俺がナミに飲み物と軽食を持って来たタイミングで、ニュースクーは入って来た。俺の作ったピアスをつけて、それが見えるようにと俺の贈った髪飾りで髪を纏めているナミは、俺と揃いの時計を身に付けている。
俺の色に無理に染め上げ、俺の傍から片時も離す事が出来ずにいる。既にドフラミンゴには見つかって、それどころか食われた事があるのだと言う事を思えば、警戒する俺の対応こそ普通と言えるだろう。
勿論、束縛し過ぎている事も同時に理解はしている。それでも尚、俺はこれを緩める事なんて出来やしないんだ。
ニュースクーと楽しげにやり取りをして、ナミの反応にニュースクーが他では見せないだろう反応を返すのを見る。本当に気の合う友人とでも言いたげな様子に、俺は仕方なく黙って見守る事にした。
嬉しそうに受け取った物を眺めているナミは、けれどもその次に受け取った物を見てその瞳を曇らせる。不幸の手紙とかいう時代遅れの代物なら燃やし尽くすぞと思いながら、ニュースクーに返した言葉で大体の思考回路が読めた。
……コラさんに任せて、少しくらい2人で出掛けてもバチは当たらねェよな?
俺は持ってきた物をそっと近くの台に置いて、歌い出したナミのそれに耳を傾ける。悲しげな様子がチケットを理由とした物ならば、解決するんだが……な。
歌詞の中で幾度も出て来るのは桜と言う花の名前。だとするなら、花見でもしたいのだろうか?
だが、その程度の事で、ここまで落ち込まなくても……と考えて、案外この船の財政は火の車である事を思い出す。だがしかし、肉を狩り、魚を捕り、野菜を採取しての花見なら行けるかもなと思いなおす。
その時歌が終わったらしいナミは、俺の存在に気付くと泣きそうにその顔を歪める。何があったかは知らねェが、泣くなら俺の腕の中にしろとの想いを込めて笑い、手を広げると同時に飛び込んで来た愛しい女。
甘えるように俺へと擦り寄り、その顔を隠す仕草がどうにも猫としか思えない。帰りの遅かった主人を責める愛猫を思わせる辺りが、何とも……言い難い可愛さだ。
「何があった?コラさんに何かされたか?海図駄目にされたとかなら、バラしてやるぞ」
俺の言葉に無理に作った笑みを返して、なんでもないのよと小さく呟くから、なんでもあるだろうとその頭を撫でる。するとナミは小さな声で言葉を紡ぎ出した。
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
そう言って明らかに落ち込む様子に、やはりそれかと思えば笑うのも仕方ないだろう。頭を撫で続ける俺に、驚いた視線を向けたナミに、小さく頷いてから答えを返す。
「花見は毎年やってるからな。今年もやるべきだろう。予算軽減の為に、弁当は俺の分だけその重箱ひとつ分作ってくれ」
「……皆は?」
「気が向いたら分けてやるが、基本的には自給自足させればいい。春島にも肉や魚は生きてるだろ」
「シビアね」
そう言ってクスッと笑ったナミは俺に回している腕に力を込めた。それからまた甘えるようにその頭を預けて来たから、もう少しだけだと自分に言い聞かせながらその背に俺からも腕を回す。
ナミが少し動く度に蜜柑の香りが漂う。フワフワと揺れる髪が、俺に構ってと言ってるようで気分も良い。
「珍しいな」
「もう少しだけ……」
「そうだな、俺の理性が切れちまうから、もう少しだけだな」
「冗談ばっかり……」
本気なんだが、どうしてこう伝わらないのか。可愛く甘えてくるナミを誰にも渡さないとばかりに抱き締めて、暫くの間ナミの温もりを堪能した。
やっとの思いで離れた後、花見の狩りを行うぞと声を掛けて春島を求めて移動すれば、嬉しそうに春島を目指して船を進めるクルーに苦笑する。その間にナミは、俺用にと弁当を作ってくれている様子だ。
秋は紅葉狩りと言うが、春は花見の宴であり本来は桜狩りでは無い。だと言うのに、ハートの海賊団では今年桜狩りが行われようとしている。
到着した春島で俺とナミは敷物に座り、他のメンバーには食いたいものを勝手に狩り、それを食えと命じれば鬼だと叫びながら各自散って行く。何も得られないクルーが居てはと、ナミが網猟をセッティングしていたから、多少の魚は手に入るだろう。
もしその網猟が坊主だったとしても、誰にもナミを責める権利は無いがな。そう思って笑うと、ナミがBBQや焼肉が出来るようにと、ドラム缶を斬ったりして準備を始めていた。
それを手伝いながらクルーが帰るのを待てば、帰って来たクルーが後焼くだけとなっているそれを見て笑う。嬉しそうに肉を焼き始めたと思ったら、適当にとってきただろうキノコを乗せて焼き始めようとするのを見てナミが焦り飛び付く。
そうして食べても大丈夫な物だけを返してから、残りを俺の元へ持って来た。毒キノコ系らしいが、免疫や抗体を作るのに俺が利用する可能性を考慮したらしい。
実際薬は毒から作られる物も多い。トリカブトなんかがそれの代表だろう。
心臓病の薬も、常人には毒物でしかない。それを踏まえて考えればナミのそれは正しい対応だ。
「ありがとう。後で使えそうなのがあるか調べてみよう」
「うん、使えないのは焼いて処分するから、教えてね」
そう言って笑ってから、クルーを見て微笑むナミは花よりもずっと美しい華だろうと思う。ナミお手製の弁当を食い尽くした俺は、後片付けを全員に任せて、その指示の中でさり気なく言う。
「このまま2人で泊まってくるから、お前達も片付けが終わったら各自の金で足りる範囲で、好きに過ごせ。ベポとコラさんは昨日機材をひっくり返した罰で船番だ」
落ち込む2人だが、人の多い島でベポとコラさんを自由に歩かせる等と言うリスクは犯したくはないのが本音だ。それを分かってるクルーは笑い、わかってないクルーは2人を揶揄う。
そんな中で目を白黒させてるナミを連れて島の奥へと進めば、ナミが焦ったような顔を見せる。それにはどういう事かと書いてあり、素直だなと思わされるのだ。
「ナミが手に入れたチケットの宿は、この島だ。行くぞ」
「それ……!」
「ナミの事だから、皆に気を使って行きたいと言えなかったんだろうが……俺も興味があるんでな、付き合ってもらうぞ。食事は薬膳料理らしい」
「あ、うん。そうね。医学の勉強になりそうよね」
「飲み物も薬草茶と書かれているが、ハーブティー系だろう?」
「そうだと思うわ」
「なら、行くしかないだろう」
俺の言葉に笑ったナミは、恐らくは自分の知っている薬草茶の種類や効能、温泉の薬効についてもゆっくりと語ってくれているのだろう。その様子は穏やかで優しく、説明はわかりやすい。
移動の間も飽きる事無く話に耳を傾け、時に質問を挟む俺にナミは嫌な顔1つせずに答えてくれる。それにより俺は充実した気持ちで歩き続けられた。
宿に到着して手続きを済ませると、案内された離れは桜の樹に覆い隠されていた。これならば、遠目には離れがある事すら分からないだろう。
食事や温泉を楽しみ、月が空で輝き出した頃にふと視線を向ければ桜の舞い散る内庭で佇むナミがいた。その姿は余りにも儚くて、そのまま消えるんじゃねェかと慌てて抱き締める。
そんな俺に驚いた顔をしてから、ナミは俺を縁側に誘うので、俺は素直に腰を降ろして2人で桜を眺める。手の届く範囲に居てくれないと、そのまま消えちまう気がして、俺から離れるなと言って抱き締める俺にナミは照れたように笑うと、そっと胸元から取り出した盃を差し出して来た。
……だから、胸は小物入れじゃねェんだよ。そう思いながらも受け取れば、いい清酒が手に入ったのよと笑ってナミが俺に酌をしてくれる。
辛口らしいそれを呑みながら、ナミに呑まないのかと聞けば1升瓶を揺らしてちゃんと呑んでるわなんて返されちまう。その様子になら飲み比べだと言い出したのは、そうでもしないとナミに酔わされそうだと判断したから。
花よりも華である愛しい女に、俺はいつも翻弄される。花より団子という言葉があるらしいが、俺は華にしか興味を抱けそうもねェ。
その日から数日、2人がその離れを出る事は無かったようだが、中で何があったかは、2人だけが知っていればいい事だろう。他に知る者が居るとすれば、それはきっと……離れを囲む桜だけ。