ベッドが恐ろしく軋んだ音をたてる。それはつまり、それと同じかそれ以上のダメージをナミも蓄積していると言う事だろう。
わかっていても辞められないのは、ナミが3日前に寝惚けて俺を別な奴と勘違いしたからだ。どこの誰だ、ベックってのは……!!
エース、サボ、ルフィは弟だと聞いている。ゲンさんは親で、ドクターは祖父だと聞いている。
シャンクスは赤髪で兄貴で、師匠だと知っているが……!!なんで男が溢れてんだよ、忌々しい……!!
「……ろ……ゅ……して……」
「駄目だ。俺を別な男と勘違いした罪は、重いぞ!!」
「も、こわ……れ……ちゃ……」
「壊れても、愛してやるから気にするな」
残酷に囁けばナミは静かに涙を落とす。それに内心では、嗚呼壊れそうだなと思うが激情を抑える術を俺は持たない。
考えるまでもなく、ナミもベッドも限界だろうと分かる。それなのに、もっと鳴けと凶悪に笑う俺はどうしたって本質的には、コラさんでは無くドフラミンゴと近いのだろうと自嘲した。
ナミは鷹の目とドフラミンゴに狙われて、犯されて、男に怯えるような仕草を見せる。その癖……何処か無防備で……!!
直後に甲高い悲鳴と共に身体を痙攣させたナミは、そのまま意識を失っちまう。そこに来て俺は、漸くやり過ぎた事に気付く。
涙の跡が残るそれに、何時だったかナミが〝ベック〟を兄だと言っていたのを思い出す。冷静になれば見えて来る事は多い。
恐らく〝ベック〟は、赤髪海賊団の副船長だろう。赤髪海賊団の世話になっていたのならば、副船長にも可愛がられていても可笑しくはねェ。
ただあれ程の男が、愛称で呼ばせていた事を認めたくなかっただけだ。恐らくいつも、机で寝ているナミの頭を撫でてからベッドに運んでいたのだろう。
そうでなければ、俺が頭を撫でてベッドに運んだ時に限りその名を呼ぶなんて事は考えにくい。初めて言われた時は、人名だと認識できてはいなかったんだ。
人名だと理解しちまえば、明らかに男を愛称で呼んでるのに対して目の前が赤く染った気がした。そのまま乱暴に口付けると、即座に俺だと認識を改めたが、俺の怒りは既に治まりはしなかったのだ。
「嫉妬して、酷い扱いしちまったな」
反省しつつナミの頭を撫でてから、そっと風呂に運ぶ。身を清めてからナミの部屋に運び込むと、もう何もしないと決めて共に妙な音をさせないナミのベッドで眠りについた。
明け方近くなって、嫌だとつらそうに喘ぐ声に起こされると、何時もの3人名前の後で泣きそうな声で俺の名が続く。それは俺に助けを求めてくれたのか、俺も襲い掛かる悪漢の1人に堕ちたのかが分からねェなと苦笑する。
「ナミ、悪かったから……泣かないでくれ」
思わず零れる本音。泣くなら、起きてる時に……俺の腕の中で……頼むから。
そう思って抱き締めるとその呼吸が安定して行く。それにより、守ってくれる腕の中でなら安眠できるみたいと笑ったナミを思い出して、俺は自己嫌悪に陥る羽目になった。
そのまま昼過ぎまで寝かせてやって、起きてからはゆっくり過ごせと言って、ベポとイッカクに世話を任せてから俺は部屋を出る。その後は自室のベッドを直すように船大工に命じておいた。
その日の夜、素直に謝った俺にナミは困ったような顔で、許してあげるから1日自由行動をさせろと行ってきた。それは俺には是と答えるのが難しい要求であり、けれどもその瞳を見れば本気なのだと伝わる。
金品を要求されたりする方がずっと気楽だ。どうして危険な娑婆にナミを……最愛の女を送り出さねェとならないのか。
だからと言って、困ったような顔をするナミに惑わされて言いくるめようとでもしたら、待っているのは地獄だろう。他に案もなく、仕方無く了承すれば笑顔になったナミ。
けれどもベポ達にこっそり後を付けるように命じて、俺は翌日1日を苦しみながら過ごす事となる。これを自業自得と言うのだろうか。
その待機してる間にどうやら節分というイベントがあるらしいと聞けば、俺は迷う事なく概要を調べクルーに命じた。それはある意味で当然とも言える行為だろう。
「天夜叉、鷹の目屋の手配書を入手して来い。それで面を作れ」
「「「えーー!?」」」
本来なら赤髪のそれも欲しいが、その面だとナミは投げないだろう。大切な兄貴相手では、面であれ攻撃は出来ないのなんざ分かりきってるからな。
その間も次々と届けられる買物の荷物は、恐らく自分で稼いだ物からだろう。それにしても豆が多いな。
ふぅと溜息を落とせば、イッカクがそれを嬉しそうに厨房へと運び込んで行き、俺は本当に平和だと思いながらも1刻千秋の思いでナミの帰りを待つ。無論、そんな言葉が無い事は分かってる。
帰って来たナミが楽しそうにしていて、だが時折フラつくそれに不安になる。無理させ過ぎたとこうなって漸く思い知るのだから、俺もまだまだだな。
その日の夜は翌日のメニューを考えるコックにナミが混ざり、夜の内に船を進めて近くの島を目指す事になった。そうすればエネルギーの有り余ってる奴らは暴れながら食料調達が出来て、昼過ぎには季節の祝いを行えるだろうと言うので決まったのだ。
「美味しい豆だって聞いてるのよ。豆なら日持ちもするし、摂りすぎない程度に回収したら次の島へって巡れば暫く困らないでしょ?」
そんなことを言うナミに頷いて、俺はナミと共にベッドへと転がる。それでも今夜は何もしないと決めていて、それにナミは嬉しそうに笑うと擦り寄って来た。
お前は猫かと言いたくなり、猫だったと思い直す。猫なんだから仕方ねェよなと己に言い聞かせながら強く抱き締め、俺は理性と戦いながら眠りに落ちた。
この眠りが驚く程に質の良いものになるのが、毎回納得いかないんだがな。朝になるとナミはするりと俺の腕から抜け出して、シャワーを浴びに行く。
いつもの事だし、それは褒めるべきだろう。実際俺もやる。
朝食を終えるとナミは黄色と黒の毛糸を編みながら、気軽に言葉を向けて来た。それは珍しいお願い事でもある。
「明日もこの島にいるなら、明日は2人でこの島を散策したいな」
「……測量の為か」
初めての島だからそうだろう。1人で降りると言わなくなっただけ、マシと言えるか。
だがその時照れながら返された言葉に、俺まで照れる。長い髪が顔を隠すが、本当にやめて欲しい。
その顔を隠すな。そう思って思わず手を伸ばしそうになる。
「それもあるけど、皆が暴れた後なら、比較的安全にデートできるかな……なんて……」
「……そう、か。そうだな……明日、行くか」
何だこの可愛い生き物は。俺の理性を崩壊させてどうしたいんだ。
あれか、森の中で青姦希望か。よし、叶えてやろう。
そんな俺の思考を知らずに、ナミは編み上がったパンツを持ち上げて不備の確認をしている。それは妙に無邪気だ。
「うん!出来た!」
「誰の分だ?」
「これはシャチよ。今からペンギンのも作るわ」
「……そう、か」
鬼のパンツなんぞはいらんが、ナミの手編みは憎いな。そんな事を考えていたらナミが、今度チョッキ編むからなんて小さな声で言う。
見れば近くには黄色の毛糸が大量にあり、俺の為かと気付けば顔が赤くなるのを抑えられない。俺が不満を抱くのをちゃんとわかっている辺りが、勝てないと思わされる要素なのかも知れねェな。
その後帰って来たメンバーを見れば、何故か泥だらけで……聞けばコラさんが沼に嵌って助けるのに苦労したらしいと知る。風呂に入って来いと追いやって、鬼役には着替えはパンツだけだと投げ渡せば酷いだのなんだのと言いながら消えて行く。
元々はコラさんも鬼役だったが、何故か大惨事になる気がして取りやめになったのだ。ふと視線を向けると指先を器用に動かしながら何かを編んでいるナミがいて、よく見るとちゃんとマークがそれに編み込まれているのに気付く。
「そういう事も、出来るんだな」
「ん?うん。ちゃんと考えてから編めば出来るわよ。……あ、背中向けて」
言われるままに背中を向けるとナミの手が俺の背をなぞる。掌で初めは触れていたのに、途中から指に変わり1人で納得しているのが伝わり抱き締めたくなったが、何とか耐え切る事に成功した。
そんな状態で、もういいのかと声をかければありがとうと微笑まれた。それにより俺が笑うと、ナミもまた嬉しそうに笑う。
自然とくちびるが重なりそうな空気となり、そっとその頬に手を伸ばす。ナミもまたその瞳を閉ざして、俺に任せようとしてくれる。
「キャプテン、ご飯の支度できたよー!試食し……」
ベポが声を途中で止めたのは邪魔するなと思って俺が見たからだろうか、それともナミが赤面して俯いたからだろうか。特に何をしていた訳でもないが、何とも言えない気持ちになる。
恵方巻きを必死に食べるナミの姿に、俺の金棒が暴れたいと騒ぎ出し、その苛立ちを込めて本気で鬼の面ではなくドフラミンゴの面を付けたシャチを狙えば、多少はスッキリする。ナミも鷹の目屋の面を付けたペンギンに豆を投げていて、これであの鬼達が滅せられればと詮無い事を考えちまう。
他にも数人いる鬼達は普通のそれで、2人だけ特殊な面なのは幹部だからという事で納得させたが、意味を理解してる奴らはペンギンとシャチに同情的だ。それでも俺は2人を集中的に狙って豆を投げ、鬼役の2人は痛くなってきたのか必死で逃げ惑い始める。
逃げる鬼と、追い掛ける俺。それを楽しそうに笑いながら、参加したり眺めたりするクルー達。
これで健康に1年を過ごしていられると言うなら、喪わずに済むというのなら、本当に有難いなと思わなくもねェ。単なる縁起物だとわかっていて、それでも縋りたくなるのは喪いすぎたが故だろうか。
鬼は外、福は内。だが本物の鬼は金棒を振り回す時を狙って待っている。
明日の散策から無事に福の神が帰れるかは、金棒を持つ鬼の理性にかかっている。恐らく明日も、晴れるだろう。