勝手に潜水艦を飛び出して、買物に出掛けた馬鹿猫を摘み連れ戻せば不満そうに俺を睨み付けてくる。……この馬鹿猫は、自分の価値を分かってねェ。
世界に狙われている自覚を持てよと苛立つ俺に、ナミはよく分かりませんって顔で俺を見る。どうしてコイツは、自分の事だけこんなにも……!
「部屋から出るな!シャワーとトイレはついてるのを使え。飯は、運んでやる」
「ロー……!」
「……夜は、俺がこの部屋に来る。異論は認めねェ!」
「ロー!」
ドアを勢い良く閉めて、そのドアの前に座り込む。……俺の体が小刻みに震えているのは、ナミを喪う恐怖からか。
そんな俺の様子を陰ながらのつもりで、全く隠れられてねェクルー達が見ているのがわかり、溜息を落とす。……この船にいるのは全員、俺が〝失いたくない〟と願う大切な存在だ。
「……喧嘩じゃねェし、危害も加えねェよ。だから、安心しろ」
「アイアイ、キャプテン!」
「……コラさんも、そんな顔すんなよ」
全身で心配ですと言っているコラさんの姿に、脱力しかける。まァだとしたらナミも中で、反省じゃなく俺を心配してそうだな。
コラさんとナミは、そういう所が根本的に似ている。コラさんはドジで、ナミは天然ボケと言う違いはあるが本質が近いんだよな。
ゆっくりと立ち上がり、全員に言う。夜には仲直りしてるから安心しろと。
それだけで色々悟ったらしい面々が去れば、残るは理解出来なかったベポと、心配性のコラさんだけだ。それに対して、もう1度大丈夫だと言えば、2人も解散した。
その日、食事は運ばせたが殆ど食べなかったらしいナミに溜息を落として、夜軽食を持って部屋に行く。海での食事がどれ程貴重か分かっているナミが、無意味に残す事は有り得ねェ。
「ナミ」
「ロー……」
「反省、したか?」
「……うん!した!」
よくわかった。反省してなかったな。
とりあえず慌てた様子で頷いたナミだが、恐らく俺の怒り方で心配してばかりだったのだろう。本当に、困った奴だ。
「ナミ、飯は食え」
「……ごめんなさい。食欲無くて……私の分は飲み物だけで良いって、ペンギンには伝えたのよ?」
「聞いた。だから軽食にしてやったから、食え」
「や!」
「点滴が良いのか?」
俺の言葉にナミは項垂れると、本当につらそうに食べるからその額に手をやって確認する。……熱はねェな、低過ぎもしねェ。
「どうした?」
「……ごめんなさい、悲しませるつもりは無かったのよ」
「ナミ」
「でも、買物に行った事に後悔は無いし、反省も出来ない。だから、心配掛けた事だけ、ごめんなさい」
「……お前、融通の利かなさだけは誰にも負けなさそうだな」
言いながらそっとその細い体を抱き締めれば、怯えたように微かに震える。……まだ、怖い、か。
俺に抱かれるのを嫌がりはしねェが、毎回つらそうにしている。ドフラミンゴのせいでな……!
「ロー……もう、食べられそうに無いわ」
「……もう、怒ってねェから、明日から普通に食え。部屋からも出て良い」
結局俺がナミに勝てる筈なんて無いのだと、この日俺は痛感した。そんな俺にナミはありがとうと笑って、幼い子供のように無防備に俺をベッドに誘い、眠る。
……俺の理性に感謝しろよ、ナミ。幾度目になるかも分からない事を考えながら、俺はそっと眠るナミの頭を撫でた。
翌朝目覚めると腕の中で安心した顔して寝てるナミが居て、それに少しホッとする。どうしたって俺は、いつでもナミが心配なんだ。
指の隙間から零れ落ちるようにして、ナミを失うんじゃねェかと……いつも、不安なんだ。そっと頬に触れて、温もりを感じる事で安心する。
「俺の手の届く範囲にいてくれ」
守らせてくれ。頼むから。
哀願するように、祈るように呟く自分に自嘲する。ナミは俺の、明らかなる弱点だ。
その時ナミの目蓋がゆっくりと開かれて、俺を見ると笑った。そして、呑気に言う。
「ロー……おはよう。なんで、そんなに泣きそうな顔してるの?怖い夢でも見た?」
「……お前の中で、俺はいくつなんだよ」
ナミの額を軽く弾いてから体を起こした俺に、少し痛むのか額に手をやって恨みがましい視線を向けて来るナミを見て笑う。……こんな日が続けばいい。
微温湯に浸かるような、穏やかな日々が続けば……良い。それからナミはいつも通りに生活をしていて、まァいつもよりキッチンにいる時間は長いがさして気になる程でもない。
それから数日後、朝からナミが捕まらねェ。話し掛けても、後でねとか言って消えやがる。
苛立つ俺に、クルーさえ近付こうとしねェ有様だ。パタパタと動き回り、何度となく俺の前を荷物を持って移動するナミに、思わず手を伸ばせばナミに困ったような顔をされる。
「いい子だから、もう少し待ってて」
「いい子な海賊がいてたまるか!」
何だか久々に感じるやり取りに俺とナミは同時に吹き出して、それからナミはごめんねと言って動き出す。……何してんだかな?
夕方になるとナミが、食事の為に集まっているメンバーに箱を配り始めた。何だと思って見ていると、配られたそれを即座に開けたベポがチョコだと言って喜んでいるのを見て、今日が何の日か思い出した。
ナミが作ったであろうトマトベースのスープや、ハートの形をしたパンが用意されているのを見て、パンかとゲンナリした俺だが、それ以前に何故俺には何も渡さねェ?
「うわ〝お酒は1日1本までね〟ってメッセージが入ってる!」
「何?俺には〝最低でも3日に1度はお風呂に入りなさい〟だぞ!?」
「おい、風呂には毎日入れ。無理ならシャワーだけは浴びろ。酒は……確かにお前は肝臓が弱いからその程度にしておけ」
聞こえた会話にツッコミを入れれば、他からボソリと声が聴こえてきた。本当にウチのクルーは。
「……船長と参謀がお袋と親父に思えて来た」
「聞こえてるぞ」
それからもナミに貰ったそれに盛り上がるが、食事さえ俺の前には用意されず、ベポに視線を向けると不思議そうに首を傾げられる始末だ。……ナミは既に居ねェし。
「ロー……お前、なんで部屋に行かないんだ?」
コラさんに突然言われて視線を向ければ、ベポとは違った意味で特別感のある箱を手にしているのが見えて思わず鬼哭の鞘で腹に1撃入れると、その場で倒れた。……避けろよ。
「……何でコラさんとベポだけんな、特別感満載なんだ」
「「「ナミだからでしょう」」」
理解出来ねェのに理解出来る返事が1斉に返り、苛立ちは頂点に達する。その時ベポが言う。
「でもナミ、キャプテンには部屋に用意してたよね?なんでコラさんを殴ったの?」
「部屋に?」
俺が問いかければ、コラさんが震える声を床から響かせる。……そんなに強く入れた覚えは無かったんだが……無意識で人体の急所を狙っていたらしい。
「だから、なんで部屋に、行かねェの、か、聞いただろ……?」
「悪かった。急所に入ったか?」
「男の急所じゃねェから、まァ、ゆる、す……」
バタりと倒れたコラさんを見て、特に問題はねェなと判断した俺は部屋に向かう。先にナミの部屋に行ったが誰もいなかったので、自室に帰る。
すると中には嫌がらせかと言いたくなるような種類の焼魚と、何人で食べるつもりなのかと聞きたくなるようなおにぎりが並んでいた。白結びにしか見えないそれの上に、具材が分かるようにか昆布やらおかかやらが乗せられている。
その他、混ぜご飯風のお握りも同じように上に具材が飾られていたり、肉巻きお握り等もあるのが分かる。海苔は隣に置かれていて、食べるそれに自分で海苔巻いて持てとでも、言われている気がした。
「ナミ、これは……」
「色々考えたのよ。でも、ローが1番喜ぶ料理ってこれじゃない。だから、色々なタイプと中身のおにぎりと、焼魚地獄にしてみました!」
「……馬鹿なんだな」
「酷い!」
「残るだろ、これ。どうするつもりだ?」
「クリマタクトで残った分は、凍らせておくわ。食べたい時に、解凍して食べればいいかなって」
その言葉にそれは確かに助かるなと少し思う。その直後におにぎり使ってお粥とか雑炊作るのも簡単で美味しくて、胃に優しいからいいと思うなんてぽやんとした顔で言われると、それ以上何も言え無かった。
とりあえずいくつかのおにぎりを食べながら、ナミの用意してくれるお茶を飲みつつ、本を読み始めればナミは楽しそうに俺を眺めている。何が楽しいのかよく分からねェな。
「ナミ、楽しいか?」
「うん」
「……何が、楽しいんだ?」
「ローの観察って楽しいのよ。適当に知識だけ得たくて読んでる時と、暇つぶしの時、興味のある分野の話が書かれてた時で、顔とか指の動きが変わるの」
「……そうか。ナミが楽しいなら、良い……か?」
いいのか?いや、よくねェだろ。
なんだその無駄な時間の使い方は。それなら、何か書いてた方がまだ有意義だろう。
「ナミ……」
そう思って名を呼んだが、俺もナミが何かを書いていたり歌っていたりする姿を眺めているのが、楽しいと気付き同じかと思えば声が出なくなる。だが、名を呼んだからかナミは、なぁにと言って首を傾げている。
「残り、凍らせとけ」
「うん、分かった」
もう少し食っても良かったが他に言葉も思いつかなかったから言ったそれに、素直に頷いて食料を凍らせてからナミは俺に箱を差し出してくる。それを受け取りつつ、これを貰ってなかったからとコラさんを無駄に攻撃した事をふと思い出すが……不可抗力だろう。
中身を確認すればハートの形をしたチョコがいくつかと、写真が入っている。見ればベポを枕に寝ている俺の写真で……。
「俺が俺の写真持っててどうするんだ。ナミの写真寄越せ」
「そんなもの持ってないわよ」
「なら、写してやろうか?俺と〝寝てる〟時の写真でも」
「2人で寝てたら、写真撮れないわよ?」
……予想外の返しに1瞬黙り、それからこういう奴だと思い出す。仕方ねェな。
「こっちの、寝るだ。馬鹿ナミ」
そう言って体を抱き寄せ服を脱がせつつ身体中にキスを落とせば、ビクリと反応する体と、抵抗しないナミ。だが、微かに怯えをその瞳に宿す。
「やだ……そんな写真撮られたら、海に飛び込んでやる」
「なら、大人しくしてろ。今の姿を写真に収めてやる」
俺の言葉に大人しくベッドで座ってるナミにカメラを向ければ、困ったような顔で笑うから後で寝てる写真撮ってそれを持ち歩いてやると心に誓う。……ハメ撮りなんかしたら、本気で舌噛みそうだからな。
俺に基本的に逆らわないナミが、それでも肌の触れ合いに怯えるのはドフラミンゴに襲われたからだと分かっている。会う前の事とはいえ、守ってやれなかった事が、俺にはつらい。
「ナミ……まだ、俺が怖いか?」
「私、が……」
「ん?」
「私が怖いのは、自分の浅ましさよ。誰にでも反応して、私……!」
そんな事か。当然だろうに。
涙を耐えるその顔も写真に収めてからカメラを置いて、ナミへと近付く。自分にだけ厳し過ぎるナミが、心配でならねェ。
「お前は、天候を肌で感じるんだから敏感に決まってんだろ。そんな事気にするな。寧ろ、もっと俺に声を聞かせろ」
俺の言葉にナミはその瞳を大きく見開き、震える声で、嫌わない?なんて聞いてくる。どうやら本気でナミは馬鹿だったらしい。
「嫌うか。どれだけ惚れてると思ってやがる。……もっと、色々な姿を俺に見せろ」
俺の言葉にナミは嬉しそうに笑うと、俺に抱き着いてきて、耳元で囁く。先程とは違い、震えてはいないその声は色気を含んで、何処か挑発的でさえある。
「美味しく食べて……」
「……当然だ」
いつもは抑えられているその声が、少し触れただけで素直に発せられる。直後に恥ずかしそうに目元を赤く染めて声を抑えようとするから、抑えられないように弱い所を狙えばまた声を出すナミ。
「隠すな、抑えるな、全て……見せてみろ」
「ろ……ぉ……!」
俺の指と唇だけでこうなるんじゃ、今夜は酷い事になりそうだなと思いはするが、辞めてやるつもりはない。大切に、慈しんでやるよ。
Happy Valentine……甘い甘い2人は、互いの熱で全てを溶かし出す。隠されていた甘い真実に、互いに息もできない程に溺れそうだと笑いながら。
後に意識を失いベッドに沈んでいる女の姿を、男がこっそり写真に収めていた。そしてそれを持ち歩くようになった事は、男しか知らない秘密である。