黒髭とヤラを始末してやれば、運命が変わったと言ってナミは崩れ落ちた。あれは確か……まだカボチャのイベントの前だったか。
弟だと言ってはナミが溺愛する相手が近くに居るのが不快でやった行為で、歴史は大きく変わったらしい。
そして最近になって初めて、俺はナミが俺の恋人としての自覚が無いと、認識させられた。切っ掛けは、ナミが誘拐された事にある。
その時どうしてそれを理解するに至ったのかは割愛するが、ナミの弟たるエース青年とは黒髭なる者を始末し、去って行った後会っていない。そしてナミは俺の元に残り、俺に惜しみなく愛情を降り注いでいる。
だが、今もまだナミは俺に〝保護〟されているのだと認識しているのだ。こうなれば仕方ない何か、決定的な事をせねばなるまい。
夜景が綺麗なBARがあり、そこで呑んだカップルは互いの本心が隠せなくり、別れるか深く愛し合うようになる。……等と言う迷信としか思えないそれに縋りたくなったのは、ナミが余りにも鈍い為だ。
恋人と呼ばれる関係になる前に何度も抱いたのが悪かったのか、いや、俺は伝えた筈だ。何度も繰り返し。
当然恋人のつもりで俺はいたが……まさか、居候や同居人として俺が見ていると、保護しているだけだと本気で思っているなど……誰が思うのか。ナミからは、無邪気に好きだと言われる。
時には妖艶に愛を伝えても来る。だと言うのに、恋人である自覚が無かった事によるダメージは計り知れない。
大切にされているのは分かってるわ、なんて阿呆な言葉を呟いたナミに、今宵こそ想いを伝えて名実共に恋人となりたいと願っている。そもそも本気で、愛する女以外にこの俺が、自分の海賊旗を身に付けさせる筈もないというのに……。
「待って……ミホーク、もう、無理……!」
「そう言っていつも……俺を咥え込んだまま離さぬのはナミのここだろう」
言葉で辱め、体を貪る俺にナミは当初の頃とは違い殆ど抵抗しない。抵抗は羞恥と体力切れがいつも理由で、もうナミは俺を拒んでは居ない。
それどころか深く愛されてさえ居るのは分かっている。それ故に……何故恋人と認識していないのかが俺には理解出来ん。
「ナミ」
「んっ……ぁ!ミホーク……!」
「明日の夜は、酒を呑みに行くぞ」
「……んっ……!……ん!?え?人のいる所に行くの?」
「あァ、だから今夜は俺に愛されていろ」
「……だから、に、全然繋がらないんだけど」
荒い呼吸の合間にそのような事を言って来るナミに、所有の印を刻み手首に輝く俺の本音に触れる。恋人とならねば……その先に進めぬではないかと言葉にせずに思いながら、その体をやはり俺は好きにかき抱く。
「ああぁあアアぁああああァぁぁ!!」
上り詰めていると知っていて腰を動かし続けたからか、ナミは悲鳴とも叫びともつかぬ声をあげつつ休む事なく、限界を幾度と無く越える事となる。そんなナミの締め付けに俺は満足しつつ、もう少しと幾度も繰り返しながら結局朝日が登るまで俺はナミを休ませる事無く貪り続けた。
そして、昼近くなり漸く目覚めたナミに俺は言う。先日共に作った菓子を食べたいと。
それに対して体を起こしただけで腰に鈍痛でもあったのか、その顔を真っ赤にしてバーカバーカと言いつつも、シャワーの後でねと言って作ってくれる事を約束した。……これだけ可愛いのだ、貪る俺ばかりが責められるのも可笑しいだろう。
そもそもナミが可愛すぎるのが理由だ。そう思っていたが、どうやら声に出していたようでナミが、ミホークは頭がおかしいのよ!なんぞと言いながらふらつく足取りでシャワーを浴びに消えた。
シャワーを終えたナミは当然のように俺に蜜柑の菓子を作ってくれたが、今回は林檎も1緒に作ってくれたようで2つのそれに笑えばナミもまた、幸せそうに笑う。喜んで貰えて嬉しいわなんて言いながら。
「そんなに気に入ったなら、梨とかキウイ、パイナップルでも作れるから今度作りましょうか?」
「うむ。頼む」
林檎の方が蜜柑より少し甘味は増すのかと思いながらも美味しく食べた後、支度をしてナミを伴い向かったのは夢のようなその話の元となっている所だ。人のいる所へ連れてきたのが数える程だからか、ナミは楽しそうにしている。
BARに到着して、初めは俺が1口呑んでから渡していたが、途中からは自分でも頼み始めて何杯呑んだのか既にわからぬ程だ。……ナミが呑んでいるのは、基本的にアルコールの塊ばかりに思えるが、どうなのだろうか。
「でも、どうして急に連れてきてくれたの?」
「夜景が綺麗だと聞いた故な。ナミは、喜ぶかと思った」
「ミホーク……ありがとう」
そう言って笑うナミの瞳に微かな陰りを見れば、どうやら本気でセフレか何かだと思っているらしいと分かる。今日こそ、恋人だと理解させよう。
そんな俺の決意を知らずに、ナミはメニューを見て小さく笑った。視線を辿ればシンデレラカクテルがあり、アルコールの含まぬそれに珍しい物があるなと思う。
「私の書いた作品に〝白雪姫〟って言うのがあるのは知ってる?」
「無論」
答えれば嬉しそうにナミは笑うので、どうかしたのかと問いかければ差し出された酒のグラスを傾けつつ、唇を動かし始めた。夢見るような顔で、だが何処か諦めたような顔で……。
「騙されて毒の林檎を食べさせられたお姫様は、王子様からの優しいキスで息を吹き返すんだけど……まぁ、実際には有り得ないわよね。……好きな人からのキスで目覚めるとか、憧れるわ」
「キスで毎朝起こしてやろうか?」
望むのならば、それくらい容易い。眠りが浅くなった頃、毎朝Kissしてやろう。
「……お願いしちゃおうかな」
俺をこれ程好きだと伝えておきながら、俺の持ち物であるとしか認識していない愚かな兎。それに、何か言おうとした所で風に当たると立ち上がったナミは、そのままバランスを崩し倒れた。
今朝まで抱き潰していたのが原因だろうかと、慌てて駆け寄る。だが頭を打っているらしく、意識が朦朧としているのが分かれば動かしていいのか判断に苦しむ。
「ナミ!」
「……必ず、迎えに来、て」
「ナミ?」
縋るように俺に触れたその手は少し冷たく、何処へでも助けに行くし、迎えにも行くから正気に還れとそっとその細い体を抱き締めた。するとその様子を見ていたバーテンが部屋の鍵を差し出して来て、休ませてあげてくださいと言う。
それに従うように抱き上げて部屋に連れて行くと医者が慣れた様子で姿を見せて、瘤が出来ているのと、疲労と呑みすぎだと笑う。それに礼を言ってから、眠るナミの髪を弄っていたらナミの瞼が痙攣した。
「ナミ?」
声をかけるとその瞳を開き、俺を見て不思議そうに首を傾げた。そして、思わぬ言葉を口にする。
「……貴方は、いったい?」
「……ナミ、何を言っている」
「……どうして、
キョトンとした顔で言われて、何が起きているのかと思う。ナミは、こんな意味のわからぬ嘘は言わぬと分かっているが故に、混乱する。
「ナミ、俺が、分からぬのか?」
「何処かでお会いした事が?」
そっと手を取ろうとしたら怯えたような顔でベッドの端まで逃げられ、体を震わせ始めるそれに戸惑う。その手首には俺のやったブレスレットが、嵌められたままだ。
「と、突然触ろうとなさるなんて!……いったい、何が目的ですの!?」
「そのブレスレットは、覚えているか?」
「え?」
「ノジコから貰ったのと、これは……?〝ジュラキュール・ミホーク〟?ダイヤの、ブレスレット……?」
名をなぞるように指で触れてそう言ったナミは、まさかと小さく呟く。どうやら頭の回転まで悪くなった訳では無さそうなそれに、ホッとした俺はおかしいだろうか。
「……私は、貴方の事だけ、忘れているのですか?」
「そのようだな。今、医者を呼ぶ」
「あの!」
「どうした?」
まさか、医者が怖いのか?
そう思って振り向けば、所在無さげにその身を小さくして、微かに体を震わせながら俺に言葉を向けて来た。その瞳に、ナミの気高きその色が見えぬ事が俺には耐え難く思える。
「分からなくて、ごめんなさい」
「……ナミ、俺は忘れられた事よりも、何時ものナミでは無い事がつらい。早く元に戻れ。主は俺の最愛の存在だ」
「……え?」
戸惑うナミを残して医者を呼べば、やはりと言って医者が姿を見せた。そして、年に何人かあの店でこの症状になる患者が居るのだと言われる。
それが理由であの眉唾の噂が広がり、利用客が増えているのだと言われれば、確かに記憶が無くなる等ど言う事があれば、想いは深まるやも知れんが……まだ恋人になれておらぬ場合どうなのだ。そんな事と知っていれば、連れては来なかったものを。
「それで、記憶や性格は戻るのか?」
「大概は戻りますが、たまに戻られなかった方も居ますよ。恋人に別れを告げられた方などは、基本的にそのまま変わった性格の状態でその後も生きています」
「別れる?恋人がおかしいのにか?」
正気か、その相手は。何を考えればそんな選択ができる。
「おかしいから、ですよ。面倒になったり、忘れられた事がつらくていじめ抜いたりと、色々あるようです。共に数日過ごしていらっしゃれば、恐らくは治ります」
そう言って医者は去り、俺は恋人にすらなれていないのにどうしたら良いのだと溜息を落とす。そんな俺にナミは、戸惑いを隠さずに声を掛けてきた。
「……私達は、恋人でしたの?」
「いや、俺はそのつもりだったが、ナミは俺の想いを理解していなくてな。まだ恋人では無かった」
「で、では……その、手を繋ぐ程度の関係の私に、この高価なプレゼントを下さったの?」
そう言って手首に光るそれに触れるナミは、心細そうにしている。だが……何故だろうか、初めて歳相応に思えるのは。
何時もが大人過ぎるのだと、今更気付く。あの魚の件がなく、平穏に育っていたならば、この様子だったのやも知れぬな。
その場合、興味を持つ事は無かっただろう。確かに相変わらずナミは美しいが、美しいからと興味を持つならば、女帝に興味を持たぬのはおかしい。
俺はナミの心に惹かれたのだ。万華鏡のようにクルクルとその感情を変えて微笑む姿に、それでいて凛として気高いその心に惚れたのだ。
人の為にしか泣かぬ、誇り高きその精神に……魅入られたのだ。身内や弱者に見せる甘やかなそれに、俺は溺れている。
「肉体関係はあった。……試してみるか?」
「えっ?!」
動揺し、頬を染めながらも怯えた様子を見せるそれに、1人称が〝
「初めは強姦だった。その後は嫉妬に狂い、奪い尽くした。そして、甘やかに愛でて鳴かせた。その後は普通に、恋人として接していたつもりだ」
「ご……ごう、かん……?」
「泣いて嫌がり、無謀にも逃げようと何度もしたな。主が俺に勝てる筈もないと言うのに……」
笑えば怯えたような瞳を向けられ、違うと思う。だが、意識を完全に失う直前に、迎えに来てとナミは言った。
ならば、この怯えた小娘の中にナミが居るのだろう。どうしたら、戻る?
「俺の、希望の光は……どうしたら?」
「あの?」
戸惑いを見せる小娘の腕を掴み、怯えて暴れるその体を組敷く。幼い様子で嫌と言って、繰り返し母親と姉の名を呼ぶ姿に、赤髪の名が無いなと少し思う。
……そう、か。俺をナミが愛したから、俺の他に助けを求める必要のある相手が家族だけになったのか。
その真実に笑みが零れる。だが、小娘はそんな俺にナミの体で怯えるばかりだ。
触れた時の反応は変わらず、簡単に濡れるその体に、熱くなる吐息に、いつもとの違いは無い。
「いや……!おやめ下さいませ!私は……このような辱め、受ける謂れは御座いません!」
その時その瞳にナミを見た。キッと睨んでくるその瞳に、ナミの気高さを見て、だが何かが足りぬと思う。
そうだ、孤高の精神が無いのだ。何かあった時には、独りでも戦い抜き、大切な存在を守ろうとするあの気概が無い。
「ナミ……帰って来い」
「いや、やめっ……!」
ひくつく秘部に己を押し込めば、相変わらず甘く歌うその体。肌も、声も、香りも変わらぬのに……虜にしてくるようなそれは何1つ変わらぬのに、コレはナミでは無いと思い知らされる。
「ナミ……!帰って来い、俺の元へ!」
「やァぁー……!」
弱い所を突き上げ擦り上げ、刺激し続ければ肉体だけはナミだと痛感する。その癖俺を見る瞳が、ナミでは無いのだ。
俺を見て愛しげに瞳を細める姿が、愛らしいと思う。目元を赤く染めて、ばーかと言いつつも何でも包むその優しさに甘えていたのは俺の方だ。
「ナミ……愛している。帰って来てくれ」
涙に濡れるその頬に手を添えて、深く繋がったままその唇を重ねると小娘がその瞳を見開き……そして、動きを止めた。そのまま唇を離し、暫し様子を見ればナミの戸惑った表情がそこに現れる。
「ミホーク……抱いてる時の、リップサービスとかじゃなくて、まさか、本当に……?」
ナミが……俺の、名を呼ぶ。戸惑いながらも微かに期待を宿した瞳には、凛としたナミの煌めきがある。
怯えの色の無くなったその瞳には、不安の色が揺らめくが……。不安なのは、期待に震えているのは、俺の方だ。
「ナミ、思い出したのか?」
「ミホーク」
「ナミ……戻ったのだな……」
「ミホークッ!」
「ナミッ!」
どちらからとも無く重なる唇。そして、俺は思いの丈をぶつけるようにナミをそのまま全力で、抱き潰した。
何年もの永い時を逢えずにいたかのように、いくら抱いても足りぬと思わされる。僅かな時だった筈なのに、俺には恐ろしく永い時に思えたのだ。
翌朝、突然戻ったので驚いたが無事に戻ってくれて良かったと伝えれば、ナミが微笑んで答えた。その瞳には、ありありと愛情と微かな悪戯好きな猫の魂が宿っている。
「ミホークが、眠っていた
「柄では無いな」
「ミホークの泣き声が、慟哭が聞こえたのに、暗いところから出られなくて……でも、そんな状態でミホークが迎えに来てくれたのよ。ありがとう」
「当然だ」
アレは俺のナミでは無い。俺のナミは、ここにいるこの女だけだ。
記憶を無くしていた短い時間の記憶はしっかりと残っていたらしく、鈍くてごめんなさいと謝ったナミに、それもまたナミらしいと笑う俺がいる。漸く恋人となれた事に安堵して、もう少しナミを堪能させろとその体を強く抱き締めれば、ナミから腕が回された。
「ミホーク……私ね、きっと……何度忘れても、何度でもミホークに恋をするわ。だからお願い、何度でも迎えに来てね」
「可愛い事を……止まれなくなりそうだ」
そうして2人の影は重なり、いつまでも離れる事は無かった。2人の旅は、これからもまだまだ続いて行くのだろう。