冷蔵庫を開けると中に蜜柑のゼリーとプリンが入っているのが見えた。うむ。双方ひとつずつ貰うか。
冷蔵庫から取り出したそれを食べつつ甲板に視線を向ければ、植木鉢にある蜜柑の木と戯れている。……1度、シッケアールに連れて行き、蜜柑の木を植えさせてやるべきだろうか?
そろそろ、腰を落ち着かせてやるのも1つやも知れん。そう思った時、突然ナミが歌い出した。
歌はナミの心情をそのまま歌にしているようにしか聞こえず、帰りたいと言わないと歌うそれが、帰りたいと泣いているように聞こえた。俺はただ、ナミに笑って欲しいだけなのだがな……。
そしてふと、今日が何の日であるかを思い出す。……成程、それならば致し方あるまい。
家族を思い出すのが、ある意味で当然の日だ。だが……ただ何となく歌っているようにも感じられる。
その時、光にナミの姿が遮られた。その為に1瞬ナミの姿が霞み、俺は慌てて腕を伸ばすとその身体を自らの腕に抱え込む。
そんな俺に、甘えたような仕草で擦り寄るナミの態度に、随分丸くなったものだと思う。気高きその心が、俺を拒んでいた日々が嘘のようだ。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
見上げてくる瞳に嘘はない。それでも、俺は不安にかられるのだ。
そっと重ねた唇は、恐らくもう二度と拒まれる事は無い。そうと分かっていて、もしもナミが帰郷を望むのだとしても、それは叶えてはやれぬ。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
唇の隙間でそのような事を言われては、欲情するなと言う方が無理のある話だろう。腕の中で苦しげに喘ぐそれがまた、俺の劣情を煽る。
今日はナミの日だと思い出したが故に、現在は花の咲く場所へと船を進めている。ならば今の内に1度、その身を味わったとて問題になりはすまい。
船内にナミを連れ込み、ソファに押し倒せば前と違い抵抗をしなくなったナミが確かに笑った。そして……即座に躱したが、急所を狙って蹴りつけてきた。
「……何が気に入らぬ」
「なんでそう、すぐに盛るの!?私、ただ蜜柑に水あげてただけじゃない!」
「仕方あるまい」
「何が!?」
「ナミは常に俺の嗜食を刺激する」
素直に答えたというのに、ナミはクッションを投げ付けて来て出てけと叫ぶので、取り敢えず従っておく。ナミの怒りの沸点が時に不明だ。
そうして1人で船を動かし、到着したのは夏島だ。この島にある筈だが……さて、何処にあるのか。
「ナミ、島に着いたぞ」
声を掛けると中からバツの悪そうな顔で出て来て、直後に知らない島だわと喜ぶのだから、見ていて飽きぬ。その腰にあるクリマタクトが俺が贈った物に変わっているのを確認して、小さく笑う。
赤髪から渡された物等、大切にするな。ナミが扱うのは俺関連の物だけで良い。
そうは思うが、その胸元に今も昔から愛用してる方のクリマタクトがあるのも知っている。無いと落ち着かぬらしい。
「測量に行くのだろう」
「うん!早く行きましょ!」
笑うナミに頷いて、先に船を降りれば当然の事として手を差し出す。それにいつも頬を染めるのだから、辞められる筈もない。
1人で降りられるのは知っているが、この恥じらう顔が見たいのだから仕方あるまい。俺は、ナミの全てが愛しいのだから。
島の中を測量して回ると、途中目的地を見付けた俺はナミにそれを知らせる。ナミは小首を傾げつつそれに視線を向けて、純粋に驚きを示した。
「ナミの花だ」
「……違うから。これは向日葵って言って「ナミの笑顔は、この花と似ている」」
俺の言葉にナミは黙り、それから花畑の中へと姿を消した。背の高い花である為に、ナミの姿が見えなくなるのが不快だ。
だがここで花を切り倒しては……ナミが嘆きそうで出来ぬ。花を無闇に手折るだけでも、ナミは悲しむのだからやりにくい。
「ナミ、どうした」
「……やっぱり似てないわ。向日葵の方が、私なんかよりずっと可愛い」
「この世に、ナミよりも愛らしいものは何1つ存在せぬ。安心して良い。……そんな事よりもだ」
「そんな事!?」
何故か顔を真っ赤に染めたナミが顔を出して、俺を睨む。何かあったか?
見ればナミの髪に花弁がついていて、それをそっと取ればやはり同じ生き物にしか見えぬなと思う。同種の生き物だからこそ、花弁もナミの髪についたのだろう。
いや待て、花であれば動けぬか。ならば……そうか。
「成程、ナミは花の精であったか。花ではなかったな。すまぬ」
「……もう、なんでもいい」
そう言ってナミはその場にしゃがみこむから、体調を崩したのかとそっと抱き上げる。それにヒャッ!と声を上げるのを聞きながら、大切な言葉を伝えねばと思い出す。
「ナミが産まれた今日を祝そう。この世で最も尊い日だ」
「ミホーク?」
「何を驚く。今日の日が無ければ、ナミはこの世に居ないのだ。当然だろう。産まれてくれて、ありがとう」
その瞬間、ナミが大粒の涙を流しながら俺の首に抱き着いた。何が起きたかと思いながらもそれを抱き止めれば、ナミがありがとうと囁いたのが聞こえる。
Happy Birthday ナミ。主の居ない世界は退屈で、俺の日常は陰ってしまうだろう。
だからずっと俺の傍らにあれと、男は女に囁いて……花に囲まれた無人島にて、2人の影は自然と重なっていた。それを見守るのは、数多の向日葵達だけ。