いつも冷静なベックが、慌てた顔をしてるのが視界の端に映る。足が空中にある不安定さ特有の恐怖心を凌駕する、その事実につい魅入っていたら強く抱きしめられてしまい、その必死さが嬉しくて愛しい。
そっと抱き締め返した時、ベックも漸く落ち着いた顔をした。それを見て私の顔にふっと浮かんだ笑みは、恐らく安堵の色が強く出てたんだと思う。
だってベックが少し気恥しそうに視線を逸らして、耳を赤く染めたから。感情を隠す事をあまりしないベックは、でもそれを苦手としてる訳でも無いのに……耳だけはいつも正直。
「ベックに猫耳生えたら良かったのに」
「……似合わなかったと思うぞ。あれは、ナミだから可愛かったんだ」
「それは、恋人の欲目ね。私はベックの頭に生えてるの見たかったわ。きっと似合ってたと思うもの」
だって、あの時つけさせたあのカチューシャも似合ってた。うん、動く耳の方が絶対良かったわよね。
私なんかより、きっとベックの方が似合ってたと思うの。あの球体もセンスが無いわね。
「ベックなら、黒猫になってたのかな」
「……白猫だろ、今の俺なら」
「ふふっ、だとしたら、どちらにしても賢いわね」
「ん?」
不思議そうにするベックに、ついクスクスと笑ってしまう。だってね。
「動物は毛色が単色の子は基本的に賢いのよ。保護色を持たないから、賢くないと生きられないの。だからこそ、普通の豹よりも黒豹は警戒心が強いでしょ?」
「成程な。地域のボス猫が単色なのもそれが理由か」
「そうよー。納得した?」
その時部屋に置いてきた筈の首輪が、私の首に装着されてしまう。何でベックは、毎日色違いで持ち歩いているのかな。
それで行くと、私もボス猫になれる要素はあるのかなと思う。珍しい毛色だったけど、単色に近いもの。
……無理ね、賢くても可愛すぎるから狙われて、体力不足でボスになれないわ。まぁ、なりたいとも思わないけど。
「似合うぞ」
蕩けるような顔でそんな事を言われて、照れそうになる。だからと思って精一杯の反撃。
照れを誤魔化すには、この位しか思いつかないんだもの。でも、いつまでも猫扱いする恋人にはいい薬かも……?
「……私はベックの可愛いにゃんこです。優しくしてニャ」
「ナミ……部屋に帰るぞ」
その言葉と同時に何故か元気になってるソレに気付いて、考えるよりも早く叫んだ私の声で皆が飛び出して来た為に何とか事なきを得た。ベックには、さっきのはナミが悪いと言われたけど……私、何も悪い事してないわよ!
でも、動く度にチリチリと鳴る鈴には皆も喜ぶから、これはこのままでも良いのかな?
そんな事を思うけど、本当に似合うのかな。首に鈴つけてる人間って、可笑しくないの?
うーんと悩んでたら、ルーに口の中に果物を押し込まれて少し噎せる。そんな私に笑いながら水を差し出して来るヤソップに、水を飲んでからありがとうと言えば優しく頭を撫でられた。
けど、そんな私達を不愉快そうに見てるシャンクスは、どうしたんだろう。昨日はお酒呑んでないから、二日酔いじゃないわよね?
「シャンクス?」
「ベックは俺がナミを構うと引き剥がすのに、何でルーとヤソップは良いんだよ!」
「ナミを囲みこもうとしねェからな」
シャンクスはどうやら、ヤソップとルーに優しいベックに思う所があるらしい。やっぱり自分の右腕には、特別待遇されたいのかな?
「ベックお前、心狭いぞ!」
「ナミは俺の、愛猫だ」
「それは……毎晩ニャンニャン鳴かせてるって意味か!?羨ま……ケシカラン!!」
シャンクスの言葉に私が反応してクリマタクトを構えるのとほぼ同時に、モンスターがシャンクスの口にバナナを押し込んで黙らせた。それを見て静まる船内は、直後に大爆笑へと変わる。
「お頭には可愛いモンスターが居るだろ。猿を大切にして、俺の愛猫からは手を引いとけ」
肩を震わせながらそう言うベックは、そっと私に歩み寄るから私は甘えるようにその身体に抱き着いた。そんな私に優しく笑いかけてから、ベックは歩き出すのでそれに合わせて私も動き出す。
どこに行くのかなんて聞く事も無くついて行く私に、ベックは困ったように笑ってから甲板で私を抱き上げる。それに無抵抗で顔を見ていたら、何故か溜息を落とされてしまう。
「少しは抵抗しろ」
「なんで?」
「俺がナミに悪戯するかも知れないだろ」
「ベックが、私に酷い事する訳ないもの。……降りるの?」
何を言ってるのか、本気で分からない。だって、ベックはいつも私の味方なのに。
そう思ってじっとベックの顔を見詰めたら、困ったように笑って肩を竦められてしまう。何か、変な事言ったかな?
「……あァ、この島は桜の種類が多いらしい。ゆっくりと見て回るのも良いだろう」
「そうなの!?春島だからねー。楽しみだわ」
「そう言えば……桜ってのは、何種類位あるんだ?」
「2021年時点では、日本で見られる桜の種類は500種以上あったわね。その中でも特に有名なのが気象庁が開花宣言などの元に使うって理由から
「……ニホン?」
不思議そうに言われてハッとする。それから誤魔化すように桜の大国よ!と言っておいた。
ちなみに桜餅の葉っぱは
そこから関東に広がったと言われています。しかし、資料が古すぎるのでどこまでが真実かは判断が難しい所です。
「……とりあえず、楽しむといいさ」
「ベック、忙しくないの?」
話してる間に島の中を移動されていて、小高い丘の上から目的地を選ばせてくれているベックについ首を傾げたら、可笑しそうに笑われてしまう。こんな時、この人はちゃんと海賊なんだって認識するのだ。
「仕事しかしないなら、海賊である意味がねェだろ。……俺は、ナミとの時間を優先する」
「それ……皆が、困らない?」
「ハハハッ!たまには困ってもいいさ。俺にも、安らぎは必要だ。……充電、させろよ」
そんな事を言われて断れる女が居るだろうか。否、いる筈がない。
真っ赤になった自分を自覚して、そっと距離を取った時吹き付けた強風に煽られれば、即座にベックは私を抱き締めて……そのまま草原に押し倒されてしまっていた。私が風に拐われないように、必死で守ってくれているのだろうとわかるそれ。
だって、私を草に押し付けているベックの指先が冷たくて、腕が微かに震えているから。揺れるベックの瞳を見詰めていたら、不安を隠そうともしない声と言葉が降って来た。
「春一番が春を連れて来る風だと言うのなら、俺からナミを奪わないでくれよと思う。春の女神を思わせるナミだからって、風が俺の春を奪わないでくれ」
「大丈夫よ。私は、何処へ行ったとしても、必ずベックの所に帰るわ」
「ナミ」
「だから、怯えないで。ベックが、私の帰る場所なんだから」
故郷はあるけど、大切な家族も変わらずに愛しいけれど、今の私が帰るべき場所は……賢くて臆病な、優しくも残酷なこの
ここが外だとか、そんな事を気にする余裕も無いままに。強くて脆いこの人を、癒したいと思ってしまったから。