俺の為にと考え、考え過ぎてお握りと魚地獄を作り出してくれた可愛い恋人に、礼としてやった髪飾りが風に揺れている。気に入ってくれたのだろうか。
あの日に教えた髪の纏め方で1つになっているそれのお陰で項が見えていて、食らいつきたくなる。まとめ切れていない短い部分の髪が揺れるのを見て、喉が鳴るのを自覚した。
……ガキか、俺は。そんな自分が許せなくてベポを枕に寝ていれば、気付いた時にはナミに頭を撫でられていた。
深く眠りそうだと思ったのも束の間、ナミが囀るように言葉を口にする。それにビクリと肩が揺れそうにったのは、衝動的に抱き締めそうになったからだ。
「愛してるわ」
そのままそっと唇が俺の額に触れて……それに心臓が高鳴る。きっとこれは悪い病だ。
そうでなくてどうして、そんなにも喪いたくないと思わされるのか。ドフラミンゴに存在を知られているのに、鷹の目に狙われているのに、無邪気に優しく微笑むその甘やかな姿をどうしたら護れるのだろう。
そのまま動けずにいる俺にそっと抱き着いてきたナミは、俺に囁くようにお休みと言って眠りに入る。ナミが眠ったのを確認したのか、俺の下でベポが身動ぐのでナミを落とさねェように抱えて体を起こせば、少し照れた様子のベポがいた。
「キャプテンもナミも、突然甘い空気出さないで欲しい。……俺の上で」
「何だ、俺のやる事に不満があるのか」
「俺もキャプテンの事大好きなのに、ナミばっかり狡い。だからキャプテン、俺に雌の熊紹介して」
何故俺を好きでナミが狡いのに、求めるのは雌の熊なんだ。そしてそれを、何故俺に求めるんだ。
おかしいだろうと言葉を連ねれば、ベポはナミは先生だから言い難いと言う。結局の所ベポのそれは俺に甘えてみてるだけだと分かり、その頭を撫でてからナミを部屋に運び入れる。
ベッドに寝かせてから、そっと肌掛けで体を冷やさねェように覆ってやった時、机に置かれている書きかけの原稿が目に入って来た。そこに記されていたオレンジデーの記述に視線を留め、けれども出版を辞めたらしいその原稿には微かでは無い皺が入っている。
恐らくはバレンタインからの引き続きだからと書こうとして、俺達に知られると気を使わせるとかそんな他愛ない事を考えたのだろう。女から男へ、男から女へ、そして、互いに贈り合うラストだと言うのならば可愛いもんじゃねェか。
そう思ってその紙は回収しておく。後でクルーにも教えておこうかどうするか、そんな事を少し考えてしまう。
俺はその日ナミが起きる迄、その部屋にある未読の本を読み漁っていた。オレンジデーに何を贈ればナミは喜ぶか、そんな事を考えていたからか、その内容は殆ど頭に残りはしなかったが。
その翌日ナミに近くの島へ向けろと命じれば、即座に頷いて針路を変えた。航海士として何かをする時、ナミは必ずベポを伴い、ベポをメインにして航海を進めて行く。
それはベポの為であり、俺達の為だ。その上医学知識も恐ろしく多いナミだからこそ、俺の傍でサポートして貰う事も多い。
雑務の殆どはナミとコラさんが受け持ち、その他に航海士の教育育成を行いとなれば……下手に手を出せば倒れかねねェ。もう少し負担を減らしてやらないとな。
「キャプテン、今向かってるのはどんな島ですか?」
「今調べているが、恐らくは人のいる島だろうな。調味料が足りないと聞いているから、人のいそうな島を探して貰っている所だ」
突然の問い掛けに答えれば、そいつは大喜びでシャチの元へと向かい配当金はいつ配られるのかと聞いているようだった。そういや、その辺の管理もナミがやっていたな……。
だが確かに、ナミか俺かコラさんがそれはやるしか……。待てよ、ペンギンなら出来るかも知れねェな。
暫くペンギンをナミのサポートに付けて仕事を覚えさせるかと考えて、ベポなら兎も角ペンギンと共に過ごすナミ等認められるかと考えを改める。シャチも真面目にやればそれなりの事が出来るのにな……。
どちらにしても、ナミの傍には居させるつもりはねェが。……どうして男をナミの隣に居させるんだよ、有り得ねェだろう。
そうして到着した島は、特に目立った産業がある訳でもなく、海岸沿いの商店では水着等を販売している。奥の方では、果物や野菜を栽培してそれを使って生活や商売をしている様子だ。
クルーには見張りとして数人は残るように言ったが、それも交代で皆に2、3日は好きに過ごせと言っておく。たまには陸での息抜きも、必要だろうからな。
俺も船を離れて歩き、香水を売っている店の前を通りかかる。隣にある装飾品の店とコラボしているとして販売していたのは、小さなピアスで……スノードームの体験講座と書かれた看板にうーむと小さく唸る。
「なんだ、あんたみたいな良い男がこれに興味があるって事は、家族か恋人にかい?」
恰幅の良いパーマの効きすぎた髪型の女が話しかけて来て、あァと頷くと奥へと案内された。どんな相手なのかとか、幾つか聞かれるままに答えれば植物の香りがする香水で、その植物を中に入れたピアスはどうかと言われる。
元々ナミから蜜柑の香りがするのは確かだが、喜ぶかも知れないと思えた。オレンジ関連で何かとなっても、宝石は下手をすれば邪魔になる。
だから俺も装飾品では無く、刺青なんだが……そんな事は今はいい。ナミが喜ぶ身に付けられる、オレンジ関連の物……それが必要なんだよ。
「蜜柑の花と蜜柑の香水でも、出来るか」
「出来るよ!作り方は教えるから、やってみな!」
そう言われるままに入れ物を選ばされて、蜜柑の香りがする香水も無駄に種類があり悩まされつつ何とか作り上げた。中の香水を使えるようにしようかとも考えたが、中身が減ったのを足しつつ使うより、香水もセットで贈る方が建設的だろうと、ただ香水の香りが仄かに香る程度のピアスを作る。
プラチナの金具とクリスタルで作られた円形のそれに、蜜柑の花と蜜柑の香水を入れて作ったそれは随分と愛らしい物になった。それをラッピングしてくれと頼み、船へと帰る。
船に帰り着くと開口1番問い掛けてきたのはナミだった。お帰りより先に飛び出したそれに、少し驚かされる。
「ロー、女の人に絡まれたりした?」
「何故?」
「色々な匂いがするから、酒場とかで絡まれたのかなって。大丈夫だった?」
「ん。植物系の雑貨屋に入ったから、そのせいだろ。……確かに臭いな。風呂入ってくる」
「ふふ、気を付けてね」
「ナミは……妬かないのか?」
風呂は能力者の天敵だから、いつも気を付けてと言われるが、今の流れだと妬くところだろ。なんで楽しそうなんだよ。
「ローは、私に嘘つかないから。それに、本当に嫌そうな顔で〝臭い〟なんて言う人疑う訳ないし」
そう言ってクスクスと笑うナミに、悔しいが言い返す事も出来なかった。その数日後、迎えたオレンジデー当日。
いつもと特に変わらないその日を迎えて、俺は呑気そうに部屋から持って来た植木鉢を甲板に並べているナミに背後から抱き着く。それにナミは不思議そうな顔をしてから、何かあった?と微笑んでくれた。
「ナミに、これを渡したくてな」
言いながら手渡したそれは、可愛くラッピングされた手作りのピアス。それを手にしたナミはありがとうと言ってから、開けていい?では無く、開けるねと言って開封する。
どんな顔をされるのか、それを見たいような見たくないような微妙な気持ちでいる為に、ナミを抱く腕に力が入る。そんな俺の気持ちを知らずに、ナミは中身を取り出すと動きを止めてそれから可愛いと呟いた。
「ロー……ありがとう。ねぇ、今日が何の日か知ってたの?」
「机に、説明書きがあったのを見たからな」
「ロー……今夜は、私の部屋に、来てくれる?」
「ん?」
「……傷物にして」
「……あァ、ピアスホールか。誤解を招く言い方するな。……何をどうしたとしても、ナミは傷物にならねェ」
「え?」
「ナミの気高さは、何をしても失わせる事は出来ねェよ。……後でな」
その後ナミが顔を真っ赤にして座り込んで動かなくなっていたと聞かされた俺は、慌てて甲板に行きその姿が見えなかった事で踵を返してナミの部屋に飛び込む。そんな俺にナミは、照れただけよなんて叫んで背を向けられちまう。
それにたじろいだ直後に俺のやった香水をプシュッと掛けてきたナミは、香水のかかった俺の臭いをかいで成程なんて頷く。それから、嬉しそうに少女のように笑った。
「あの日の小物屋さんって言うのは、これを選んでくれてたのね。ありがとう」
「突然何するのかと思えば……」
「だって、オレンジデーをローにも楽しんでもらおうと思ったんだもの」
そう言って笑ったナミは、そっと俺の手を引いてベッドに引きずり倒すと馬乗りになって来た。そして、妖艶な笑みを浮かべる。
「ロー……ピアス付けてからはローの好きにしていいから、今日は私の好きにさせて」
「は?」
「愛しているわ。ロー」
そう言って俺の腹の上に移動したナミは俺に背を向けて下腹部へとその手を伸ばす。嘘だろうと動揺する俺に気付かないのか、気付いて無視しているのか、ナミはそっと俺の分身に口付けると俺を翻弄し始める。
「今夜は、私をあげるわ。知られているなんて思ってなかったから、何も用意して無いの。だから、コレで我慢してね」
そんな言葉と共に始まった突然の行為に、けれどもこうなれば好きにさせるしか無い。ピアスホールを開けてからは、覚悟しておけよと内心で呟きながらナミの顔が見たいなと少し思った。
Happy orange day……蜜柑の香りが漂う部屋で、葉に同化し隠れる青い蜜柑のように、その素顔を隠した女の行動に、男が耐えきれなくなり形勢逆転するのは時間の問題だろう。その瞬間にきっと女は、皆がよく知る色付いた蜜柑へと変貌すのだろうが、それは2人だけが楽しむべき事案だろうと思われる。