これから偉大なる航路に入ろうと言う時に、コラさんが食料の入った箱が積まれていた荷台を海に落としてくれた。それに慌てたコラさんがその食料を追い掛けて海に飛び込んだ事で、事態は悪化の1途を辿る事となる。
他のクルーがコラさんを救出してる間に、食料は海に沈み回収不可能となり、見事な食糧難に陥ったのだ。それに対して仕方無いと溜息を落としつつ、明らかに俺の過去としか思えない内容の小説を手に取る。
この本が発売されたのは、あの日から数年が経過してからだった。もしもこれを書けるとしたら、ナミだけだろう。
この本の存在に気付いてから、2年。つまりそれだけ、手掛かりに気付けずにいた期間があると言う事だ。
即座に気付けていたら良かったが、残念ながら過去は変えられねェ。作者である〝宝玉〟を探しても何も手掛かりは無くて、当然のようにナミの手掛かりもない。
冷静に考えれば、あの日俺達を庇ったナミが生きている筈など無い。だが、この本がナミの生存している可能性を俺に示す。
その時船体が大きく傾いたのが分かり、何があったのかとベポに問いかければ流されているのだと言う。海流が渦を巻いて、それに引き寄せられていると。
なんて事だと思っても、どうにもならねェ。渦に対して45度の角度で進む事で何とか渦から離れる事に成功する。
必要とは思わなかったが、宝玉の作だからと買っていた航海術の心得初級編と銘打たれたそれに書いてあった事だ。それが……役立ったな。
それから少し船を進めて、どうやら近くに船と陸があるらしいと知れば浮上するしか無くなる。陸があるのならば、木の実のひとつ、獣の1匹は居るだろう。
そう思って浮上した先には、小さめの海賊船が1つと、夏島があった。ヤシの木が生えているのだから、それなりに食料も調達できるだろう。
海賊船に関わるつもりは無かったが、その海賊船から音がしない事に違和感を覚えた俺は、様子を見る為に飛び乗る。……人のいる気配が感じられ無い。
見張りも残さずに全員で降りているのか?不用心だな。
そう思った時、ガシャンと言う音が聞こえて来た。それにより漸く、誰かいるらしいと気付く。
それにしても気配の薄い、生きてるかも怪しい雰囲気だなとその音の発生源に視線を向けた。その瞬間、俺は呼吸が止まるような衝撃を受けて呼吸さえ忘れる。
酷い顔色で、露出している肌の大半には鬱血の跡が見受けられる。薄くではあるが、首を紐で締められたような跡と、腕を押さえられたであろう痣もあるのが確認出来た。
その人物は、生まれたての小鹿の方がまだ見ていられると思うような動きで、移動をする。そして、崩れ落ちて、また立ち上がり動き出す。
それを何度も繰り返しながら、肩で息をしている。その女の姿はどう見ても、あの頃と寸分違わぬナミだ。
そして、手荷物から何かを取り出すと口に入れて、それを水で流し込んだのが分かった。それは、あの日もやっていた行為だと思い出せば、薬で誤魔化して生きてるのかと理解する。
それと同時に体が勝手に動き出す。何も考えられずに、その細い腕を掴めば、成程折れそうだと思わされる。
振り向いたその顔が、あの時のナミと何も変わっていなくて、俺の願望が産んだ幻かと思わされる程。ただあの優しい眼差しが失われ、瞳の色が絶望に染まっている事だけが違いだろうか。
傷口が膿んで熱を持ち、けれどもそれが慢性化している為に脳にまでその毒素が回ってる自覚が無い患者のように思える。だと言うのに、ナミとしか思えない人物は、なんでもない事であるかのように振る舞う。
それでも、まだ確証は無い。明らかに若過ぎるし、変わらなさ過ぎる。
血縁者の可能性だって本来ならば、充分に有り得るのだが……。香りが、その低い体温が、ナミだと主張している気がしてならない。
「ロー……ちゃん……」
思わずと言った様子で呟いたナミらしき人物のそれに、無意識で腕を掴む力が増してしまえば、微かに顔を顰められた。慌てて少し力を緩めたが、離してやるつもりは無い。
「ナミ、なのか。本当に?」
俺の声が、無様に震えて……いる。期待と不安が綯い交ぜになったかのようなそれに、目眩までして来そうな心持ちだ。
そんな俺を真っ直ぐに見詰めたナミと
これは良くないかもなと思ったが、ナミらしき人物は、真剣な表情と声で俺に普通ならば有り得ない事を口にした。それにより俺は、この人物がナミだと知る。
それは……幼い頃の俺を助けたのは自分ではないと言う所から始まった。自分が助けた訳ではないと繰り返してから、けれどもそれを知っているのは、幼い頃に夢で見ていたからだと。
そして、恐らくはそれを行うのは未来の自分であり、そうであるならばここで自分に関わっては未来が変わる。即ち、過去の俺を助けられなくなると言う。
別にそれなら、それでも構わねェ。幼い頃の俺が助けられなくて、その結果俺が消えても構わねェよ。
俺はもうナミを喪うかもしれないなんて恐怖は、味わいたくねェ。それならば、俺が消えた方がずっとマシだ。
そう思ってナミを抱き寄せた時、麝香の香りと共にドフラミンゴの好むコロンの香りがした。血の臭いを消すのに都合がいいと笑っていたアイツの顔と声が1瞬で蘇り……まさかと思いながらも、ナミに言葉を告げる。
俺はナミを喪いたく無いのだと。それに対してナミは俺を案じるような顔をして、更には自分が助けた訳じゃないから関係無いと言い出す。
雪の中で初対面の餓鬼を全力で庇って守って、命まで平然と投げ出そうとした女にそんな事を言われるとは考えもしなかった。俺は……今もまだナミの中では、あの頃の子供のままなのか。
震える声で、悲痛な声で、ナミは何かを言いかけて、俺の顔を見て言葉を止めた。その文脈からわかる。
誰にも〝傷ついて欲しくない〟もしくは〝死んで欲しくない〟だろう。甘い……ナミは、甘過ぎる。
戸惑いを見せるナミの肩を見て、俺は思わず呟いていた。明らかに、あの時とは違っていると断言できる唯一のもの。
「ナミ、その肩……刺青が、違うな」
言葉を音にして気付く。頑ななナミの態度。
そうか、この刺青を入れてる理由が、俺を拒む原因か。なら、この印の元を始末すればいいんだな?
「それにしても……相手は誰だ。無茶な抱き方しやがって……。合意だろうな?」
それよりもドフラミンゴの臭いをさせているナミの事が気になって言葉を口にすれば、怒りがどうしても声に滲みでる。あの時のナミは、相手がドフラミンゴだと知っていて、微かに体を震わせてから、それでも〝守るわ〟と言った。
今のナミがあのナミの過去だと言うならば、あの時のナミはドフラミンゴを知っていて、挑んだ事になる。そして、この様子だと……強姦されたんだろう。
「っ!な、んの……こと?私、意味が……」
顔色を紙のように白くして、体を小刻みに震わせて……それで隠してるつもりなのか。首にあるその糸で締められたような跡は、抵抗しながらも無理に犯された証拠だろうが……!
「ナミ、俺は医者だ。見りゃわかる。誰だ、相手は……合意なんだろうな?」
分かってて問い掛ける俺に、ナミは怯えたような眼差しを向けてくる。それから何故か俺を愛おしそうに見詰めるが、それと同時にその瞳に彼岸が宿ったのが分かった。
「ナミ!」
「……ローちゃん、見てわからないの?私は今ローちゃんが知ってる私じゃないの。私は、ここを縄張りにしてる海賊の幹部……分かったら出て「ナミ、なら何故……そんな顔をしてる?」」
俺に冷たい言葉を発する度に、自分が傷つけられているかのような顔をして、彼岸をその瞳に宿す。その細く頼りない、震える体でいったい何を抱えている。
そう思って抱きしめると、体が明らかに反応した。声だけは耐えたとでも言わんばかりのそれに、怒りが胸の内で爆発しそうになる。
……どれだけ、抱かれたんだ。こんなにも敏感に反応する位、そんなに何度も……いや、長時間犯されたのか。
俺を退かそうと、逃げようとするナミは、殆ど力が入ってない事に気付いていない様子だ。そんな状態で、ナミは言い放つ。
「いい子だから、帰りなさい!」
「いい子な海賊がいるか!馬鹿ナミ!」
俺をいくつだと思ってやがる!あれから、何年経ったと……思っていやがる。
「あの後どれだけ悔やんだか。後悔なんて言葉では言い表せねェ深い絶望に、どれだけ苦しんだか……!」
「ローちゃん!」
必死なその声の中に、俺を案じる色があるのは分かってる。だから言う。
「……頼むから、もう俺を守ろうとしないでくれ」
抱きしめる俺が震えている。そんな俺をあの頃と変わらない甘くて優しいナミの温もりが、甘やかすように俺を包む。柑橘の香りが鼻腔を擽り、俺にナミが生きて存在している奇跡を痛感させる。
慈愛に満ちたその温もりと声が、俺を子供に返らせようとして来る。……馬鹿か、今度は俺が守るんだと決めているというのに。
「ローちゃん、ありがとう。大好きよ。大丈夫だから、私の事は心配しないで。潜水艦に帰りなさい」
……潜水艦?
……そうか、お前は俺を知っていてくれたのか。そして、やはりお前が宝玉か。
賢い癖に何処か抜けてるのは、文字から伝わっていた。今、確証を得たからには、もうナミも宝玉も手放すつもりはねェんだよ!
roomと言葉を口にして、能力を発動させた直後にナミからその足を奪う。逃がすものか、俺の太一であると言うのに。
それに抗議されても、俺は鼻で笑い飛ばして終わらせる。泣かれようが嘆かれようが、俺はナミをこれから先2度と手放すつもりはねェ!
潜水艦の事を言えばナミは、言葉を詰まらせて俯いてしまう。その姿が、庇護欲を誘う、そして……俺は今度こそ後悔しない道を選んでみせると決意して、鬼哭を強く握り締め、立ち上がる。
「大人しくしてろ。すぐに終わらせてきてやる」
俺の言葉に反応を示したナミに、カマをかければその反応からだいたいの事が分かった。誰かを人質を取られて従わされてるらしいと。
俺の帰りが遅いのを心配したクルーの気配を感じて、声に出す。鬼哭まで、震えて反応する。
「戦闘だ」
成り行きを見守っていただろうコラさんに、食べ物を駄目にしてここに導いたのも結局はコラさんだと言えなくもねェから、ナミの護衛を任せる。コラさんだとて、本来そんなに弱くはねェんだよ。
ドジなだけで、頭も悪くねェんだよ。……ドジなだけで。
ナミの足をコラさんに持たせて、ナミを苦しめる現況を始末する。とは言え、殺しはしねェつもりだが……な。
コラさんが、嫌がるから。そして、恐らくはナミも。
嫌になる程に、本質が似てる2人にこれから先も俺が勝てる日は来ないだろうと思いながらも、調べれば色々と分かる。宝玉としての天才としか言えない多才さに加え、この測量技術。
庇っていたのは家族ではなく村全体と分かれば……馬鹿がと声に出さずに吐き捨てたくなる。8年もの期間、独りでこんなにも大人数を守って居たのだと知ってしまう。
魚達を始末すると同時に、俺はナミの家族にナミを保護したいと申し出ていた。許可も無く連れされば、何かの時にナミが壊れかねねェ。
疑ってかかるナミの家族に、ガキの頃世話になった恩があると言えば、何故か妙に納得されて荷物を託された。それをクルーに運ばせるように指示を出しつつ、買い出しの指示も行い、俺はナミの元へ帰る。
海岸にあった箱とコラさんを入れ替えて、ナミに俺と来いと言って見れば妙に歯切れが悪い。誰か想ってる奴でもいるのかと思って確認しても、上がるのは家族の名前だけ。
それにより咄嗟にナミの年齢を確認した俺は、恐らくは正しいだろう。聞けば18歳だと言われたのだから、手を出しても合法的に問題は無いだろうと思った俺は非道か?
埒のあかない会話を辞めて、連れ去ると決めれば意識を当身で奪い取るのが1番手っ取り早い。意識を失い倒れるナミを俺の部屋に運び込んで、2度と後悔しない為にと手放さない事を決意する。
結局ナミの部屋は別に用意する事にされて、同室にはなれなかったが……。まァ時間の問題だろう、とほくそ笑む。
漸く取り戻せた愛しい温もりを抱いて、ドフラミンゴは確実に消し去ってやると強く決意したのだった。リスクは……残せねェ。