※この作品はR-18です。

助けIFシリーズ   作:夢枕 七変化

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忘姫(side)

 基本的に俺の島から出る事のないナミから、何か仕事の他にやりたい事は無いのかと聞き出す為。その為だけに旅行を兼ねた視察に向かう事にした。

 先日何とか恋人と呼べる関係になったとはいえ、まだまだ遠慮ばかりなナミを甘やかしてやりたいと思っちまうんだから仕方ねェだろう。これが視察とは名ばかりの旅行だと、そう言ったらきっとそれより仕事しなきゃとか言うだろう位には、真面目な奴だと知っているから余計に。

 体格差もあるからと、あの日以降は中々体を繋ぐ事も出来ずにいるが、恐らく求めればナミは全てを俺に差し出してくれるのだろう。それ位には、愛されていると自覚出来ている。

 

 「カタクリ……今日は何処へ行くの?」

 「り……視察だ」

 「視察……成程……。ねぇ、この辺りの海図ってある?」

 「1応あるにはあるが、もう古いからあまり役立たねェぞ」

 

 俺の言葉にそうなの?なんて言って笑うから、部下に指示を飛ばして1応持って来させる。それを見た瞬間に変わる気配と、真剣な表情で海と海図を見比べるナミの姿に俺は思わず見惚れていた。

 優しい暖かな姿は愛しく思う。だが、こうした仕事に真剣な姿や敵を前にした時の、抜き身の刀を思わせるその姿に魅了されている。

 

 「確かに間違ってるわね。後で新しく描き直して渡すわ」

 「……それは、ママも喜ぶだろう」

 

 実際はただの旅行のつもりだったが、そんな事を言えば申し訳ないとか、帰って仕事しましょうとか言い出しそうで、楽しもうと言う事が出来ない己のヘタレっぷりに肩が落ちる。そんな俺に首を傾げたナミに、俺はそっと手を伸ばして、軽いその身体を抱き上げて見え始めた島を示す。

 

 「とりあえず、今夜はあの島に行くぞ」

 

 俺の言葉に頷いたナミは、ぎこち無い笑みを浮かべた。何かあるのかと心配で顔をじっと見詰めれば、いつもの癖でお金持たずに来ちゃったのよなんて言うので、いつもはどうしてたのかと少し思う。

 それについて少し話をすれば、海賊からスって金を得ていたと言われて、ただの小娘じゃ無かった事を思い出す。まァ……今後は俺がいるのだから、妙な事も危険な事もさせるつもりは無いが。

 そうして到着した島で、ナミを歩かせる為にでさえ手放すのが惜しかった俺は、その小さな身体を抱いたまま移動する。少しのんびりとした時間を過ごしたいのもあり、ナミが好みそうなBARを選んで入れば、昼間から良いの?なんてナミが少し嬉しそうに声を弾ませた。

 どうやら喜んで貰えたらしいと分かれば、個室になっている席へと足を進める。夜景が綺麗だと聞いてるから、ゆっくりして行こうと言えば、少し幼い笑顔で頷かれた。

 酒を頼み、それが運ばれて来るまでナミが楽しそうに紡ぐその声を聞いていた。その内に盲目のバーテンが1人姿を見せて、酒を作り始めればナミがここによく来るの?なんて言って微笑む。

 来たのは初めてだが、縄張り内だからなと答えればナミは行き届いてるわねと言いつつ、次々とグラスを空けていく。よくあるカクテルなんてのは、ストレートやロックに比べてその度数を半分以下に減らすと言うのを考慮しても、おかしいと言いたくなる量をナミは平然とした様子で呑んでいる。

 入った時は昼間だった筈の景色は、いつの間にか満天の星空が眼前に広がるように変化していた。時を忘れて呑みながら交わされる会話は、本当に他愛のないものばかりだ。

 そんな時ナミがメニュー表を見て、その瞳を微かに揺らした。メニュー表を覗き込めば、ナミとは無縁そうなノンアル系の物が名を連ねていると気付く。

 ……名前だけならば、ナミと合いそうだがな。確か、色もナミの髪の色だったかとPussyfoot Cocktail(プッシーフット・カクテル)の表記を見て思う。

 

 「私の書いた作品に〝白雪姫〟って言うのがあるのは知ってる?」

 

 問い掛けられたそれに頷けば、ナミは嬉しそうに笑った。それに内心ドギマギしつつどうかしたのかと問いかければ、その答えがナミから返るより早く赤いカクテルがナミの前に差し出される。

 それを手にして幸せそうに呑む姿に、楽しんで貰えているのならば充分かと思う。だがそんな中で、アルコールで湿ったその唇が、誘って居るように見えるのは俺が飢えているからなのだろうか。

 

 「騙されて毒の林檎を食べさせられたお姫様は、王子様からの優しいキスで息を吹き返すんだけど……まぁ、実際には有り得ないわよね」

 

 何処か諦めたような言い方に少し切なくなる。ナミは何故、すぐに諦めてしまうのだろうか。

 諦めなければ生きられなかった……と、そう言われればそれ迄だが……。もう、誰にも縛られる必要等無くなっていると言うのに、どうしてこう常に1歩以上引いているのだろう。

 

 「好きな人からのキスで目覚めるとか、憧れるわ」

 「キスで毎朝起こしてやろうか?」

 

 軽く言ってみたそれに、ナミは微笑んだ。本当に嬉しそうに。

 それから鈴が鳴るような声で、悪戯な言葉を向けて来る。その愛らしさと色気の混合技に、俺は太刀打ち出来そうにない。

 

 「……お願いしちゃおうかな」

 

 それに喉が鳴る。本気で実行するかと考えた時、ナミがフラリと立ち上がり風に当たってくると言う。

 それでも、その動きがなんとも言えず不安を煽る。咄嗟に腕を掴もうと伸ばした手は、けれども空を切りスローモーションのようにかしいで行く身体を、何故か支える事が出来ずに、力無く倒れる姿を見る事になった。

 結果として頭部を強打したナミに、俺は慌てて駆け寄る事になる。頭を揺らさないようにそっと抱き起こした俺に、震える指先が触れて、縋るように焦点の合わない瞳で俺を見ながら言葉を紡ぐナミに、背筋が冷えた気がした。

 

 「どうか……かならず、迎えに、き……て」

 「ナミ!!」

 

 何が起きているのかと思うが、盲目のバーテンがそれに即座に動きを見せた。カウンターの内側から飛び出して来たと思ったら、見事な土下座をしてみせたのだ。

 話を聞けば、この島では恋人と訪れた者の中から時折こうした事態に陥る者が出るらしい。その状態でこの島から離れると、良くないと言う事だ。

 そうなれば仕方ない。即座に用意された部屋に案内される事となれば、口元を隠してナミを抱き上げ移動するのは当然の事だった。

 用意された部屋でナミを診た医者は、コブの他は肉体的な問題は無いと告げる。だとするならば、この島特有の問題とやらだけかと溜息を落とし、覇気で辺りを探り得た情報を精査すると見えてくるのは、ナミから記憶が無くなっているだろう事実。

 ……俺を覚えてないとしても、特に何が変わるとも思えねェがな。そう思いながら、2人になった部屋でナミの頬を軽く撫でる。

 それから少しして目覚めたナミは、ゆっくり身体を起こすと俺を不思議そうに見て、部屋の中を見て、小首を傾げた。そして、俺に視線を定めるとベッドの上で頭を下げた。

 

 「何処のどなたかは存じませんが、私(わたくし)を保護して下さったご様子。感謝致しますわ」

 「ナミ……」

 

 口調も気配も変わっているそれに、思わず名を呼べばナミは顔を上げてどうして名をと、音にせず唇の動きだけで伝えて来る。その瞳に戸惑いと微かな怯えを見て取り、こんな弱い姿を初めて見たと衝撃を受ける自分を感じた。

 それでも触れたくて、その温もりが本物である事を確認したくて手を伸ばせば、それに怯えを見せるナミに息を飲む。……何が、記憶がなくても変わらないんだと、今し方の自分の思考を苦々しく思う。

 何時もが悪戯で強気な猫ならば、今は全てに怯える兎のようだ。と……そんな事を思いながら、その華奢な身体を抱き寄せる。

 

 「な、何をなさいますの!?」

 「ナミ……」

 

 抱き締めていると、戸惑い怯えていた兎がナミだと認識してしまう。態度が、気配が、口調が違っても……その瞳に宿る愛したその色が失われていても……香りも、温もりも、肌触りも、全てがナミだ。

 まるでナミの身体に、別人が入っているようだと詮無い事を考えた時、ナミの声でナミとよく似た雰囲気で、言葉が紡がれた。それに思わず視線を向ければ、いつもの眼差しとよく似た瞳が俺を包んでいる。

 

 「何を、悲しんでおられるのですか?私を、ご存知なのですか?」

 「……恋人に忘れられて、落ち込まない男は居ないだろう」

 「こい、び……!?」

 

 顔を真っ赤に染めて、動揺するその姿はなんとも唆られる。あァ、忘れていても、口調が変わっても、本質は変わらないのか。

 そっとその頬を両手で包み、ナミと視線を合わせれば潤んだ瞳が俺を見つめ返して来た。顔や容姿で惚れられるとは思えねェから、忘れていても何か感じる所はあるのだろうかと思えて少し嬉しくなる。

 

 「思い出すか、試しにキスでもしてみるか」

 「キッ……!?」

 「……キスでその反応は、流石に始めてたな。ウブなナミも可愛いが……許可を出して欲しい」

 

 無理矢理するのは趣味じゃねェと、そう続けた俺の言葉に、顔を背ける事も出来ないナミは、キュッと瞳を強く閉ざした。それから、蚊の鳴くような声で試して見ますと言う。

 それに気分が良くならなかったと言えば、嘘になる。戸惑いと怯えは残っていても、その瞳に明らかなる欲情の色が見え隠れしているのも気分を良くする理由だろう。

 

 「ナミ……そのまま、瞳をとざしてろ」

 

 そう言って唇を重ねれば、辿々しいその反応が本当に何もかもを忘れているのだと伝えて来る。俺の愛しい女は、何処をさ迷っているのか。

 迎えに来いと言うなら、居場所の1つくらい言いおいて行けと、少しばかりの苛立ちを口付けに乗せた。それに息苦しそうにしていたナミの反応の中に、俺のナミを求めて探し回る。

 

 「はっ……ぁ……」

 

 唇の隙間で喘ぐナミに、早く帰って来いと祈るように、縋るように口付けを幾度も繰り返す。角度を変えて、強弱を変えて繰り返すそれの途中、ナミの反応が変わった。

 それにまさかと思いながらも、今はこの唇から離れたくは無かった。甘く優しいその味を堪能したい。

 

 「んっ……ぅ……!」

 「ナミ……」

 「カタクリ……」

 

 唇の隙間で名を呼べば、呼び返してくれる愛しい声。あァ……俺のナミが帰って来た。

 そう思って強く抱き締めれば、少しばかり苦しそうにしながらも、甘えたように胸に頭を預けて来るからそれにホッと息を吐き出す。もう何処にも、いかないでくれ。

 

 「カタクリ…… 私(わたし)ね、きっと……何度忘れても、何度でもカタクリに恋をするわ。だからお願い、何度でも迎えに来てね」

 「……今度から、何処に居るのか伝えて行け。迎えに行く先が分からねェよ」

 「カタクリも、そんな冗談言うのね」

 

 そう言ってクスクスと笑うナミだが、本気だよ馬鹿。そう言いたくて唇を薄く開いた時、今日のメリエンダがまだだったと思い出す。

 それにより微かに苛立ち始めた俺に、ナミはドーナツとか、用意して貰いましょと笑った。いつもと変わらぬ、穏やかで優しく、温かなそれに俺が頷くのとナミが電伝虫に手を伸ばすのは同時だった。

 メリエンダが終わってからも、折角だからゆっくりしようと言って部屋から出て来ない2人に、部下達が騒ぐのにそう時間は掛からなかった。だが……それでも、2人の蜜月を壊せる者も存在しない。

 童話よりも甘い二人の時間は、始まったばかり。めでたしめでたしな終わりは、日々更新されて行くのである。

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