甲板にて入口を塞ぐように座る俺を素通りして、ニュースクーが船室の窓に止まるのか見えた。ナミに呼ばれたか、ナミに用があるのかは知らぬが新聞配達ですらナミにしか行わぬのは、職務怠慢では無いのか。
中を覗けばナミは楽しげに鳥に餌を与えていて、この動物好きがと内心で悪態ついてみる。そうしてみた所で、ナミが愛しい事も含め何にも変わりはしないのだが……。
カモメから受け取ったらしい荷物に手紙が添えられているのが見えて、それに手を伸ばして中をさり気無く読み始める。プライバシー?そのようなものナミには不要だ。
『ナミへ
バレンタインの贈物にブレスレットくれたのは、私があげたヤツのお返しだったのかな?
大切に使わせて貰うね。それでお返しに蜜柑の花の髪飾りにしておいたから、気が向いたら使って。ナミは髪長いから、使い勝手もいいと思うんだよね。
楽しくやれよ!ノジコ』
……姉からか、それならば仕方あるまい。それにしても、ブレスレットか。
ナミはネックレスの代わりにあの邪魔なカモメを呼ぶ為の笛を、俺は短剣とナミに貰った石をつけている。……そうか、それも良いかも知れぬな。
何も身に付けていない空いている手首を見れば、そこに己の贈った物を身に付けてもらうのも悪くは無いと思える。それにしても姉が相手では、妬く事さえ出来はせぬな。
その時俺の口に甘味が広がる。何だと犯人を見れば、特別よなんて笑っている姿に溜息が落ちた。
言葉を返せば嬉しそうにそうでしょと言うナミに、言いたい事は色々あるが言葉に出来ずに終わる。そんな俺にナミは例のマシュマロを入れて蜂蜜をかけた珈琲を差し出して来たので、それを貰って飲む。
……美味いな。そう思って視線を向けるとナミは窓から外を眺め、小さく笑っている。
その横顔に見惚れ、毒されているなと自嘲した。そうして飲み干したカップを残して甲板に戻れば、行先は1つ。
ナミには、どのような宝石を贈れば喜ぶだろうか……?
ホワイトデー当日に到着したその島にナミを伴って降りれば、人がいるわ!等と言う。
基本的に人の居る島を避けているからか、買い物や報告の為に人のいる島に立ち寄った時の反応が顕著だ。そんなナミを抱き寄せてキスすればいつも静かになるので、此度もそのようにしてその合間に命じるように言葉を告げる。
「俺以外の男に視線を向けるな。向けたならば、その相手を切り刻む」
「……ミホーク、無理言わないでよ」
何処に無理がある。俺だけを見ていれば問題など無かろう。
そう思いながら再び口付ければ、俺の胸を必死で叩いて来るので仕方なく離してやる。我儘な奴だ。
「俺だけ見ていれば良い。無理等何も無い」
「もう!ヤキモチ妬きー!」
「ナミに対しては、余裕等持ち合わせるつもりは無い」
「冗談の、つもりだったのに……」
少しその瞳を揺らして呟いたナミを見て思うのは、余裕がないのでは無く、持ち合わせようという気そのものが無いのだと言う事。なのでそう答えれば、ナミは真っ赤になって俺の腕にしがみつく。
本当に愛らしいなとその頭を軽く撫でて、額に口付けてから歩き出す。湯だり切ったナミはただ俺の動きに合わせるように着いてくるだけだが、それで構わぬ。
それにしても、女であれば宝石だけを売りにしているこの島のそれに瞳を輝かせるかと思ったが、目利きができるだけで余り興味は無いのか反応が薄い。まさか宝石=金とでも考えているのではなかろうな?
「好みの宝石は無いか?」
「ひゃい!?」
……何か考え事でもしていたか。成程、それでは歩いていて全く反応もない筈だ。
そう思った直後に俺の顔を見て、即座に俯くその様子からどうやら俺の事を何か考えていたらしいと知り素直に嬉しくなる。そんな時視界の端に映ったのは、円錐形のダイヤモンドだ。
「店主、それは随分珍しい形をしているな」
「あァ、コレは原材料でして、これを輪切りにしてそれに記念日やメッセージを彫り込むようになっております。当店はダイヤモンドの彫刻刀等を用意してありますから」
「ならばそれを少し売ってくれ。ブレスレットにしたい」
「それでしたら円錐のサイズ違いがいくつか御座いますので、手首を拝見出来ますか……?」
言われてナミに視線を向けると、不思議そうに俺を見てくる。今の会話を聞いていなかったのか?
そんな俺達を見た店主は奥から細い円錐を持って来て、厚みについて聞いてくるので文字とマークを入れてもらいたいと言えば1.5~2cmで如何でしょうと言われた。その為、ナミの手首を見て1.5の太さになるように言えば、カットに20分程と言われたので線の入ったそれを借り受けて即座に切断してやる。
それから俺の名と海賊旗のマークを入れて、内側にbeloved aspirationと入れるように紙に書き出す。そして、青緑の石……スフェーンを1つ手に取りそれを埋め込むように指示すると同時に、金を適当に投げ渡せば金額を見て多いとか言うが、構わぬ。
「どれくらいでできる」
「急ぎますので1時間程頂ければ!」
「ふむ……店主、この近辺に、カフェか果物を扱う飲食店はあるか?」
「フルーツ系の甘味処でしたら、隣の大通りに御座います。今1筆書かせて頂きますので、それをお持ち頂ければ並ばなくとも入店できるかと!こちらが完成しましたら、そちら迄お持ちします!」
それに頷きナミと共にその店へ向かえば、未だ理解出来ていない様子のナミの額を軽く弾く。そんな俺に痛いと言って、恨みがましい視線を向けて来るナミは少し幼い。
そういった幼い反応をしてみせる相手が限られてるからこそ、それを見ると嬉しくもなるのだがナミはそれを理解出来ぬらしい。甘味処に到着と同時に、店員に宝石店から渡された物を差し出せば、即座に席に案内された。
見晴らしの良いテラス席に腰掛けるとナミにメニューを差し出し、俺もメニューに目を通す。種類が豊富だな。
「好きな物を食せ」
「ミホークが食べたいだけでしょ?……あ!ここ、パフェ系が強いのね。あら、シャーベットも全てフルーツから作ってるみたいよ!」
メニューを見て瞳を輝かせるから、俺も幾つか頼みつつナミが選ぶ姿を眺める。色々と考えている様子なので、幾つ頼んでも構わぬと言えば、そんなに食べられないし食べたら太るわ!と怒り出す。
怒るナミを眺めながら、俺の分を幾つか注文する。飲み物は甘くない方が口直しには良いか。
「少し太れ。最近細くなり過ぎている。……毎晩消費が激しいのだから、こんな時に少し太るくらいが丁度良かろう」
「……っ!?だ、誰もそんなの望んでなっ……!」
「……望んでいる」
「誰が!?」
「俺が、ナミを所望している」
その瞬間に俺の頼んだ物を持って来た店員とナミが顔を真っ赤にして黙り、店員は無言のままに商品を置いて行く。並んだそれらを見れば、美味そうだとそれの1つに手を伸ばし……そうかと思いつく。
「悩んでいる物全て頼め。ある程度食べたら残りは俺に寄越せばいい」
「……いいの?」
「あァ、甘い物ならな」
「ありがとう」
そう言って幾つか頼んだナミにケーキの欠片をフォークに刺して差し出せば、戸惑いながらもそれを口にする。そして、嬉しそうに笑うから甘味の少ない飲み物をナミに頼んでやりながら、次にシャーベットをスプーンに乗せて差し出す。
それは素直に口にした後で、小さく美味しいと言うのでそうかと返して残りを食べて行く。そんな俺にナミが、どうして分けてくれてるのなんぞと聞いてくる。
「ナミからも貰うのだから、俺のも少しは味を楽しめ。最近、疲れた顔をしているからこれでも気にしている」
「いや、ミホークが私にもう少し手加減してくれたら、そんな事にはならないのよ?」
「……充分加減しているつもりだが?」
「あれで!?」
「全力を望むなら、半月は篭もれるぞ」
「え、遠慮させて下さい。お願いします。私が死にます」
「さもありなん」
俺がそう言って笑えば、ナミは耳まで赤くしながらそれも1口頂戴とか言ってくる。それに合わせてスプーンを向けていれば、時間の経過など無いのと同じだ。
そこに先程の店主が顔を見せて、俺にブレスレットを差し出して来るので確認する。ダイヤモンドで作られたブレスレットには、俺の印と名が刻まれスフェーンが散りばめられるように埋め込まれて居て注文通りだと納得した。
これで迷子札代わりにはなるだろう。スフェーンには永久不変の意味があり、色は海の色だからこそナミに贈るには良いと思えたのだ。
ダイヤモンドのそれの裏側には、最愛の希望と刻んだが……ナミはこれをどう見るか。そう思いながら、姉からの贈り物を身に付けていない手にそっと嵌めてやれば、驚いたような顔をしてからありがとうと微笑んだ。
その段になり店主がそっと1つの箱を差し出して来て、何だと視線を向ければくり抜いた内側のダイヤモンドで小さなメッセージの板を用意したと言う。くり抜いた残り等適当に砕いて売れば良かろうにと思うが、受取り……それもナミに差し出す。
「ホワイトデーだからな。コレの礼だ」
言いながら石に触れればナミはその瞳を細め、それから箱を受け取ると箱とブレスレットを交互に見て言う。
「両方、貰っていいの?」
「構わぬ」
「この、羽みたいな絵は?」
「俺の海賊旗だが?」
「……初めて、見たわ」
そう言えば船に掲げていなかったなと今更気付き、名を彫っておいて良かったと思う。そんな事を言ったナミは、けれどもその印を指先で愛しげに撫でて、ありがとうと再び口にした。
それから箱を開けて、中身を見たナミが動きを止めてジワジワとその頬を赤く染めていく。何事かと眉を顰めると、震える手で中身を取り出される。
見れば中央に俺の海賊旗が描かれている他、その下には俺の名が刻まれているが、問題は海賊旗の上だ。そこにはまるで当然のように〝Endless Love〟と書かれている。
慌てて店主を見たが既に姿は無く、周りの席からは拍手が聞こえて来る。俺は金をテーブルに置くと立ち上がりナミに声を掛けた。
「食べ終わっているな。帰るぞ」
「え?うん」
突然の俺の言動にナミは驚きを示すので、その体を抱き上げて耳元で囁く。2人になりたいと。
「まだ、明るいわよ!?」
「ナミという甘味を食したくなった。付き合え。……それともこの場でが良いか?」
言いながら首筋に唇を落とせば、可愛く体を反応させながら俺に慌てて抱き着いて続きを阻止しようとする。それを抱えて近くの宿に向かいながら、その距離が有り得ぬ程に遠く感じていた。
ホワイトデーだからと贈物をした所で、本当はただ所有の印を刻みたいだけ。そして、結局はただ恋人の全てを欲しているだけなのだろう。
予期せぬ贈物もあったようだが、偽りでも間違いでも無いのだから構わぬかと男は静かに女を抱く腕に力を込める。女は貰った2つの物を大切そうに見詰めて、朝露に濡れる花のように微笑んだ。