偉大なる航路に連れて来られて、どれだけ海しか見えない日々を送って居るだろう。途中の食料調達は、適当に海王類を倒す事で手に入れるミホークさんのおかげで、それ程困っては居ない。
そうして食料調達してくれるのはミホークさんだからと、それを調理して提供するのは、何となく私の仕事になっている。それと……ミホークさんは何かを勘違いしている。
私は別にコックではないのだと言うのに、私の料理を妙に気に入ってるようなのだ。まぁ、不味いとか、食えたもんじゃないとか言われるよりは、マシかもしれないけど。
現状私はそんな事より切実に願い続けている事がある。それは買物に行かせてもらう事だ。
状況的な問題も有り、着の身着のまま実家を飛び出して来たから着替えがない。当然下着を含む。
なので他に着られる物が無いので、ミホークさんの服を当然のように借りて着ているし、下着はサラシとタオルを元に困らない程度の物を作って使ってる。けど……それはいい加減不自由な部分もあるのよ。
だからこそ、何処かの島で買い物位させて欲しいと思う。なのにミホークさんは、何故かそれを頑なに拒否して来るから困ってしまう。
出航してすぐの時に襲われた後は、今までのように呼ぶと何故かまた本気で襲われ掛けて、それに対して〝王下七武海鷹の目の男ジュラキュール・ミホーク〟と呼んだら裸にされて船室に閉じ込められた事もあったのよ!?本当にミホークさんの考えてる事は分からない。
敬称付けなかったじゃないのよ。何が気に入らないってのか分からないわ!!
「ミホーク、いい加減買い物させて。そろそろ買い物しないと不味いのよ」
「衣服は俺ので、どうにかなっているだろう。肌を露出するな」
閉じ込められた後苛立ちを込めて名を呼び捨てたら満足そうな反応をされて、それ以降は名を呼び捨てで呼ぶようにしてる。それにより少しは会話が成り立つようになったのだけど、普通に考えたら不敬罪に該当すると思うのよね。
年齢的にも立場的にも、本来なら〝さん〟どころか〝様〟を付けて呼ぶべきだと分かってる。なのにミホークは赤髪の事は呼び捨てているだろうと師匠の事を持ち出すのだから分からない。
……ライバルだから、とか?
それとどうやら、女が肌を露出するのが気に入らなかったらしいと理解も出来たけど……。謎すぎるわ、鷹の目のミホーク。
それにしても、男の船だと毎月ので困るんだってのに。でも、それを言い出すのも身内でもない為に少し気不味いのよね。
「欲しいのは服じゃなくて、下着とか、消耗品なのよ!ミホーク、お願い」
ミホークの腕を掴んで言ってみると、ミホークは私に視線を向けて少し動きを止めたから、考えてくれてるらしいと判断する。ここはもう1押しかな。
腕に絡み付くようにして、ミホークを見上げる。そろそろ急がないと不味いのは間違い無いから、私も必死になると言うものだ。
「ミホーク……お願い」
「その対価は?」
ミホークの返答に私はホッと胸を撫で下ろす。話を聞いてくれる気になっただけでも進歩だわ。
そうよね、面倒かけてる上に散財しろって言われたら行きたくないのも分かるわ。でもそこは大丈夫よ、私自分で稼げるからと内心で胸をはる。
「自分で稼ぐわ。大丈夫、慣れてるもの!」
お金くれとか言う予定は無いと言外に伝えて、私は笑う。それに対して、何故か不愉快そうな顔をしたミホークが腰に腕を回して、軽々と私を抱き上げると船内に運び込む。
どうしたのかな。波は高くないし、天候も変化しそうにないのに、船内に入るなんて。
「……ナミとは、時折会話が噛み合っていない気がしてならぬ。俺に対する対価を聞いたのだが?」
私を船内の絨毯に落としてからそんな事を言うミホークに、そう言う事かと理解して少し考える。ミホークが船を陸につける利点か。
ミホークの船には、ワインと果物とチーズ位しか乗ってなかったわね。料理をする概念があまり無かったのか、それでもフライパン等はあったので料理を何とか作れたけど、それでも色々足りない。
そんなミホークが喜びそうな物……と言われて思い浮かぶのは、やはり美味しいお酒かなと思う。多分食よりも、お酒派だからこんな生活してるのよね。
「……美酒、でどう?」
「ほゥ……」
ミホークが興味を持ったのが分かり、私は良しと思う。そんな私にミホークは薄く笑って質問して来る。
それにより確信した私は、得意になる。お酒の目利きもそれなりなのよ、私!
「酒は、甘いのか?」
「甘い方がお好みなら……ね?」
ミホークはワインを好んでるから、甘い方が好きなのかなと少し考えを改める。多少の渋みや深い味わいが好きなのかと思ってたから、脳内で情報を修正していく。
ミホークといるとナミちゃんらしくとか考えなくても、過去の私の素が出ても問題無いと言う意味では、本当に楽だなと思う。どうしてもルフィ達の前だとナミちゃんを意識する部分が多いけど、ミホークの前だと相手が大人だから普通に話せるのがありがたい。
インペルダウンで拷問されて、朽ちていくだけであった筈の未来を考えていたから、今こうして生きていられるだけでも本当は感謝するべきなんだろうと思う。だから……夢を諦めるくらい大した事じゃない筈……よ、ね?
「……何を考えている」
「私の脳内にまで入って来ようとしないで」
無意識の内に言葉を返して、私は瞳を閉じる。心を落ち着かせないと、何も無いのに泣き出してしまいそうだったから。
「ナミ」
「何?」
名を呼ばれて顔を上げれば、ミホークの瞳が欲望の色に輝いているのが分かって、少し驚く。何かした記憶は無いけど。
綺麗だわ。本当に、その通り名を思わせる瞳もそうだけど、纏う気配や惜しげも無く晒された筋肉が、美しい。
「ミホークは鷹よりも、黒豹の方が似合う気がするわね」
「誘っているのか」
「は?ミホーク、何言って……」
思わず口にした言葉にミホークが反応するから、そっとミホークから距離を取ろうとするけど、いつの間にかミホークに肩を抱かれていた。どうしたら良いだろうかと戸惑っているうちに、艶を纏った声音で囁かれた言葉に私は何も考えずに返事をしてしまう。
「獣になって欲しいのだろう?」
「そんな事、言った記憶は無いわ」
「普通は獣のようだと言われれば、なって欲しいと言ってると思われる」
ミホークの言葉に私はつい笑ってしまう。肩を抱いているその温もりから、離れ難いと何故か感じているのもあるとは思う。
でも、それよりも身勝手とも思える言動が、何故か不快じゃない自分が何よりおかしかった。……強姦と呼ばれるべき行為をして来た相手なのに、どうしてかしらね。
「怖いわね」
「それも、誘い文句にしかならぬ。怖い想いをしてみたいと聞こえる」
「何でも都合よく受け取るのね?」
内心の僅かな怯えを隠して、悠然と微笑む。流石にナミちゃんなら……なんて気にしてたらこんな答えは返せない。
「自信満々に話をするのはナミの癖やも知れぬが、口を滑らせばどうなるか知っておくのも良かろう」
「どんな目に.......合うのかしら?」
これは……口にした瞬間に自分でも分かった。明らかな誘い文句。
妖しい流し目付きで返したからには、言い訳もできない程の、意識しているとしか言えない誘いの常套句。ミホークはその誘いに乗ったのか、口元を歪めて言葉を返して来る。
「こんな目だ」
その言葉に瞳を閉じれば、唇を塞がれる。その瞬間ミホークの体温が、1気にカッと上昇したのがわかった。
クチュリと舌と舌が絡まった淫猥な音が、重なった唇の隙間から聞こえたかと思うと、いきなりそれは激情の嵐となり喉の奥まで入り込んで来た。口内の感じやすい粘膜を舐り回され、痛いほどに舌を吸われるとふぅっと意識が遠のく程の目眩に襲われる。
前回の奪う為の強引な口付けとは違う。前回と同じなのは、酒の苦味と香りが入り交じっている事と、常に纏っている麝香の香り位なもの。
そんな物理的な事ではないというのならば、前回と違うのはミホークの口付けが、相手を気持ちよくさせる為のものに変わっているという所にある。よがれ、喘げ、身悶えろと、情熱的にぶつかられているような口付け。
自分に夢中にさせたいが為に本能的に尽くしているのだと、その口付けから感じ取れる。こんなにも強く、激しく、そして心地よく口付けを感じた事は無かった。
口内の粘膜も、熾烈の隙間も、舌も、何もかもこんなにも敏感なものだと教えられた。いつの間にか、ミホークの背中に両手を回して、夢中で舌を吸っている私がいる。
あの時は変化を感じられなかった、低い体温を維持していたミホークの変化に多少戸惑う。ミホークの股間が徐々に質量を増している理由も、未経験ではないから嫌という程に理解してる。
「今日は嫌がらぬのだな」
「まぁ、これくらいなら」
笑えばミホークはその瞳を眇める。それに魅入られそうだと内心焦るのに、適当に誤魔化そうとする部分も確かにある。
「抵抗しつつも震えているナミは、可愛かったのだがな」
「弱味に漬け込むような男を、相手にしたくなかったのよ」
そんな事を言っても、経験なんかミホークとドフラミンゴ相手に1晩と1日しか無いのに、どうして私は素直にそれを表に出せ無いのか。それどころか、強がってしまうのだろうか。
「俺を卑怯と言うか?」
「いいえ、今はただの雄ね」
これは私の、精一杯の強がり。負けたくないと、弱さを見せたくないと、愚かにも思ってしまった。
それを分かっているのか、それともわからずとも男の本能的な所なのか、ミホークは獰猛なそれを隠そうともせずに激情を向けて来る。それよりのまれそうで怖いなんて思う弱さを隠して笑えば、耳朶に落されたのは色気を含んだその美声。
「そうだ、発情期の……な」
耳朶に落とされたそれに、私の意識はミホークへと集中する。欲望丸出しのミホークの視線に、射竦められて動けない。
何より私が過去にずっとファンだった時点で、つまりは好みだったという事。初めての相手が特別だと聞いた事はあるかもしれないけど、アレは強姦だったし、2回目も相手は違っても強姦だった。
だけど今回これで受け入れたなら、それは決して強姦などではないと分かってる。こんなにも大人である相手に、全て委ねてしまうような形にしてもいいのかと思う部分も確かにあって、なのにその不安を凌駕する程に触れ合う身体が熱く脈打つ。
その時船が大きく揺れて、転覆しそうになっている事に気付く。それにより正気を取り戻した私は、ミホークからサッと離れて心を落ち着けるけど、ミホークもまた即座に表へと出て行く。
今回の敵はどうやら海王類のようで、心に変化が起きる事があるとは思えない程に淡々と、いつも通りにミホークはその海王類を切り刻み、当然のように悠然と振り向く。口付け1つで翻弄してくる男に、私は太刀打ちなんか出来るのだろうか。
「そうだな、ナミも街に寄りたいのならば寄らせてやろう」
ミホークの突然の言葉に、私は顔を上げる。ホッとした顔をしたらしいと気付いたのは、ミホークが横に立った時の1言。
「露骨に喜ぶな。それが安堵感を滲ませたもので無ければ、脱走を企んでいるとして船に縛り付けていくところだ」
背筋に冷たいものが走ったのは、恐らくミホークの本気を感じ取ったから。力でかなう筈など無いのだし、足の早さだってかなう筈もない。
クリマタクトがない今、姿を隠して逃げる事も不可能。愛剣も無くて……まさに私は今村娘A状態なのだ。
「俺の服を着るナミも、気に入って居たのだがな……」
「……私で遊ばないでよ」
この調子では、いつまで身が持つか分からないと言う不安を表に出さないよう気を付けて睨み付ければ、ミホークは何故か満足そうに笑った。それにゾクリとしたものが走り、本気で逃げ出せないかと1瞬考えたのは不可抗力だと思う。
この時にミホークが、私が買い物に言ってる間にドレスやら何やらを買い込むとは思いもして無かった。なので当然、ミホークが私を子供扱いするつもりが欠片も無かったなんて、気付きもしなかった。
だからこの先、シッケアールに到着するまでの間に普通の人が住まう陸地に降り立てたのは、この買い物に降りた1回こっきりとなるなんて、予想もして無かったのだ。