助けられていたら
村を見てから帰ると言って魚人を船から追い払ったものの、体はもう動きそうにない。その場で崩れ落ちる体に、休む暇なんて無い筈だと叱咤するけど、指の1本だってまともに動かせはしない。
その時怒号が聞こえて、霞む視界の中で必死にその元を探す。すると初めて見るのに、何故か知ってる姿が視界に飛び込んで来て、全身に緊張が走った。
あの旗印と、あの風貌は……!
どうしてこんな所に、このレベルの海賊団がいるのよ!
村だけは……家族だけは守らないとと、震える体に力を入れて立ち上がれば兵隊か鎧かは知らないけど、それがこちらに視線を向けて来た。私は深呼吸してから、真っ直ぐにそれを見据える。
目的如何によっては、対応の仕方が変わるわ。四皇を敵に回そうとは、アーロンも考えないでしょうから慎重に確認しないとね。
「女、ここはどの海域か教えろ」
「ここは東の海です。導きの灯を目指すのであればローグタウンまでの海図をお渡ししますので、早目に出て行ってください」
どうやら遭難しただけだとわかれば、早々に引き取って貰いたいと考えて何もおかしくはないだろうと思う。もう少しで解決するのよ、こんな所で二次災害なんかに見舞われるのは御免だわ!
「……東の海だァ!?」
叫ぶような怒号に、クラッカーだったかな?の仲間達が竦み上がる。何か問題が起きてるらしい。
「船に、問題が?」
「……舵が効かねェらしい。海図はあると言ったな。船大工はいるか?」
「残念ながら、この船には私しか居ませんので……」
その言葉に反応して、鎧姿でも恐らく本人だろうクラッカーが歩み寄ってくる。あんなに動きにくそうな姿なのに、船から船への移動は苦にならないらしい。
「それだと海図の正確性はどうなんだ」
「それは問題無いわ。いつ出航できるか分かったら教えて、すぐに用意するから」
「試しに1枚見せてみろ」
言われてみれば確かに必要かなと思えたので、持ってくるわと言って船内に入る。ルフィ達といる間、1枚も描かなかった訳じゃないもの。
体力的に限界なのもあって、口調が乱れる。敬語を貫き通せない自分が、何とも情けない。
そんな考えを振り払いながら、数枚描いておいた海図を手に甲板に戻ると、物珍しそうに船を眺めている姿が何処か可愛く思える。いつもの見慣れた船と違うから、興味深いのだろうと言う事が分かるのも当然ある。
私が近付けば、無言で視線を向けて来るクラッカーに私も無言で海図を差し出す。それを受け取ったクラッカーは1瞬動きを止めて、喘ぐように問い掛けてくる。
「これは、誰が描いた?」
「……私だけど?」
「俺と共に来い。こんな所で埋もれさせるには惜しい能力だ」
「私は、見ての通り既に他の海賊団の幹部なのよ。ついでに言えば、ここはその海賊団の縄張り。妙な事言わないで」
アーロンの次はビッグマムとか、どんな嫌がらせよ!?
叫びたくなるのを抑えてふんっと鼻で笑いながら、1度描いた海図ならまたいつでも描けるから返せなんて言うつもりもなく、私は船を降りようとクラッカーから背を向けた。その瞬間その巨体からは、想像も出来ない速度で動いたクラッカーに抱き込まれてしまう。
何をと振り向きざまに睨み付けてみても、この〝鎧〟さえ私の力では砕けはしない事位分かってる。何が目的なのかと睨み付ける事が唯一できる事だなんて、悔しいなんて言葉じゃ表現しきれはしない。
「お前、名は?」
「……答えたら離してくれるの?」
「質問に質問で返すのは、感心しねェな」
「……答えた場合の対価によっては、答えてあげてもいいわよ」
ふふんっと笑えば、クラッカーは私を解放してケタケタと笑い出した。それから何の前触れも無く、悪魔のように囁く。
「……助けてやろうか?」
「え?」
「そのマーク、新世界に生きてりゃ嫌でもわかる。七武海のジンベエ、あれと袂を分かった奴等だろ」
まさか……。マークだけで、わかるの?
「妹に魚人がいるから、情報は多い方でな。人間を幹部に据えてるのは、道具としてるか、玩具にされてるかだろ。その気の強さから見れば、何か弱味でも握られていて逆らえねェって所じゃねェのか?」
……そっか、この時はまだ、ジンベエとビッグマムに繋がりがないから妹さんは普通に共に生活してるんだ。どうする、いや、どうしたらいい。
ここで突っぱねて、アーロンがどう動くか。ここで助けを求めて、その後どうなるか。
…………答えなんて、1つしかない。私は、ベルメールさんと、ノジコと、皆が生きていてくれるなら、他に欲しいものなんて無いもの。
皆を護れるなら、他には何も望まない。だから私は顔を上げる。
強気に、弱さなんて何処にも無いように。簡単に信用していい相手じゃないし、誰かを頼って絶望するなんて無駄な事したくもない。
それでもチャンスの可能性があるのならば、それを棒に振る訳にも行かない。ならば、様子を伺って判断するしかない。
「……〝鎧〟に身を包んだままなんて、随分とフェアじゃないわね」
「賢すぎる女は、長生き出来ねェぞ」
「……そんなもの、望んだ事ないわよ。それで?私を〝助ける〟その〝対価〟として何を望むの?」
私の問い掛けに対して、クラッカーは鎧の中で楽しげな声を響かせる。クラッカーの鎧が無表情だから奇妙に見えるけど、そこは仕方ない。
「お前の名を教えろ。そうしたら助けてやる。その先については、それから交渉でいい」
「……どう、して?」
「お前が、気に入った。その高過ぎる能力も、体調の悪さを隠す意思の強さも、挑発的で生意気な眼差しも、何もかもな。だから、助けてやる」
私の膝から力が抜けて、嘘でも……助けてもらえるかもと思っただけで涙が勝手に溢れ出す。それは、留まる事を知らないかのように溢れ出て……。
「今濡れると、弱くなるから……泣くな。おい」
困ったような焦ったような声で……それから鎧を脱ぎ捨てて、クラッカー本人が私を抱き締める。その体温の高さに、生きてる人なんだなと妙に安心してしまう。
泣き止まない私を叱る事もなく、好きに泣かせてからクラッカーはそっと額に口付けを落として来た。そして、少し凶暴な眼差しでアーロンパークを見た。
「すぐに終わらせてきてやるから、帰ったら名を聞かせろ。続きはその後だ」
「名前、後で良いの?」
「……お前のその涙には、その位の価値はある」
それからまた鎧に身を包み、大量の分身のようなビスケット兵と共に足を動かした。それから瞬く間にアーロンパークを破壊したクラッカーに泣き笑いを見せた私が、何かを言うより先に力強いその腕に閉じ込められた。
それから船が直るのに時間はさ程かからず、その間に荷物を纏めさせられた私はクラッカーと共に故郷を後にした。コノミ諸島は現在、ビッグマム海賊団の縄張りへと変わっている。