助けられていたら
膝が、笑う。体に、力が、入らない。
駄目よ、そんな泣き言を言ってる場合じゃないのよ!立ちなさい、私!
宝を抱えて、甲板に座り込んで、肩で息をする。とりあえず、こうなれば仕方ないと手荷物から薬を取り出して、飲んでいいとされる最大量の鎮痛剤を口に放り込むと水で1気に流し込んだ。
それを飲み込んだ瞬間に腕を誰かに掴まれて、ギョッとして振り向くと知ってるようで知らなくて、知らないようで知ってる男がそこにいた。そして私の事を無遠慮に見てから、その男は眉間に皺を寄せたのだ。
それでも、その顔をする権利があるのは寧ろ私の方だと思う。なんで北の海に居る筈の彼等が、ここ東の海にいるのよ!
「ロー……ちゃん……」
思わず呟いた私に、男の掴む力が強まり私の腕は痛みを訴える。顔を顰めた私に男、ローちゃんは少し焦った様子で力を緩めたけど、でも腕を離そうとはしない。
「ナミ、なのか。本当に?」
落とされた呟きは微かに揺れていて、明らかに歳上の姿形をしているローちゃんを見て私は戸惑う。この反応から見て、あの幼い頃に見ていた夢は真実だったのだろうか。
でもだとしたら余計に、私は関わってはいけない。だってそれは、未来の私が何かをやるのだろうから。
その事を私はゆっくりと、でも確実にローちゃんに伝える。私は夢でその日の事を見ていたのだと、だからそれが過去に実際にあったとしたら、それは未来の私であって今の私では無いから過去を変えない為にも関わらないで欲しいのだと。
けれども、それをら聞いて尚、ローちゃんは私の手を離そうとはしない。それどころか腕を強く引かれて、その胸に抱き締められてしまう。
「……それでも俺は、もう2度とナミを手放すつもりはねェ!過去の俺がもしそれで助からなくなろうと、ナミを喪うよりは、ずっといい」
「ローちゃん……?でも、私が助けた訳じゃないのよ。それに今は不味いのよ、お願い、離して!私は、もう誰にも……!」
その先を言葉には出来なかった。切なそうな瞳が、私を射抜くように見詰めるから。
捨て犬が通りすがる人に縋るように、ローちゃんは私をその瞳で捕らえるから……。でも、私はもう誰にも、傷ついて欲しくないのよ!
ましてやそれが……あの小さくて可愛かったローちゃんだなんて言われたら、余計に。お願い……もしも願いが叶うならば、どうか私の大切な人が苦しんだり、傷付いたりしない未来をください。
他には何もいらないから。私の命1つでそれが叶うなら、喜んで差し出すから……!
「ナミ、その肩……刺青が、違うな」
ローちゃんからの突然の言葉に、私はそうだったと思い出して、ならばアーロンから私は開放される未来が待っているのかも知れないと、僅かに期待する。でもその直後に続いた、ローちゃんの言葉で息を呑む事になる。
「それにしても……相手は誰だ。無茶な抱き方しやがって……。合意だろうな?」
「っ!な、んの……こと?私、意味が……」
「ナミ、俺は医者だ。見りゃ分かる。誰だ、相手は……合意なんだろうな?」
怖い。繰り返された言葉もだけどローちゃん自体が、怖い人に成長してるよー!
昔は可愛かったのに。少しひねてたけど、可愛かったのにどうしてこうなっちゃったの!?
「ナミ!」
「……ローちゃん、見て分からないの?私は今ローちゃんが知ってる私じゃないの。私は、ここを縄張りにしてる海賊の幹部……分かったら出て「ナミ、なら何故……そんな顔してる?」」
そんな顔ってどんなと言おうとしたら、ローちゃんに強く抱き締められた。それに体が、反応する。
思わずローちゃんを突き飛ばそうとしたのに、ローちゃんは私を抱き締めたその腕を離そうとはしないから、どうしたらいいのかと1瞬混乱する。この細い体の何処にそんな力があるのかと、問い詰めたくなるけどそんな場合じゃなくて、私は巻き込みたくないのよ。
どんなに目の前にいるこの人が大人になっていても、私の中では長い事夢で見ていた幼い少年だし、読んでもいた為に、幼い頃のイメージが強い。だからこそ可愛いローちゃんでしか無くて、だからっ!
「いい子だから、帰りなさい!」
「いい子な海賊がいるか!馬鹿ナミ!……あの後どれだけ悔やんだか。後悔なんて言葉では言い表せねェ深い絶望に、どれだけ苦しんだか……!」
「ローちゃん!」
「……頼むから、もう俺を守ろうとしないでくれ」
抱き締めてくる腕から、その僅かではない震えを感じ取る。苦しいと、痛いと叫びながら心臓から血を流しているようなそれを、私は拒絶できない。
どうして……?私は、助けてもらう資格なんて何処にも無いのに。
今だけだから、と自分に言い訳して、その温もりに少しだけ力を抜く。そしてその直後に精一杯の気持ちを込めて微笑む。
「……ローちゃん、ありがとう。大好きよ。大丈夫だから、私の事は心配しないで。潜水艦に帰りなさい」
その瞬間、ローちゃんがほォと言って悪どい笑みを浮かべた。なんだろうと思ったその瞬間に、能力を使われて足を奪われる。
「ローちゃん、何を!」
「……俺の船が潜水艦だと、良く知ってたな。ナミ?」
「それ、は……」
どうしよう、言葉が続かない。どうしたら良い、今この場は、どうしたら……。
「大人しくしてろ。すぐに終わらせてきてやる」
「何を言って……」
「……人質か?それとも、弱味でも握られたか?」
「え?」
「人質だな。わかった」
待って!何が分かったの!?
その言葉は声にならず、いつの間に呼び寄せたのか集まってるクルーの人達にローちゃんは言う。戦闘だと。
その時ローちゃんが1人の大男に視線を向け、それを受けて大男が私の足を受け取る。会話は無かった。
即座にローちゃんが仲間を引き連れてアーロンパークへ向かい歩き出す。残されたのは、私とそのもう1人だけ。
「……久しぶりだな、ナミ」
「ロシー……」
思わず呟いた私に、ロシーは小さく笑うとよく分かったななんて言う。化粧をしてないけど、他に該当者が居ないのだし、何よりも……この優しい笑顔がロシーだと告げている。
「……無事で、良かった」
「そりゃァ、俺とローの台詞だな。とは言え、無事と言いきれない感じもするな」
そう言ってロシーは私に足を返してくれてつけようとしてくれるけど、嫌な予感がして受け取って自分で足を繋げる。左右逆とかやられる気がしたのよね、なんでって言われたら困るんだけど。
それからロシーと少し話をしていた私の元に無傷のローちゃんと、何故かズタボロなのに無傷なクルーが帰って来た。それを立ち上がって出迎えようとしたら、ローちゃんが瞬間移動してロシーが消えた。
「へ?」
「ナミは、愚か者だったのが理解出来た。それで、だ。……ナミ俺と来い」
「……え?あの?」
今私には混乱しかない。ローちゃんの言葉に、理解が全く追い付かない。
「このままナミをここに残せば、同じ事が繰り返されるだけだ。もう、誰にも害させねェから、俺と来い!」
「……でも、私は」
「惚れてる奴が居るのか?」
ローちゃんはそう言って、苦しそうにその瞳を揺らす。何故そんな質問をするのかも、何故そんなに切なそうなのかも私にはわからない。
ただ、ローちゃんにそんな顔をさせたい訳じゃないから、答えれば何か変わるのかと不安に思いながらも、答える為に口を開く。背は高くなっても、やはり可愛くて愛しい子だから。
「居ないわよ。愛してる人なら何人もいるけど、恋をしてる暇なんて無かったもの」
「……愛してる、人が、何人も?」
「ベルメールさんでしょ、ノジコでしょ、ゲンさんと「分かった。もういい」」
途中で言葉を遮られて首を傾げると、ローちゃんは私に何故か年齢を聞いてくるから素直に18歳だと答える。それに対してローちゃんは何故か少し考えるような仕草を見せてから、私に視線を向けるとその直後に意識を刈り取られた。
素早過ぎるそれに、油断してたのもあり抵抗できなかった私はそのまま倒れてしまい、次に目覚めた時には海の中に居て……必要な物も全て運び込まれた後だった。いじける私にローちゃんは言う、死んでも傍から離すつもりはねェよと。
その笑顔が壊れそうに見えて、それに対して仕方無いかと折れた時点で、私の未来はある程度決まっていたのかもしれない。そうして私はローちゃんと共に、波間の下を通りながら、まだ見ぬ未来へゆっくりと進み始める事となった。