※この作品はR-18です。

助けIFシリーズ   作:夢枕 七変化

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忘姫(side)

 俺が贈った髪飾りで髪を纏めて、俺が作ったピアスを付けて、相変らす蜜柑の香りを振り撒きながらナミは飽きる事無く机に向かって居る。日に当たる事が減ったからか、元々白かった肌が余計に白くなり既に病的とも言えるような状態にあるが、本人の自覚は無い。

 だからと言って突然日光に当たらせたのでは、肌が対応しきれずに火傷を負うリスクがある。だからと夕方から夜にかけての外出をと考えれば、行ける場所は限られちまう。

 本来ならば朝日が肌に1番負担も無いが、朝日は案外蜜柑の為に浴びている。だからと言って、日中表に連れ出せば時間が長すぎる為、負荷がかかりやすいと分かっていても短時間で済む夕方を狙うしかない。

 少しでは無く守銭奴な所のあるナミだから、無意味にホテルに泊まろうと言えば勿体ないとか言われる可能性もあるか。……と考えた時、シャチが楽しそうに何かを見ている事に気付いた。

 

 「どうした?」

 「あ、船長!!この近くの島は夜景が綺麗なスポットが多いらしくて、カップルが沢山いるらしいんです!なら、俺もそろそろ彼女とか出来たり……?」

 「この島限定なら好きにしろ。連れて行きたいなら、戦えるか、船で役立つ能力を持ってるのにしろ。面接はしてやる」

 「……あ、りがとう、ございます」

 

 声を震わせ俯くシャチに、そんなに感謝されても面接に手心は加えねェぞと言い捨ててその場を去った。だが……夜景が綺麗なスポットか。

 俺は船を浮上させるとシャチも行きたがっていたからと、船を順番に降りて楽しむように言って少し情報を集める。その中で夜景が綺麗なBARがあると知り、ナミを誘う事にした。

 素直に着いてきたナミは、BARに到着すると何も見ずに幾つかの酒を頼み始める。慣れてる様子で椅子に腰を下ろしつつ、勢いそのままに俺に視線を向けると妙な言葉を口にした。

 

 「ローちゃんは、お酒呑めるの?」

 「……馬鹿にしてるのか、喧嘩売ってんのか、どっちだ?」

 「ゴメンなさい」

 

 どうやらナミの中では、まだまだ俺はガキのままらしい。それに苦笑しつつナミを眺めていれば、少し不安そうに瞳を揺らすから何か話があるとでも思っているらしいと気付く。

 

 「夜景が綺麗だと聞いたからな」

 

 言いながらグラスを傾ければ、氷がカランと音をたてた。そんな中でふと視線を感じて振り向けば、何処か幼さの残る笑みで俺を嬉しそうに見ているナミが居て、小さくありがとうと言われた瞬間、色々な感情を誤魔化す為に1気に酒を煽った。

 それから他愛ない会話を繰り返し、俺のグラスが空になった頃ナミが次のカクテルを頼んだので、俺も何かオススメをと言ってカクテルを頼む。ロックばかりではなく、たまには合わせてみるのも良いかと思ったんだが……カクテルってのは結局アルコール度数が下がるだけなのか?

 

 「私の書いた作品に〝白雪姫〟って言うのがあるのは知ってる?」

 「あァ、ナミの作品は全て読んだ。……子供向けの話も書くんだなと思ったが、お前らしい夢の多い話だったな。それが、どうかしたのか?」

 

 その時俺とナミの前にグラスが置かれて、ナミは赤いそのカクテルで唇を湿らせると嬉しそうに笑った。そんな何気無い仕草に、初心な少年のように胸を高鳴らせているなんて知られたら、どんな反応をされるのか。

 また、ガキ扱いされるのは御免だ。優しく美しく、賢く無邪気……それでいて、無防備でお人好しな俺の最愛の女は、時に恐ろしく残酷だ。

 

 「騙されて毒の林檎を食べさせられたお姫様は、王子様からの優しいキスで息を吹き返すんだけど……まぁ、実際には有り得ないわよね」

 

 夢見るように、遠くを見詰めてそんな言葉を口にして、本当は何を望んでいるのか。それとも、まさか酔ってるのか?

 珍しい事もあると俺も酒に口をつけて、ナミの様子を眺める。ピアスからほんのりと香るのは、やはり蜜柑だ。

 

 「好きな人からのキスで目覚めるとか、憧れるわ」

 「キスで毎朝起こしてやろうか?」

 

 夢見るように、だが何処か諦めの色を宿したその声に思わず口をついて出たのは、そんなつまらない言葉。それに対してナミはパッと表情を明るくするから、冗談を本気にする事に決めた俺は悪くねェ筈だ。

 それに、毒にやられたなら俺が治してやる。まァ、ナミの場合、中々毒では死なねェだろうけどな。

 

 「……お願いしちゃおうかな」

 

 声に艶を込めておきながら、その表情は本当に嬉しそうに幼く笑うから……そうだ、歳下なんだったと思い知らされる。幼少期のナミってのが、想像つかねェのは何故だろうか。

 

 「風に、当たってくるわ」

 

 そう言って立ち上がったナミの動きがおかしく、俺は勘定を置いてナミを支えようと続いて立ち上がった。だが、ナミが倒れる方が早かった。

 それも、いつもなら平然と取る筈の受身も取らずに頭を強打するのだ。そうなれば、慌てるなと言う方が無理のある話だ。

 

 「ナミ!!」

 

 頭を打ったが、意識はある。脳震盪を起こしたりしてる様子はねェが……問題無しとは言えねェ位様子がおかしい。

 震える指先が、俺の腕に縋るように触れて来る。余程の状態だとそれだけで分かるのは、頼る事を苦手とするナミだからと言うのが大きい。

 

 「必ず、迎えに、来て……」

 「ナミ!!」

 

 言葉を残して意識を失ったナミをそのままには出来ねェからと抱き上げる。その瞬間、慌てた様子で駆け寄ってくる店主。

 部屋を用意したからと言われれば、1秒でも早く診察したい俺としては、とりあえず従うしか無いかと頷いた。そうして俺はナミを揺らさないように気を付けつつ、静かに移動を開始する。

 案内された部屋に入れば、それが悪くは無い部屋だと分かる為に訝しく思えて睥睨する。もしこれが中の下程度の部屋ならば、適当に空いている部屋に案内したとも思えるが、最高級では無いにしろ上の下と言える部屋では疑ってくれと言っているようなものだ。

 悪意は感じねェし、作為的な何かをと言うならばお粗末すぎる。自然と落としちまった溜息が、店主の顔色を紙より白くした事で俺は静かに声を掛けていた。

 

 「ナミに、何が起きてるのか……教えて貰えるな?」

 

 怒りとか、焦りとか、悲しみとか、他にも多くの感情が渦巻いているのを確かに感じるのに、それを凌駕する俺自身に対する憤りと無力感。俺は……ガキの頃から何も、変わってねェ。

 俺の問い掛けに困ったような空気を隠す事無く、店主はそれを説明する。語られたのは、この島にて良く起きるという健忘症(けんぼうしょう)に関わる事案。

 有り得ない事が存在しない海だとは分かっちゃいたが……さて、どうしたものか。まだ可能性の話だとは言っても、これ迄にあった現象と照らし合わせて考えた結果だと言われれば、そのつもりで居るべきだろう。

 店主が去った部屋で、眠るナミの頭を軽く撫でる。その指先が、自然と震えてしまう事に対する己への情けなさ。

 

 「ナミ……〝また〟俺は初めからやり直すしか無いのか?」

 

 何も知らない無垢なナミに何度戻ったとしても、俺は何度でもナミを愛するだろう。それでも……つらくない訳じゃねェんだよ。

 何度も繰り返される初めましての挨拶。俺だけが、ナミを知っている哀しみ。

 自分の震える指先を誤魔化す為に強く拳を握った時、ナミの瞼が微かに痙攣して意識が浮上しつつある事が分かった。早く目覚めて安心させてくれと祈るように願う傍らで、絶望的な未来が待つのならば目覚めないで欲しいと願う、自身の弱さに絶望に似たものを感じる。

 ゆっくりと開かれた瞼の奥にある美しい瞳は、けれども絶望側だと即座に理解出来てしまった。俺を見詰める瞳に宿る感情が、いつもとは異なっているのが理由だ。

 

 「ナミ……!」

 

 分かっていないだろうという事を理解していながら、そっとその手を握り締めるとナミは怯えをその瞳に宿した。その表情はいつもとは異なり、変化があまりないのも特徴だろう。

 俺に怯えを見せるのは、俺の言い付けを破り叱られると分かってる時位なものだったのを思えば、今この場で怯えるのは、俺がナミにとって見知らぬ相手だからだろう。それでも、1人で生き抜いて来たナミが、通常ならば知らない相手だからと怯えたりはしないのだろう。

 だとするならば、体はナミのまま変化はなくとも、その心……精神は既に俺の知るナミでは無い。俺は体を愛しているのではなく、ナミの心を求めているから……見えないそれを求めているから、どうしたらいいのか分からなくなる。

 

 「貴方は?私(わたくし)をご存知なのですか?」

 「……俺は、ナミの乗ってる船の船長だ。覚えて無いか?」

 

 俺の声は震えていなかっただろうか。俺は、冷静に対応出来ているだろうか。

 俺の言葉に考える様子を見せるナミは、相変わらず何かを考えている時はそれに集中して無防備になってしまう。姿形に変化は無く、声にも変化は無い。

 香りも同じだが、口調は異なっている。ナミの肉体に別人が憑依でもしているかのような錯覚を覚えるのは、その瞳の変化ばかりが理由では無いのかも知れねェな。

 

 「貴方のお名前を、お伺いしても宜しいでしょうか?」

 

 不意にかけられたその言葉に俺はそっと首を横に振る。今の性格ではいつもの様には呼ばないだろうと分かっているからこそ、名を呼ばれたくはない。

 下手に名を呼ばれたら、壊しちまいそうだと自覚しているから、余計に。そんな俺に何も知らない筈のナミが気遣うようにそっと手を伸ばしてきて、俺の頬に優しく触れた。

 

 「ナミ?」

 「……泣いているように見えたものですから。……貴方は、心で泣くのですね」

 

 何も分からなくなっても、気遣うよう優しく笑うそれは変わらない。甘やかな性格も、何も……。

 頬に触れているその手を握り締めると、ビクリと揺れるのは体と瞳。それなのに逃げようとはせずに俺を見詰め、微笑む姿に何故か泣きたくなる。

 俺を知らない筈のナミなのに、俺を想う気持ちもない筈なのに、どうしてこんなにも優しいのだろうか。誰に対しても、こんなにも無防備で甘いのか?

 

 「ナミ……愛してる」

 「船長さん?」

 

 戸惑いと怯えを宿し震えるその声に、理性が焼き切れそうになる。それをすんでのところで抑えられたのは、俺を気遣う手の温もりがあるからだろうか。

 それでも、帰って来る事を願い、祈り、そっと重ねた唇をナミは拒まなかった。だから、その口付けは自然と深くなっていく。

 微かにもれるナミの熱い吐息さえ逃したくは無いと、奪い尽くそうとすればビクビクと震えるその体。怯えているのか、反応してくれているのか、今はその判別も難しい。

 その途中で受け身でしか無かったそれが動きを変えた事で、そっと隙間を作ればナミが喘ぐように言葉を……いや、俺の名を呼んだ。帰ってきたのだと、それにより知る。

 

 「ロー…… 私(わたし)、心配かけちゃったみたいね」

 「ナミ……!」

 「ただいま、迎えに来てくれて、ありがとう」

 

 迷子だったのは寧ろ俺のような気がしなくもねェが、今はナミが俺の元に帰ってきてくれた事だけで充分に思えて、折れそうな程に細いその体を強く抱き締める。その腕が震えているのが、何とも情けねェけど、それを止める事さえ俺には出来そうにない。

 

 「ナミ!」

 「ロー……私ね、きっと……何度忘れても、何度でもローに恋をするわ。だからお願い、何度でも迎えに来てね」

 「巫山戯んな。二度とごめんだ。もし次があったら、次はナミを殺して……ホルマリン漬けにして飾ってやる」

 

 俺の言葉に本気っぽいところが嫌だわなんて笑うナミは、俺の首に腕を回すとそっと耳元で囁いた。……馬鹿な奴だよ、俺は本気で言ってるってのに。

 

 「お詫びに今夜は……私を好きにして良いわよ」

 

 その1言で、俺は陥落する。俺はきっとこの先も1生、ナミにだけは敵わないだろう。

 それでもいい。ナミが俺と共に、この先を生きていてくれるのならば。

 愛しい女を、今宵だけは虐め抜いてやると獰猛に笑う俺に、ナミは優しく微笑んだ。その微笑む瞳には、俺への愛情が強く宿っている。

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