まさかの手違いで東の海くんだり迄流され、漂着した島で見付けたのは、小人のような美少女だった。体調が悪いのかとその動きから判断したが、俺の存在を認識した瞬間に凛と立つその姿に、電撃でも走ったかのような衝撃を受ける。
まるで先程とは別人のように気の強い生意気な女の様相で、それでいて敬語で話しかけて来る女は、さも面倒そうにさっさと出て行けと言う。その様子を見て、もっと他の顔を、姿を見たいと思い……何よりも、欲しい……と、思った。
見た目も良い上に、気が強くて頭まで良い。悪くないなと自分に言い訳していれば、見事な海図を出されてそれもこの女が描いたという。
このレベルの海図を描けるなら、持ち帰る事に問題はねェだろうと判断したが、会話をすればする程、その身に触れれば触れる程、欲しくなる。この小さな体では、俺を受け止める事は出来ないと分かっているのに、欲しいと渇望している自分を自覚して自嘲した。
そうして手に入れる為に試行錯誤して、この俺が告白なんて事をしたのにも関わらず、通じねェ……。それでも〝家族の印〟を入れたいなんて可愛い事を言われて入れてやったのだから、婚約者である自覚はあるんだろう。
そう、信じていた時期も長かった。何かに集中すると飲食忘れたり、寝なかったり、頭は良い癖に鈍くて……戦う能力はあるのに甘い。
この俺が振り回され続け、それでも……気になって、大切過ぎて手を出せねェでいた程だ。そして、バレンタインとかいう日にチョコを渡す勇気は無いから、貰ってと言ってその身を捧げて来たナミとその日から漸く恋人になれた。
その礼にと指輪を贈ったが……プロポーズだと気付かねェナミに、お前の頭ん中はどうなってんだと暴れたくなった。その苛立ちのままに、ナミを壊さなかった俺を誰かに褒めて欲しい所である。
そこに来て漸く、ナミに俺の婚約者としての自覚がねェ事に気付く。その苛立ちで1つの島を占拠して領地を広げた俺は、ママから褒められナミの存在価値が上がった。
いい所を見せたかったのか、お前にも可愛い所があるじゃねェかと言われた。だが、鈍すぎる女に対する苛立ちからだとは死んでも言えねェだろう。
何なんだよこの女はと少しではなく思いながら、それでもナミが可愛く思える時点で俺は相当に重症だろう。ナミと住む為に家を改築させて、蜜柑の木まで植えてやった俺はなんて優しいのか。
……回想していたのは、今が恐ろしく眠ィからだ。俺は楽器を爪弾きながら、呑気に歌いつつ何かを書いているナミを眺めて、今日は作詞だとか作曲だとかをしてるんだなと思う。
そうしてナミの歌声を聞いている内に眠っていたらしく、俺の頭を愛しげに撫でる手の感触で目覚めた。何故か俺の告白を受けても片想いだと信じて疑わなかった馬鹿猫は、そっと歌うように囁く。
「愛しているわ」
それが恐ろしく甘い声である為に、どう反応していいか分からなくなる。そんな俺の額にナミはそっと口付けると、甘えるように擦り寄りながら抱き着いてきて、俺は初心な少年のように固まるしか出来ない。
そのまま俺にお休みと言って、ナミは……寝た。おい……俺の動揺を返せこら。
俺が居ないと眠れないナミだからこそ、寝てくれているその姿に可愛いなと思わされる。だが同時に、何処か物悲しい気持ちにもさせられた。
それから数日後、ママの島に呼び出された俺に珍しく着いてきたナミが、家族に何かを配って歩いているのが見えた。大きな紙袋いっぱいに詰められた、小さな袋に入れられたそれを1つずつ配っている。
怯えたりする事なくママにもそれを渡しているナミに、お前凄いなと少し思う。そして、渡された物を受け取りながら、ママがナミと少し話をした後でその顔に微かな怒りを滲ませる。
「……ナミ!」
「なぁに?」
お前の心臓はダイヤモンドで出来てるのかと、その場にいた大半が思いながらその様子を見守る。明らかに怒ってる様子のママに平然としている時点で、ナミは何かがおかしい。
「何故もっと早く言わねェんだ!準備が間に合わねェだろうがァー!」
「教えたら、私のお祝いみたいにされると思ったからよ。そんなのは嫌!今年は皆に同じ物配ってるだけだし、気にしないで」
「これはお前の手作りだろう」
「そうよ、どうして分かったの?」
キョトンとした顔をしてるナミに、ママは笑う。そして、仕方ねェ奴だと言うとナミを抱き上げて愛で始める。
どうやらママはナミがお気に入りらしい。そして、3日遅れでお茶会をやるぞなんて宣言しているママにナミはやるんだ……なんて呟いている。
……と言うか、兄弟やママにも配ってるのに、何故俺には何も無いんだ。ママ相手だから言えねェが、ナミを返せと心から思う。
「ナミ!」
「クラッカー?どうしたの?」
「まだ……配り終わってねェだろ。早く終わらせちまえ」
そして早く俺に寄越せ。そう思って睨めば、ママに笑われる。
「男の嫉妬は醜いねェ!そんなにナミが俺の傍に居るのが嫌か?」
「……嫉妬じゃねェよママ!ただ、ナミが、粗相しねェか心配なんだ」
「粗相したとしても、お前の嫁だからな……殺しはしねェよ。安心しな」
……どう考えても、安心出来ねェ。そう思い溜息を着いている間に、ナミはやはり何かを配って歩いている。
5つ子や6つ子にも渡していて、何故か全員と仲良しな様子に変な奴だと心から思う。袋の中身が残り僅かになると本当に俺の分はどうなってんだと思うが、聞く事もできねェ。
袋の中身が最後の1つになった時、ナミはペロス兄の元へと駆けていき、それを手渡した。ペロス兄はそれを受け取り、ありがとうと笑うが……ナミ、俺のはどうした。
「ナミッ!」
「クラッカー?本当にどうしたの?」
「……俺のは、無いのか?」
なんて聞き方してるんだ、俺は。もう少しあっただろ!?と自分に憤りながら、いればナミは帰ってから渡すわと言う。
何を配ってたのかと、俺のがあると知ってホッとした俺は漸く考えがそこに至る。その疑問を胸に周りを見ると、どうやらオレンジ色のハンカチらしいと気付く。
それもよく見れば、端に小さくビッグマム海賊団の印が刺繍されていて、俺も欲しいと少し思った。くれないのだろうか。
俺達の家に帰りながら話を聞けば、当然のようにオレンジデーと言う日の話になり、その説明を聞きながら深い溜息を落とす。確かにママの怒りは理解出来る。
叶うなら、前もって聞いておきたかった話だ。当日に知ったんじゃ、何も用意する暇がねェだろうが。
「はい、クラッカーにはこれ」
「なんか、デカイな」
帰宅と同時に渡された箱を開けると、中からはいつものマントの色違いでオレンジベースの物が出てくる。洗ったりしてる時の代替品に使ってなんて笑うナミを、俺はこれも嬉しいがと言葉にはせずじっと見詰めていた。
すると暫し俺を見詰め返してから、ナミは少し待っててと言う。そして即座に裁縫箱を取り出して、迷いのない動きでオレンジ色の布を裁断すると、刺繍を始めた。
その姿を見て、伝わったらしいと思えば、嬉しいような気恥しいような複雑な気持ちになる。兄弟とママが同じハンカチを持つなら、俺もそれが欲しいと思っちまったんだが、言わなくても〝こういう事には〟気付くナミに何だかなと苦笑した。
それから小1時間で完成したそれを手に、ナミがはいっと言って手渡してくれて、ありがとうと言えば楽しそうに笑われた。
「クラッカーも、これでお揃いね。皆家族仲良いから驚いちゃったわ」
「……仲が悪いと思っていたのか?」
「うん。思ってた。でも、クラッカーは優しさを表に出すのが苦手な堅物親父なだけだったのね」
「……どういう意味だ、それ」
「そのまんまよ。クラッカーは、優しい。……大好きよ」
微笑むナミの腕を衝動的に掴んで抱き寄せ、細いその腰を抱けば少しだけ恥ずかしそうにしながらも、俺にそっと抱き着いてきた。小さなその体からは蜜柑の香りがして、愛しいと強く思わされる。
「……俺を優しいなんて言う奴、他にはいねェぞ。それとだ。俺に対してのプレゼントが足りねェ」
「え?2つもあげたのに!?……他に何も用意してな「ナミがメインだろ。早く寄越せ」」
言葉を遮った俺にナミは1瞬面食らった様な顔をしてから、可笑しそうに笑うと無理よなんて言う。何かあるのかと顔を見れば、穏やかな微笑みを浮かべて言いきられた。
「私はもうとっくにクラッカーのものだから、クラッカーにあげる事はもう出来ないわ」
「……なら、俺の好きにするぞ」
「乱暴に扱うと、その……壊れ物だから……すぐに使えなくなるわよ」
「大切に、愛でてやるよ」
そう言って俺はナミをベッドにそっと運ぶ。それに緊張したような顔をするのは、まだまだ慣れてないからだと知っているが、もう止まれそうにねェ。
Happy orange day……愛しいその声だけを聞いていたいと、男は女を歌わせ続ける。女は男が望んでくれる事に喜び微笑むと、歌声の隙間で愛を囁く。
2人を包むように、蜜柑の香りがその空間に充満している。まるで、2人のこれからを見守っているとでも言うかのように。