助けられていたら
魚人をメリーから追い返して、家まで直線で帰れる位置に船をつけた時、見覚えの無い船がすぐ側に付けられたのを見た。それなりに大きなその船である為に、メリーが異様に小さく見える。
なんだろう、この船。記憶にないし、普通ならアーロンに沈められる筈なのに……運良く見つからなかったのかしら?
取り敢えず、引き返して貰わなきゃ。そう思って視線を向ければ、船には見覚えがなかったけど1度見たら忘れようのないルーキーの姿がそこにあった。
あ、関わりたくない。どうしよう、気付かなかったふりとかして良いかな?
でも、当然それは許されなくて見覚えのあるその男は私に視線を定めると、悪魔のような笑みを浮かべた。……実力的にも関わりたくないけど、民間人に被害を出すようなのと関わりたくないと心から思って、船を降りようとした所で能力を使われてしまう。
鉄扇と鉄笛がそれに反応して、それを取られないように押さえたら私が引き寄せられてその腕に収まった。目的が分からなくて、でも、鉄扇も鉄笛も渡してなるものかと睨み付ける。
「何なのよ!?」
「俺を見て顔を顰めた上で、存在を無視しようとした奴にとやかく言われたくねェな」
「関わりたくないの!と言うか、ここは他の海賊の縄張りよ!早く出て行きなさい!」
何なのよ、私は暇じゃ……。そう思った時赤髪の男は突然能力を解除したので、それにより私は甲板に降り立てたので慌てて距離を取った。
けれども男はそんな私を見て、愉しそうに笑うばかりで……背中を冷たいものが走る。それから男は、嘲るように言葉を放つ。
「その縄張りにしてる海賊の便器か?」
「便……?」
「海賊達の性欲処理をお前がしてるのかと聞いたんだ。その臭い、1人の男のモノじゃねェだろ」
言われてる意味が理解できるのと同時に、私は本気でクリマタクトを用いて攻撃を仕掛けていた。体が重いとか、体が熱を持ってるとか、そんなのを気にしてる余裕も無い。
アーロン達に触れられた訳じゃないし、好き好んで抱かれた訳でも無いし、何より……初対面の人間に馬鹿にされる謂れはない!人の話しは聞かないし、無理矢理移動させた上に、人の事を貶めるなんてっ!
私の攻撃を、本調子ではないとはいえ3割以上の確率で躱して、残りは攻撃を受けても何故か反撃してこない事に違和感を感じる。何だろうと思った時、私の体にガタが来た。
膝から力が抜けてガクガクと文字通り膝が揺れて、カクカクとした動きで倒れそうになる。それを男は支えて、耳元で囁いた。
「……そんなに怒るとは思わなかった。悪かったな……プライドを傷付ける意図は無かった」
……この男、キッドだったかしら?彼が謝るなんて想像もしてなかった。
民間人に多大な犠牲を出して、好戦的で、血の気が多くて、短気で、見た目からしてちょっとお近付きになりたくない感じで……悪辣な……。その時、支えるように抱き締めていたその腕に力がこもったのが分かった。
「……言って、くれるじゃねェか」
「え?声に、出てた?」
「民間人に多大な犠牲をから、全て口に出てたなァ?」
「ファファファファ!言い得て妙だ。仕方ないだろう、キッド」
「キラー、てめェどっちの味方だ!?」
耳元で叫ばないで欲しい。五月蝿い。
耳も痛いし、なんか……気持ちも悪い。警戒しなきゃいけない筈なのに、体が勝手に力を抜いて甘えようとするのを感じて、必死で気を引き締める。
「先に言いたい放題したんだ、言われても仕方ないだろ。気に入ったからと、虐めたキッドが悪い」
「キラー、てめェ……」
何を、言ってるの。コイツら……?
それより、鎮痛剤とか、諸々飲ませて欲しい。薬で誤魔化せば、まだ何とかなる筈だから……。
「離して……」
「あ!?」
「私、忙しいのよ。ルーキーと呼ぶ事もまだ出来ないような海賊団に、関わってる暇なんて無いの」
「そうだよなァ。ナミに暇はねェ筈だよな」
私がそう言った時、聞き慣れてしまった、聞きたくもない声が下から聞こえてきた。緩慢な動きで視線を向ければ、やはり船を見上げるように立っていて……。
「帰りが遅いから迎えに来てみれば、何をそんなガキ相手にしてやがる」
「……五月蝿いわね。私が何処でどんな男と何をしていようと、アーロンには関係無いじゃない」
キッドの腕を振り払い立ち上がると、小馬鹿にしたようにアーロンに笑いかける。ふらつきそうになる体をクリマタクトで支えて、熱のある体を利用して気怠げな様子を見せればアーロンが怒りに瞳のそれを変えた。
「……私とアーロンは、ビジネスで繋がってるだけ。とやかく言われる筋合いは無いわ。当然、怒られる必要も無い。そうでしょ?」
「だが、お前は俺の物だ。それは分かってるだろう?」
アーロンの言う〝物〟は、恋人とかって意味じゃなくて、素直に道具って意味だと理解してる。でも、どうしたって不快になるのよ。
アーロンがこの体に、最近異様な執着を見せてるのは分かってるから……。でもね、この体に、アンタ達だけは触らさせない。
それくらいなら、契約書だってあるんだから、舌噛んでやるわ。勿論……その時には、短剣で襲った奴の命を奪う努力はするつもりだけどね。
わざとらしく呆れた様子で溜息落として、アーロンの方へ歩き出したら背後から2の腕を掴まれた。驚いて振り向くとキッドがその腕を引っ張るから、バランスを崩して倒れ込んでしまう。
それを受け止めるフリをして、キッドは私の唇に己のそれを重ねてくる。何をと思った時、周りからはまだキスをしてるように見える様な状態で、低く囁かれる。
「……話、合わせろ。助けてやる」
なんで……?
思わず凝視する私に、キッドはニヤリと笑うと私を胸に抱き込みアーロンを挑発する。私は、意味が分からなくてただキッドを無言で凝視してしまう。
「ナミはお前の〝道具〟だろうが、俺の女なんだよ!だが、俺は共有するつもりはねェ!てめェら、行くぞ!」
戦いを喜ぶ男達は鬨の声をあげて、アーロン達に挑み掛かる。私を甲板に1人残して。
力無くその場に崩れ落ちた私の傍には、誰も居ない。全員が嬉々として戦いに身を投じているのだ。
ただ、戦いたいだけなのか。それとも、女を道具にするのを嫌う性質があるのか。
どちらにしても、もしこれでアーロンが負ければ……。もしかして、私は、自由になれる?
ベルメールさんやノジコ、ゲンさんにドクター、村の人達は……助かるの?
混乱して、何がどうなってるのか分からない。でも、期待してしまう。
関わりたくないと心から思っていたのに、感謝しても良いような、そんな気持ちにさせられる。どうしてこう、上から目線なのかと自分でも思うけど、なんでかキッドに素直にお礼を言いたくないのよね。
次第に血腥いそれが風向きなど関係無く届くようになり、吐き気と共に体が震え出す。どうにも、スプラッタとか苦手なのよね……。
ルフィは殴り飛ばす戦い方だし、私は棒で殴る戦い方、ウソップは狙撃で、サンジ君は蹴り、ゾロは最低限斬るだけで無駄な血は流さないからスプラッタにはならない。だから、自分がそれを苦手としてるって事にさえ今まで気付いていなかった。
……いや、怒りとかで感情のそれが振り切れてれば大丈夫なんだけど、そうじゃない時は結構キツイ。キラーの戦い方なんて、明らかにミンチ肉作ろうとしてるようにしか見えないし、本当に苦しい。
血の臭いだけなら問題ないけど、肉の臭いとかがそれに加わって、更にはそれが潮の臭いと合わさるともう……。嘔吐きそうになりながらそれを耐えて蹲る私に、血の臭いを充満させながらこの船の主達が帰ってくる。
その手には何故か私の海図があって、キッドは悪人面に凶悪な笑みを浮かべつつ、私に視線を向けて来る。本当に、何だと言うのか……。
「ナミが、描いたんだってな?……うちの測量士になれ」
「嫌よ。私はもう、誰にも使われる気は無いし、本来私は測量士じゃな「俺の女として、連れて行かれてェのか?」」
どう言う、意味よと睨み付ければ、キラーが呆れた様子で私とキラーを見た。そして、キッドの肩に手を置いて何かを告げると、キッドが驚愕の視線を向けて来た。
「……嘘だろう?」
「何が?」
「益々面白ェじゃねェか、なんだその鈍さ」
「キッドがそれに耐えられなくなり、殺す未来しか見えないが?」
「キラーはいつから預言者になったんだ?あァ!?」
どうしていちいち凄むのか。やってられないと立ち上がった時、キッドが言った。
「この島を破壊し尽くしてやろうか?」
「……私を、本気で敵に回したいみたいね」
この坊主、何をほざいてる。ベルメールさんとノジコの敵は、世界の敵!存在価値も無いわ!
「……ナミが俺と来るなら、何もしねェよ。今のお前に、俺は倒せねェ。それくらい分かるだろ。自分の体1つ満足に支えられねェ癖に、よくそこまで強がれるもんだ」
指摘されるまでもない。勝てないのは、分かってる。
でも、ベルメールさんとノジコの為なら、この命棄てる事に……って、どうして1緒に来いって言い続けてるの、この男。
「私は測量士じゃないわよ。測量出来るだけ」
「……なら、ナミは何なんだよ」
「航海士よ。操舵も簡単なのとか力の要らないものなら出来るけど、本職は航海士」
「……副業でこのレベルかよ」
そう言いながらキッドは私に歩み寄り、距離を詰める。それを動くのもつらいからと眺めていれば、顎に指をかけられて無理に顔を上げられる。
「俺の航海士になり、俺を導け」
「ラフテルまで、行くつもりなの?」
「……あァ、そうだ」
「私に、利点があるようには思えないけど」
「この島には手を出さねェし、お前を害する事はしねェ。望みがあるなら、叶えてやる」
互いにそこから暫し無言になる。そして……私はその手を振り払い、キッドを見据えると小さく頷く。
「交渉に応じてあげるわ。……結果的に、村を救ってもらった訳だものね。恩返しはちゃんとするタチなのよ、私は」
そうして私は、交渉の末蜜柑の木数本と共にキッド海賊団の航海士となった。この時の私は、キッドが能力を求めているのだとしか本当に考えていなかったし、まだ見ぬ世界への希望で頭がいっぱいだった。
波間の向こうを目指して進む船が、どれ程に血腥かったとしても、私がキッド海賊団と共に先へ進む事に、躊躇う事は許されないと分かっていた。