助けられていたら
体が鉛のように重い。僅かながらに、熱もあるだろう。
初体験の直後に体格の違い過ぎる相手が私を翻弄したのだから、そうなるのも仕方ないけど……。なにを……弱気な事を考えてるのよ。
苦しいと泣いたら、誰かが助けてくれるの?
泣き言なんて言ってる場合じゃないのよ。立て、立ちなさい私!
ルフィ達の迷惑にはなりたくなくて、私は独りで帰ってきたのよ。ここで泣いてるだけなら、縋りついてた方がマシだったでしょう。
そう己に言い聞かせて、私はメリーから海賊旗を外すと宝とともに持ってメリーを後にする。計算上は1千万ベリー余る計算だから、その余りのお金とこの海賊旗はルフィ達に渡して貰えるように、ベルメールさん達にお願いしなきゃ。
多分、私は殺されると……10億支払っても解放してくれ無い気がしてる。どちらになっても、皆が解放されないのならばアーロンが私を殺さなくても、私自らの意思でこの命を断つと決めているのよ。
これ以上は支配させない。私の命と引き換えに、アーロンはココヤシ村は解放してくれる。
それでもう、充分。皆が生きる未来があれば、それだけで充分すぎるわ。
ベルメールさんとノジコ、ゲンさんとドクター、村の人達が生きていてくれる。それだけで、私は笑って旅立てると断言出来るもの。
家に帰り着くのと同時に出迎えてくれた暖かな笑顔に、私は微笑みを返す。そして旗と1千万ベリーをベルメールさんに託した。
「必ず、船を取りに少年達が姿を見せるから、その時にこの旗とお金を渡して欲しいの。その時、私が直接渡せたらいいけど、多分アーロンの所に居るだろうから難しいでしょ?」
平然と嘘をつく事に、私はもう何の躊躇いもない。愛する人が生きていてくれると分かるなら、それだけでこんなにも幸福なのだと思い知る。
「世話になったから、私の海図を託そうと思って船借りて来たのよ。今から海図運んじゃうわね」
そう言って、元々ルフィ達の為に書き溜めていた海図を全て揃えて持って行く。それを見送るベルメールさんが心配そうに私を見ていたけど、心配なんていらないのよ。
ちゃんと、村は開放されるから。先にアーロンに会って、帰ってきたと証明したら、お金持っていく。
それだけで……いい。やっと、全てが終わる。
海図をメリーに置いて、皆への手紙を遺す。航海術に関する資料も残してあるのだから、大丈夫。
「……メリー、皆をお願いね。巻き込んで、ゴメンね」
船首に手で触れてそんな事を言う私は、他から見たら滑稽かもしれないけど、メリーは生きてるから。メリーがいるから、ルフィ達は大丈夫。
そう思って手を離した時、頭上に影が落ちた。慌てて顔を上げると2度と会う予定の無かった……否、会いたくなかった男がその場に居て、咄嗟に海に飛び込もうとしたのを能力で封じられる。
「……まさか、動き回ってるとは思わなかった。だが……熱があるみたいだな」
何処か気遣わしげに私に触れてくる男に、私は無理だと分かっていて抵抗を試みる。せめて、短剣を手にできれば……。
もう、好きにされる謂れはない。お金も貯まった。
私の望みは叶うのに、どうして邪魔するの?
キッと睨み付ければ、ドフラミンゴは愉しげにその口元を歪めた。
「この村を支配している魚を処理してやろうか?〝泥棒猫〟」
「……その対価は?」
「分かってて聞くとは、阿呆らしいと思わないか?対価は……ナミに決まってるだろう」
私はその言葉に逡巡する。どちらにしても、捨てる予定だったこの命。
もしもドフラミンゴが本当にアーロン達を始末してくれるのならば、ココヤシ村だけでは無く島の人達が……いいえ、支配地域全てが助かる。コノミ諸島だけじゃない、全ての人達が……。
それならば、失う物が同じならば迷う事なんて無いわ。私は、もう引き返さないと決めたのだから。
「私の、何が欲しいの?」
妙に冷静な声が私から発せられるのを、何処か別な人の事のように受け止める。だって、現実味が無いんだもの。
ドフラミンゴは小さくそうだなと言ってから、私の顔を操り上向かせる。……便利な能力だわ。
「俺の花嫁と言ったのを忘れたか。ナミの全てを寄越せ」
「……アーロン1味の壊滅と、アーロン1味に連なる海軍の清掃をして貰えるのならば、お望み通りにお仕えします。ドレスローザ国王、ドンキホーテ・ドフラミンゴ様」
「賢すぎるのも、時に難儀なもんだな。まァいい。契約成立だ。少し待ってろ」
ドフラミンゴはその言葉を残して、私を解放すると空へ飛んで行った。普通に考えたら糸って能力的にはハズレっぽいのに、凄いなぁと他人事のように思いながらそれを見送る。
ベルメールさん達に会ってから行く事は難しいだろうと判断して、嘘偽りのオンパレードとしか言えないような手紙を書くと、笛でクーちゃんを呼び寄せる。それをクーちゃんに託してから、その背を撫でた。
「……もしかしたら、これが最期のお願いになるかも知れないわ。この手紙を、明日、ベルメールさんに届けて。お願い。今までありがとう」
そう言ってから逃げろと合図すれば、名残惜しそうにクーちゃんは飛んで行く。それと入れ違いに帰って来たドフラミンゴが、何故か強く私を抱き締めるからそれに戸惑う。
この男に何があったというのか。どこか弱々しい印象さえ与えてくるから、戸惑ってしまう。
「……今から俺のファミリーを迎えに来させる。ここから動かずに少し待ってろ。今、海軍のゴミ屑も始末して来てやる」
破壊や殺戮には慣れてるものね。とは、言えないので大人しく頷く事で答えればドフラミンゴの唇が降ってきた。
それを抵抗せずに受け止めれば、今度はドフラミンゴが戸惑いを見せる。サングラスをしていても伝わるものは、以外と多い。
何故……戸惑うのか分からないわ。これは、ドフラミンゴが望んだ契約だと言うのに。
好きにしたら良いのよ。私は、既に買われた身なのだから。
いつか解放される契約では無く、1生契約である以上、心なんかあってもいい事は無い。この後は、ドフラミンゴの後宮にでも入れられるのだろうか。
それならばありがたい。だって……毎日は、顔を合わせずに済むもの。
……ドフラミンゴは嫌いでは無い。でも、怖い。
勿論そんな事はおくびにも出すつもりは無いけど。実力的にも、立場的にも、体格など他のどの要素を取ってみても……生殺与奪権を持つのはドフラミンゴなのだ。
契約だと言われても、それを簡単に覆せる立場の男に、油断する事は許されない。……いいえ、油断してもしなくてもきっと変わらないけど、心だけは自由でいたいと愚かにも願ってるのかも知れないわね。
アーロンならば、アーロン1人ならば刺し違える事も可能だった。他の幹部が残るからそれをやるのは、無意味だったから実行しなかったけど。
でも、ドフラミンゴは刺し違える事さえ出来はしない。そんなふうに心の中で、脳内で考えている間にも口付けは深まり、私はそれを抵抗せずに、でも応える事もせずにただ受け止める。
人形のように過ごしていようと思う。心も、何もかもを凍らせて、そうすれば、痛みも苦しみも軽減されるだろうし、そのうち飽きて〝どんな形〟であれ開放されるかもしれない。
「……お前は本当に、プライドが高いな。まァいい。今はそうしていろ」
そんな言葉を残してドフラミンゴが立ち去ると、私はその場に座り込んでいた。体が、小刻みに震える。
ドフラミンゴは私に、何を求めているのだろう。脳裏にルフィやシャンクスの笑顔がチラついて、少し泣きたくなった。
震えは次第におさまり、私は気持ち的に少しだけど余裕が持てるようになった。だから冷静に考えてみる。
鷹の目とは違って私の航海術についてドフラミンゴは知ってる訳では無いし、海図もそう。ドフラミンゴに知られている事は案外少ない。
可能性としてはナミちゃんの美しい容姿に惹かれたというものだけど……。ドフラミンゴの周りって、お綺麗どころが多いからそれもまた何か違う気がする。
なら、なんだろうと考えて……宝玉の可能性を考えてなのかと思い至る。けれどもそれにしては……無理があるわよね。
「わからないわ」
「何がだ」
「ドフラミンゴの考えよ。ドフラミンゴが私の何を知って求めているのか。私は何が出来るのかとか、そういった事は何も教えていな……」
そこまで答えてから、誰と会話してるのかと怖々振り向けば肩を揺らして笑っているドフラミンゴがいて、どうしたらいいのか分からなくなる。逃げる事は契約上出来ないし……。
「言わなかったか、ナミ。お前は俺の花嫁だ。俺がナミを女として気に入ってる。わかったか?」
「わからないわ。価値なんて見いだせないもの」
あれだけお綺麗どころがいるのに、ナミちゃんの身体だからなの?そんなにナミちゃんの顔が好きなの?
え?作者と同じ趣味?
「……お前、恋愛関係の事だけ脳が壊死してんじゃねェか?打てば響くような返事を返してた先日とは別人のように鈍いぞ」
「なんの事よ。それで、私の扱いはどうなるの?使用人?奴隷?幹部になるには実力不足だから、このどちらかだとは思うけど」
「だから、人の話を聞いてたか?ナミは俺の花嫁だ」
花嫁って、何?
奴隷とは違うの?
……あ、性奴隷的な?
「……何故、伝わらねェんだ。そこも含めて、面白いと言えなくもねェが」
ドフラミンゴの戸惑う顔を見ながら、とりあえず私は立ち上がって言葉を口にする。どう扱うつもりであれ、これだけは伝えておかなくてはいけないから。
「……お帰りなさい。そして、ありがとうございます」
笑顔でそれだけは伝えてから、頭を下げる。髪が落ちて顔を隠すのか分かる。
「この度はご尽力頂き誠にありがとうございます。この後は指示に従って参りますので、どう「ナミ、それは良いから来い」」
言葉を遮られて手招かれては従う他なく、足を前に出した瞬間に抱き締められる。それから、何故かドフラミンゴに髪を弄り倒されて、ファミリーの迎えが来るまで基本的に腕から解放して貰えなかった。
まさかドフラミンゴが、私に恋愛感情を抱いていて、その為にわざわざ調べて迎えに来たなんて事、考えても見なかったのである。ドフラミンゴに私が宝玉だと確証と共にバレるのと、私がドフラミンゴの想いに気付くのは、ほぼ同時だったとだけ、ここに記しておきたいと思う。