いつもの様に航海日誌を書いているナミを眺め、その日付を見てはたと思い出す。ナミの誕生日が近いという事を。
だが……何も今渡せそうな物が手元に無い事に気付く。……どうしたもんかな。
「ナミ、少し買い足したい物があるんだが、近い島迄はどのくらいだ?」
「……そうね、ああ、ここからなら海流を上手く掴めば半日、上手くいかなくても2日の所に島があるわよ」
即座に市販の地図と自分の描いたそれを見比べながら答えてくれたナミに、そうかと頷くとナミは迷い無く皆へと指示を出す。それを眺めながら、部屋の中に置いてある蜜柑の植木鉢を見る。
少し元気が無いように見えるから、太陽光に当ててやるべきだろうか。そんな事を考える俺にナミは地図によれば人が住んでる筈だし、他の海賊の縄張とかって話も聞いてないわなんて言っている。
「……移動の時、浮上していたら速度は遅くなるか?」
「そんな事ないわよ。そうね、海上の方が私は海流を見付けやすいから、寧ろ半日のコースで行けるようになるとは思うけど……?」
「なら、1旦浮上しとけ。そろそろ船内の熱も溜まってきた頃だろ」
俺の言葉にナミは頷いて指示を出すので、俺はそれを眺めつつそっとベッドに腰を降ろす。本棚の1つを回転するようにして、ナミの部屋と俺の部屋を繋げておくかと本気で考えちまうのは、また何かあったら気が狂うだろうと自分で分かってるからだ。
そうして宣言通りに船を半日で島に着けてくれたナミに感謝しつつ、今日は買出し組の他は残留するようにと宣言するように命じる。その片手間でナミには、今通って来た所の海図を描くよう命じておく。
それに嬉しそうに頷いた時点で、ナミのこれも1種の病気だなと嘆息しちまう。ナミは立派な
ウキウキとした様子で部屋に篭ったナミを見送ってから、明日がナミの誕生日だと告げる。そうすれば、全員が納得した様子を見せたので、準備を急がせた。
……生暖かい視線が、妙に五月蝿い。俺は1人先に船を降りるが、その際出港の準備をしっかりと進めておくようにと告げるのは忘れなかった。
コラさんが妙な事をしなければ、問題無くナミの誕生日を祝えるだろう。後は俺が何を贈るかだな。
フラリと島を散策するも、潜水艦では植物を育てるのは難しく、本はナミが生み出している。茶葉等はコック達がナミが喜ぶようにと、色々考えているから今更だ。
さて、どうしたものか。その時ふと、古びた1軒の店が目に止まった。
引き寄せられるように入れば、そこは時計屋のようで腕時計に置時計、日時計や砂時計迄扱っている。珍しい時計もいくつかあり、ナミが喜びそうだなと思う。
アンティークものや、珍しい物は小説のネタにでもなるのか、ナミは本当に喜び……そう言えば部屋に飾られているものは少ないな。どこに置いてあるのか。
少し考えて、壊れて片付けたのかもなと1人で納得する。腕時計を見て、動きを止めたのは姉から貰ったというブレスレットとログポースを手首に付けている事を思い出したからだ。
「何か、お探しですか?」
老婦人が店の奥から出てきて、静かに問い掛けてくる。それに小さく頷けば、じっと俺を見てから手元にあったペアの腕時計を見て納得したように頷いた。
そうして何を思ったか奥に戻ると、少ししていくつかの箱を持って来た。手招かれるままに近付けば、揃いの懐中時計がいくつも並べられていた。
宝石をふんだんに散りばめた物や、宝石その物を彫り込んである物。硝子細工で煌めく物から、光り輝く物ではなく木製でありながら彫刻の素晴らしい物。
シンプルなシルバーが輝く物等、多岐に渡るそれ等はサイズも含めて多くの品々が並べられている。そのどれにも鎖は装着されていない。
「これは……」
「時計とは、男性から贈るか、女性から贈るかで意味の変わる品です。そして、男性からの場合〝自分の趣味で選ぶ〟のならば、相手を自分の色に染めると言う意味をも持たせられます。腕時計には、束縛の意味もありますからね」
「だがこれは、懐中時計だろう」
「えぇ、ですが〝締め付ける〟事での束縛と〝鎖で繋ぐ〟事での束縛の違いでしかありません」
にっこりと笑う老婦人に、束縛したい俺としては少しばかり惹かれている。だが、大いなる問題もあるんだよな。
「鎖の音が……苦手なようでな」
「紐になさいますか?金糸や銀糸、鉄の糸等音の無い鎖の代わりになる物もご用意がありますよ」
俺はその言葉に小さく頷くと、植物の装飾が施されている懐中時計を中心に見て行く。その中に蜜柑の花を思わせる彫り物が施された物を見付けて手に取ると、老婆が優しく笑った。
「女性に喜ばれる花言葉の多い花ですよ」
「これに、追加で別な物も刻めるか?」
「可能ですよ」
蓋にだけ花が彫り込まれているそれの裏側に、俺の海賊旗とナミの肩にあるマークを並べて刻んでもらうように頼めば、焼き付けてくれるという。同じデザインでサイズの違う2つの懐中時計を老婦人に任せ、その間に絹と鉄の糸で編まれた紐を手にする。
これならば音に怯える事もなく、切れて落とす事も無いだろう。焼き付けられたそれの片方を包装して貰い、もう片方は即座に身に付けると老婆はお幸せにと笑って見送ってくれた。
花言葉なんぞ知らない俺は、その意味を知らずに船へと急いで帰る。船に戻るとその日は海上で夜を明かし、翌朝……ナミの誕生日を迎えた。
朝隣に居るべき温もりが勝手に抜け出し、俺はそれに多少不快になりつつどうせシャワーか蜜柑の世話だろうともう1度寝に入る。その時、歌声が聞こえてくれば寝てもいられずに体を起こした。
故郷を思っているらしい歌声に、少しばかり切なくなるのは俺の身勝手さ故だろうか。ナミは、帰りたいのだろうか。
無理に連れて来た自覚があるだけに、胸が痛む。だが同時に、もしも帰りたいと言われたら、バラして閉じ込めるだろう事も、自覚している。
蜜柑に笑いかけながら幸せそうに歌う姿が、何故か遠く感じる。歌が終わるのと、水をあげ終えるのはほぼ同時の様子で、俺は思わずその体を強く抱き締めていた。
そんな俺に甘えるように擦り寄ってくれる温もりに、本当に猫みたいだと少し思いながら問い掛ける。いざとなれば、本当に閉じ込めるつもりで。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
本当にわからない様子で俺を見てくるナミに、そっとキスを降らせる。それを迷う事無く受け止めたナミは、途中で俺の不安に気付いたらしく小さく笑った。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
閉じ込めなくて済んで良かったと思うべきか、それとも、またハラハラした気持ちで見つめる日々に戻るのかと落ち込むべきか。とりあえず今は、この腕から解放してやるつもりは無いと、その細い体を折る勢いで抱き締めておいた。
その日の夜本気で自分の誕生日だと忘れていたらしいナミは、祝われる事に困ったような顔をして見せた。あの家族なら、毎年盛大に祝って……そこまで考えて、祝えなかったんじゃないかと気付く。
そうだ、ナミの故郷は支配されていて、ナミはその幹部として生きていた。魚人がナミを祝う事は無かっただろうし、家族は祝いたくともそれをすれば弱点を曝け出してしまうのだから出来る筈も無い。
「……ナミ」
「なぁに?」
「産まれてくれて、今日まで生きていてくれてありがとう。これは、その感謝の贈り物だ。これから先の時を、俺と刻んでくれ」
そう言って買ってきた物を手渡せば、泣きそうにその顔を歪めて、小さくありがとうと呟いた。……本当の誕生日なのかは知らないのよとナミは言う。
それでも、ナミとナミの家族にとって、今日という日はこれ迄ずっと祝いたくても祝えなかった大切な日だという事に、間違いは無い筈だ。俺からの贈物を見て赤面したナミが、大切にするわと笑ったからとりあえずはいいとしよう。
家族の代わりになるつもりはねェが、新たな家族にならなりたいと思っている。ナミの事だけは、何があっても守り抜いてみせると心中でそっと誓いながらナミの耳元に唇を寄せた。
Happy Birthday ナミ。その言葉を囁いた男は、蜜柑の花言葉を知らない。
それはいくつもあるが、その中でも王道なのは、清純、親愛、純白。そして……花嫁の喜び。