双方の想いが伝わり合い、ナミは恐ろしくなる程に優しく接して来るようになった。張り詰めた弓のような空気も、抜き身の日本刀を思わせる様な美しい気配も、バレンタインの日以降見受けられない。
癖になっているのか、俺の元々の性格か……時にナミを虐めてる時がある。だがそんな時も微かに不安を宿した瞳で俺を見てから、諦めたようにその瞳を閉ざすだけで受け入れちまう。
ナミのそんな些細な仕草が怖いのだと言ったら、ナミは俺にどんな反応を示すだろうか。甘やかなそれに戻ってくれる事を祈るように願っていたのは、俺なのにな。
そんな事を考えながらナミの部屋に行けば、楽しそうにカモメと戯れていた。流石にニュースクーを攻撃するのは如何なものかと思い、それが飛び立つのを待つ。
カモメの居なくなったその場所で、ナミは嬉しそうに箱の中にあるマシュマロを見ている。そんなにマシュマロが好きなのかと思ったが、直後に差出人の名がノジコであると気付き溜息が落ちる。
それは卑怯だろうと、そう言葉にしなかっただけ自分を褒めたい程だ。ナミの世界は、姉と母親を中心に回っている。
俺はナミの中でどんな位置に居るんだかなァ?
そう思った時、ナミの指先が俺に触れて同時に口に甘い物が押し込まれた。口に入った物が、先程からナミの視線を独占していたそれなのは分かっている。
憎い敵だが、ナミは何故か得意気に特別よなんて言う。噛み潰しても柔らかすぎて勝った気がしない相手に溜息を織り交ぜつつ返事をすれば、ナミはそれに対して満足そうに笑った。
それを見て可愛いなとか思った時点で、俺に勝ち目など無いのだろう。直後に差し出された飲み物を飲めば、それも少し甘い。
蜂蜜と蜜柑が入った紅茶らしいと解ればナミらしいと思い、とりあえずそれを飲み干してから立ち上がる。ナミに八つ当たりして、不用意に傷付けるのは本意じゃねェからな。
それから数日、仕事を綺麗に終わらせて時間を作り出してホワイトデーを1日空ける事に成功した俺は、その前夜ナミに明日は出掛けるぞと声をかける。驚いた様子を見せるそれに、だから今夜は手加減してやると言えば、それでも抱くんだ?なんて当たり前の事を言って落ち込む。
激しくされたかったかと聞けばバァカと言って、風呂場に消えて行くその背を見送った。翌朝、眠っているナミにそっとキスをしてからベッドを出て、シャワーを浴びて戻るとナミが寝惚けた顔で体をゆっくりと起こした所だった。
「起きたか。シャワーに付き合ってやろうか?」
「いやよ。1人で入るわ」
気位の高い猫はそう言って、ふらつく体で俺の横を通りシャワーへと向かう。その間にベビー5にベッドを直させたりしていれば、戻って来たナミにいつもの様に怒られる。
「恥ずかしいから、自分でやるっていつも言ってるのに……!ドフィの馬鹿ぁー!あ、ベビー5。その、ごめんね」
「気にしなくて良いのに、ナミは変な事気にするわよね」
「ベビー5、大好き!」
そう言ってジャレつこうとしたのをベビー5が流石にそれは邪魔と言えば、ナミがいじけてしまった。その後、俺を睨みツーンと顔を逸らす。
そんなこんなの後、ベビー5が去ったのを見計らい声を掛ける。恥ずかしさから怒ってるだけなら、これで機嫌も直るだろ。
「朝食は俺が作ってやるから、機嫌直せ」
「……ドフィが?」
「俺も簡単な物なら作れる。……昔教えてくれた奴が居てな」
「楽しみにしてるわ」
俺の作る料理は全て、お前に教わったのだと言ったところで理解しないだろう。それでも良い……教えてくれたナミと、ここにいるナミが別人でも構わねェ。
俺は今この場にいるナミを愛して、教えてくれたナミを慕っている。パンケーキとベーコンエッグ、簡単なサラダとスープを出してやれば何か懐かしいメニューだわなんて言う。
「ドフィも、家族の為に頑張ったのね」
「久しぶりに作ったから、味の保証はねェがな」
「ありがとう、頂きます」
そう言ってナミは嬉しそうにそれを口に運ぶ。俺を迷いなく信じているのだとそれにより伝わり、俺はそれだけで泣きそうな程に嬉しく感じてしまう。
美味しいと笑ったナミが、それから少し不思議そうに私の味と似てるなんて言うが、だからお前に教えられたんだよとは内心で。食事を終えてから片付けようとするナミを捕まえて着替えるように言うと、食器を気にしつつ着替え始めるから後片付けをベビー5を呼んで命じておく。
「あらー!?まさか、これ若様が作ったんですか?」
何故か着いてきたデリンジャーが騒ぐので視線を向ければ、ベビー5も同じ疑問があったのか俺とデリンジャーの双方を見比べている。
「どうしてそう思った?」
「ナミなら、作ってる途中で使い終わった鍋も洗っちゃうから」
成程、その辺は流石に俺のファミリーか。そう思い笑って2人の頭を撫でながら正解だと答えていたら、着替えを終えたナミが戻って来た。
「二人とも何か褒められるようなことしたの?凄いわね」
穏やかな顔で笑うナミは、少し悲しそうな色を宿す。俺に褒められるのは大概誰かを苦しめていたり、命を奪った事になるからだろうと言うのがいつもだからだろうと分かる。
「ナミ、出掛けるぞ。二人とも後は任せる」
「「はい、若様!お気を付けて!」」
2人に見送られて国へとナミを抱いて降りれば、国民は騒ぐがどうでもいい。それでも国王として簡単に対応してこの国随1と歌われるショーを見せる店へと案内されれば、ナミは困ったような顔をする。
「ナミ、やりたい事や欲しい物はあるか?」
「今、怖いくらいに幸せで他には何も望んでないのよ」
「何か叶ったのか?」
「ドフィと、1緒に居られてる。……いけない事なのは分かってるのに、私は幸せなの。ドフィが生きて、楽しそうにしてるから、そんなドフィと1緒に居られるから、それだけで良いの」
……このまま城に戻って貪りたい衝動にかられるが、それは望まねェよな。俺は適当に果物を用意させると、ナミの目の前で剥いてやりながらその口元へ運ぶ。
外だとナミは、果物しか口にしようとしない事は昔から分かっている。手を加える事が難しいからだと気付いたのは、最近だったが。
「ね、ドフィ……自分で食べるから!ショー見れないし……」
「ショーを見てれば良い。俺が勝手に食わせるだけだ」
途中から果物を食べさせつつ指をしゃぶらせている俺の言葉に、ナミは潤んだ瞳を向けて来る。それは、俺を煽るだけだと何故理解しないのか。
果物を食べさせた後で、その指を俺が自ら舐めればナミは真っ赤になって震える。愛らしいその仕草に俺も果物を1つ口に入れて、その名を呼ぶ。
「ナミ」
「何?」
顔を上げたナミに口付け、口移しで果物を食べさせればナミは愛らしい声を僅かにもらす。果物よりもナミの方が甘ェな。
「今日の俺はナミの為にある。望みを言え、何でも叶えてやるよ」
俺の言葉にナミは、そっと囁くように言う。恥ずかしそうに。
「ドフィと、手を繋いで歩きたいわ。目的とか、特に無いんだけど……」
何だこの可愛い兎は。俺の忍耐力を試しているのか。
……受けて立つか。そう思いながら、ショーが終わるまでは果物を食べさせ続け、終わると外に出て屋台や店頭で販売している物を1つ買っては、先に1口食べてからナミに渡す事を繰り返す。
その内にナミがもう食べられないからなんて言葉を弱りきった様子で言うから、そっと抱きしめて問い掛ける。俺には普通のデートと呼ばれるものがよく分からねェから、結構これでも限界だったりするんだよ。
「少しは希望に添えたか?」
「そうね。私が食べられるようにって事で、先に食べてくれたりして……嬉しかったわ」
「言っとくが、ナミにしかこんな事しねェからな」
「ドフィ……」
「ナミ……」
街中だとは分かっているが、見つめ合っているだけで感情を抑えるすべが分からずに、俺はナミを抱き上げてその場で唇を重ねる。ここが何処なのかをナミが失念しているのだという事に気づいたのは、随分経ってからだったが。
ホワイトデーには、バレンタインのお返しを。そうは言っても、人任せに全てしてきた男には、女のささやかな喜びが理解出来ない。
それでも女が笑うならば、男としては充分すぎる成果だ。次の新聞でドレスローザ国王の国内デートとして、キスシーンの写真が世界にバラ撒かれ、それを知った女が男に泣きながら抗議したのは不可抗力だろうか。