この作品には、序章があります。
俺の静止を無視して、覚束無い足取りで歩き出したナミを見れば何かがおかしいと嫌でも気付く。……確か、変わった島の文献があった筈だなと思い出して船内に戻る。
文献を漁れば該当しそうなものがいくつかあり、その本を手に甲板へと戻った。甲板から見聞色の覇気でナミの居場所を探り、ウロウロと島の中を歩いているのが解れば本当に測量しているらしいと解る。
可能性は大きく分けて3つだろう。俺の声が聞こえなかったか、文献に載っている面倒な島であるか、1人になりたい何かがナミに起きたかだ。
ここで逢い引きだとでも言おうものならば、相手の男をこの島ごと沈めるつもりだが、それは無かろう。ナミはあの容姿でありながら、驚く程に身持ちがかたい。
だからこそ何かあるとするならば、この島に偶然居合わせた男を引っ掛けて襲われる程度か……。有り得るから嫌だと息を吐き出した時、ナミのそれが船に向かい動き出したのが分かり安堵の息をもらす。
この俺がこれ程までに振り回されるとは。恐ろしい存在だと自嘲していれば、ナミは何やら小さき者を抱いて帰って来た。
どうやら文献のそれが正しかったようだと解れば、視線でナミを呼ぶ。そして、抱いている子供の顔を見て口元がニヤけそうになるのを必死で耐えているとナミが妙な言葉を口にした。
「ねぇミホーク、この子育てていい?」
「……主は何を言ってる」
「だってミホークにそっくりで可愛いんだもん。ねぇ、この子ミホークの子だったりしない?私、母親が誰でもこの際気にしないから、ミホークの子なら素直に「今の俺には、主以外を抱く余力は無い」」
言葉を遮ればナミは1瞬惚けたような顔をして、それから首を横に振った。真面目な顔で俺を見て、本気でそれを口にしていると分かるからこそ多少苛立つ。
「この子は1歳位よ。即ち仕込んだとするなら2年前。まだ、私はミホークと出逢ってないわ」
「俺が中に容赦無く出しているのは、ナミにだけだ。安心していい」
俺の言葉に首を傾げたナミは、その直後に顔を真っ赤に染めて安心できるかー!と叫んだ。成程どうやら抱いているだけで、体力や気力を子供に奪われるという事は無いらしい。
それだけは安心できるかと小さく笑えば、ナミは顔を赤くした状態でまだ何か言おうとしているのが分かり、とりあえず事実を伝えておくかと口を開く。ナミが望むのならば、なんであっても叶えてはやりたいがこればかりはどうにもならぬ。
「ナミが俺を誰よりも愛しているのは分かったが、ソレを育てる事は出来ぬぞ」
「……どうして?」
少し寂しそうに、ナミは俺と子供に見える植物を見比べる。だがナミが抱くソレは、女が最も愛する存在に擬態する植物で、3日かけて愛情を受取ると本来の植物の姿に戻るというモノだ。
それ故に姿を確認してみたが、ナミが抱く植物は俺の姿をしている。何と言えば良いのか、ナミの心が目に見える形で示された事で、表情が勝手に緩もうとするのが問題だ。
「ソレは植物だ。3日、ナミの傍に置いておけるが、そこで別れる事となる」
「……植物なの?こんなにミホークと似てるのに?」
「主が1番愛する者に擬態する故にな」
真実を告げればナミはふぇ!?と言ってから、子供を俺から隠すようにして抱えるから、既に手遅れだろうと笑ってしまう。子供等どうでもいいが、ナミは愛らしい。
そう思ったのも束の間、子供がナミに手を伸ばして髪を掴むとその顔を引き寄せて口付けをしたのを見れば、途端に不快になる。俺のナミに何をしているのだ。
それに対してナミもまた、何処か嬉しそうに笑うのだから頂けない。ナミは、俺の女だと言う自覚が足りぬ。
「ナミ」
「ミホーク、どうしたの?」
「……キスを許すな」
「……?でも、子供ってそういうものでしょ?」
違う!例えそうであっても、俺以外の唇を受け入れるな!
……とは流石に口に出せぬかと言葉を飲み込み、ナミを睨み付ければ小首を傾げてみせる。たが直後に子供が髪を引っ張れば、視線は俺から外され子供に向けられる。
その時のナミの表情がこれまでに見た事も無い程に慈愛に満ちたもので、子供を愛おしげに扱うのがまた気に入らぬ。主が愛するべきは俺だけだろう。
「植物ならミルクはいらないわよね。水でいいのかな?ね、ミホークくん」
「ソレは俺ではない」
「でも、ミホークに擬態してるんでしょ?私を呼ぶ時の癖とか、似てるわよ」
「何?」
それからナミはあれ?なんて言ってから可笑しそうに笑う。それが少し無邪気で、楽しそうであるからそれにより微笑ましい気持ちになる。
「ミホーク、気付いてないの?私を呼ぶ時、視線に私が気付かないでいるとミホークも髪の毛引っ張るのよ」
……確かに、やるなと思う。指先にナミの髪を絡めて軽く引っ張るのは、既に俺の癖に近い。
黙った俺にナミは微笑み、それからどちらのミホークも可愛いわと囁いて船内へ向かった。どうやら俺の食事を用意してくれるつもりらしい。
子供を紐を用いて前に抱いた状態で料理をして、子供から構えと言われれば構う。そうしていながらも、料理を作り続けるそれに子育て経験があるのかと問い掛けたくなる程だ。
その様子をただ眺めているのも何だかなと思い近付くと、子供が俺と同じ瞳で睨み付けてきた。その上でナミの胸に手を置き、自分のモノだと主張してくる。
……いい度胸だ。切り刻んでくれようか。
そう思った直後に、植物を害するとそれを育てている女にも弊害が出るとの1文を思い出して耐える。俺には、ナミを害するつもりは無いのだ。
「ナミは俺の女だ。主はその腕や胸を借りてるだけに過ぎぬのだぞ」
「うー、あー!!」
「非力なる者よ、俺に挑むか?」
「ミホーク、辞めなさい。子供相手に何言ってるのよ。ね?怖かったね。大丈夫よ、いじめないように言ったからね」
俺を睨み付けて1喝した直後に、ナミはそう言って子供に笑いかける。それに子供は嬉しそうに笑い、甘えるようにその胸に顔を埋める。
それを優しく受け止め、ナミは子供を甘やかす。ナミは、その子供の本質を見誤っている。
だがそれは俺を睨み付ける担力を持ち、俺の言葉に喋れないながらも応戦したのだぞと思うが、どうやらナミにはそれは分からぬらしい。俺に食事を用意して、子供に水を飲ませ、優しく扱うという体たらくだ。
3日だ。僅か、3日。
……これ程に長い3日がこれ迄にあっただろうか。夜もナミを抱く事は出来ぬとは、思いもしなかった。
俺がナミに手を出そうとすると、子供は泣いてナミを呼ぶ。呼ばれたナミは、俺の腕を器用に躱して子供の元へと行ってしまう。
そして翌朝、お包みから子供のその顔が全て出た時その頭に、双葉と花の蕾がついているのを見て我が目を疑った。俺のミニチュアの頭に、双葉と蕾だ。
我が目を疑って然るべきだろう。だが、それを見たナミは何故か大喜びで可愛いとほざく。
「昨日は双葉だけだったのに、今日は蕾もあるのね。成長したわね」
「……植物だと漸く認識出来た気がするな」
「もしもミホークの子供が産まれたら、こんな感じかしらね?」
「もしそうであるならば、子供などいらぬ。ナミを奪う存在など、実子であっても不快なだけだ」
「ミホーク……」
そうは言ったが、ナミとよく似た娘ならば歓迎しよう。もしくはナミと似た息子か。
だが、ナミに似た息子ならば厳しく扱う事に抵抗があり、まともに育てられる気がせぬから、ナミに似た娘が良いか。うむ、そうだな。
「なら、ミホークが気を付けてよね。薬は飲んでるけど、何かあったらミホークの責任よ?それにしても、可愛いわ。ミホークにも本当にこんな時期あったの?」
「初めから今の俺の姿であれば、母体が持たぬだろう」
「そこ!?気にするのはサイズなの!?」
それからもナミは俺というものがありながら、子供を優先し続けていたが、とうとう最後の別れの瞬間が来た。森の中で子供を地に下ろせば、子供はテクテクと歩き回り、日当たりの良い所を求める。
歩き続けていたそれが突然ぺたりと座ると、その場でナミに両手を伸ばす。それに応えるようにナミが子供の手を握ると、子供は無邪気な笑顔を見せて、声を発した。
「まーま、あー!」
何を言いたいのかは全くもって理解出来ぬが、ナミはそれを受けて優しく微笑むと、短い間だったけど楽しかったわと言ってそっと手を離した。その瞬間、子供は植物にその姿を変えて、ナミはその植物にそっと触れると元気でねと呟き、静かに涙を落とした。
……俺以外の誰かの為に泣くなとその細い体を抱き締めれば、甘えるように俺に腕を回すナミ。この深過ぎる愛情を受けたのならばきっとこの植物は立派に育つだろうと思わされる。
愛を求めるのは、生きるもの全てに共通する事であるのやも知れぬと、ナミを腕に閉じ込めつつ思う。それ故に、愛を与えてくれるそれを求めて、男は争い、子は泣き喚き、植物は風にその身を揺らすのか。
だが、俺は2度とナミの愛情を他に分け与えるつもりは無い。少なくとももう暫くは、ナミのそれを俺だけのものにしておきたいと切に願う。
今宵は泣き疲れて眠るまで、好きにさせてやろうとその背を撫でながら服を濡らす恋人の頭にそっと唇を落とした。無論……どんな意味で泣き疲れる事になるかは、保証せぬがな。
後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。
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