを選んどけ」
「ありがとう!!」
パッと顔を見て言えば、何だか幼い子を見るような微笑ましそうな顔で頭を撫でられてしまう。猫耳があるからなのか、妙にそれが気持ちいい。
お礼にとその頬にキスをしてからメニュー表に視線を向けると、ベックの手が止まったから、どうやらメニュー選びに専念させてくれるらしい。……この時、目元を覆って顔を天に向けてるベックがいた事を、私は知らなかった。
知っていれば見たのに。それを知ったのは、オーダーを取りに来た店員さんにそっと耳打ちされたからなんだけどね。
「彼氏さん、キスされた時目元を押さえて恥ずかしがってましたよ」
「え、ナニソレ。見たかった」
「余計な事吹き込まないでくれ」
「ふふ。本日は猫の日ですので、猫の姿してる方には猫のキーホルダーお渡ししてます。好きなお色をお選びください」
その言葉に浮かれた私は、ベックの髪の色だからと白を選んで貰ってしまう。ベックは少し考えてから、茶色の猫と白の猫を見比べている。
いつも即断するベックにしては珍しい。どうしたんだろう。
「どうしたの?」
「ナミがないな」
「……へ?」
「蜜柑色の猫が無いから、近い茶色を貰うか、白を貰って塗るか考えていた」
「……す、素直にお揃いの白で良いでしょ!?」
赤くなる私に、ベックは楽しそうに笑う。どうやら、先程の仕返しもあるらしい。
結局ベックは白の猫を貰っていた。それから真剣な顔で、塗るかどうするか悩み出したのでお揃いが良い!!って大声で叫んでしまったけど……そこは、ほら、ご愛嬌よ。
その後は、また私もメニュー表と睨めっこである。勿論、集めてしまった視線を誤魔化す為でもあるけどさ。
選んだのは結局、パフェ二個と、ケーキ二個、そしてフルーツの盛合せとオレンジティー。フルーツの盛合せは名前に負けて選んでしまった。
『にゃんにゃんフルーツ』
上から見ると果物が猫の形に盛り付けられていて、中にある果物が、猫の形に切られていると言うシロモノ。この世界にスマホとかブログとかインスタがあれば、シャッター音が響き渡っていただろう。
「可愛い……」
「それを食べるって、案外残酷だな」
「それよね。耳が消えるとか、鼻が無くなるとか思うと残念。……でも食べる」
だって食べ物だし。残したら捨てられちゃうもの。
食べ物は全て生命だから。残して捨てるなんてそんな事許されない。
「そうしろ。ほら、まずは食わせてくれ」
「はい、アーン」
何となくベックとの間でこれは習慣になっているけど、毎回1口目はベックに食べさせて、二口目はベックに食べさせて貰ってる。食べられるだけ食べたら次の物を食べていいと言われてるから、今回はそれに甘えて猫の頭が変な形で失われた物をベックに押し付けておく。
この世界ではまだ写真は貴重な方になるので、可愛いからって食べ物の写真撮れる環境じゃないのが惜しまれる。絵心があれば絵に描いて残すけど、残念ながら海図や地図を描くのと絵を描くのは全くの別物なのだ。
果物の甘さを殺さないように味付けられたケーキやパフェに頬を緩めて、温かい紅茶でホッと息をつく。どれもこれも可愛くて、可愛いものってそれだけで癒し効果があるんだなぁって思わされてしまう。
「ベック、ありがとう」
「ん?」
「ベックはこういうお店、苦手でしょ?」
落ち着かない……と前にボヤいていたのを聞いた事がある。確か、まだ私が7歳になる前の頃に、ヤソップに言ってたのよね。
それに対して、ヤソップがケラケラと笑ってたっけ。妻子のいる人はそういう時強いなって素直に思ったからか、妙に鮮明に覚えてる。
「流石に1人とか野郎共とは入らねェが、女子供がいれば気にらねェよ」
「そこは、私が居るからって、言うとこじゃないの?」
「ナミが喜ぶなら、何処でも同じだ。消し去りたいくらい嫌いな所へも、ナミとなら行ってやる」
その言葉に何をどう言い返せば良いのか分からなくて、モゴモゴと甘やかさないで……と、言うのが精一杯。そんな私にベックは事も無げに言い放つ。
「今日が猫の日だと言うのなら、俺は俺の猫を甘やかしたい。俺だけの猫を独占したいと願って、何が可笑しいだろう?」
これ以上甘やかされたら、1人じゃ何も出来なくなりそうで怖い。そう思って見詰めたら、ベックは静かに笑って私の唇をそっと塞いだ。
ここが店内だとか、そんな事はもう……今は何も気にならない。今はただ……互いの事しか、考えられないから。
互いの温もりと、息遣いしか……今は感じられない。にゃんにゃんにゃんとキスの合間に鳴いてみれば、ベックもまたにゃんにゃんにゃんって返してくれた。