特に波も高く無く、穏やかな海域であった為、俺は甲板で1人船を漕いでいた。とは言え誰かが近付けば、勝手に体が目覚めてしまうのだが……ナミだけは別だ。
浅い眠りを深くするだけでなく、ナミが相手では何か悪戯をされたとしても寝ている事が多い。それくらい……ナミに溺れている。
いつだったか長くは無い俺の髪で、勝手に小さな三つ編みを幾つか作られていた事があり、そのお返しにと可愛がってやった事を思い出す。そんな夢現な俺に触れる優しい手に、俺の意識は半覚醒となるが、ついで聞こえた言葉に脳だけが完全覚醒する。
「愛してるわ」
ナミからは中々言ってくれぬそれにより、起きるのが勿体なく思える程だ。そんな俺の額にそっとキスをされればそのままその腕を掴んで、甲板で致してやろうかとも思うがそんな事をすれば暫く食事を作って貰えなくなる。
胃袋を掴まれ切っている俺としては、それは難しい所だ。ナミに何かあった時の為に保存食はあるが、やはりナミの作ってくれる暖かなそれに慣れてしまった今、保存食では味気ない。
魚料理では魚と馬鈴薯の味噌バター焼きなる物が、最近気に入っている。米とよく合う上に、芋は航海するにあたり積みやすい。
それの使われる魚の種類が変わるだけで雰囲気をガラリと変える料理は、本当に飽きる事が無い。魚の取れぬ海域では別な物を用意してくれるのだから、頭は下がりっぱなしとも言える。
夜になるとイカが海面近くに上がってくるらしく、網で得たイカを、俺が好むからと南瓜と共に炒めて提供して来るのだが、それもまた美味い。バターと胡椒しか使ってないわよなんて言うナミは、何故これで航海士なのか。
そんな事を考えていたら、ナミが俺にそっと抱き着いてきた。だが、何処かいじけた様子なそれが妙に可愛くてそのまま好きにさせてみる事にすれば、小さくお休みなんて呟いて眠ってしまう。
眠った事で少し体温の上がったナミを冷やさぬよう、マントでその身を包みその鼻に小さく口付けて見れば、その髪に花弁がついている事に気付く。春島が近いのかとそれにより気付き、花の咲く島が無人島ならば連れて行ってやっても良いなと思う。
俺はナミを、叶うならば誰にも見せたくは無い。これ程に稀有な存在なのだから、知られれば奪おうとされるやも知れん。
そうなれば、俺は良くともナミは傷付く。ナミは……甘過ぎるのだ。
己の首にある石と、ナミの手首にある石を眺めて贈って良かったと思う。俺の女だと知れれば危険も確かにあるが、同時にリスクを避ける為帰そうとする者もいるだろう。
それを無視するとすれば、四皇クラスと天夜叉位なものか。その時ふと思い出したのは海軍から贈られてきていた、食べ物系のカタログの存在。
いつも作らせてばかりだからたまには何か用意してやるか。そう思い、前々から注文していた物と1緒に送って来いと連絡すれば、センゴクが何やら電伝虫の向こうで騒いだが気になりはせぬ。
腕の中で安心した様子で眠る愛しい温もりに自然と笑みが零れたが、それを見ていたのはその傍らに置かれている夜だけだろう。夜に俺の事を宜しくと言って笑うナミは、恐らく剣が自我を持つ事例を知っているのだろうな。
それから数日後の昼過ぎ、果物を含むいくつかの食材と共に頼んでいた物と蜜柑ワインが届けられた。カモメに良くやったと言えば、少し疲れた様子を見せたので、ナミを呼んでやる事にする。
「ナミ、これで何か甘い物を作れ」
「……何かやってると思ったら……うーん、ちょっと見せてね。何が作れるか考えるから。それと、クーちゃん、ありがとう。お疲れ様」
そう言ってナミはカモメに菓子を与えその羽根を撫でる。優しい顔をしているそれに、俺は胸に嫌なものを感じて声を出す。
「……簡単に作れる物にしろ。俺も手伝う」
「へ!?ちょっと待って!真剣に考えるから!」
焦るナミを甲板に残し、テーブルの足元にワインを置いてから届いた物を見分する。……サッパリ分からぬ。
それから戻って来たナミが何やらぶつくさ言っているのを見て、蜜柑を多目に頼んだがどうするだろうかと眺める。それから俺に視線を向けて来たナミは、俺に問い掛けてきた。
「暖かい物と、冷たい物、どっちがいい?」
「両方食べたい」
「……まぁ、手伝ってくれるなら、材料的には作れるから良いけど……まさかミホーク、今日がオレンジデーなの知ってたの?」
「無論」
知らなかった。なんだそれはとは、心中で。
そんな俺にナミはこの世界にもオレンジデーあったのねなんて呟いてから、なら手伝ってと笑った。それに導かれるように近付けば、まずはーなんて言いながら指示を出される。
「まずは、オレンジジュースならぬ蜜柑ジュースをそのジューサーで作って。残ったら飲めばいいから沢山作って」
「うむ」
言われるままに蜜柑でジュースを作っていると、ナミはその間に他の準備を進めて行く。蜜柑を房に分けたりスライスしたりと何やら忙しそうだ。
その後も入れろと言われたタイミングで器に言われた物を入れつつ、大半はナミが作るそれを眺める。片方はタルトらしいが、色々と手抜きしてあるらしい。
「そもそもバター使ってないのよ。このタルト」
「そうなのか」
よく分からぬが、美味いのならばそれで良い。そんな俺に笑いながらナミは、蜜柑豆乳プリンと蜜柑タルトを作り出した。
「あら、少し焦げたわね。仕方ない」
そう言ってアルミホイルを焦げていない側に乗せて焦げた所に粉砂糖をふりかけて白く染める事で焦げを隠した。アルミホイルを退かすと半分白く半分が蜜柑になっている美しいタルトとなっていて、成程これは見た目も良いなと思う。
豆乳プリンの方は作る時の器を星とハートを用いたので、その形で2層になっている物が用意された。下は白く、上は無色透明で中に蜜柑が見える為に可愛い。
「蜜柑系のお菓子なら任せて!元々蜜柑農家だもの、得意なのよ」
それに成程と頷き共に食べる為に運べば、その間にナミが何やら離れて行くので、その間にテーブルの上にオレンジの香りがすると言うアロマキャンドルを置いて火を灯しておく。窓から外を見れば丁度陽も陰ってきているので、タイミングも悪くは無かろう。
そうしている間に戻って来たナミはオレンジ色のグラスを手にしていた。それを見てオレンジワインを取り出した俺が、視線で座れと指示するとナミはグラスを置いて席に座る。
「……ミホークと使いたくて、琉球グラスをね、作ってみたんだけど……なんか、歪でごめんね」
はにかんだように笑うナミに、何時ぞや1人無人島の浜辺にて火を起こして、動き回っていた日があったのを思い出す。アレか。
そもそもグラスを作るとは、ナミは何を目指しているのか。まァ、出来なくて困る事があっても、出来て困る事は無いとは言うが……万能過ぎるだろう。
「……良くできている。この歪みも、滑り止めとして役立つだろう」
「ありがとう。それは、何?」
「蜜柑ワインだそうだ。ナミは好きかと思ってな」
「呑んだ事ないわ」
そう言って瞳を輝かせるから、注いだそれをナミに差し出して俺も無いと告げてやる。それだけでどちらからともなく笑いだして、ワインを傾ければナミは幸せそうに笑う。
その笑顔が見られるのならば、俺はもうそれだけで良いような気がしている。オレンジの明かりだけが部屋のそれとなった所で、タルトとプリンをワインで楽しみつつ隠しておいた物を取り出してナミに差し出す。
それにしても、プリンは優しい味で美味く、タルトは思っていたよりも簡単な上に美味い。小さなタルトならもっと短時間で作れるのよなんて笑ったナミに、持ち運びにも便利だからたまに作れと言えばクスクスと笑う。
そんな幸せな時間の中で、驚いたように此方を見ているナミに言葉を向ける。これをずっと、渡したかったのだ。
「今後はこちらを使え」
「え?」
「前の物は捨てろと言いたいところだが、それは言わん。海楼石で作らせた。其方に持ち替えろ」
俺の渡した物を手にしたナミは、その瞳を大きく見開き立ち上がると俺に視線だけで甲板に出ても良いかと問う。それに頷けば弾丸のように飛び出して行き、海に雷を落としたりしつつ威力や使い勝手を確かめ始めた。
……鬼に金棒、ナミに棒か。クリマタクトとは、ナミのみが使える謎の武器だが……そもそもが赤髪は俺を経由してベガパンクに依頼したのだから、ある意味で俺からの贈り物だろう。
それでも、気に入らなかったのだ。赤髪から貰ったと喜び大切に使うそれが、本当に気に入らなかった。
威力を確かめ終えたナミの細腰を抱き、そろそろ大人の時間に入ってもいいかと囁けばナミは俺の首に腕を回してそっとキスをして来た。ナミの艶めいた様子は、基本が演じているのだと俺が気付かぬと思っているのだろうか。
「ミホークの、好きにして」
「壊れても知らぬぞ」
「壊れても、大切にしてくれるんでしょ?」
「無論。死んだら剥製にして飾ってやろう」
「それは、少し嫌かも」
演技を忘れて、本気で嫌そうな顔をしたナミの唇をそっと塞げば、ナミもそれに応えるように舌を絡めて来た。どうやら今宵は、本気で好きにしても良さそうだ。
Happy orange day……どれ程猫が鳴こうとも、その声は波音に消され他に届く事は無い。壊れないギリギリの所まで男は愛し尽くしてやろうと、蜜柑の香りが充満する中で女の体を好きに扱い始めたのだった。