時期的な事もあり大掃除を実行した翌朝、書斎を確認して1人頷く。本棚が空になって床や机に積み上げられていたが、片付いてみれば確かに貴重な本が多いのだと気付かされたのも大きい。
その中から1冊取り出して目を通していれば、いつの間にか随分時間が経過していたらしいと気付いて本を戻してから部屋に帰るが、ナミの姿が無い。どこへ行ったのかと船内を探し回るが、すれ違っているのか全く会えない現状に少しずつ苛立ちが募る。
……とりあえず部屋に帰ってみるか。そのうち戻るだろう。
そう思って部屋のドアを開ければ、窓の外を眺めている姿に肩から力が抜けるのを感じた。俺からの贈物は全て身につけてくれてるのもあり、風で髪が揺れる度に俺の心を同時に揺さぶる存在と化している。
「やっと見付けた」
思わず呟いた俺の言葉にナミは驚きを隠さずに振り向くから、そっと笑いかけた。責めるつもりなんて、その姿を見た瞬間に消えていたからな。
無事ならそれでいい。潜水してない時は、いつだって不安なんだ。
「探していたんだ」
だが、続けた俺の言葉に反応して窓の外を見て首を傾げるから、そうじゃない……と思う。根っからの航海士っぷりに笑いそうになるが、ここは1応話をしておかないとな。
「早朝、部屋にいなかったら何かあったかと思うだろ。……ナミは、狙われやすいんだ」
「……誰かさんが無理させるから、身体は痛いし、ベタベタしてるしで、シャワー浴びたかったの!!」
昨日は元々忙しそうにしていたのを無理に連行して、書斎の整理を手伝わせた俺が悪いと気が付く。確かに高い位置は俺がやったが、低い位置はナミが全てやっていたし、昨夜は妙に暑かった。
だが、ナミが居なければ昨日だけでは終わらなかっただろう。互いに本に詳しいからこそ分類分けは早く進むが、1人だと本を読み始めちまうからどうしても二人居なくてはならないのだ。
「っ!……無理させて、悪かった」
それでも、文句を言いつつも俺の事を優先し手伝ってくれる優しい恋人に頬が緩む。次の島についたら、何か新しい本でも買ってやろう。
そう言えば最近増やしたのは、ナミの書いた本の他は医学書ばかりだったな。ナミが欲しがっていた辞典を買ってやれば、きっと喜んでくれるだろう。
「薬は飲んだし、もう大丈夫よ。所で、忘年会やりたいから協力して」
「あァ……そんな時期か。分かった」
仲間の喜ぶ事なら何でもするナミが、微笑ましい。何より航海士として以外は才能の天才ではなく、努力型の天才であるナミに愛しさが募る。
その時俺を見て慈愛の篭った微笑みを浮かべたナミに、心臓が痛む。この猛毒は、麻薬の1種だとわかっていて手を伸ばしたくなるのだから困ったものだ。
痛む程のトキメキを霧散させる為に息を吐き出せば、ナミは首を傾げる。結局いつも、ナミは鈍いんだ。
「どうしたの?」
「ナミにだけは、永遠に勝てる気がしない」
「勝てた記憶が、無いんだけど……?」
何言ってやがる俺こそ勝った事ねェよ……との言葉は飲み込んで、呆然とした顔を見せるナミを眺める。すると紙とペンを胸元から取り出して、ヤル気に満ちた瞳で俺を見たから、その少し幼い仕草に吹き出しそうになった。
妙な所が無知で、妙な所が大人で……。優しくて暖かい、俺の恋人。
「楽しそうで何よりだわ」
「ああ、ナミが居ればいつでも楽しい」
素直に言葉にすれば、真っ赤になったナミ。そんなナミから小さく、ばーか……と言われた所で可愛いだけだ。
その後食材や備品の点検を兼ねて二人で船内を周り、余裕がどの程度あるかを確認してから計画を立てる。そうしてだいたいの道筋が見えて来た所で、夕飯時になったのを確認した俺はその席で全員に忘年会を行う事を伝える事にした。
それにより、即座にグループ分けが行われる。初めは音楽隊に入る予定だったナミをコック達も求めて、大喧嘩になる事態となればナミも困った顔をしてはいたが。
「分かった!両方の計画に参加して、当日はどっちにも参加しないってのでどう?」
「……俺は、ナミの手料理を食いたい」
折角の宴だ。普段はコックじゃないとの理由で作ってはくれないのだから、こんな時くらい作って貰いたいと願って何がおかしいのか。
だが俺の言葉により空気は変わり、皆が頷いて当日は俺の分だけナミがいくつか作る事で話が纏まった様子だ。それにより何故か生暖かい眼差しを向けられてしまったが、恋人の手料理を望んで何が悪い。
その後俺は相変わらずな日常を過ごしていたが、ナミは忙しそうに駆け回る日々となる。その時々で俺に何食べたい?とか聞いて来たり、海王類を狩りたいわね……と物騒な事を呟くから苦笑しちまう。
そうして迎えた忘年会当日。朝一で手に入れたばかりの魚を切って血を海に撒き散らす姿に、ギョッとさせられるが、その血により現れた海王類を見れば本気で肉が欲しかったらしいと理解した。
……そういや、昔も突然狩りしたよな。幼いあの頃も食料で困って飢えた記憶が無かったのを思い出せば、このサバイバルをナミはいつからできたんだろうかと思わされる。
結局宴のメインに使われたのはエレファント本マグロの刺身と、海王類の焼肉だった。無論主食はお握りで、具材も含めて種類は豊富に用意されている。
宴の開始を告げれば、ナミがどこかから大量に手に入れていた無駄に度数の高い酒がこれでもかと用意されて、クルーは大喜びで酒と料理に飛び付いた。1人またはグループで演し物として交代で何かを披露し始めれば、意外な特技を発見したりと忙しない。
それでも皆が楽しいばかりの宴は、明らかにナミ主催であるとわかるもの。嫌な事や辛かった事を全て忘れられると言うなら、きっとこの忘年会にも価値と意味がある。
「ロー、お握りは私が作ったのだから手料理って言えるかも知れないわよ?」
「成程、俺の為に宴の飯をお握りにしたのか。やけに種類が豊富だとは思ったんだが」
通常ならば白むすび程度に止められるだろうに、お握りの種類は恐ろしく豊富なのだから嫌でも分かる。原案は出しても、そうなると作ったのはナミ1人ではないだろう。
いや待て、さっき作ったと言っていたな。そうなると握るのは任せて混ぜたりする下拵えをナミが全てやったのか。
「船長の喜ぶ物を用意するのは、クルーの喜びでもありますから!……それに、恋人としても、ね」
「……随分素直だな」
笑いながら混ぜご飯タイプのお握りを手に取れば、焼き魚も幾つかあるのに気が付く。エレファント本マグロを照り焼きにした物や、塩焼きにした物もあるらしい。
その他にも魚が幾つか用意されていて、適当に皿に盛り付けて空になった樽に腰を下ろせばナミがクスクスと笑う。何かと思えば、どうやらナミが作った物だけを選んでいたらしい。
「どうして分かるのかしら」
「ナミが俺の好物しか作らないからだろ」
互いに笑い合って、ナミがただひたすらに酒を呑んでるのに気付く。俺が開始と言ってから現在まで、何も食わずにただただ酒を呑んでいる……。
待てよ、ナミは今日何も食ってねェよな?
空きっ腹に酒では、いくら大酒豪であるナミでも危険だと思う。思うが、その時には少し手遅れだった。
「ロー……」
とろんとした顔で俺に絡み付くナミを、俺が振り払える筈もない。視線の端ではコラさんがひっくり返ったり、ベポが踊ったりしているが……意識をそちらに向ける事も出来やしねェ。
「ロー、だぁい好き!」
「おう……。どうせなら、素面の時に言ってくれ」
「ローは、私のこと、もう……飽きちゃった?」
「飽きられたら苦労しねェよ」
「よかったぁ……。私ね、ローの事が大好きなの!!ずぅっと、離れないから!!」
そう言って抱き着くナミのたわわな物が俺の身体に押し付けられる。それにより部屋に連れ帰りたい衝動に駆られた俺は、可笑しくない筈で……。
その時、ナミが俺にそっと唇を寄せた。頬に、目尻に、額にとキスをしたと思ったら、妖艶に微笑み俺の唇を塞ぐ。
妙に上手いそのキスに驚いていたが、これは酔ってても何でも持ち帰り上等だろうとその細腰に腕を回した時、離れた唇。部屋に戻る事を告げようとした俺の唇が開く直前、腕にかかる重みが増えた。
何だろうかと思った時、ナミから聞こえて来たのは寝息で……。……軽く、本当に軽くだが、殺意が湧く。
「……起きたら、覚悟しておけよ?」
強制的に煽られ、お預けとされた俺は腕の中でスヨスヨと眠るナミに溜息を落とした。とりあえずナミだけは無事に、忘年会をできた様子だ。
実際、ナミは今回の準備もあったがそれ以前にずっと忙しかったのも知っているから、責められないのもある。何よりも、この寝顔に勝てる筈もないのだ。
「あー!!ナミ寝てる!」
「起こすなよ。最近殆ど寝てなかったんだ」
「船長……寝かせて、無かったんですか?」
シナを作って問い掛けてくるシャチに刀に触れながら問い掛ける。ニッコリと微笑みを浮かべて。
「バラされたいのか」
「調子に乗ってすみませんでしたーっ!!」
「アルコール抜けたら点滴入れておきますか?」
「あァ……後でやっておく」
シャチが騒げば、ペンギンが思案する。このデコボコな幼馴染に、俺は随分と救われていると自覚していた。
珍しく寝顔が見られると言って集まるクルーは、結局〝俺の恋人〟だなんて事は言い訳にしかならない位に、ナミの事が好きなのだ。それでも、そんな事を理由に、宴を取りやめたりもしないから、それぞれが楽しそうに宴を満喫しているのも間違いない。
大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。